第65話 急転①
二人で村に戻るとニウさんの家の前で良く知ったシルエットを見つけた。
「あれ? あの後ろ姿はリリスさんかな?」
「どれ? ……あーー。たしかに」
呑気な二人の会話とは裏腹に、私達の姿を見つけるとリリスさんが走ってきた。
「はぁはぁ……」
「リリスさん、どうしたんですか?」
「ミレイ。今日の昼間、妖精達が家に来たんだ」
ドクン。
心臓が跳ねた気がした。
「……それで?」
「私に世話になったって挨拶しに来て、ミレイへの言伝を頼まれたんだ。
──明日、ミレイを元の世界に戻すから、夜になったら龍湖に来てほしい……って」
「……」
「はぁ!? 明日って何だよ。いきなり過ぎるだろ!?」
反応できない私の代わりに、ニウさんが反論した。
「私だって言ったよ! でも彼等が言うには術を使うのは満月の夜じゃないとできないみたいで、その満月が明日の夜だって言うんだ」
「それなら次の満月でもいいだろ!?」
「いろんな条件を考えると明日がいいんだって」
「……何だよ、それ」
ニウは込み上げてくる怒りをかろうじて堪えた。追いついた母親と祖父の顔を見ると、既にリリスから聞いていたのか、複雑そうな顔をしていた。
「……あの、リリスさん。どうして言伝なんですか? 彼等は?」
ミレイが静かに口を開く。
何度もくるような場所じゃないし、今帰ったらきっと二度と会えなくなる。それなのに、帰るのは明日だと言う。事情があるのかもしれないけど、それなら直接話すべきでしょ?
どうして? もう私とは話したくないの?
ミレイは突然の話に気持ちが錯綜していた。
「私も直接話すように言ったんだけどね……」
「ごめんなさい。リリスさんを責めてる訳じゃないんです。ただ……」
ミレイが黙りこむと、周りも息詰まるような重い沈黙が流れた
「あーー、もう! 」
その沈黙を破ったのは他ならぬミレイだった。
「冷静に話をしようって决めたばかりなのに。
いっつも突然なんだから……! ちゃんと説明してよ……」
一気に捲し立てるように心の内を吐露すると、フリジアさんが心配して「ミレイ大丈夫?」と声をかけてきた。
「大丈夫です。ちょっとムカッとしただけなので。フリジアさん。私リリスさんの家に戻りますね。
ちょっと彼等に文句言ってやりたいので……」
にっこり笑って、リリスさんの家の方角を示した。
向こうに会うつもりがあろうが無かろうが、確率で言うならニウの家よりリリスの家だろう。
「オレも行く。今夜はばあちゃん家に泊めてくれ。
母さん、オレ明日仕事休むけど……いいだろ?」
「えっ。ニウさん?」
「いいけど……布団はどうするんだい?」
「そんなのいいから。ソファでも床でも何処でも寝るし、そう言う話をしてるんじゃない」
少し苛立ちを見せたニウに、リリスはニウの心情を理解した。
「あぁっ。すまなかったね」
「いいわよ。こっちはどうにでもなるから、あなたの好きにしなさい」
腕組みをして悠然と微笑む姿は、余裕すら感じるが、村の運営に関わっているニウはそんな余裕は無いことを知っている。それでも「好きにしろ」と言ってくれるのだから、やっぱり自分の母親は男前だ。
それから急いで荷物をまとめて、リリスの家に向かう頃には、陽も落ちて森は暗闇になっていた。二個のランタンの灯りが夜の森をぼんやりと照らす。
「ミレイ、荷物はオレが持つから灯りと別の手にはこの硝煙筒を持っておいて。もし、動物が襲ってきたらこの紐を引っ張るんだ」
「……わかった」
俄かに沸騰した頭がスッと冷えた。
そうだった。夜の森は男や猟師でも入らないくらい危険なのだ。幸い動物に襲われることはなかったが、それでも唸り声がすぐそばで聞こえたものだから、三人とも足早に家路についた。