第88話 呼び方
朝日が昇り、街が蜂蜜色に輝き始める頃、部屋の下から交代の時間なのか衛兵達の話し声が聞こえてくる。
薄っすら目を開けると薄い光が室内に射し込み、輝くばかりの朝日が眩しい。
「あさ〜……」
リリスさんの家にいた時はとっくに起きて山羊の乳絞りをしていたなぁ〜。日本にいた頃はバタバタ〜って着替えて、とりあえずパンとコーヒーを流し込んでるくらいの時間かな……?
『仕事やだよ〜なんて言ってた頃が懐かしい〜』
ベットの上でゴロゴロしていると、ノックの音が響き侍女さんが入ってきた。
『おはようございます。水姫様』
「おはようございます」
顔を洗って、身支度を整える。こちらの服はくるぶし丈のロングスカートが一般的で気候が安定してるせいか、服も薄地が多いらしい。
足捌きがまだ慣れないけど、中世ヨーロッパみたいにコルセットがなくて良かった〜。
出された食事を口にしてると、この国に来てから初めて「本日の予定」を聞かされた。
『本日ですが、昼食をお取りになった後に陛下の執務室まで来るよう言付かっております。その際、衛兵が同行しますので、決してお一人で行動されないよう、お願いします』
昨日の一件を言ってるんだろうな〜。でも……
「昨日で道順覚えましたから一人でも平気で……」
『衛兵が付き添います』
被せてきた〜。
「でもそんなことの為に手を煩わすのは申し訳ないです」
『ご配慮ありがとうございます。ですが交代の時間に向かいますので、問題ありません』
……うん。丁寧だけどガ・ン・コ!
「ふう。わかりました〜。ではここで指示があるまで待ってます」
不毛な会話だと早々に諦め、若干、不貞腐れた口調で言うと侍女さんは戸惑いながらも『よろしくお願いします』と言ってそそくさ部屋を出て行った。
悪い人じゃないのはわかる。
おそらく優秀なんだろうな……。でもテンプレ通りの行動しかできないんだよね。そんなんじゃ現代日本では叱責の嵐だよ〜。
そんなことを考えつつ、食後の紅茶を頂く。
うん……美味しい……。
やっぱり優秀だなぁ〜。
そして午後になり、執務室を尋ねると
『水姫様お疲れ様です。ご気分はいかがですか?』
そう笑顔で話かけてきたのは、昨日私の事を『不快だ』と言ってたユーリだ。
「えーーっと。大丈夫よ?」
なに……? 昨日はあんなこと言ってたのに、この笑顔はなに?
『昨日はすみませんでした。僕が間違っていました。貴女のことを良く知らないのに……大変失礼しました!』
「えーーっと……」
『水姫様、この者も反省しておりますので昨日の非礼はお許し頂けますか?』
ダニエルまで一礼してくるこの状況にチラリと水龍さまを見ると、面白そうに眺めるばかり……。
「昨日も言いましたが、気にしてませんから大丈夫です。」
『ありがとうございます! 水姫様はお心が広くていらっしゃる……』
なにこれ……。
両手を組んで目をうるうるさせてるユーリと引き攣り笑いの私。それを見て微笑んでるダニエルさん
「あの。仕事の話をしませんか? 私は何をやらせて貰えますか?」
『おや。水姫様は勤勉ですね〜』
「暇すぎて死にそうなので……」
『ははっ。そんなセリフ一度でいいから言ってみたいですね〜……。
では、こちらの書類の仕分けをおねがいします。場所は隣の部屋を使って下さい』
さらりと言ってるダニエルさんの顔を見ると、疲れの色がかなり濃い。
ここもなかなかのブラックなのでは?
そんなことを思いながら隣室で黙々と仕分け作業をしてると、ユーリが紅茶を運んできてくれた。
『もうここまで進んだんですか?凄いですね……』
「こういう単純作業は嫌いじゃないから」
ニコリと笑うと、ユーリは頬を緩めて僕も手伝います! と言ってくれたが、教育係のダニエルさんから『あなたの仕事は違うてしょ〜』とまるで摘まれた子犬のように部屋の外に放り出された。
『まったく。私も少し出てきますから陛下も少し休んで下さい』
そうして今度は私がいる部屋に水龍さまが送りこまれた。
『陛下、寝れるようなら仮眠を取って下さいね。水姫様、陛下が仕事しないように見張ってて下さい。それが今の時間の貴女のお仕事です』
「えーーっと……」
『気にするな。あいつは少し強引なんだ』
まさかソファーで水龍さまと相向かいで紅茶を飲むことになるとは……。
子供の姿をしていても、ソーサー片手に紅茶を飲む所作はとても美しい。
なにか話題を……と会話の糸口を探していると、水龍さまの方から気まずさを解消するように話しかけてきた。
『……ここには少し慣れたか?』
「えっ……。まぁ、ぼちぼちです」
『ぼちぼち?』
「あーー。順調ってことです」
『…………そうか』
互いに紅茶を一口飲む。
おかしい。なんなら思念体の方が上手く話せていた気がする。
「あっ。ユーリくんがお菓子を準備してくれたんです。召し上がりますか?」
『……ユーリくん?』
水龍の眉がピクリと動いた。
「さっき、ユーリさんって言ったら本人が君付けの方がいいって言うからそうしたんです。……駄目でしたか?」
『……駄目ではないが、あいつは何をしてるんだ』
ふーっと、頭を抑えて溜め息をつく仕草は到底子供のとる行動ではないが、その見目麗しさからさほど違和感を感じさせない。
『美しい』は最強なのね……
「……陛下?……は疲れてませんか? やつぱり甘いもの食べます? 糖分は脳を活性化させて効率アップもできるし良いんですよ」
そそくさと席を立つミレイを見て、水龍は呟いた。
『会ったばかりのあいつがユーリくんで俺は陛下か? なんだそれは……』
「なにか言いました?」
『……お前はいつから私の臣下になったのだ』
「えっ……?」
『だから! お前は私の事を陛下と呼ぶがお前は私の臣下ではないだろう。何故、陛下と呼ぶ』
その目は真っ直ぐミレイを見ていた。クッキーのお皿をテーブルに置いて水龍さまの隣に座ってみる。
「えーーっと。空気を読んで?」
『はっ??』
「いや、だからみんな『陛下』って呼ぶから、それなら私もみんなと一緒で陛下呼びにした方がいいのかな〜って思ったんです」
『…………なんだそれは』
「日本人は空気を読む種族?なんですよ」
『はぁ〜……。まぁいい。さっきも言ったがお前は臣下ではないのだから陛下と呼ぶ必要はない。…………水龍でよい』
プイと横を向く仕草は子供のもののように見えるし、見えたと言えば、髪の隙間から見える耳は真っ赤だった……。
なっ……何これ。
かわいいんですけどーー!!
──叫びたい。叶うものなら思いっきり叫びたい!
『おい! 聞いているのか!?』
「あっすみません。ちょっと意識飛ばしてました」
『……は?』
怪訝な顔もハイ、かわいい!!
「あの!では『水龍さま』って呼ばせてもらいますね」
ニッコリ笑ってそう伝えると、怯みながらも『……好きにしろ』と言ってくれた。
──!? あなたが水龍って呼べって言った気がするんですけど?
まぁ〜。今は私のほうが見た目お姉さんだし? 流してあげましょう。
「ところでダニエルさんが仮眠をとるように言ってましたけど、いつもはどこで寝てるんですか? まさかこのソファー?」
『いや、そこの衝立の奥にベッドが置いてある。そこで軽く横になる程度だ』
「なるほど。それじゃ少し休みましょうか」
立ち上がって手を差し伸べてみたけれど、席を立つそぶりもない。
「水龍さま。ベットにいきましょ」
『!?……言い回しに気をつけろ』
仕方なく水龍も席を立つが、その白い頬は明らかに動揺していた。
まったく……




