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第84話 退行

 


 これでこの国はもう大丈夫。

 そう確信できる瞬間を迎えた……はずなのに……



 何がどうしてこうなった……



 ミレイの前には銀髪に蒼い瞳の、世にも綺麗な男の子。

 ミレイだけでなく、当の本人も両手を凝視して己の手の小ささに驚愕していた。



 本当に何がどうしてこうなったのよーー!!


 ミレイは頭を掻きむしりたい衝動を堪えて、ここ数時間の出来事を思い起こしていた。




 ──あの後、水龍さまの咆哮と蒼い光により、眠りから覚めた神殿の人達が私達のところに駆けつけた。


 滅多に見せることのない王の本来の姿に腰を抜かす者、ひざまずく者いろいろだった。


 そう、それはいいのよ別に……そこは大したことじゃない。それよりも……。

 思い出すとまた沸々と怒りが湧いてくる。


『何故妖精ごときがここにいるのだ』

『警備は何をしている! 王の御前であるぞ!』

『王よ、申しわけございません。即刻つまみ出しますので』


 一人の神官が妖精の存在に気づくと、数人で騒ぎ初め衛兵!と声を掛ける者さえいた。

 妖精のみんなは居た堪れない気持ちで俯き、サンボウは私と視線を合わすと寂しそうに微笑んだ。


「ちょっと待って下さい!」


 夢中でみんなの前に飛び出した私をみると、神官達の矛先が変わった。


『……人間?』

『……人間だ。何故こんなところに人間がいるのだ!』

『縄を取ってこい! 縛り首にして牢に……』



『──だまれ』


 ズシリ……と水龍さまの声が重く響いた。


 背すじに悪寒が走る。


 神官達は問答無用でその場に伏せられていた。おそらく水龍さまの無意識の力で抑えつけられているのだろう。


『もっ……申しわけ……』


『私はだまれと言った。

 聞こえぬか……?』


 柔和な話し方とは裏腹に、絶対零度の硬質さをもった声音だった。


『……ひっ!』


『この者達は私の管理下に入る。よってお前達が手出しをすることは許さぬ……わかったな?』


『もっ勿論でございます。申し訳ございませんでした!』

 


 それ以降の対応の違いは明らかだった。

 本当なら不審者扱いで縛られたうえに牢屋送りなのに、今は王の執務室に隣接する部屋でお茶を頂いている。


 ──後から聞いた話だとあの人達は下級神官らしい。

 この国での神官の地位は高く、中級上級になるほどその役割を自覚していくのだが、下級神官はまだその意識は乏しく、高い地位を得たことによる賤民感情が多少なりともあるという。


 それにしてもここ最近で一番のムカつき具合だったな〜。ロスの攻撃力が欲しいって真剣に思ったわ。




『さて、どうしたものか……』


 自分の姿を鏡に映して、まじまじと観察する様子に動揺も焦りも感じられない。

 しかし彼は少し前までイケメン中のイケメンの成人男性だったのだ。それがいきなり子供に退行したのだから、もう少し焦っても良いと思うのに……。

 やっぱり王様は精神構造も違うのかしら?



 ……むしろ絶望の淵にいるのは三人の男達。


『申し訳ございません! 我等にその尊い御力を使ったばかりに……』

『どうしたら……』


『よい、それは私が判断したことだ』


『しかし……!』


 男達は蒼白を通り越して真っ白だ。


 外見はおじいちゃんから成人の若者に戻ったはずなのに、前より老けてみえるなんてどういうこと?


 これをカオスと言うのかしら。

 小っちゃいのが大きくなって、大きかったのが小さくなって……。はぁ〜……。


『陛下、恐れながら申し上げます』

『許す』


 発言の許可を貰ったのは大神官だ。

 神殿の一番偉い人であり、この状況において一番頼りになりそうな人。


『先程の話ですと、陛下は長い眠りからお目覚めになられたばかりとのこと。

 その覚醒したばかりの身で結界を修復し、王国全体に行き渡るまで力を使われた。それだけでも久方ぶりの体にはかなり堪えたはずです。

 その上、この三名に対して「逆行の術」を行使されれば、自身の体が生命の危機的状況と判断して「緊縮(きんしゅく)」されたのではないか、と思われます』


『緊縮か……なるほどな。それでどれくらいで戻る?』


『正確なことは申し上げられませんが、御身の力──妖力が満たされれば、おそらく……』


『わかった。とりあえずこの事は他言無用だ。よいな?』

『もちろんでございます。対処方法などがないか調べてみます』


『頼む。では、今日はもう下がれ』

『御意』


 大神官が下がり、いま室内にいるのは小さくなった水龍さまと大きくなり成人した姿に戻った妖精達。あと水龍さまの秘書官と私……の六名だ。


『へいか〜……』

 秘書官のダニエルさんが深い深い溜め息をついた。


『仕方がないだろう』

『公務はどうするんですか〜』

『しばらく公の場には姿を見せず、ここに籠もる。幸いなことに書類仕事は溜まっているからな……。細かいことは調整しておけ』

『でも限界がありますよ』

『それをやるのがお前の仕事だ……』


 泣きそうなほど萎れているダニエルさんにお子様姿の水龍さまは容赦がない。



 これを可愛いと思ってはいけないんだろうけど……

 腕組みして偉そうに指示するお子様。

 マジカワイイ!


 しかも……ソファーの前で固まってる!

 高いのね。ソファーが高くて座れないのね。


 あぁ、ロスが差し出した手を突っぱねて……。

 流石に抱っこは……うん。嫌がってる。

 王様だし元は大人だから無理よね〜。


 ミレイは心の中で意味不明なガッツポーズをとっていた。


 結局のところ水龍さまはソファーには座らず、立ったままで元妖精の三人と向き合っている。


『あとお前達も早速動いてもらうぞ……よいな』


『もちろんでございます。如何様(いかよう)にもお使い下さいませ』


 膝をついて一礼する姿はキマっている。


『ヤンは騎士団の現状把握と人事と配置の作成。バートンは市街地ならびに王宮の被害状況と各部署の人員の補強を急げ。レミスは水姫の部屋の準備と侍女の選別だ。……質問は?』


『……!?』

『あの。我らに与えられた仕事内容ですが、以前の物と変わらないような気がしますが……』


『あぁ、そうだが? 不満か?』

『滅相もございません! むしろ……宜しいのですか?』


『王国はかつてないほどの人員不足だ。それは何よりもお前たちの方が解っているのではないか? 

 第一言ったはずだ。お前達は禁を侵した犯罪者ではなく、国を護ったんだと……私の言葉が信じられないのか?』


『まさか……! ありがとうございます。このバートン。これからも粉骨砕身、龍王陛下に尽くさせて頂きます』


『よろしい。バートン宰相、ヤン騎士団長、職務に戻れ』

『はっ!』


 バートンと呼ばれたサンボウとヤンと呼ばれたロスがそろって部屋を出て行く。


『私も職務に入ります。……その前に……』


 水龍さまに一礼したあと、クウが私のところにきてくれた。


『姫、バタバタしてごめんなの。夜になったら時間作るから。そうしたら少しお話しよう。……どうかな?』

「うん! ありがとう」


 クウは見た目は全然違うのに、おじいちゃん妖精だった頃と同じように垂れ目を下げてニコリと笑ってくれた。それだけで私はホッとできた。


 クウだ。クウがいる……。

 私の手の中に納まる姿じゃないけれど、なんならデキる男オーラが出てるけど、それでも自分が知ってるクウを感じられたことがミレイには凄く嬉しかった。しかも今の私の心情もちゃんと分かってくれてる。


「待ってるから。何時でもいいから部屋に来てね」

『わかったの』


 そう言って朗らかに笑うとクウは部屋を出ていった。そんな二人の様子を見て、秘書官は『まるで恋人のようですね〜』と呟いた。

 その呟きは自分の腰ほどの背丈の主君にもしっかり聴こえていた。


『……』


『お前は部屋が整うまでここにいろ。ダニエル、茶を入れ直せ』


 ダニエルははいはい、と言わんばかりの仕草で部屋を出て行った。


「……」

『……』


 急に二人きり……?。


 間が持たないかも……。


『お前はしばらくこの王宮で過ごしてもらう。

 何か不便があったら侍女や近侍に言うといい』


 沈黙を破ったのは水龍さまだった。


「わかりました。

 ……名前、戻っちゃいましたね。さっきはミレイって呼んでくれたのに」


『そうだったか?……覚えていないな』

 わかりやすくそっぽを向く。


「そうですか。……残念」

『……残念なのか? お前は私に名で呼ばれたいのか?』


 ミレイはキョトンとして「それは誰だってお前って呼ばれるよりは、名前で呼ばれた方がいいでしょ?」

と答えたが、水龍はその返答に『……そういう意味か』と、声のトーンを落として独りごとのように呟いた。


「なにか言いました?」

『なんでもない』


 フイと横を向く水龍さまを不思議に思い、口を開こうとしたところでノックの音が耳に届く。


『失礼します。水姫様、近侍頭が部屋の希望を聞きたいと言うことで、ご同行願えますか』

「わかりました。では、水龍さま失礼します」

『あっ……ああ』



 パタン。

 誰もいなくなった静かな室内。

 体が小さくなったせいか、全ての物が大きく見える。


 これでは執務机も使いづらいではないか……。

 まったくどうしてこんなことに……。


 は〜っと、盛大に溜め息をつく。

 臣下の手前、平静を装っていたが内心はそれなりに動揺していた。


『まさか天下の龍王が子供に逆もどりなんて、笑い話にもならないな』


 ほとほと困り果てた様子で、もう一度溜め息を零すと、視界に入ったのはミレイの飲みかけのティーカップだった。すると先程のミレイとクウの様子が思い起こされる。


 ミレイか……。

 思念体の時とはまた違うな。

 思っていたよりも軽やかな声だったな。それに……



 コンコン。

 『水龍さま、それでは急ぎの仕事から……』


 早速、仕事の話をしようとする補佐官を片手で制して『まずお前の仕事は…………』と、絶対言いたくないが、言わないと仕事にならないので仕方なく口にする。


『……──を用意しろ』

『……はっ? すいません。よく聞こえませんでした』


 忌々し気に視線を送ってもう一度口にする。


『……踏み台とクッションを用意しろ。

 もう一度言わせたら騎士団の演習にぶち込んでやるからな』

 

 絶対零度の視線を受けて、ダニエルは『すぐにご用意します!』と、転がるように部屋から出て行った。


『……はぁぁ〜』


 重い溜め息が執務室に響きわたった。





いつも読んで下さりありがとうございます!

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