第60話 ミレイと真実①
『……というわけなんです』
ここは龍湖の湖底近く。
ミレイは今まで見たことがないくらい険しい顔の水龍さまと対峙していた。
顔のキレイな人は怒ると怖いって聞いたことあるけど、本当ね。これは……こわい……。
理由はわかっている。
私が身につけている宝珠の腕輪のせいだ。
これに関しては妖精達と議論して、身につけてくることにした。なぜなら今まで水龍さまが姿を見せてくれたのは指輪に念じることで来てくれたのであって、私一人で姿を見せてくれる自信はなかったから。
ただ、この腕輪は水龍さまにとって、辛い過去の象徴なだけに、不興も買う恐れもあった。でも会って説得して、少しでも目覚めてもらう確率を上げたい!……と言う妖精達の気持ちを汲んで、イチかバチかの賭けに出たのだ。
そしてその賭けは……失敗したかもしれない。
淡々とした口調の下で微かに、流れてくる負の感情。今まで感情をコントロールしてた水龍さまにとってはレアな事態で、それだけこの腕輪は水龍さまの感情を逆撫でする代物なのだろう。
『……経緯はわかった。それで私の前にそれを着けてくる意味は? 私の怒りを買いたいのか?』
脳に直接響く声に、私の背筋がチリチリと警告してくる。
『違います。宝珠の力を借りないと私とは会って頂けないと思い、身に着けてきました。他意はありません。私は水龍さまに起きて頂きたくて、この場に来ています』
『……お前には関係ないだろう』
明らかな拒絶の言葉と上から押し付けられるような重低音の威圧感に顔を上げることすら出来なかった。
何これコワイ。 ……にげたい。
でも……もう退けない。
『関係……あります!』
反射的に声に出していた。
声に出さないと潰されてしまいそうだったから。
『あの妖精のためか。ご苦労なことだ』
水龍さまの言葉から嘲笑めいた音を感じる。
『それもありますが、自分の為でもあります。
……水龍さまに起きてもらわないと私は自分の世界に帰れないから』
『……自分の世界に……帰る?』
ミレイは頷き、怯みながらも真っ直ぐ水龍さまを見つめた。二人の視線が交錯する。すると突然、水龍さまの肩が僅かに震えた。
『フフッ……。愚かなことだ。
水姫としてこの世界に召喚され、腕輪にも認められた。私を目覚めさせる為と言うからには、結界の突破にも協力するつもりなのだろう?』
『? ……えぇ』
『なら元の世界に戻るのは無理だな。
龍王国に入れる人間は腕輪に認められた水姫のみ。そして水姫は入国すると龍族に種族を変え、生涯を龍王国で過ごすのだ。
──もっと分かりやすく言ってやろうか?
水姫は王国に入った時点で二度と王国から出ることは叶わない。だからお前が自分の世界に戻ると言うのは、最初から無理な話なのだ』
『………………えっ?』
『龍王国の者なら誰でも知っていることだ。もと眷属なら尚更だな。 ……妖精から何も聞いていないのか?』
突然のことに何を言われてるのか分からなかった。でも、水龍さまの瞳は嘘を言ってるように見えない。
『…………かえれない? ……えっ? だって自分達の力じゃ無理だけど、水龍さまならできるって彼等は言ってたわ!!』
水龍さまの胸倉を掴んで詰め寄るも、いとも簡単に手を振り払われてしまう。
『お前に協力させるためだろう?』
『……そんな……かえれ、ないの?』
黒い瞳が目一杯見開き、ミレイは膝から崩れ落ちた。そんなミレイを一瞥して
『……随分、大切な人なんだな』と、耳元で囁いた。
前回、ミレイが水龍に言ったセリフだった。
でも今はそんな嫌味も耳に入らないくらい動揺していた。
それから先の記憶は曖昧だった。
気づくと私は湖畔に座り込み、髪から滴り落ちる水滴が乾いた地面に吸い込まれるのをじっと見ていた。
『姫、大丈夫か?』
『顔色が悪いの』
『すぐに家に──』
ミレイは代るがわる声を掛けてくる妖精達をぐるりと見つめると、何事か告げ、駆け足でリリスの家に戻った。
◇ ◇ ◇
キィー。バタン。
グチョ グチョと靴の水音が誰もいない室内に響き渡る。
「はぁ はぁ……」
ミレイは濡れたウエットスーツのまま、椅子に腰掛け、コップの水を飲み干した。
……水龍さまは何て言ってた?
『──水姫は王国に入った時点で二度と王国から出ることはできない』
……サンボウ達は?
『結界を突破して王国内に入って、水龍さまを目覚めさせる』
「……入ったあとのことは……聞いてない」
絶望の音が溢れた。
「なんで? わたしが帰りたがってるの知ってたよね」
私の勘違い?
でも向こうの世界で騒ぎになってないか聞いた事もあるし、何ならつい最近、サンボウとお酒の話をした時に帰ってからの話をした。
先程の水龍さまとの会話が次々と思い出される。
息が……苦しい……。
『姫!』
『どうしたのじゃ急に走り出して』
「……」
『姫。大丈夫なの?』
妖精達が帰宅し、口々に私を心配するかのような、言葉を紡ぐが、今のミレイは不信感でいっぱいだった。
「…………私、本当に元の世界に帰れるんだよね?」
肯定して欲しくて発した言葉に、妖精達の動きが止まり、僅かに視線が泳いだ。
…………あぁ。なんとなく分かってしまった。
本当だった。
ワタシは……カエれない。
『姫……あのっ』
「……わたしが帰りたがってるの知ってたよね?
なんで黙ってたの? なんで水龍さまが起きれば帰れるなんて言ったの?」
今までに無いくらい強い言葉で、矢継ぎ早に妖精達を問い詰める。
『すまなかった。わしが咄嗟に言ってしまったのじゃ』
サンボウが頭を下げて謝る。
『サンボウだけの責任じゃない。そのあとも自分等は訂正をしなかった。しようと思った事は何度もあったが、……出来なかったのじゃ』
「意味がわからない。
……私のこと…………騙してたの?」
頭の中が冷え切っていた。信じてたのに……。
絞り出した声は思った以上に乾いていた。
『違う! 姫に……姫に居てほしかったの。一緒にいたかったの』
「だからって嘘をついて良い理由にはならないでしょ!?」
『もちろんじゃ! ……すまなかった』
三人の妖精達が深く頭を下げる。
「……全部話しなさい」
──それから妖精達は最初から帰れないとわかっててミレイを呼んだこと。王の伴侶も視野に入れて動いていた事を話した。
「だから会ったばかりの頃、主任に気があるのか、とか。恋人はいるのか、散々聞いてきたのね。
水龍さまをべた褒めしたこともあったね」
『その通りじゃ』
「………………最初から全部嘘なんじゃない」
ボソリと呟いたひと言は、とても冷めた声だった。
『それは……』
『姫! あのね、クウ達は……』
あれだけ協力したのに、騙してたなんて……。
悔しい。
「……出てって。出てってよ!」
涙が零れる。
今までの妖精達なら『姫の涙じゃ〜!』と喜々として掬いにきていただろう。今は苦しそうに俯き、静かに一礼をしてリリスの家を出た。
かたく握られた拳は僅かに血を滲ませていて、彼等の後悔を物語っていた。
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