第八章:少林武道講座と厄介な生徒たち
翌日、桜花高校――
居酒屋での覚空の武道の実力は嵐のように学校全体を席巻していた。生徒たちはもちろん、教師たちまでもがこの謎めいた「光頭の和尚」に注目し始めていた。
「聞いた?あの佐藤凛の『遠い親戚』がたった二本の指で柔道チャンピオンを倒したんだって!」
「本当かよ?どう見てもただの普通の和尚じゃん。」
「普通の和尚がそんなことできるわけないでしょ?哲学もできるらしいよ!」
教室では、凛が棒付きキャンディを口にくわえながら、周囲の噂話を聞きつつ呆れたようにぼやいていた。「はあ、ほんと疲れる。この坊主、もう学校の伝説になりかけてるわ。」
その時、田中翔がニヤニヤしながら近づいてきた。「なあ、凛。お前の家にいるあの覚空さん、本当にそんなに強いのか?俺にも少し技を教えてもらえないかな?最近、男らしさを高めたい気がするんだよね!」
「技を教える?」凛は田中を横目で見て、「どうせカッコつけたいだけでしょ。」と突き放した。
田中は頭を掻きながら、照れ臭そうに笑った。「いやいや、そんなこと言わないでさ。頼むよ、お願いだから聞いてみてくれ!」
凛は一度断ろうとしたが、ふと考えた。「田中みたいなやつが興味を持つくらいなら、どうせ他のやつも覚空にお願いしに来るだろう。それなら、いっそのこと最初に片付けた方がいいか……」
「分かったよ。一応聞いてみる。でも、何があっても責任は取らないからね!」とため息をつきながら答えた。
少林武道講座の準備
凛が家に帰り、学校の生徒たちの願いを覚空に伝えると、覚空は庭で座禅を組んで瞑想していた。彼は話を聞き終えると、ゆっくりと目を開け、穏やかな表情で言った。「学生たちが学びを求めるなら、貧僧として当然お答えします。しかし、武道の道は身を修めることにあります。心が正しくなければ、技を学んでも無意味です。」
凛は肩をすくめ、「あの連中が少林寺の教えを一夜で理解するなんて期待しないほうがいいよ。ただの興味本位なんだから。」
「それでも、貧僧は簡単な方法で導きます。」覚空は立ち上がり、「基本的な技を通じて、身心を鍛え、その志を高める手助けをいたしましょう。」
「……好きにすれば?」凛は手を広げて無関心な様子を見せた。「ただし、少林寺の僧たちみたいに簡単には言うこと聞かないから、覚悟しておいてね。」
覚空は微笑みながら合掌し、「阿弥陀仏。すべては因果によるもの。貧僧は流れに身を任せるのみです。」
初めての少林武道講座
翌日、学校は覚空のために広い体育館を用意し、「少林武道講座」を開催することになった。この話が広まると、ほとんど全ての生徒が体育館に押し寄せ、大盛況となった。
田中は最前列で興奮しながら声を上げた。「覚空さん、あの『二本の指で相手を倒す技』を教えてください!」
「俺は軽功を学びたい!」
「俺は内力を教えてほしい!」
「覚空さん、兄貴を倒せる必殺技を教えてくれ!」
覚空は竹の棒を手に持ちながら、台上から喧騒の中を見渡し、合掌して静かに言った。「諸君、貧僧が今回教えるのは、争いに勝つためではなく、己を磨くための術です。不純な心で学んでも、何も得られません。」
一瞬、場内は静まり返ったが、すぐに再びざわつき始めた。
「磨くとか言っても、結局強くなるんでしょ?」
「覚空さん、言うことが深いな……!」
「さすが高僧、哲学が違う!」
体育館の隅にいた凛は腕を組みながら呆れた様子で、「ほんと、この連中の頭の中はどうなってるんだか……」とため息をついた。
覚空の教え:馬歩の試練
覚空の最初の授業は「馬歩」という基本の構えを教えることだった。
生徒たちを一列に並ばせ、足を肩幅に開き、膝を軽く曲げ、腰を落として安定した姿勢を保つよう指示した。そして覚空は竹棒を手に、一人ひとりの姿勢をチェックしながら歩き回った。
「馬歩を安定させなさい。重心を浮かせてはいけません。」
「膝を過度に曲げすぎると力が入らなくなります。」
「足先は少し内側に向け、気を丹田に沈めるよう心がけてください。」
最初は楽しそうだった生徒たちも、数分後には次々と悲鳴を上げ始めた。
「覚空さん、これきつすぎるよ!足がもう限界!」と田中はゼーハーと息を切らしながら叫んだ。
「身を修める道は、継続にあります。」覚空は穏やかに答えた。「しっかり立つこともできない者が、何を学べましょう。」
体育館の隅でそれを見ていた凛はクスクスと笑い、「この坊主、意外と厳しいな」と呟いた。
馬歩の次に、覚空は生徒たちに「少林基本拳」を教え始めた。だが、すぐに現代の生徒たちと少林寺の僧たちではレベルがまるで違うことを思い知らされた。
基本拳を学びながら、動きが大きく逸脱し、なぜかカンフーではなくダンスのような動きになる者。
手足の動きが全く噛み合わず、自分の足に引っかかって転倒しそうになる者。
挙句の果てには、田中が「内力が通った気がする!」と叫びながら地面に倒れ込む始末。
覚空は深い溜息をつきながら、「武道を学ぶには心を落ち着けることが必要です。焦りや欲に駆られれば、何も得ることはできません。」と諭した。
場外で見ていた凛は大笑いし、「これ、まるで少林寺のドタバタコメディだわ!」と大声で笑った。
講座が終盤に差し掛かった時、剣道の胴着を着た一人の女子生徒が体育館に入ってきた。彼女は鋭い目つきと堂々とした姿勢で、ただ者ではない雰囲気を漂わせていた。
「覚空さん、一手お相手願えますか?」その女子は覚空の前に立ち、冷静かつ毅然とした口調で言った。
体育館内は一瞬で静まり返り、生徒たちは小声で囁き始めた。
「剣道部の桜井部長だ!」
「全国大会で3位になったらしいぞ!」
覚空は桜井を見つめ、合掌して尋ねた。「施主は、何のために戦いますか?」
桜井は手にした竹刀を握り締め、「覚空さんの技を見て、武道の真髄を確かめたいのです。」と答えた。
体育館の隅で見ていた凛は顔をしかめ、「桜井先輩まで来るなんて、これは面白くなりそうだわ。」と呟いた。
二人は体育館の中央に立ち、周囲の生徒たちが円を描くように見守った。桜井は先手を取り、竹刀を素早く覚空の肩に向かって振り下ろした。しかし、覚空は軽く体をひねるだけで避け、手のひらで竹刀を軽く押し返しただけで桜井を二歩後退させた。
それでも桜井は怯まず、すぐに体勢を立て直し、さらに鋭い攻撃を仕掛けた。しかし、覚空はすべての攻撃を正確にかわし、余裕を持って対応した。
観客たちは息を飲んで見守りながら囁いた。
「すごい反応速度だ……!」
「覚空さん、まるで隙がないぞ!」
数回の攻防の後、桜井は攻撃を止め、息を切らしながら言った。「負けました。覚空さんの技は確かに卓越しています。」
覚空は微笑み、「施主の剣技は見事ですが、もし心の執着を捨てれば、さらに高みに至るでしょう。」と答えた。
講座が終わった後、生徒たちは覚空の周りに群がり、彼に対する崇敬の念を表した。覚空はその一人ひとりに穏やかに対応した。
体育館の隅で見ていた凛は顎に手を当て、「この坊主、ほんと人気者だな。これからずっと面倒見なきゃいけないのかも……」とぼやいた。
夕日が体育館の外に差し込み、覚空の影と生徒たちの笑い声が重なり合った。この現代の学校で、少林寺の僧侶による新しい修行の日々は、まだ始まったばかりである。
次回予告
覚空、剣道部の特別練習に招かれる!全校最強の剣士との対決で、少林功夫はどんな力を見せるのか――?