第61話 ミレイと真実②
リリスの家から西の奥深く。
普段は人間が足を踏み入れることの少ない西側の森は生い茂る木々が枝を絡め合うように広がって密生しているので、陽が高い時間にも関わらず森の中はどことなく薄暗かった。
追い出されるようにしてリリスの家を後にした妖精達は、無言でその場に佇んでいた。 彼等の脳裏に浮かぶのは先程のミレイとのやりとりだった。
──出てって!
優しくて、少しのんびりとしたところもある姫。
そんな姫から初めて聞いた拒絶の言葉。今までどんな無茶振りをしても「仕方がないなぁ〜」と笑って願いを聞いてくれた姫からは、想像できないほど険しい声だった。
『すまない……わしがもっと早く訂正していれば……』
『さっきも言ったが、それについてはみんな同罪じゃ。訂正する機会などいくらでもあったのだから』
『その通りなの。クウ自身が姫と離れたくなくて……嫌われたくなくて言えなかった。でも……あんな風に泣かせたかった訳じゃない』
『そうじゃな……。姫はいつも自分等を優先して、我等の願いを叶えるために協力してくれていたのに……なんでもっと考えて上げられなかったのか……』
『我等は結局、己の益しか見れてなかったのじゃ。姫の信用を失っても仕方がないのじゃ』
収拾のつかない自己嫌悪が己を襲う。
今回のことは予見できた事態だ。
避ける方法も幾らでもあった。なのについ先延ばしにしてしまったが故に、第三者から……水龍さまから聞くと言う、最悪の事態を招いてしまった。
『……騙したって言ってたの』
『そう取られても仕方が無いのじゃ』
『でも!そんなつもりは……』
『そんなつもりはなくとも、結果的に重要な事は……姫に関する事は何も告げていなかったのじゃ』
サンボウの言葉にクウは顔を覆い、肺が空っぽになるくらいゆっくりと息を吐いた。
『ひめ……』
『………これからどうしたら……』
ロスの投げかけた言葉に反応を返せる者はいなかった。三人の顔には深い悔恨の色が表れていた。
◇ ◇ ◇
コンコン。
小さな嗚咽の漏れる室内にドアを叩く音が響く。
「ミレイ」
優しく名を呼ばれても顔を上げる気にはならなかった。
「ちょうど帰ったところだったから少し話が聞こえてね……」
「……」
リリスさんはそれ以上は何も言わず、フワリと抱き締めてくれた。動揺と苛立ち、後悔がごちゃ混ぜに渦巻くなかでリリスさんの優しさが有り難かった。
それからゆっくりと時間が流れ、私が落ち着くまでリリスさんは背中を優しく擦ってくれた。
「少しは落ち着いたかい?」
「…………はい」
「じゃあ、食事にしよう」
そう言ってニカッと笑うと、リリスさんは手早く昼食の準備に取り掛かる。
温かいスープを一口飲むと、五感に染み渡り体の中からじわりと温かくなった。今更ながら体が冷えきっていたことに気付く。トロトロに煮込まれたトマトと豆のスープにパンを軽く浸して口に運ぶ。
「……おいしいです」
「どんなときでも腹はへるもんさ。
ほら、こっちのチーズのオムレツも食べな。塩分補給だよ」
「フフ……ありがとうございます」
冗談っぽく戯けて言うリリスにミレイの頬も緩む。そんな様子を見てリリスもまた安堵した。
「ミレイ、村の子供達がミレイに会いたがってるんだ。もう二週間近く行ってないだろ?」
「……そう、ですね」
「だから明日遊びに行ってきたらどうだい? それでそのままフリジアの家に泊まってくるといい」
スープを飲みながら提案された内容に、目をパチクリさせる。
きっとリリスさんは私の事を考えてくれたんだろうけど……でも、いきなりお邪魔するのは……。
ただでさえ、今も気を遣わせてるのにフリジアさんにまで迷惑をかけるのは気が乗らなかった。
「子供達と遊んだり、村の女達の仕事を手伝ったり、やることはたっぷりあるから気を遣う必要はないよ。むしろ人手が増えたって、フリジアなら諸手を挙げて喜ぶさ」
「……そんなものですか?」
「そんなもんだよ。確実にここよりは忙しいねぇ」
そう言って笑うリリスさんの意図がわかり、私はその言葉に甘えることにした。
たしかにこの状態で考え込むと、きっと悪い方にしか思考が働かなくなるかも。それなら体を動かした方がいいのかもしれない。今はまだ会いたくないしね……。
「よろしくお願いします」
「あぁ。フリジアには連絡しておくから明日行くといい。まぁ、一日で戻ってきてもいいし、一週間後でもいいから好きにしな」
「……はい。ありがとうございます」
リリスさんは笑顔を見せた私を一瞥したあと、バシっと背中を叩いて食器を流し台に運び、洗い物をしながら背中越しに付け加えた。
「……そんな顔をしなくても、この家はもうミレイの家でもあるんだからね。帰ってきたくなったらふらっと帰っておいで。
私も水汲みや洗濯は楽を覚えたからね〜。しばらく離れるのはいいけど、ずっとは無理だよ」
「はい」
そんなに顔に出ていただろうか……。ぶっきらぼうなリリスさんの言葉にホッとする。
私はリリスさんの優しさに何度助けられているだろう。
部屋に戻るとミレイは服や日用品を袋に詰めて外を眺めた。月明かりも望めない曇天のせいか、森の中は真の暗闇だった。
ごはん食べたかな……。
ふとよぎった言葉を頭を振って追い出す。
ミレイはそのまま勢いよくベットに潜り込み、頭から布団を被った。まるで机の上の小さな布団セットを視界に入れまいと、しているようだった。