一ノ書 「神に嫌われた男。転生」
この世に絶望した高校三年生の古堕 蓮兎は自分の命を絶つ覚悟を決め屋上に立っていた。思わぬアクシデントで足を滑らせた蓮兎は気づくと知らない道に倒れており目の前には美少女が。
神に嫌われた男が神を殺す。
そんな理不尽な異世界下克上ストーリー。開幕。
……この世界には理不尽が満ち溢れている。
もう何もかもどうでもいい。そう感じて止まない
18歳の誕生日の今日。僕、古堕 蓮兎は………死ぬ。
学校の屋上はとてもいい風が吹いている。
歴代の最高気温を更新した今年の夏だが今日はこの風のおかげでいくらかマシに感じた。風のおかげなのかいつも苦痛がつき纏っていたこの場所は何故か愛おしさを感じさせる。身体中にできた痣は涼しい風にさらされてズキズキと痛む。この痛みもこの学校での生活も人間もみな鬱陶しい。何かも消えてしまえと思っていた。でも神様は優しくないからそんなことは叶わない。僕のような落ちこぼれは助けてなんて貰えない。神様は理不尽だ。平等になんて助けてくれない。
僕はもう、疲れたんだ。
親にも見放され、家に引きこもってばかり。
何が楽しくて生きているのかそんな事を考えている自分に、理不尽な世界に…疲れたんだ。
だから僕は死ぬ。
誰かが言っていた。
自分で命を絶つ奴は天国に行けないんだって。
地獄なんて怖くは無い。でも神様には会いたい。
一言必ず言ってやるんだ。なぜ助けてくれなかったんだと。地獄に落ちたとしても必ず這い上がって必ず神様に言ってやる。
………はぁ…
こうしてうだうだとしょうもないことを考えて踏み出せない自分自身にもイライラする。ただ1歩前に進むだけで終わりなのに、覚悟していたはずなのに、何故足がすくむのだろう。やはり神様は理不尽で人でなしだ。僕には勇気すらも与えてくれなかったんだ。
その時、イタズラな強風が僕を煽った。
フェンスの上に立っていた僕は風に押され自分の汗で滑りそのまま落下した
「あっ…!」
偽物の覚悟でその場にいた僕は逆さまになった世界を見て恐怖を感じた。そして理解した。これで終わるんだと。覚悟していたはずなのに恐怖を感じるのはなぜなのだろう。そう思いながら僕は落ちていった。
ゴンッ!!!
鈍い音が頭に響いた瞬間。意識が飛んだ。
何も見えず何も聞こえず何も感じずただ暗い闇がそこにひろがっていた。
これが…死か。寂しいような虚しいようなそのどちらでもないような不思議な感覚。それは思ったよりも穏やかだった。
突然耳に声が入ってきた。
「…し…!…ぶ…で…か?!」
なんだろう…何を言っているんだろう…
僕に何か声をかけているのか…?
「ょ…と!あぶ…いですよ!」
少しずつ聞こえるようになってきた。
それと同時に暗闇に白い光がうっすらと入ってくる。
「起きてください!!危ないですよ!!!」
ハッキリと声が聞こえた。その瞬間僕は目を覚ました。
「良かった…!大丈夫ですか…?こんなところでまさか人が倒れているなんて…」
目を覚ますとそこは森に囲まれた整備のされていない道路のような真ん中だった。僕はなぜかこの道の真ん中で大の字に倒れていた。そんな僕に声掛けてきているのは綺麗な金髪の少女だ。あの暗闇での声はこの子の声だったのか。外国の子だろうか…顔立ちが日本人とはちが…
「あっ!そうだ!早く起きてください!ここは危ないんです!ここはアイツらの住処の近くなんです!」
そう少女が言った途端周りの森からガサガサと音がしたと思ったら何かが物凄い速度で現れた。
「あぁ…!言わんこっちゃない!」
現れたのは巨大な狼だった。
「うわぁぁぁっ!!」
思わず情けない声を上げてしまった。
こんな狼は見たことがない。動物園から脱走したのか?でも世界にこんな大きな狼がいればかなり有名になっているだろう。
「グルルルッ…!」
その狼はヨダレを垂らしながらこちらを激しく威嚇していた。
「はぁ…はぁ…!な、なんなんだこの狼は…っ!?」
「こんなところで魔力を使う訳には…!
……はぁ…仕方ないか……下がっていてください」
少女は立ち上がると僕の前にでて庇うような体制をとる。
「ヴゥゥウ…!…………ガァウッ!」
巨大な狼は目を血走らせながら僕と少女の方に突っ込んでくる。
「うっ…!うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
やられる、そう思った瞬間。少女の体をキラキラと輝く風が包んだ。
『ー風之悪戯ー』
少女の体を包んでいた風は刃の形になり狼に向かっていった。瞬きをする間に狼はバラバラにされてしまった。
「ひぃっ!?」
分かった…。これは悪夢だ。死ぬ事へのショックで落下中に気絶して夢を見ているんだ。出なきゃおかしい点がいくつもある。こんな変な道にいるのも、存在するはずの無い巨大狼も金髪の美少女もその少女が放った謎の風も何もかもが現実とは思えない異常なものだ。
「大丈夫ですか…?お怪我は?」
少女はこちらを振り返ると優しく声をかけてきた。
「だ、大丈夫です…」
「そうですか。良かったです」
にっこりと微笑む太陽のような笑顔はあまり人と親しくしてこなかった自分には直視が出来ない程眩しかった。
ふと我に返り今自分の置かれている状況を把握しようと思い立った。
「あ、あの…すみません。助けて頂きありがとうございました。つかぬ事をお聞きしますが、ここはどこでしょうか?」
「へ?あなた様はここがどこか分からず倒れていたのですか?」
「え、ええ…まぁ…」
「な、なんて事…。まさか記憶喪失というやつでは…」
要らぬ勘違いを与えている気がする。
「いや、そういうわけでないんです…!えっと…その…説明がしずらいというか…なんというか………とにかく、ここはどこのなんですか?」
少女は一瞬不思議そうな顔をしたが教えてくれた。
「えっと…ここはスアイの周辺国家であるモントールとその隣国ヘルヴィリアの間に位置するグアラ森林です。この道は商人やふたつの国の住人は滅多に通ることの無い危険な道なんです」
スアイ?モントール?なんだそれは。聞いた事の無い地名や名称が脳を混乱させてくる。
「ちょ、ちょっと待ってください、ここは埼玉かどこかじゃないんですか?」
「サイタマ?……それが貴方様の出身の村の名前でしょうか?」
「へ…?」
村?何を言ってるんだ?
ここは外国…なのか?
もし外国ならなぜ僕はこの見知らぬ外国の美少女とスラスラと会話出来ているんだ?
「あ、あの、ではここはなんという国ですか?」
「だーかーら!スアイの周辺国家ですって!」
やはり何かがおかしい。僕は高校3年間。1度も地理でも世界史でも赤点を取ったことは無い。
資料集でも地図帳でもそんな国の名前は出てきたことがないのだ。
もう何もかも分からずパニックになりそうになった瞬間またしても森の方からガサガサと音が聞こえさっきの狼よりもさらに巨大な狼があらわれた。
グォォォォォォォッ!
大きく口を開けた狼は肉が削がれそうな咆哮をこちらに向けて放つと戦闘態勢で睨みつけてきた。
「な、なんなんだよ…!一体!」
僕はもう何も考えられなくなっていた。
「まさか…群れのリーダー…?!こんな時に出会ってしまうなんて…今の私の魔力じゃ倒せない…」
僕は腰が抜けてしまいその場に座り込んでしまった。
グルルルルルッ…!ウガァゥッ!
こちらに向かってくる狼をみて僕はさっき感じた感覚と同じ感覚を味わった。絶大な恐怖を。
「危ない!」
少女がそう言いながら僕を庇った。
「うっ…!」
避けきれなかったのか腕から出血していた。
「す、すみません!ぼ、僕のせいで…!大丈夫ですか…!?」
「大丈夫…です…。逃げましょう、あいつには勝てません!」
少女はそう言い立ち上がると僕の腕を掴み、森に向かって走り出した。
「わっ、ちょ、ちょっと!」
「いいから走ってください!」
わけも分からず森の中を2人で走った。
その間巨大な狼は僕たちの後をすごいスピードで追いかけてきていた。
「こ、このままじゃ追いつかれてしまう…!」
「大丈夫です!こっちに!」
少女はまたしても僕の腕を引っ張り急に曲がった。
視界の先には小さい洞窟が見えた。
「あそこまで頑張って走ってください!」
「は、はい!」
無我夢中で走った。脳に酸素が回らないんじゃないかと思うくらいに全力で。
ガウァァァッッ!
狼に追いつかれ喰われる寸前、洞窟に入ることに成功した。巨大な狼は何度も頭を洞窟に打ち付けて入ろうとするが洞窟はその巨躯を入れることを許さず狼は諦めて威嚇しながら森へ颯爽と消えていった。
なんとか危機を乗り切った僕と少女はホッと息を吐いた。
「な…何とかなりました…ね」
「そうですね…まさか群れの主に出くわすとは思いませんでした」
「群れ……あいつらはなんなんですか?」
「記憶喪失では分からないですよね。あれはポイズンウルフというクリーチャーです。牙と爪に猛毒をもつ危険なクリーチャーなんです。」
「クリーチャー…?」
「奴らはこの森を縄張りにしていてあの道は奴らの狩場なんです」
僕が巨大な狼だと思ってたあれはポイズンウルフという名のクリーチャーという化け物でそんな奴らの狩場のど真ん中でなぜか倒れていたと言う訳だ
「な、なるほど…色々教えてくれてありがとうございます」
「はい…」
とりあえずあいつら…ポイズンウルフには気をつけなきゃいけない事はわかったが自分が今生きているのか死んでいるのかここはどこの国なのかを理解しなければいけない。
「あの助けてくれて本当にありがとうございました。ポイズンウルフには気をつけます。僕は少し考えたり調べたりしなきゃいけないことがあるのでこれにて失礼します」
頭を下げ洞窟を出ようとした時服を引っ張られた。
「へ?」
「やめといた方がいいですよ。今外に出るのは。もうじき日が暮れます。ポイズンウルフは夜行性なのでこれからもっと凶暴になり集団で襲ってきます。だから今日は洞窟で朝を待った方が賢明です」
そう言って少女は僕の服をよりいっそ引っ張り僕の顔をじっと見つめた。
その目は奥になにかを宿している。そんな目だった。
「そ、そうなんですか…。分かりました。今日の夜はこの洞窟で明かすことにします」
「理解して頂けたようで良かったです」
少女はニコッと微笑むと引っ張っていた手を離し、腰を下ろした。
やはりこの子からは何かしらの雰囲気を感じる気がした。
約1時間後
『ー火ー』
少女がそう唱えると周辺に落ちていた枝をかき集めた小さな山に火が点った。
「うぉっ…暖かい…」
「スアイ自体が雪国ですからね周辺も夜はとても寒いんです」
「な、なるほど」
「あ、あの今更ですけどお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「そういえばお互いに名乗ってませんでしたね…
僕は古堕 蓮兎。蓮兎って呼んで欲しいです」
「珍しい名前なのですね。レント…珍しいけどいい名前ですね」
「あ、ありがとう」
「私はレオーナ。昔は仲間からレオと呼ばれていました」
「レオ…うん。なんかそっちの方がしっくりくる気がします。レオって呼びますね」
「ありがとう」
「レオはこの辺に住んでるんですか?」
「……」
レオは俯き少し表情を曇らせた。
「あっ、ごめんなさい!さっき会ったばっかの知らない男に住んでる場所なんて聞かれたら困りますよね!あは!あは!あは…あは…はは…」
「……」
ものすごく気まづい空気が辺りを包んだ。
助けてくれたからって調子に乗りすぎた。
今まで僕に構う人なんてそうそういなかったからつい嬉しくなって失礼なことを聞いてしまったな。
この空気をどうしようとワナワナしているとレオはスっと立ち上がりたき火を通り過ぎ僕の隣に座った。
「レオさん?」
レオは僕に寄りかかるように頭を倒した。
「っ!?れ、れおさん!?」
腕にレオの体温が伝わってくる。
一言も発する事無くただ僕に何かを託すようにもたれかかっている。
聞こえてくるのは焚き火の火花の音とレオの呼吸音と自分の心臓の鼓動だけ。
何故か自然と心が落ち着いてゆく。こんな時間が一生続けばいいのにな。そう思えた。
しばらく沈黙が続いたあとレオはスっーっと息を吸い口を開いた。
「私は、エルフ族の生き残りなんです」
突然の発言に僕は驚いて声が出なかった。
「エルフはこの世界では伝説上の種族とされてきましたが実在するんです。約2000年前ほぼ絶滅状態にされ今ではエルフを知っている人すらもほとんど居ません」
「え、エルフ…ですか?2000年って…何の話ですか?おとぎ話じゃ…」
「レントは記憶喪失ですから何も分からなくて当然ですよね。では今この世界についてお教えします」
今この世界について。僕はこの発言が後に自分に与えるとてつもない衝撃の前触れだとは気づかなかった。
なんにせよ今僕が置かれている状況を把握するチャンスが来た。
「この世界は今闇の神に支配されています」
「闇の…神?」
「そう、皆は魔神と呼んでいます。魔神は約3000年前この大陸、モーン大陸を闇で包み込み一気に支配しました。当時巨大な3つの国の王が大陸を治めていましたが魔神はその三人の王を一瞬にして打ち負かし、たった1夜で大陸は魔神のものになってしまったのです」
「モーン大陸…」
「闇の神の力は3000年経った今でも変わらず倒すどころか弱点すらも見つかってないんです」
淡々と万人の認識のように今の世界の状況を語るレオの顔を見つめながら僕はようやく自分が置かれている状況を理解してきた。
ひとつの仮説が頭をよぎる。
僕は”異世界転移”をしてしまったのではないか?
異世界転移とは何かしらのアクシデントによって生まれ育った世界とは別の世界に飛ばされる事を指す言葉。
聞いた事のない国、存在するはずのないクリーチャー、魔神の存在、レオの体から放たれた風、焚き火の火、エルフ族…全てが異世界転移によって僕が別の世界に転移したなら納得がいく。
誰もが一度は夢を見た魔法や剣の世界が広がっているのかもしれない。僕は恐怖と共に少しのワクワクを心に抱いていた。
僕は何故この世界に転移したのか、どうするべきなのか。知るべき事がハッキリとした。
より知見を広げる為にレオの話に耳を傾ける事にした。
一ノ書 「神に嫌われた男。転生」
二ノ書に続く。
お読みいただきありがとうございます。
かつてより構想していたストーリーをどこで出すか考えていましたがこのサイトを知り執筆してみる事にしました。まだ第1話ですが今後面白くなってまいりますので継続して見ていただければ幸いです。
キャラの名前や出てきた魔法の読み方等は適宜まとめて出す予定なので是非そこもチェックして頂きたいと思います。私の描く異世界を是非お楽しみください。