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第96話 水龍の欲①



 月の綺麗な夜。

 水龍は自身の居室に隣合う浴場で、空を見上げていた。

 ここは汗を流す為だけに作られた、言わば簡易式の浴場。しかし簡易式とはいってもそこは一国の王。浴槽だけでもベット二台分はあり、長身の水龍でもゆったり寛ぐことができる。


 ふぅ……


 湯上がりの体にガウンを羽織り、冷えた酒を一気に飲み干す。濡れた髪から落ちる雫が、鍛え上げられた胸筋に滑り落ち、得も言われぬ艶を醸し出す。

 この場に令嬢達がいたら奇声をあげて失神していただろう。 


『ミレイ……か……』


 薄暗い部屋のなか、窓辺の長椅子に腰を下ろして夜風に当たれば、火照った体も徐々に落ち着きをみせる。


 食事など生命を繋ぐだけのもの、と認識していたが考えを改めなくてはな……。


 それくらい先日の晩餐会も今日の昼食会も楽しかった。水龍の口元が緩やかに孤を描く。


 テーブルの上には読むべき資料と未決済の書類の束。

 そして中央に鎮座してるのは、この部屋には似つかわしくない……むしろ初めて見る女性用ドレスのデッサン本が置いてあった。


 レミスか……?

 まったく仕事が早いな……。


 時に有能すぎる近侍頭の顔を思い浮かべながら、酒を片手に本をめくる。


 Aラインのフワリした赤色のドレスに、淡い黄色の花をモチーフにしたドレス。大きく襟ぐりの空いた紺色のマーメイド型のドレスなど、どれも夜会で見たことがあるようなドレスばかりで、正直よくわからない。


 ドレスなどただの服。何を着ても変わりはないだろうに……。私ではなく本人に選ばせれば早いのではないか? いや贈ると言った手前、そうもいかないか……。


 ふぅ〜と溜め息が漏れる。


 服に興味はなくとも、そこはこの国を代表する王であり紳士。女性に振る舞うべきマナーは徹底的に叩き込まれている。


『せめて好みの色くらい知っていれば違うのだがな……』


 それは先程、本人にスルーされたばかり……。

 落ちる気持ちを酒と一緒に流し込む。

 酒瓶とグラス、資料と報告書をベット横のサイドテーブルに置き、大量のクッションに身を沈める。


 何も変わらない日常


 月が緩やかな動きを見せる間、水龍は眉間に皺を寄せながら資料と報告書を交互に眺める。

 ふと目を離すと、天窓から鮮やかな月が視界に入り込む。 


 『もうこんな時間か……』


 今日も寝れそうにない。

 今夜は満月……月の力が最も満ちる日。


 水龍は夜の闇と月明りを眺めながら、昼間のミレイを思い出した。



「──体の疲れは知らずに溜まるもの。

 ……また添い寝をしてあげましょうか」


 イタズラっぽく笑う仕草は子どものようだった。




 添い寝……か。


 たしかにアレは

 ……あたたかくて ふわふわして


 不思議な感覚だった



 あの時のぬくもりは……


 心地よかった…… 気がする



 頭の芯が…… ぼうっとして…… 


 揺蕩(たゆた)うような……

 鼻腔をくすぐるような 甘いにおい……



 あぁ、また味わいたい……ものだ



 水龍は頬を緩めると、そのままベットに身を沈めた。




  ◇  ◇  ◇




 コンコン。


『失礼します陛下。朝のご挨拶にまいりました』


 クウが入室すると、部屋の主はまだベットの中にいた。カーテンを開けても起き上がる素振りもない。


 また遅くまで起きておいでだったのか。もっと睡眠時間を取ってほしいのにな……。


 たまに寝坊することもあるが、いつもなら既に起きていて身支度まで済ませていることがほとんどだ。


 豪奢なベットに近づき、再度声を掛ける。

 しかしクウはそこで奇妙な違和感を覚えた。


 なんだ? 

 何かが……おかしい……?


 上掛けから僅かに出てるのは、朝日を浴びてキラキラと輝く銀色の髪。

 王であることはたしかだ。

 でも、なにかが違うような……。


 無礼とは思いつつ、クウは王の肩の辺りに軽く触れて揺さぶると、その華奢な感触に驚いた。


『しっ失礼します!』


 無礼とはわかっている! 

 わかっているが……上掛けを勢いよく剥ぎ取った。


 するとそこに寝ていたのは……



 小柄な銀髪の子供だった……



『すっ、水龍さまぁ〜!?』


 あまりのことに素っ頓狂な声を上げてしまった。

 その声を聞きつけた、廊下の衛兵がドンドンと居室のドアを叩く。


『近侍頭様。いかがされましたか!?』


 クウはすぐに事態を察知して、ドアに駆け寄ると今にも空きそうなドアを抑えて入室を拒んだ。


『大事ない! 大丈夫だ!

 それよりも側近のダニエル殿を呼んできてくれ!』

『しかし! 陛下になにかあったのではないのですか!?』


 普段は冷静な自分があんな声を出したのだから仕方がない。 

 職務に忠実な臣も大歓迎だ! でも、それは今じゃない!

 今の状態を見られる訳にはいかない!


『大丈夫だ! とにかくダニエル殿を呼んできてくれ!』

『わっ、わかりました!』


 一人の足音がバタバタと遠ざかるのが分かる。おそらくもう一人は扉の外で待機しているのだろう。


 チラリとベットの方を見遣ると、銀髪の子供が目元を擦りながら起き上がるのが見えた。


 水龍さまぁぁ〜!!


 クウは心の中でもう一度絶叫した。




『──これは一体……』


 呼び出されたダニエルも絶句だった。


『また戻ったようだ』


 そう冷静に語るのは、身支度を終えたばかりの、いつもより少し声が高くて、いつもより大分背が縮んだ……我等の主君。


『なんで〜!?』


 声を張り上げた側近の口を慌てて塞ぐのは、同じ想いのクウだった。


『外の衛兵が不審に思っている。気持ちはわかりますが声を落として下さい』


 自分のことは棚に上げて、粛々と注意するとダニエルもコクコク動く、首振り人形と化した。


『なんで……と言われてもな。わからん』


 足を組み、そっぽを向く可愛らしい王に非難の目を向けてしまう。


『いや……わからん……て。何か理由があるでしょう? 

 思い当たることは無いんですか? 昨夜のことを思い出して下さい』


『ふむ、昨夜か……』


 自身の顎と薄い唇に触れながら考え事をするのは王の癖。

 幸いなことに身近な者しか知らない、見方を変えれば煽情的にも見える、麗しい王の癖……。

 それが子供の姿だとこんなにも愛らしいのか!!


 側近二人は表情筋を殺すのに全神経を使った。


 そんな二人の胸中など知らない水龍は、ダニエルに言われた通り昨夜の事を思い起こす。


 風呂に入り、いつものように仕事片手にベットに入った。

 何も変わらない……

 変わったと言えば、昨夜は良く寝れた気がするが……


 ふとミレイの顔が思い浮かぶ。


 そう言えばミレイの事を考えながら寝たような……


 その時、ふわりと胸に温かいものを感じた。


 まさか……

 いや、でも……



 カアッーー!

 突如、赤面をする小さな王に今度は二人の方が焦った。


『どうされたのですか? 

 なにか思い当ることがありましたか?』


 駆け寄るクウに『……なんでもない!』と、力いっぱい否定した。


 認めるわけにはいかない

 そんな…… そんな……


 己の欲のために退行したなんて……


 ミレイを……

 あの温もりを得たいが為に、退行したなんて……


 絶対知られる訳にはいかない!!



『とりあえず、このままって訳にはいかないので水姫を呼びましょうか』

『そうですね』


『水龍さま、レミス殿の転移術で呼びたいんですが良いですか?』

『あぁ、なるほど。たしかにいろいろと具合が悪いですね』

『理解が早くて助かります』


 いちいち説明しなくても、即座に理解してくれるクウにダニエルはニコリと微笑んだ。


『ミレイを……呼ぶのか?』

『『…………』』


 なおも赤面し、僅かな抵抗を試みる小さな王に優秀な臣である二人は何か悟った。


『呼びます。では王の許可が出たので転移術、よろしくお願いします』

『了解した』


 水龍の止める間もなく、側近二人でさっさと話を進めるとクウの下に陣が現れ、一瞬ののち、その姿が消えた。


『私は許可など出してないぞ』


 職権濫用ともとれる行動に、今度は水龍が非難の目を向けた。

 王宮内で高度な術を行使する場合は、限られた施設のみとされており、それ以外で行使する場合は基本的に王の許可が必要だ。


『ですが、今のところ退行した体を元に戻せるのは水姫だけなんですから、呼ぶしかないでしょう?』

『そうだが……』


 己の浅ましい想いに気づいた故に、気まずい……。


『あぁ、この時間だと水姫もまだ寝てる可能性ありますよね。

 どうします? 夜着のまま来たら……』


『やっ、夜着って……』


 楽しそうに冗談をこぼしたダニエルだったが、話をふられた本人は顔どころか首まで赤く染めて返答に困っていた。

 ダニエルは小さな子供をイジメてる気分になり、片手で顔を覆って謝罪した。


 その時、部屋の一角に光が溢れ二人の人影が見えた。


『相変わらず見事な術ですねぇ〜』



 ──転移術とはレミスの家系にしか現れない特異な術式であり、それを持って生まれる子供も極まれだった。

 師と呼べる者は過去の資料だけ。

 制御も難しく、過去には修練中に命を落としたり、空間から出てこれなくなった者もいたという。

 そんな状況下でもレミスは体得し、王宮内といったピンポイントの狭い範囲の移動も可能にするくらい極めた。いわゆる天才なのだ。


 エリート神官の家系に生まれた者が、なぜ近侍をやってるんだろう……と、出自を知る者は皆、不思議がる。

 近侍頭にそれなりの権力はあるが、所詮は侍従のトップでしかない。 レミスの転移術は秘匿とされているが、それでもその妖力量と家の力を持ってすれば、上位神官にもなれるのだ。


 ダニエルはそんな腹黒い同僚と一度は酒を酌み交わしたいと思うくらいには、興味があった。


 光が収まるとレミスに抱きつき、眩しそうに目をシパシパさせてるミレイがいた。ダニエルはふわりと爽やか笑うと『水姫様、おはようございます』と挨拶をした。


「おはよう……ございます?」



 この慌ただしく、異様な光景にミレイはまだ夢の中なのでは……と、現実逃避を試みた。




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