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第7話 ミレイの料理


 リリスさんの家の裏側から少し歩くと三m程の高さの崖があり、隙間から緩やかに湧き水が流れている。昨日はその崖まで水を汲みに行ったが、今日は3人が鍋いっぱいに水を満たしてくれた。

 ありがとう、と伝えると「これ位なんでもないのじゃ」と胸を張る姿は、やっぱり可愛らしい。


 水を汲みに行く手間が無くなったので、ミレイは早速キッチンで食事の準備を始めた。

 朝、リリスさんが絞ってくれた山羊のミルクが残っていたので小鍋で温める。妖精達は興味深く近寄ってきたが、ワインビネガーの蓋を開けた途端、一目散に逃げ出した。

「なんじゃそれは、毒か? 」なんて鼻を摘んで聞いてくる。


「毒って……。確かに匂いはキツイけど、これはワインビネガーだよ。チーズを作ろうと思って」

『ちーず? 』

「知らない? 美味しいよ」


 ミルクにビネガーを少し加えてゆっくり混ぜ、ぽろぽろしてきたところで布巾で濾す。最後にキュッと軽く絞ったら即席チーズの出来上がりだ。


「あとはスープかな」


 人参とカブに似た野菜、センクを切り、裏庭に生えていたハーブも加えて妖精達のお水でことこと煮る。


『いい匂いなの〜。食べたいの〜』


「そうね。みんなはリリスさんが帰ってくる前に食べた方が良いかもね」


 私はお皿にスープの具材とパン、出来立てのチーズを添えて自分の部屋に移動した。


「みんなのこと上手く説明出来ないから、この部屋で食べてもらえる? 」


 スープはお猪口みたいな小さいカップがあったのでそれに入れてみた。「熱いからね」と話をしていた所で外から話し声が聞こえてきた。


「リリスさんが帰って来たみたい。みんなはここから出ないでね」


 それだけ伝えて急いで玄関に向かった。


「おかえりなさい 」


 出迎えると村長の孫であるニウさんも一緒だった。


「やあ。ミレイ」

「あれ、ニウさん。こんにちは」

「こん……何それ? 」

「私の国の挨拶なんです。つい」

「そうなんだ、じゃあ。こん……にち……は? 」


 ぎこちない言葉で挨拶を返してくれた。

 最初の時も思ったけど、いい人みたいだ。


「ニウは荷物運びだよ」

「そうなんだ。ばあちゃんに鬼の様にこき使われちゃって」


 リリスさんは「なんだって?」と言いながらニウさんの耳を掴むと「いてーよ」の一声で満足そうに手を離した。 その後ニウさんに、その袋はここに、向こうの箱は裏だよ、と指示を出している。おそらくニウさんは日常的に手伝いをしているのだろう。


「いい匂いがするね。食事の支度をしてくれたのかい? 」

「はい。朝の残りですけど」

「助かるよ。ニウ、ミレイが食事の支度をしてくれたみたいだ。食べていかないかい? 」

「いいのか? 」

「はい。あと少しなので、すぐに準備しますね」


 ミレイはキッチンに戻り料理の仕上げをした。

 スライスしたパンをフライパンで焼き目をつけて、木の実のオイルを薄く塗る。パンの上に葉野菜と手づくりのチーズ、ハーブを少しのせてサンドウィッチにしてみた。温めたスープと共にテーブルに並べたら完成だ。

 人に手料理を振る舞うのは久しぶりだったので、ミレイは少し緊張していた。二人の興味はパンの間にある白い物だった。


「ミレイこの白いのはなんだい? 」

「ほんどだ。何だこれ? 」

「チーズです」


 二人共「ちーず?」とハモった。不思議そうにしつつも、サンドウィッチを一口食べたら美味しい、美味しいと食べてくれた。それを見てミレイも安心して、パクリと食べた。リリスにチーズの作り方を聞かれ、大雑把に説明したが、ミレイは不思議に思った。


 バターはあるのにチーズは知らないの?


 二人に聞いてみると「ミルクにビネガーを入れようとするやつはいない」と真顔で言われ、ミレイも「たしかに」と大笑いをした。

 ミレイだって知識として知っていたから作れただけで、知らなかったら入れようとはしないだろう。


 そう考えたら最初にチーズを作った人はすごいわね。


「それにしても、ミレイ。あんた料理が出来たんだね」

「少しだけ。調味料は昨日教えて貰ったし、リリスさんが作ってるところを見てたから、火の加減とかもなんとなく」

「普通は興味がなければ見ようともしないよ」

「あー。家でお母さんに『手伝って』ってよく言われてたからかも……」


 チーズ作りもそうだ。

 生乳を買ってきたから一緒に作ろう、とお母さんに言われたのだ。もっともあの時は牛のミルクだったけど、こうして役にたてた事が嬉しい。


「それは良い母親だね。見るだけでも勉強になるもんだ」

「……そう思いました。でも当時はイヤイヤだったんです。自分の時間を取られた気がして……。でもリリスさん達に褒めて貰えて、無駄な事なんて無いのかも、って思えました」うちのお母さんって実はすごい人なんだな〜って気付きましたよ〜、と。おどけて見せても後半は涙声になってしまった。


「ミレイ、こっちのスープも上手いぞ。これなら毎日だって食えるな」


 ニウさんは気付かない振りをしてガツガツ食べてくれた。


「なんだいニウ。プロポーズかい? 」


 リリスさんはそんなニウさんに、ニヤりと笑いながら問いかけると、ニウさんは真っ赤になって「そんなんじゃねーよ」と返した。この二人こそ親子みたいだ。

 社会人になってからは、家に帰ると一人で食事をするのが当たり前だったから、こんな何気ない会話すら温かく感じてしまう。


 ……まいったな。ホームシックかな。

 向こうに戻ったら実家に行こう。それで今度は自分からお母さんの手伝いをしよう。

 お母さん……どうしてるかなぁ。


 ミレイは遠く離れた異国の地……と言うか異世界の地で、母のありがたさに気付いた。



 ◇ ◇ ◇



 食事の後片付けを済ませて振り向くと、テーブルの上には服が並べられていた。ワンピースやシャツなどいろいろある。


「リリスさんお店でもするんですか? 」

「何を言ってるんだい? 」

「だってこんなに洋服があるから」

「違うよこれはあんたの服だよ」

「えっ。私の服⁉ 」


 私が驚いているとニウさんが椅子に座りながら笑っていた。


「ばあちゃんから、少しニブイと聞いていたけど、本当みたいだな」

「別にニブくはないと思うけど……」


 頬を膨らませて反論してみる。


「はっはっはー。とりあえずミレイ、何か着てみたらどうだい」

「うん。でも……」

「買ったのもあるけど、殆どは村の女達のお古だから気にしなくていいよ。それに、ばあちゃんの服じゃデカいだろ 」


 ガツン! リリスさんの拳骨が飛んだ。


「ニウ! あんたは一言余計なんだよ」

「いってー! ほんとの事だろ」


 私は苦笑いしか出来なかった。

 実際リリスさんは恰幅も良いが身長もあるのだ。私は平均より少し小柄だから借りていた服も大きいのは事実だ。


「リリスさん、ニウさんありがとう。このワンピース着てみますね」


 私は手前のワンピースを手に取り、満面の笑顔でお礼を言った。


 ミレイが小走りに部屋に入ったのを見て、リリスとニウはお茶で一息つくことにした。


「良かったよ。人のお古じゃ嫌だー、なんて言われなくて」


 ニウはふう、と溜め息をつきながらソファーに深く腰をかけた。


「まったくだ。でもあの子は素直な子だから大丈夫だろう、と思っていたけどね」

「随分と買ってるじゃないか」


 ニウは不思議だった。

 リリスはどちらかと言うと用心深い性格だからだ。


「まあね。でも悪い子じゃないのはあんただって解ったんじゃないのかい? 」

「…………まあね」


 ニウはソファーから身を起こし、ずずっとお茶を飲んだ。


「……ニウありがとよ。あんたが声をかけてくれたから、みんな服を提供してくれたんだ」

「別に〜。ちょっと同情しただけだよ。それより何か甘いのないの」


 ニウは照れ隠しなのか、ぶっきら棒に答えて話題を変えた。リリスは気付かないふりをして席を立つ。


「そういえばこの前作った……」


 その時、ドアが開きミレイが出てきた。

 シンプルな薄緑色のシャツワンピースだけど、艶のあるセミロングの黒髪が良く映えて綺麗だった。


「どうですか? 」


 ミレイは服の感想を他人に聞くなんて恥ずかしくて、顔が熱くなる。


「いいじゃないか。似合ってるよ、なぁニウ? 」

「えー。なんで俺に振るんだよ」


 ミレイとニウの視線が合う。


「まぁ、いんじゃないの」と、そっぽを向いて興味の無い素振りを見せていたが、耳の赤さが目についた。それを見て、リリスとミレイは笑いあった。




 

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