九ノ書「命をかけて戦う理由」
試験が始まるまであとどのくらいだろうか。
周りがソワソワとし始めたからもう少しだと思うんだけど…。まぁ今はヘルフの話を聞こう。
「ところでレントさん…でしたっけ?」
「そう…だけど…名前言ったっけ?」
「直接は言われてないですけどこの中で知らない人はいないと思いますよ」
「あ、そうかこの中で堂々と名前言ってたわ…」
あの狂狼め…!
「あの、おいくつですか?」
「え?年齢?」
「はい!」
「18歳だけど…」
「わぁ!良かった!僕もなんです!同い年なんじゃなかって思ってたんですよー!」
なんか面白いな。この人。
「そうなんだ、僕も嬉しいよ。」
「えっと、レントさんは」
「レントでいいよ。対等に話そう?」
「そう?じゃあお言葉に甘えて…。レントはどこから来たの?出身は?」
やばい、この質問が一番の地雷だ。この世界の街や国の名前なんか知る由もないし………。
「それが兄のこと以外覚えてないんだ。記憶喪失で」
また嘘をついてしまった…。
「記憶喪失……ってことはレントは<奪われし者>なんだね」
「ろす…たー?」
「闇の神に記憶を奪われて自分の有り様を奪われた者。それが奪われし者、ロスター。一説には闇の神が危険と判断した存在を手にかけることが出来ないから記憶を奪って邪魔してるっていうのがあるんだ」
「なるほど…」
「ロスターの人は突出した何かを持ってるってよく聞くけどあれは本当みたいだ。だってレント凄かったもん!」
ロスター…。それが本当ならこの世界には記憶を無くした者が一定数いることになる。本当に闇の神の手によってかは分からないけどロスターの謎を解明すれば転移した理由も分かるかもしれない
「レント?大丈夫?」
「あぁ!大丈夫大丈夫。それより人多いんだな試験って。てっきり少ないもんだと思ってたよ。命懸けなのに」
「命懸けでも皆叶えたい夢や守りたい人がいる。だから勇者を目指すんだ……」
「夢…?」
「…」
「じゃあヘルフの夢は何?ヘルフはなんのために命をかけるの?」
「僕の夢か…。それは…」
「それは?」
「ぼ、僕臆病者で弱くて…。そんな自分が嫌だった。でもある日道端で疲れ果てて死にそうになっていた旅人を助けたらありがとうって言ってくれたんだ。初めて僕は人を助けるということを知って、もっと色んな人を助けたいと思った。だから勇者を目指したんだ」
「そうか…ヘルフは人を助けるために自分の命をかけているのか…立派だな」
「ありがとう。レントも立派だよ。記憶を失ってもすべき事をやる…。普通は出来ない。かっこいいよ、レント」
記憶を失っても…か。ヘルフは僕が知らない色々な情報を知っている。正直に話せば正直に返してくれると分かる。言うべきかもしれない。僕が本当はどこから来たのか。今どういう状況なのか。この剣はなんなのか。
「レント?」
信じてみよう。ヘルフを。
「ヘルフ…実は僕は…」
「只今より!勇者試験!第一の試験を始める!!参加するものはこの奥へと進め!」
「ついに始まったね!レント!」
「あぁ…」
「必ず二人で突破して、決勝で戦おう!じゃまた!」
「また…な」
真実を話す事は出来なかった。ヘルフは良い奴だ。
ヘルフなら信用出来る…でも本当に話すべきなのか…
レオの事もある。迂闊に喋れば余計な誤解を招くかもしれないし……。まぁいいとりあえず今は試験に集中しよう。勇者になる。それが先ず第一の目標だから。
かくして勇者試験が始まった。
十ノ書に続く