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第73話 散歩




──あれからの日々は目まぐるしいものだった。


ニウさんは仕事の合間に何度も下見をしてくれて、ボロ馬車やテントはカイさんが知人を介して手配してくれた。二人旅なのに大量の水甕(みずがめ)の発注は不思議に思われたらしいけど、そこはカイさん。『同行する娘が野営もしてみたいけど、水浴び出来ないと嫌だと我が儘を言ってるんだ』と誤魔化してくれたらしい……。


いいけどね。

野営でお風呂ってどんなお嬢様だ、って話だよね〜。


でも行きは男女二人なのに帰りは男一人なんて、普通に考えたら事件のニオイしかしないよね。しかも向かう先は廃墟神殿……。

うーーん……。それを詮索しない人なんて向こうもワケアリじゃないと無理なはず。

自分の短絡さと知識不足に溜め息もでたけど、カイさんとペールさんも巻き込むと言ってたニウさんを頼もしく思えた。適材適所 とっても大事!




カタン。

奥の部屋の扉が開いた。


「お疲れさま……長のところにいくの?」

クウが奥の調剤部屋から出てきた。


『うん。長の薬がなくなる頃だから届けに行ってくるの』



──あの日、みんなで話をしたあとクウは森の長を呼び止めリリスの前に連れて行った。

『リリス、動物は専門外なことはわかってるけど長を診てほしいの』

『何を。必要ないですよ……わたしは元気です』


リリスさんが長の診察をすると、長は肺を患ってるようだった。原因はジメジメした洞窟に長時間いることによる細菌感染と日光不足らしい。原因が分かってからは簡易的な物だけど森の奥に小屋を作って、長には定期的に小屋で休んでもらうことにした。薬と環境改善で良くなるだろうって言うから安心した。


「そういえばクウは長の不調にどうして気付いたの?」

『……洞窟に行った時に、たまに変な咳をしてたの。出されたお茶も薬草の味がしてたし。だからどこか患っているのかな、って思っただけ。

──リリスに言うつもりなんてなかったのに……。なんでだろう?』

「それはクウが嬉しかったからじゃないの?

水龍さまに起きてもらうために、自分達のためにみんなが協力してくれたのが嬉しくて、自分も何か返したいって思ったんじゃないかな? 」


『……何か返したい……か。たしかにそうなのかも』


クウは森の奥を見てそっと微笑んだ。

その笑顔は今まで見たなかで一番穏やかな表情な気がした。


『それじゃ、行ってくるの』

「うん。気をつけてね」


クウが森の奥を目指して飛んで行く。

それを見送ってミレイも龍湖に足を向けた。



◇ ◇ ◇



──この龍湖で初めて水龍さまと会ってから、もう何回潜っているだろう。

最初は宝珠に引き寄せられて面白半分だった水龍さまも今ではミレイが潜ると察知してくれて、向こうから姿を見せてくれるようになった。


まあ、暇つぶしには変わらないんだろうけどね。

多くは望まないよ……。今日も会ってくれるかな?



湖畔にワズを残し、湖に潜る……。


チャプン。

プク……プク……


暗い湖底ももう慣れたなぁ。

その場でじっと待ち心の中で『水龍さま』と念じてみる。するとフワリと光の気配を感じた。


あったかい……。


『お前は思ったよりも暇らしいな』


こんな憎まれ口も出るくらいの付き合いにはなった。最初の頃の警戒心むき出しの頃がちょっと懐かしいな。


『警戒心むき出しとはなんだ? 当然の判断だろう』


そうだった。

思念だから思ったことを読まれてしまうのよね。 何度も経験してるのにまだ馴れないなぁ〜。


『よい。……お前はそのままでいろ』


そっぽを向きながらそう語る水龍さまの言葉も本音なのだろう。私は指に絡む漆黒の衣をギュッと掴みながら『はい』と答えた。


『……水龍さま。今日は地上に出てみませんか?』

『……何故だ』

『うーーん。お散歩?』

『必要ない』


断られるかも、と思っていたけど、なしの(つぶて)とは正にこのことだろう。

そもそも水龍さまは思念体のままで地上にも出られるって知ったのもつい先日だ。


まぁ湖の中にしか居られない……って勝手に思い込んでいたのは私だけど、もっと早く教えてくれてもいいじゃない……と愚痴の一つも思ったものだ。


すると例の(ごと)く、勝手に思考を見られて『なんでそんな事をわざわざ教えてやらねばならない』と正論に近い反論を貰ったのだ。



『…………あーーぁ。この前は傷ついたな〜。嫌味も言われたし、危うく私は友達を犠牲にするところだったし?原因は何だったかな〜?』


わざとらしく溜め息をついて悲痛な表情も浮かべてみる。さすがに天下の龍王陛下をこんな演技で釣れるとは思ってないけどね。でもちょっとでも罪悪感を刺激できたら──。


『……何が……望みだ』


釣れたーー!!

ウソ! まさか本当に釣れるとは……。

ちょっとチョロすぎない?


『チョロいとはなんだ?』


やばい。また読まれた。


『えっと……優しいって意味です』

『そう言うお前の表情は優しさを湛えていないがな……』


ギャフン!!

引き攣り笑いじゃ誤魔化されてくれなかった〜。

やっぱり無理かぁ……。


しょんぼりしたミレイを見て、水龍はクスリと笑い『それで……何が望みだ』と言葉の端に笑みを乗せて優しく問いかけてくれた。


『いいんですか? 私、自分に有利になるように演技してたんですけど……』

『普通はそういう事は言わないものだ』

『うーーん。でもバレちゃってるし、騙すのはやっぱりね〜』


ははっ、と自嘲気味に笑うミレイに、今度は水龍が溜め息をついて『散歩……だったか』と消え入りそうなほど、小さな声で聞いてきた。


『はっ、はい! いいんですか?』

『お前の百面相は面白い。私を(たの)しませた褒美だ』

『了解しました!』


ミレイは満面の笑みに何故か敬礼までつけて応えた。


『では浮上する』

『えっ。いきなり?』


戸惑う私をスルーして私と水龍さまを囲っている光の球体はどんどん上昇し、ついに眼下に龍湖と広大な森を見渡せるところで止まった。


『……それで散歩の目的地はどこだ』


真顔で聞かれた内容に思わず「はっ?」と聞き返してしまった。それが不味かったのか、上昇したばかりなのに凄い勢いで降り始めた。もはや落下と言ってもいいだろう。


「うっそーー! 待って待ってまってーー!」


ピタリ。

止まった……?


見上げるとジトリと不機嫌そうな双眸と目が合った。


「ごっごめんなさい。決して馬鹿にしたとかじゃなくて、質問の内容に驚いたから……。

あの水龍さまは散歩したこと無いんですか?」


まさか、そんな……と思いつつ聞いてみる。


『散歩とは視察のことだろう?』


全然違うよーー!

それを言うなら休日の公園は視察の人だらけってことになっちゃうでしょーー!おばあちゃんが孫連れて、どこを視察するのよ〜。


「えっ……と。視察は仕事ですよね?

散歩は風景や風を感じながら、のんびり歩くことです!」

『同じだと思っていたが……なるほど散歩とは休憩と同義か』


真剣な顔で頷く様子を見て、思わず「同じじゃないよ……どんな解釈?」 と呟きが漏れた。


「えーっと……。休憩は室内でも出来ますよね。でも散歩は主に外に出ます」

『なるほど。では目的地とルートを決めよう』

「いや、だから目的地がなくても良いんですよ? 」

『目的もなく歩くなど時間の無駄だ。

何事も立案と実践を重ねることに意義がある。もし失敗した時も次に役立つしな』

「…………」


頭が痛い……。

まさかただの散歩に立案と実践なんて言い出すとは思わなかった。しかも散歩の失敗ってなに?

本当に真面目な人なんだな〜。


「計画なんていらないですよ。このまま二人でフラフラしましょ」

『フラフラ?』


ギュッと捕まっていた水龍さまの衣から手を離してそっと両の手を握る。手の形をしていて物体としての硬さもあるのに体温らしき温度は何も感じない。


「こっち」


勢いよく手を引くと初めて慌てた表情を見た。彫像のような美形顔よりずっといい。


森を抜けてニウさんの村の上空まできた。


『ここは……人間の村か?』

「はい。昔から存在している村みたいです。……水姫が住んでいた村でもあります」


ピクリのその柳眉が動いたと思ったら『そうか』と呟いた。


「村の人達は水龍さまを敬っていて、龍湖の畔に祠もあるんですよ。それを村の人達が代わりばんこに掃除をしてるんです。──私も見ましたけど、古くけど綺麗でした」

『……そうか』


無言になった水龍さまの手を引いてそのままニウさんと行った隣街に移動した。上から眺めていても人の多さと活気に圧倒される。遥か向こうにも別の集落が見え、街道を馬が行き来していた。


『随分、人間が多いんだな』

「……水龍さまが知ってた頃はどうでした?」

『ここに街はなかった。……小さな村がいくつも点在してたくらいだ』


「…………もう何百年も経ってますからね」

『何百年……か。たしかにそれなりに時間の流れを感じるな。しかしそれで世界が廻るなら、やはり龍王が必要とは思えない』


その言葉に見上げてみるが、拗ねてるわけでも怒っているわけでもない。きっとありのままの現実を見て、事実として判断しているのだろう。


──冷静な王樣。

こんなに冷静に判断できる人が水姫に振られた時はコントロールが出来ないくらい自暴自棄になっちゃったんだ。……それはなんか──。


なぜか心がザワついた。


「それを判断するのは貴方ではないと思いますよ」


水龍さまの瞳に自分の顔が映っている。

きっと私の瞳にも……。



そのまま東に移動すると眼下に異様な光景が拡がっていた。ミレイも初めてきた場所だった。


ひび割れた大木が無数に乱立し、枯れた蔓がそこら中の木々に絡まって枯れ木を雁字搦めにしていた。

その中心に湖らしきものが見えるが水は濁り、汚泥が混じっているように見える。


おそらくここは『東の龍湖』


浄化の力を失い精霊達も住まなくなった湖。

周りに集落や動物の気配もなく、僅かに烏がカァカァと鳴いていた。


悲しいくらいひっそりとしていた。


同じ龍湖でもこんなに違うんだ。

浄化がされないと南の龍湖もいずれこうなっちゃうの?


『これは龍湖か……?』


水龍さまの音に戸惑いの音が混じった。


「おそらく……東の龍湖だと思います」

『そうか……』

「今、この国で機能してるのは南の龍湖だけと聞いています。他の湖はその……」

『……そうか』


無音が光の球体を満たした。


『世界はこんなに荒れていたのか……』

「……」

『これでは起きろと言うわけだな。──私の職務怠慢だ』


ははっと自嘲めいた音が頭の中に響く。


「違います。 私が起きてほしい理由は違います!

いや……。浄化をして欲しいのも事実だから違うとも言いきれないけど、でも私が起きてほしい一番の理由は──」

『妖精のためか?』


「はい」

『お前にそこまで想われるとは……その妖精達が少し妬けるな』


妬けると言う言葉と容姿が何故か一致しなかった。美しすぎるとこんな当然の感情まで素直に受け難く感じるんだ。


「そう思うならやっぱり……起きてみませんか?

妖精達は騒々しいし、ウンディーネや精霊達は(したた)かだけど、しっかり者なんですよ。森を守ってる長は、おそらくあの中で一番冷静かも。

──王の仕事をこなす為じゃなくて貴方自身のために起きてみませんか?

楽しいこともきっとありますよ。もっと水龍さま自身の人生を楽しみしょ?」


朗らかに笑うミレイに水龍は戸惑いの色が隠せなかった。


『自分のために……?』

「はい」

『楽しいこと……?』

「はい!」

『…………そうか』


『しかし私はここまで世界を荒れさせた張本人だ。その私が楽しむなど……』

「大丈夫です! 引き籠もりなら仕方がないです」

『引き……籠もり?』

「はい。引き籠もりは心が疲れた時の自衛の一種だと思います。だから大丈夫ですよ。そうじゃなければ……ちょっと長いお昼寝かな?」


フフッと水龍さまが笑った。

その声は聞こえてこないけど、頭に直接響く声はたしかに笑っていた。


『引き籠もりに昼寝か……。随分怠惰な王もいたものだ』

「でも頑張ったら休みは必要ですよ。むしろ頑張った人ほど休憩は必要なんです!」

『休憩か……。そう言えば遥か昔にうるさいくらいに言ってくるやつがいたな』

「そうですか。それは水龍さまが愛されていた証ですね」

『王として必要とされていたからな』


ぶっきらぼうに答える様はとても威厳たっぷりの『龍王陛下』には見えない。


「今はその認識でもいいですよ」

『どういう意味だ? ……やっぱりお前は面白いやつだな』

「うーーん。ありがとうございます?」

『なんで疑問形なんだ』

「……なんとなく」


二人で顔を見合わせて、ふふっと笑った。

それは今まで見てきたなかで一番自然な水龍さまの笑顔だった。


「……戻りましょうか」

『……そうだな』



二人の姿は南の龍湖に消えていった。




ちなみに、龍湖に戻る方法は水龍さまに言わせると『降下』らしいです。でもミレイからするとただの『落下』だとか……。

これも種族の違い……かもしれませんね〜。


もうすぐ中央湖に向けて出発します。

これからも宜しくお願いします!




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