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第86話 執務室の攻防①



「ひま……」


 あれから四日。

 忙しいのか、みんなが私のところを訪れる気配はない。侍女を一人付けてくれたけど、忙しいのか要件が済むとすぐに出て行ってしまって雑談する暇もない。

 ためしに「散歩がしたい」と言ってみたけど『お部屋でお過ごし下さいませ』と一蹴されてしまった。それなら侍女のいない隙に外に出ようとしたけど、廊下の衛兵さんにも『お部屋にお戻り下さい』と丁寧に戻される有り様。理由を知りたくて「近侍頭さんを呼んで下さい」と頼んだけど、そもそも話が通ったのか怪しい……。


 はあ〜。何これ軟禁?

 知り合いが少ないから仕方ないけどさ〜これはちょっとね〜。


「私の知り合いはクウとロス、サンボウ……あと水龍さまくらいだよね〜」


 ソファーでゴロゴロしながら呟くと、そのままむくりと起き上がった。


「水龍さまか……一番手っ取り早いかも」


 廊下の衛兵は毎日一時に交代する。そのタイミングで……。


 ミレイはニンマリと笑った。

 イタズラ心に火がついたのだ




  ◇  ◇  ◇



 ふー……。

 頭がボーっとするのは退行した後遺症か、はたまた眠りの代償か……。


 水龍は大きな執務机の前でこめかみを抑えていた。


『陛下。休息は大事ですが、手は動かしてもらえたら嬉しいです』

『……それは休息と言えるのか?』


 無茶を言う年若い補佐官見習いをまじまじと見つめる。


『陛下なら両立できます!』

 純粋に微笑む様子に、水龍は心の中で溜め息をついた。


 ユーリはダニエルの従兄弟にあたり、学院を首席で卒業しただけでなく、計算能力も高いという理由で補佐官見習いとして従事することになった。


 私に対する尊敬の念は感じるが、物怖じせずに物申すのは若さ故か……。


 それでも媚びへつらうよりは全然良い。


『……ふむ。市街地の水害は想定数よりは少ないな』


 私が零した一言にユーリが反応した。


『はい。僕もあの嵐を見たのでもっと甚大な被害が出てるだろうと思ってました。それに宰相閣下の話ですと、あれから数百年経過してるって話でしたから、それも良かったのかもしれませんね』


『こら、陛下の邪魔をするんじゃない。

 陛下は口に出して事実確認をしているだけで、意見を求めた訳ではないのだから。お側で仕えるならそういう判断もできるようになりなさい』


 そう諭すのは補佐官のダニエル。ユーリの教育係も兼ねている。


『……すみません』


『実際、市街地の状況はどうだ?』


『報告書によりますと土壌は安定していますが、倒木などにより被害を受けた家屋が相当数あるようですね』

『実態調査を速やかに進めてくれ。あとは……』


『あの、水姫様の件でご相談があります。

 一部の者が対応に困っているのは仕方が無いのですが、不確かな噂をばら撒いている者がいます』

『あぁ、これか』

 水龍の手元に一枚の紙切れ。


『水姫は救国の姫君として扱うように伝達したはずだが?』

『はい。伝達済ですが……』


『あの! それについては僕は少し納得できます。何故水姫が「救国の姫」扱いされているのか理解できませんし、姫君と言うには品格も感じられません。それに地味と言うか……。僕の他にもそういう風に考える者がいても不思議ではないと思います』


 ユーリの不満げな顔が全てを物語っている。


『なるほど……。水姫はどうしている?』

『お部屋で静かにお過ごし頂いております』

『ふむ……』



 その時、コンコンとドアをノックする音が響き、ユーリがドアに向かった。


『あっあの。陛下、水姫が訪ねてきたそうです』

『なに?』


 これにはダニエルも驚き、私に視線を移した。


『入ってもらえ』


 そのひと言でドアが開かれ、水姫が私の前に現れた。


 たった四日だが久しぶりな気がするな。


「お忙しいところ突然すみません。

 水……いえ、龍王陛下にお話があって参りました」


『どうした? 何かあったか?』

 机ごしに問いかける


「外出の許可が欲しくて参りました」

『……今、外に出ていると思うが?』


「はい。散歩がしたい、本が読みたいと言っても聞いてもらえないので、隙を見て出てまいりました」 


 詫びれもせずにニコリと笑いながら話すミレイを見て、ユーリは『それって強行突破だよね?』と、ボツリと呟いた。


『散歩はともかく、本は許可しよう』

「どうして散歩は駄目なんですか? ずっと部屋にいるのは息が詰まります。何か理由があるなら教えて下さい」


 真っ直ぐな黒い瞳が強い意志を持って詰問してくる。


『すみません姫君。話せないこともあるのです。ご理解下さい』


 丁寧に頭を下げるダニエルにミレイは心の中で溜め息をついた。


「それなら私に何か仕事をもらえますか? このままだと暇すぎてダメ人間になりそうです」


『水姫様は客人であり、救国の姫君ですから仕事などと言わず、ゆっくりして頂ければ大丈夫ですよ』


 ダニエルは朗らかな笑みを浮かべてやんわりと断ってきた。


 互いの折衷案を提示したつもりだけど、頑固すぎるでしょ……。「救国の姫君」なんて都合の良い言葉で丸め込めると思われてるのかなぁ〜。

 ……それはちょっとオモシロクない



「……この国で一番偉いのはどなたですか?」

『? それはもちろん龍王陛下です』


「そうですよね。その龍王陛下が朝から晩まで仕事してるのに、居候の私が遊んでるってどういうことですか?」

『……遊んでる……ですか?』

「えぇ、他の人から見たらタダメシ喰らいだし、私自身その立場は嫌です」


『タダメシ喰らい……』 


 呆然とするダニエルの後ろで水龍さまが笑い出した。


 クッ……ククッ………

『へいか?』


『いいだろう。でもお前に何かできるんだ?』

「うーーん。無難なところで洗濯や掃除とか?」


『いや、それはちょっと……』

 難色を示すダニエル。


 それなら……と辺りを見回すと、机の上に大量の紙の束が見える。


「書類整理はどうですか?」

『書類整理?』

「はい。元の世界では仕事をしていましたから、書類の仕分けならできると思います。もちろん重要な書類や見られては困る資料などは予め省いて下さい。

 ──人手不足ですよね? いろいろと……」


『ふむ。……わかった任せよう』

『!? しかし陛下……』

『暇だと言ってその辺をフラフラされる方が困る。そうだろう?』

『そうですが、そもそも人間に龍族の言語が分かるのですか?』

『少なくとも聞き取りは問題ないな。読み書きは……』


 ペラリと一枚の紙を渡された


「えっとーー。人間の水姫を名乗っている女性について進言したく……書簡をしたためました〜? ……って何これ……」


 内容は水姫は内務宰相、近侍頭、騎士団など各部署のトップを手中に納めるだけに留まらず、この混乱の最中に龍王陛下を籠絡しようと目論んでいる。なんて馬鹿げたことが書いてあった。


『そう言う訳だからあまり外を徘徊しない方がいい。この手の輩に絡まれたら不快になるだけだ』

「はぁーー。頭いたい……」


 こっちは命がけでこの国にきたんだけど? 

 崇め奉れなんて言わないけど、この扱いはひどいくない?


『ちなみに私を籠絡する予定はあるのか?』


 くすりと面白そうに笑う可愛げのないお子様。


 イラッ……っときた


「あいにくお子様を恋愛対象には見れませんし、尊大な男性に興味がありません」

『なっ! 無礼な、相手をどなただと思っているのだ!』


 ユーリが私の言葉に激昂し反論したが、そんなのは私には関係ない。


「水を自在に操る天下の龍王陛下ですよね? それが何か? 

 私は異界の者ですから、龍族と言われても実感ないんです。貴方がたの価値観を私に強制しないで下さい」


 静かにユーリを一瞥する。


『なっ……』

『ユーリ、お前の知っている令嬢と違うようだな』


『そのようです。慎みに欠ける女性であることはわかりました。まさか龍王陛下にそのような態度をとるなど、品位の欠片もありません。はっきり言って不快ですね』


 ブチ……


 連日のストレスに加えて、この執務室にたどり着くまでに複数人に無視されて、やっと聞き出して辿り着いたのだ。そんな対応に辟易していたところに、この言葉……。


 うん。この喧嘩……買おう!


「ふふっ。そういう貴方は世間知らずなうえに短慮ですね〜。

 慎み深い令嬢があの冷たく暗い中央湖に文句も言わず潜りますか? 優しく『起きてください』って語りかけて、何百年もの眠りから龍王陛下が目覚めたでしょうか?

 ──何も知らない貴方が……王の側にいる貴方が、ただ気に入らないと言うだけで、『客人』扱いの私を侮辱するんですか?

 龍族というのは礼節のひとつも知らない一族なんですね〜」


 腕を組んで殊更ゆっくり話かける。


『なっっ! 無礼だろうが、たかが──』

『ユーリ』と静止が入った

 

 当然だろう。その次に続く言葉は容易に想像がつく。

 ──たかが()()()()()()()()


『すみません。水姫様』

 本人に代わりに謝罪をしたのはダニエル補佐官だった。


『私がこの者の教育係を務めております。不躾な物言いにご気分を害されたと思います。大変申し訳ございませんでした』

「謝罪を受け入れます。ご丁寧にありがとうございます。ダニエル補佐官様」

『こちらこそありがとうございます』


 そう。これが大人のやり取りだ。


「ところで、そちらの貴方は何もないのですか? 

 何も思わないのですか?」

 チラリとユーリを見やる。


「何も感じないのであれは貴方はこの仕事向いてないと思いますよ」

『なっ!』

「だってそうでしょう? 上司にあたるダニエル補佐官様が、主君の前で客人に謝罪をしたんですよ。それがどういうことかわかりますか?」


 普通なら有り得ない。

 元の世界で言うなら、会社に恩義のある人に対して暴言を吐く行為だ。それも社長と上司の前で……。

 問答無用、即解雇だろうなぁ〜。

 オソロシイ……。


『あっ……』


 ようやく自分の行いを理解したのか、ユーリと呼ばれた青年の顔が青くなっていく。


「……誰でも好ましくないと思う相手はいますからそれを咎めるつもりはありません。ですが少なくとも今は仕事中ですよね? 主君の前であれば尚更、今は公人として有るべき場であり、貴方の私見を述べる場ではないと思います」


『…………大変、失礼致しました』

 

 深々と頭を下げてくれた。

 それが口先だけの謝罪でないことは雰囲気で伝わってくる。

 ミレイは口元に微笑を浮かべて「貴方の謝罪を受け入れます」と言った。


 そのひと言でユーリは勢いよく顔を上げた。


 目にしたのは凛とした佇まいの……優しい目をした美しい女性だった……。


『……あの……すみませんでした』

「気にしていないのでもういいですよ」



 パチパチ……

 おもむろに拍手が室内をこだまする。


『見事だな』拍手の主はもちろん水龍さま。


「何がですか?」

『感情的にならず、正論で論破するとは見事だと褒めたのだ』


「…………ありがとうございます?」


『表情はありがとうと言っていないがな』

「まぁ、思っていませんからね」


 その遣り取りを見て、ダニエルは唖然としていた。


『明日の午後からでどうだ?』

「何がですか?」

『書類整理』


 キョトンとするミレイに、水龍は不遜な笑みを浮かべて『仕事をさせてやろう』と言った。


『……あーー。ありがとうございます』


 歯ぎしりでもしそうなほどの低音でミレイはお礼を述べた。その様子を見て水龍はまたククッ……と笑った。


 はぁ〜……。早まったかな。思ったよりこの仕事場面倒くさそう……。

 でも部屋に軟禁状態よりはマシかなぁ?


 あーー……早く帰りたい。






 

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