第63話 心が整う
ここは人間の世界と隔てた精霊や妖精が住まう世界。
『ロス、どこにいっておったのじゃ? 2日も空けて……』
サンボウが問いかけるとロスは険しい顔のまま答えた。
『……駄目元でな、あいつの所に行ってきたのじゃ』
『あいつって……あの騎士団の最後の高位龍族のこと? でも随分前に交渉は決裂したはずなの』
『ああ、だから駄目元なのじゃ。……でももう死んでいたよ』
『……そうか』
『まぁ、墓参りができただけでも良かったのじゃ。立派な墓でな……。あの偏屈者も晩年は多少は人と交わって生きたのだろう……』
『……そうか』
クウがお茶を淹れると、ロスは泣き笑いのような顔をして『ありがとう』と言った。お互い道は違えど、もとは同じ騎士団であり仲間だった男。何も思わないわけはない……。
『……のう。考えたのだが、姫を元の世界に戻してやることは無理だろうか?』
ロスの突然の提案に、クウとサンボウは呼吸を飲み込んだ。
『ロス。それが何を意味するかわかっているのだろうな?』
『……あぁ』
『……そうか。実はわしも考えてはいたが、言葉にする勇気が無かった』
俯き、硬く拳を握り合わせるサンボウにクウの声が被さった。
『……わかったの。姫を元の世界に戻そう』
『……良いのか? 空間を繋げる術を行使すれば、我等の力はそこで力尽きる。もう水龍さまにお会いすることは二度と叶わないのじゃぞ? 』
『お前がそれを言うのかサンボウ。お前だって王の覚醒を何よりも臨んでいたではないか』
『……まあな』
『クウも本音を言えばもう一度水龍さまにお会いしたいけど、でも姫を悲しませたり、ましてや泣かせたいわけじゃないの』
『そうじゃな。わしも同じじゃ。
最初は何を犠牲にしても我等が王にお目覚め頂く! と思っていたが、利用するには姫は人が良すぎた。実際、わしは姫の存在に救われたのじゃ。
──このまま説得を重ねれば、もしかしたら姫は折れてくれるかもしれん。王が目覚め、王国が復活する可能性もある。でも姫はこの先、心から笑う事はないだろう。姫の暗い顔を見るのは、わしには無理じゃ。姫には笑っていて欲しい……』
『……皆、同じと言うことか』
三人共、互いに顔を見廻し頷いた。
何百年と、王の目覚めを切望していた者達がその全てを諦めた瞬間だった。
でも、彼等の表情は悲嘆に暮れるものではなく、納得した上でのものだった。覚悟と一抹の寂しさ……。
しかしそれを上回る気持ちが妖精達にはあった。
何百年もの間、光の見えない暗闇を模索していた彼等にはミレイはやっと指された一条の光であり、救いだった。その心を護りたいと想うのも、また自然なのかもしれない。
『では、次の満月の夜。龍湖に月が上った時、術を行使しよう。』
『それまでに説得が必要な者達がいるの。特にウンディーネにはまた協力して貰わないといけないし、難航するだろうね』
『次の満月の夜とは……三日後か?』
『時間がないな……でも腕輪の力が満てるいま、先延ばしにするよりも決行した方が成功率は上がると思うのじゃ』
『賛成じゃ』
『……では、龍王の眷属として、最後の仕事に取り掛かろう』
『おう!』
光に満ちた世界から三人の妖精の姿が散り散りに消えた。
◇ ◇ ◇
「ねぇニウ。ミレイどうしたの?」
「……笑ってるけどさぁ〜元気ないよな」
広場に集まる子供達の中でも年上のバーチとアリッサが通りがかったニウに声を掛けた。当のミレイはさっきまで広場にいたが今は果樹園の手伝いに向かったところだ。
やっぱり子供は鋭いな〜。
でもオレも母さんやじいちゃんが変なこと言うから妙に意識しちゃって、話せてないんだよな……。
「う〜ん。ちょっと悩み事があるみたいなんだ。まあそっとしておいてあげるのも……」
「それじゃ元気ないままだろ!?」
「そうよ。話すことで解決することもあるかもしれないじゃない。なのに何でニウが勝手に決めつけてるの? ミレイの笑顔みたくないの?」
「うっ……」
正論すぎて言葉に詰まる。
「……聞いてみようかな」
ポツリと言った言葉に、子供二人は「遅いくらいだよ」と綺麗にハモった。
広場をあとにして果樹園に向かうと、ちょうどミレイがいた。
「ミレイ! あのさ……あーー。うま、馬乗らないか?」
声を掛けたものの、何も考えて無くて咄嗟に目の前にいた馬に話を振ってみたが、ミレイは不思議そうに「馬?」と返しただけだった。
「そうねぇ〜。……ちょうどいいわ。街に買い出し行ってきてくれる?」
「買い出し……ですか?」
衝立の後ろから聞こえてきた声はフリジアだった。
「えぇ。ミレイはまだこの村から出たことないでしょ? 買い出しついでに少し見てきなさいよ。ニウもそう言いたかったんじゃないの?」
「…………あぁ」
不自然にならないようにフォローまでしてくれる辺り、自分の母親の有能さにグウの音も出ない。しかも買い出しは三日前に済ませたばかりだから本当は必要ないのだ。
「村の外……たしかに少し見てみたいかも」
パァッと顔が明るくなったミレイを見たら、そんな敗北感などどうでも良くなった。
おっかなびっくりな様子で騎乗する馬に餌を上げてるところを見ながら、ニウは「ありがとう」と伝えると、「あなたはあなたにしか出来ないことをやりなさい」とだけ返し、フリジアはそのまま籠を持って果樹園に向かった。
はぁ……男前すぎるだろ〜。
その背中を見送った後、ミレイを自分の前に乗せてゆっくり走り出すと、興奮気味にはしゃぐ様子を見て、気づかせてくれた子供達と後押ししてくれた母親にもう一度感謝した。
街で買い物を済ませて、帰り道小高い丘の上で腰を下ろす。
「本当は夕焼けがオススメなんだけどね……」
「ううん。すごくキレイだよ…」
眼下にはニウ達の住んでる村が見えた。夕日にはまだ早い時間だが、それでも村全体が見れるこの場所はニウのお気に入りの場所だった。無言で景色に魅入っているミレイに、ニウは本題を話した。
「ミレイさぁ……何かあった?」
「……えっ……」
「話したくないならいんだけど、話すことで考えが纏まったり、スッキリすることもあると思うんだよね。だから……もしよかったら話してみないか?」
ミレイは無言だった。
やっぱり無理かぁ〜。
オレじゃあ頼りにならないのかな……。
「ニウさんありがとう。ごめんね心配かけて……。
あのね──」
ミレイはポツリポツリと数日前の妖精達とのやり取りを話してくれた。
「……最初はあの妖精達のこと『何なんだ!?』って思ったんだよな。水ぶっ掛けられるし、睨まれるし……」
「そんなこともあったね〜」フフッと笑いが零れる。
「ああ。その後もなんか好戦的だったよな。妖精って可愛いらし〜いイメージとはほど遠くて、でもあいつらが怒る理由も好戦的な理由も全部ミレイだったよな」
「……」
「いつも姫、姫って……。
龍湖の時は死にそうになってるし、あいつらが本当にミレイを利用してるだけなら、あそこまでしないと思うけど」
じっとミレイの顔を見つめる。
「それは……私もそう思うけど、なら何で黙ってたの? いろいろな話をしてくれたけど、一番大切な事は話してくれなかった。一緒に過ごして数ヶ月だけど、それでもいつも一緒にいたのに……」
「う〜ん。一緒にいたからじゃないか?」
「どういうこと?」
「あくまでオレの憶測だけど、一緒にいるうちに好きになって大切な存在になったからこそ、言い出せなくなったんじゃないのかな? 言いたいけど言えない……みたい空気になったこと無かったのか?」
ニウさんの力強い目をじっと見返しながら記憶をたどる。
「そういえば……」
お酒の話をした時、サンボウに呼び止められたような……もしかしたら、あれは……。
思い出してみるとクウが口籠っていたことがあったし、ロスからも何か言いたげな視線を感じることがあった。
「……そういう空気あったかも。……私がそのサインを見逃していたんだ」
口元を抑えて俯く私にニウさんは「そうか」と呟き、私の頭を優しく撫でてくれた。
「でも悪いのはミレイじゃないからな! 黙っていたのはあいつらだし、ミレイは傷ついた側だ」
「ニウさん……」
「不安や怒りいろんな感情があると思うけど、ミレイの中で一番はなんだろう」
ニウさんに諭されて、冷静に整理しみる
「一番は……不安かな。帰れないかも知れないっていう不安」
「うん、当然だよな。そしたら次は?」
「つぎ?……次は話してくれなかったことかも知れない。多分それが一番…………かなしかった?」
「そっか。それはミレイがそれだけ妖精のことを好きだって、ことだと思うけど。
好きだからこそ話してくれなかったことが嫌で、他の人から聞かされて……悲しくなった?」
「そう……かもしれない。私、悲しかったんだ」
自分の中で何かがストンと落ちた気がした。
「大切に思ってたのは私だけ……とか、いいように利用されて自分はバカだとか、いろいろ考えたけど……」
涙が溢れてくる。
ニウさんに言われたように、みんなもいつも私の事を想ってくれてた。それがあったからこそ、私も大切に想ったのに……見えなくなってた。
「ミレイ。目に見えるものが全てじゃないし、
事実は必ずしも真実じゃない………らしいぞ?」
「ニウさん?」
もっともらしい、格言っぽい事を言っているが、最後は少し戯けて言うニウ。
口の中でもう一度繰り返す。
「ヘヘっ。死んだ親父のウケウリなんだ。
……昔、村の子供達の中で言った言わないで、大喧嘩したことがあったて、その時に親父に言われた言葉なんだ。
──起った事実は変わらないし、変えられないけど、それが全てと思うな。友達ならそいつの性格も考えたうえでお前が結論を出せ……って。
正直、ガキのオレには難しかったけど、一生懸命考えて、本人の話も聞いてそれでようやく真意がわかったんだ。あのまま行動を起さないで、周りの声だけで判断してたらきっと、今みたいにカイとは仲良くしてないと思うな」
「えっ? カイってあのカイさん?」
「そう。あのカイだよ」
ニウさんもクスクス笑う。
「フフッ……素敵なお父さんだったのね」
「ああ。子供から見てもカッコいい親父だったよ」
そう言ってニカッと笑うニウさんも、十分カッコ良かった。
「そうだね……私、パニック起こしてちゃんと話を聞いてないから、まず話聞いてみるよ」
「あぁ。……でも、でもな! 残るならオレは大歓迎だからな! むしろ行くなって言いたいくらいだ」
少し頬を赤らめながらも、きっぱり言ってくれる男らしさに、思わずグッときてしまう……。
「ニウさん。そんなこと言わないで、迷っちゃうよ」
「迷ってくれよ。困らせたくないけど、でも笑って了解……なんてオレは言えない。これでもオレは本気だからな!」
真面目な顔で言い募るニウさんの横顔にオレンジ色の夕陽が当たる。そのまま視線を移すと村全体が夕陽に飲み込まれたように朱く染まり、知らずに吐息が漏れた。
「ミレイ。また一緒に見に来よう?」
ニウの手がミレイの指に絡まる
「うん……とは言いきれないけど、またこの景色はみたいかも」
複雑な言い回しになってしまったが、ニウさんは何も言わず「うん」と頷いてくれた。その心の広さに甘えたくなってしまう……。でもまずは……。
明日、一度リリスさんの家に帰ろう。
会えるかわからないけど、まずは話を聞かないと……だよね
馬に跨り、背後からニウさん両腕が私を支え、二人で村へと向かう。
行きと同じ風景だけど全然ちがう。
時間帯が違うからか、私の気持ちが変わったからか……どちらだろう。
心が温かくなった。
背中も温かい……。
大丈夫、私は一人じゃない。