第6話 妖精達のバイブル
状況把握は出来ていないけど、とりあえずミレイはその場に座った。
「あのー。どちら様ですか? 」
それを見て三人もソファーに降り、ミレイをじっと見つめてきた。
『……幼き頃より見守り、ようやくここまできたのじゃ。まさか話ができるようになるとは……』
「幼き頃? 」
『うむ。我等は姫が幼き頃よりずっと、ずーっと御身に話かけていたのじゃ』
嫌な予感がする。心当たりがあるのだ……。なんならつい先日まで。
「……もしかしてだけど、昔から誰かに呼ばれてる気がしてたの」
『うむ。我らじゃ! 』
──なんで誇らしげ?
悩んだ時期もあったけど、幻聴の理由が判明したのは良かった、と言うべきなのかな?
『我等はこの地に住まう水龍さまの眷属で、今は水の妖精じゃ』
『そうなの〜。あやしくないの〜』
『姫の力が必要で向こうの世界から呼んだのじゃ』
「──ちょっと待って。妖精? 姫? 呼んだってどういうこと……? いきなり情報が多すぎるよ 」
一方通行な会話に少し声を荒げると、小人の一人がふよふよとテーブルに移動してきた。コップに手をかざしたと思ったら微かに手が光り、たぷん、とコップの中に水が現れた。そして気遣わし気にこちらを見てくる。
コップ……空だったよね?
小さな体でコップを押すとコップごと倒れてしまった。すると他の二人が慌てて駆けつけ、体を起こし、今度は三人で手をかざすと、空のコップの中に再び水が満たされた。
「……妖精って本物みたいだね」
普通ではあり得ない現象を見せられたら信じるしかない。溜め息混じりに伝えると、三人の小人の妖精は嬉しそうに頷いた。
「このお水はもらってもいいの? 」
『いいのじゃ、いいのじゃ』
『飲んでほしいの〜』
コクコク頷く姿は少しだけかわいいと言えなくも、ない。
ただ……。
水を飲み干し「ごちそうさま。美味しかったわ」と伝えると、三人共嬉しそうに腕を組んで踊りだした。その様子を見ながら私は気になっていたことを口にしてみる。
「──あのね。質問なんだけど、妖精なのよね? なんで妖精なのにおじいちゃんなの? 」
……そうなのだ。聞くタイミングが無かっただけで、ずっと気になっていた。
妖精と言ったら……ねぇ? 小さな子供とか。なんなら羽が生えてて、緑の服を着た元気な女の子を想像するじゃない? 小人みたいな小さなおじいちゃんって……。
三人の踊りが止まった。
そして私を見つめると、明らかにしょんぼりしてしまったのだ。私は直感的にマズイと感じた。
『……じじぃは嫌か?』
『そう言えば人間の女子は──若いイケメン以外は男と見なさない、と書いてあった。じじぃなんて相手にされないのも当然なのじゃ』
俯き、肩を震わせている。
「!! ……は?」
『ひどいの〜』
あとの二人もしくしくと泣き出した。何故か小さな子供を泣かせた気分になってしまい、罪悪感を覚える。
「ちょっと待って、そんなこと思ってないから! 想像と違ったから、つい……」ごめんなさい、と素直に謝った。
『嫌いじゃないのか? 』
「うん! 」
『じじぃでもいいの? 』
「うん」
『じじぃは好きか? 』
「…………うん」
最後は尻窄みになってしまった。すると『やっぱり』と言い、いじけてしまう有様で……。
あー面倒くさい!
私は話題を変える事にした。
「ところで、さっき言ってた『イケメン以外は男と見なさない』って何の話? かなり酷いわね」
すると妖精の一人がパッと顔を上げ、得意げに本を取り出した。私はびっくりして「どこから出したの」と聞いてみても案の定スルーだった。
『我々の“ばいぶる”じゃ! 』
「バイブル? 」
『これを見れば人間の女子の事はおおよそ理解できる貴重な書物なのじゃ』
『らいとのべるって本なの〜 』
「……ラノベのことだよね」
見た目がおじいちゃんなだけに、出てきた本が少々意外だった。渡された本の題名を読み上げると……。
「えーと。『悪役令嬢から溺愛系まで女子の大好きあつめました! 〜異世界転生の常識 これ一冊でまるっと丸わかり。今日からあなたも異世界人〜 』って、何これ……」
読み上げた自分が少し恥ずかしい。
『我々の “ばいぶる” じゃ! 』
いや、それはさっき聞いたから。
『姫の好きな物が知りたくて、みんなでお願いしたの〜』
『姫の世界の常識がわかる本が欲しいと願ったのじゃ』
『そしたらこれが出てきたの〜』
「あー。好きと常識は被ってるね。はは……」
空笑いをしながら考えてみた。
何それ? お願いすると本が出てくるの?
理屈も現象もまったく解らないんだけど!
「私のお願いも聞いて欲しいなぁ」と心のままに呟くと、妖精達も思い出したかのように口々に言い出した。
『そうじゃ! お願いをしなくては』
「は?」
『じか だん ぱん、なの』
「直談判? 」
『ヒロインが父親にお願いすることを、直談判と言うのじゃ。ほら、ここのページじゃ』
そう言ってパラパラと本の中身を見せてくれた。本は少しよれていて、何度も読み込んでいるように見えた。
「えーと……『父親が登場する物語の中では、父親は重要な役割を担う事がある。
主人公が父親に直談判をして出会いを回避をしたり、別の案を提示するケースだ。これが物語の中で一つの転機となりうるのだ。父親は先の事など知らないはずなのに、ヒロイン・悪役令嬢に関わらず、ほとんどの場合このお願いを叶えてあげるのだ。理由は、賢い読者の君達ならおわかりだろう』……なるほどね」
この後、愛がうんたらかんたらと続いたので音読はそこで区切ることにした。
ちなみに、愛を語った後に続く文章は『ただし父親が無関心あるいはクズの場合、その限りではない』と続くのだ。……なかなか温度差があるなぁ、とミレイは思った。
『だから我らのお願い事も直談判をすると通るのじゃ』
「? 」
本の言いたい事は解るが、妖精達の言いたい事は解らない。──とりあえず、会話を続けてみる。
「あのね。それは主人公と父親の話で私達とは違うよね? あと悪役令嬢や異世界転生の話は確かに人気があるけど、あくまで物語だから。現実じゃないよ」
『!! 』
……びっくり顔 意外とかわいいかも。
『そんなことないのじゃ! 』
『現実なのー! 』
「いや無いから」
お互いのテンションの差に少し疲れてきた。
『だってここが異世界なのじゃ。姫は漂着と言っていたが、そもそも違うぞ! 』
「……は? 」
何を言っているの?
『異世界とは元の世界とは異なる世界のこと。つまりここが異世界じゃ』
「……は? 」
そんなドヤ顔で丁寧に言われても……。
『異世界に来るとみんな──これが異世界転生なのね! と喜ぶらしい。ほれ。ここのページにも書いてある。 姫は言わないのか?』
「……は? 」
本を目の前に突きつけられても……。
『遠慮しなくていいの〜』
「……は? 」
いや遠慮してないし……。
三人共、何故かわくわくした顔で待っている。
私「は? 」しか喋ってないけど、何でその期待顔?
──「なにそれ〜」なんてかわいい反応ができたらいいけど、そういうのは、あざとさを武器に勝ち上がった勝ち組女子しか無理なのよ。私みたいな残念女子は、そんな恥ずかしいセリフなんて絶対無理。
私は自嘲気味に胸の中で呟き、妖精達からそっと視線を外した。窓の外では家の前の大きな木にいろいろな小鳥が遊びに来ていて、綺麗な音色を奏でていた。
『バイブルではみんな異世界に来られた事に喜んでいたのじゃ』
現実に呼び戻された。
『姫、喜ぶと思ったの〜』
「……」
何か察したのか、妖精達がこちらをじっと見てくる。
つまり、さっきまでの話は私が喜んでいるか確認してたってこと……なのかな〜?
頭をがしがしと掻きむしる。
昔からの癖で、お母さんからは「女の子なんだから辞めなさい」ってよく言われていた。
「もう、わからない」
ソファーの上に足を投げ出して寝転んだ。なんだか頭が痛くなってきた。
「異世界転生ねぇ」天井を見ながらボソッと呟く。すると不意に疑問がわきあがった。
「あれ? ちょっと待って……異世界転生? 転生って事は私、死んだの? 」
重大な事を聞き逃すところだった。
現実逃避している場合じゃなかった。私は慌てて起き上がった。
『それはないのじゃ。我等が姫を傷つける事は絶対にないのじゃ! 』
『そうじゃそうじゃ』
『姫はこの世界で一番大事な存在なの〜』
いや、最後のは恥ずかしい。
「死んでないならいいけど……」
また溜息をつく。
時計を見るとかなり時間も経っていた。
「リリスさんが帰ってくる時間もあるし、話はまた後で聞くから。とりあえず今は食事の準備をしないと」
『手伝うのじゃ』
『手伝いたいのじゃ』
『ご飯なの〜』
何だか急に賑やかになった。
私の前を飛ぶ「自称妖精達」はよく見ると羽が無い。
これもどうやって飛んでいるのか気になるが、そんな事よりも大事なことがあった気がする。……少し考えてから今は思考を放棄した。疲れた時は考えない。昔からの自己防衛策だ。
それにしても、小さなおじいちゃんがのんびり空を飛んでる姿はなかなかシュールだよね〜。
目の前の光景を受け入れつつある自分に驚くが、何故か憎めないのだ。
妖精達が慕ってくれているのはわかる。バイブルと言っている本もミレイがいた世界を理解したい、と思っての行動みたいだ。
まぁ。意味不明だし、質問にも答えてくれないけど、おじいちゃんだし害はないかな。
庭に出て諦めた気持ちで「ふう」と溜め息をつき、空を見上げると晴れやかな水色をしていた。そこに一迅の風と共に弱い雨がサァっと通り過ぎた。それは一瞬の出来事で、あとには雨水を纏った樹々の葉がキラキラと煌めいていた。まるで水姫と妖精達の再会を祝うような喜びの雨のようだった。
「よし。まずは水汲みからね! 」
ミレイはバケツを手に取り、裏に向かった。
──あとで私は後悔する。人の見た目に左右されてはいけないのだと。