第72話 いざ 始動!
あれから すぐに別の話題に移ると思ってたけど、リリス さんや ニウさんが水龍さまについて質問を始めた。 妖精や精霊達はそれに応え、俄かに思い出話に花が咲く。
「そういえば 何で王国の人達も眠ったんだ? 」
『……わしはその場にいなかったから聞いた話に過ぎないが、 水龍さまが御心を乱されて力の制御ができなくなったらしい』
「乱心ってことか?」
『…………うむ』
『……水龍さまは忌まわしいことにあの水姫の事を大切にされていたから水姫の拒絶に絶えられなくて、王宮に戻ってからも心を鎮めることができなかったの。その影響で嵐が起こり、洪水に竜巻、国民の命の危機にまで陥ったの。だから王は自ら眠りにつくことで国と民を護ったの』
クウは憤る気持ちを内へ内へと沈みこませているように思えた。
『だからなのね……』
『ウンディーネ?』
『ずっと不思議に思っていたの。水姫を王国に迎えることは特別な事ではないのに何故、龍王陛下直々にお迎えに来られたのか……ってね』
『人間からしたら龍王陛下に懸想されるなんて誉れでしょうね〜』
『……水龍さまは気分転換によく森や湖に行ってらしたのだけど、王国の湖から人間の国へは割りと簡単に行けたの。そこで、この南の龍湖で当時の水姫と出会い、逢瀬を交わしていたの』
『水龍さまは水姫を妃にと望まれたが、大臣や官僚の中には反対意見も多くてな……。
水龍さまは歴代の王の中でも力の強い御方だから、大臣達はただの人間が王妃になることを不満として、それなら自らの娘を妃に、とこれまで以上に縁組が湧いたのじゃ』
「権力争いってこと?」
『そうじゃ。しかし王の意思は堅く、このまま龍王の血が途絶えるよりは……と、とりあえず水姫を迎えることが決まったのじゃ』
『……水龍さまは本当に喜んでいたの。
息苦しい思いもさせるかもしれないが、自分が護るって……』
部屋の空気が鉛のように重苦しいものとなった。
サンボウとクウはそれぞれの仕事で水龍さまとの距離が近かったから、尚更その胸の内を聞く機会があったのだろうな。
『でも龍王陛下はやっぱり素敵な方ね! 一人の人をそこまで大切に想えるんだもの。一途で素敵な御方だわ!』
アウローラの軽やかな声に場の空気か僅かに軽くなる。
『……ふふっ。そうね。その価値がわからない下衆な女もいたようだけど……。
あら、ごめんなさい汚い言葉を使ってしまったわ』
『構いませんよ。私も同じことを思っていますから』
対してウンディーネと森の長は和やかな声音で笑みまで浮かべているのに、ヒンヤリと冷めた空気が室内に漂った気がする。
妖精達の顔をチラリと見ると、それぞれの感情はきっとウンディーネと同じなのかもしれない。長年に渡り磨かれたポーカーフェイスで、その表情から感情を読むことは出来ないけど、動きの端々にその想いが滲みでているように思えた。
主君の想い人なだけに何も言えないって感じかな。
でも、私それ……
「あの〜。私、その話知ってるかも」
『知ってる? なんのこと?』
「うん。水姫は葛藤してるみたいだったよ。
……想いを寄せてる人がいたみたいだけど、水龍さまからの召喚には逆らえないって言ってたの」
『なんでそんなこと知ってるのよ』
「森の長の洞窟で腕輪を嵌めた時に腕輪の記憶が流れ込んできたの」
『なるほど……』
『でも想い人がいたにも関わらず、龍王陛下にも良い顔をしてたってことでしょ? やっぱり最低ね』
ウンディーネが腕組みをして憤る。
「あの。 肩をもつわけでは無いのですが、人間が龍王国からの要請を断ることはできないと思います。昔ならとくに……」
リリスさんの言葉にウンディーネも『それは……』と黙ってしまった。龍族はやはりどの時代でも上位者らしい。
「あと気になったのは、その水姫の想い人は本当に水姫の事を好きだったのかな? って思ったの」
『どういうこと?』
「水姫の事を『お前は所詮、生贄だ』って罵ってたし、水龍さまのところに行くな!……って言ったのに結局、村に残った水姫を迎えに来なかったの」
『なんですか、それは?』長も眉をひそめる。
『……今となっては真実はわからないし、どうでもいいの。あの女のせいで水龍さまが傷ついたことは事実なの』
『まぁ。それもそうね』
「心の乱れが国の危機に繋がるってスケールがすごくてイマイチわからないな」
ニウさんの独り言に心の中で賛同するも、ミレイの心境は複雑だった。
たしかに同情するけど、それって……ようは失恋だよね?
仕事人間だった人が優しくされて恋に落ちて、求婚したけど結局振られた……っていう。
人間に当てはめると、ありがちな陳腐な話になってしまうけど、そこは力のある水龍さま。世界の存亡までに発展してしまうのだから難儀だよね。
「まあ、……有効な手としては水龍さまと龍湖で会った時に説得することかな。今のところ望み薄いけどね……」
ははっと苦笑いをしてみる。
『そうですね。それが一番現実的だと思います』
その時、ポツン ポツン
ぽた ぽた ぽた
屋根に響く水の音が聞こえた。
雨がパラパラと音を立てて降り始める
「雨だわ。外にいるワズが濡ちゃう。部屋に入れていいでしょ?」
リリスさんともちろんと頷き、長は少しの間のあとで『お願いします』と言った。室内にワズを迎えて濡れた体をタオルで優しく拭くと、ワズは気持ちよさそうに目を細めた。
『ミレイの手にかかると、人間が恐れるワズも形無しですね』
森の長も目を細めてその光景を見つめた。
「恐れる?」
「ミレイ、ワズは肉食獣だよ」
「そう言えばそうだったね。でも賢いしいつも助けてくれる優しい子達だよ」
頭を撫でながらニッコリ笑うミレイを見て、周りも思わず笑顔になる。
『さて、話題を変えるか。
水姫が龍王国から出られない理由じゃったか?』
『そうじゃの。
あーー。 リリスすまんが茶をもらえるか? 喉が乾いたのじゃ』
「いいけど、ロスはマイペースだねぇ」
笑いがこぼれて部屋の空気もふんわりと変わった。
『そもそも、龍王国に入った水姫が外に出たと言う話を聞いたことがないのじゃ』
「それは結界があるから?」
『それもあるが龍王国の情報が外に漏れないようにするための自衛のための手段なのじゃ。だから入国した水姫は儀式をして種族を人間から龍族に変えて外に出ることを禁じた』
『昔のいざこざの名残なの』
なるほど……。
龍族が人間と距離をとったときの話ね。
「その儀式が鍵な気がするの。もし儀式をすることで出られなくなるなら、儀式をしないで出てしまえば良いと思うの」
『そんなことができるだろうか……』
「できるんじゃない? 三人は国を救ったポジションになるんだから発言権もあるだろうし、多少の駆け引きくらいだってできるでしょ?」
『まあな……』
「うん。よろしくね。みんなが死んじゃったら私、本当に帰れないから絶対死んじゃダメだからね」
意図的に圧をかける。
これくらいはご愛嬌と言うものだ。
『が、がんばるの』
『……善処しよう』
「うん。あとはその辺も含めて水龍さまに聞いてみようか。長生きしてるんだから、知ってることもあるでしょ」
『いや……水龍さまに過去の水姫の話はどうかと思うが……』
「あのね。失恋には何が有効か知ってる?
時間と周りの環境だよ。水龍さまは時間はたーーっぷり使ったからあとは環境だよね。お酒でも飲めたらいいけど、今は無理だから愚痴のひとつでも聞いてくるよ」
お茶を軽く掲げてニカリと笑ってみる
『愚痴って……水龍さまが?』
『しかも、失恋って……そんな人間と同じに考えられても』
「サンボウ何を言ってるの? 不平不満のない人なんていないと思うよ。王様なんて職業なら尚更でしょ?」
ポカンとしてる妖精達にウンディーネが代わりに怒り出した。
『職業? あなたね〜崇高なる龍種の王を職業……って。失礼だわ!』
「仕事してご飯を食べてるなら私は周りより少し重い『職業』だと思うよ。むしろそれ位の気持ちの方がいいんじゃないかな。──本人も周りも」
『そう……なのかもしれんな』
肩を落としたサンボウの言葉が落ちた。
『我等は水龍さまを特別視しすぎていたのかもしれん』
『あのね……実は! 実は水龍さまはそんなに完璧な方ではなかったの。仕事しか出来ないことを気にしてらしたし、民や臣との接し方を悩んでらした時期もあったくらいなの』
『……そんな まさか。そんなこと自分達は知らん!』
『……王のイメージを最優先されてたから弱い自分は見せない、って。臣に幻滅されるようでは誠の王にはなれないからって……仰って。
実際、サンボウはじめ臣下の中には神聖視する者たちもいたから尚更、王もクウも言えなかったの』
『だとしてもじゃ! あれから何百年経ってると思ってるのじゃ!』
クウの胸倉を掴んだロスをサンボウが止める。
『よせ、言えなくしてたのも我らじゃ。クウだけを責めるのは違うのじゃ』
『……そうかもしれんが!』
悔しそうに顔を歪めるロスとクウ、サンボウをやんわりと抱きしめる
『ひめ?』
「みんなお互いの事が大好きなんだね。
二人の中の水龍さまのイメージを壊したくなかったクウも。何百年と慕う二人も。そして民と臣下を心から大切にしてた水龍さまも……。みんな護りたいものがあったんだよ」
その言葉にクウがポロポロと泣き出した。
『……すまなかったの。ずっと言わなくて本当に悪かったの。……でもやっと言えた』
『我等もすまなかったのじゃ』
三人が肩を抱き合う光景にリリスさんやウンディーネは涙ぐみ、ニウさんは私を見て微笑んだ。
「よし! それじゃ明日から気合を入れて水龍さまと会えるように私も頑張るよ。 みんなもできることから動いていこう!」
ミレイの言葉に続き、サンボウも『みんなありがとう。宜しく頼む』と頭を下げた。
『よしてよ。ここは私達が生きる世界でもあるの。当然でしょ』
『その通りです』
『……うむ。そうだな』
「みんなが今まで頑張ったからこそだよ。良かったね」
ミレイの言葉に妖精達は目元を拭い、頷いた。
「これだけのメンツが揃ったのよ。なんとかなるし、なんとかするわ! 」
「ミレイらしい、と言うか……強引だねぇ」
リリスの言葉に笑い声が部屋を包んだ。
家の外ではサァッと音を立てて降っていた雨も止み、雲の隙間からわずかに陽が差し込んできた。
──雨が 上がった