第74話 出発
早めの夕食を済ませ、明日に向けて荷物の確認も終えた。
「……いよいよ明日だね」
「そうですね」
「大丈夫かい?」
「不安はないと言ったら嘘になりますけど、でも今まで準備もしてきたし、大丈夫ですよ」
不安そうなリリスさんを元気づけたくて、ガッツポーズをしてみる。
「……もし、もしもだよ。結界が破れなかったら諦めてすぐにでも浮上するんだよ」
ミレイはその言葉に驚いて、そのまま固まってしまった。
「正直、妖精達は自分のことだ。だから何があっても仕方がないですむけど、ミレイは違うだろ? 無理だったら自分の命を優先するんだ。それはニウとも話してあって、ミレイ達が森に消えたあとも一晩森の近くで野営することになってるから。……いいね」
「……はい」
心から案じてくれるその気持ちが嬉しくて、私は素直に頷いた。そんな私をリリスさんは優しく抱きしめてくれた。
ほっ……と息がもれる。
この温もりに何度も助けられた。
私を助けてくれて人がリリスさんで本当に良かった。
この世界の私のお母さん……。
「リリスさん……大好きです」
「……馬鹿だね〜。今生の別れじゃあるまいし湿っぽいよ。水龍さまに起きて頂いて説得するんだろ?」
「はい」
「よし、じゃぁ休もう……明日は早いからね」
あの子達は今夜は精霊との打ち合わせだから居ないんだよね……。
静かだなぁ……。
でも明日からは数日は野営だから今夜はしっかり寝ておかないと、ね。
早々にベットに入り、耳を澄ますと窓の外からホー ホーッと梟の鳴く声が聴こえる。
森は変わらない、いつもの静けさだ。
それに安らぎを覚え、ミレイは意識を手放した。
◇ ◇ ◇
翌朝。まだ辺りが薄暗いなか、ミレイとニウは村の入口にいた。
「ミレイ元気でね」
「ニウ……しっかりな」
見送りはリリスさんの他に事情を知ってる村長さんとフリジアさん、カイさんペールさんの五人だ。
「ああ。カイ、ペール。俺が居ない間、村を頼むな」
「十日くらいで大袈裟なんだよ。……まあ任せておけ」
ニウさんとペールさんが笑い合うなか、ミレイはフリジアに抱きついた。
「フリジアさん。いろいろありがとうございました」
「また会えるでしょ。そういうのは言わないのよ」
そういいながらもフリジアさん……腕、キツいよ。
でも……嬉しいな。こんな短い期間しか居なかった私を惜しんでくれるなんて。やっぱり私はこの村の人達……好きだなぁ。
「言っておくけど、私はミレイを娘にするつもりなの! 絶対、絶対戻ってくるのよ」
囁くくらいの小声のはずなのに、その場にいた全員がその会話を聞いていた。
私はキョトンとしていたが、周りは笑いだし、ニウさんは「母さん!」と詰め寄っていた。
あっ……そういうこと……。
周りの空気を読んで、やっと意味が分かった。そんな私の様子を見てリリスさんは頭をグリグリしてきた。
「まったくこんな時でもミレイはミレイだね〜」
ははっ、と笑い声が辺りを包み込む。
「じゃぁ、行ってくるよ」
「行ってきます」
「気を付けて!」
馬に跨り出発した二人を残された者達はその姿が見えなくなるまで見送った。
「ほんと、あの娘は変わらないな。一応それなりの使命を背負ってるはずだろ?」
カイがリリスに疑問形で問いかける。
「使命なんてものはないさ。この世界の事にあの娘は無関係なはずなんだ。そんなあの娘に使命を押し付けるほうが間違ってる。
──仮にあるとしたら……そういう星の巡りだろうね」
「星の巡りかぁ……。ばあちゃんロマンチストだね〜」
「……カイ。今度あんたが怪我した時はとびっきりしみる薬をつけてやるよ」
「そっ……それはないだろ〜」
震え上がるカイを笑いとばして、みんなはもう一度馬が駆けていった方角を見た。
人攫い対策で街や街道を避けるから、道の整備もされてないし治安も良くない。馬と野営が初心者のミレイには辛い数日になるだろう。それでもあの元気な娘なら、笑って過ごせる気がしていた。
「我々にできることは信じることくらいだ。……あとは祠の掃除か?」
「……オレ今日、暇だから掃除変わろっかな〜」
カイのひと言に、ペールも「明日は俺が暇になる予定だから、俺がやる」と言いだし、柄にもなく真っ赤になったカイが
「予定ってなんだよ。予定って!」と、割と大きめの声でツッコミを入れたせいで、フリジアから無言の拳骨をもらっていた。
それをはるか上空から見ていた妖精達は
『やはり姫はみんなに愛されてるの』
『うむ。その存在そのものに救われる者もいるのじゃ』
『ならば、その姫がつつがなく中央湖にたどり着くよう我等もバックアップするぞ!』
『『おおーー!』』
紆余曲折もあったが、準備は整い水龍さまに起きてもらう為の作戦が今、始まった。