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第59話 種族を超えて



 隣の部屋に場所を移し、運ばれたお茶を啜る。


『さて、姫も目覚めたことだし我等はこれからの事を話し合おう』

『そうですね』


 サンボウが口火を切ると、森の長も同意した。


『まず腕輪だがこのまま姫が持ち帰って良いのだろうか?』

『……はい』

『感謝申し上げる。それでは決行直前まではこちらの「宝珠の指輪」を置いていこう。浄化に力を使いすぎたから指輪の力も僅かだが、無いよりはマシだと思う。

 クウ、ロス……良いだろうか?』

『ああ』

『……義理を通すならそうするべきなのね』

『ありがとうございます』


 長も静かに頭を下げ、前回と今回の剣呑(けんのん)な雰囲気が嘘のようだ。


『だが我等が中央湖に向かう時には返却してもらうことになる。結界を突破するには二つの宝珠が必要なのじゃ』

『わかりました』


『ウンディーネにも話をしておくわ。

 ……でも一番の問題は妖精も居なくなり、二つの宝珠もこの地から無くなってからよね〜』


 アウローラの独り言のような呟きに、これまでの順調な会話が途切れ、全員の口が閉ざされる。

 ──不安があるからこそ森の長は腕輪を渡すことを避け、精霊達もミレイに接触したからだ。そして独り言と見せかけて、探りを入れているのは明らかだった。


 サンボウが意を決して『最悪……』と口を開いた時、ロスが『ダメじゃ!』と、強い言葉で遮った。


『ロスどうしたの?』


 不思議そうに問いかけるクウをそのままに、ロスはサンボウに向きなおり、反論を許さない勢いでサンボウと、名を呼んだ。


『……わかった』

『王には絶対にお目覚め頂く。そして龍湖を浄化してもらうようにする。それは龍王国騎士団長の名に誓って約束しよう。 ……だから少しの間、耐えてほしい』


 ロスが頭を下げて頼み込む。

 全てはサンボウをこの地に留まらせないため。


『……』

『……ふぅ。わかったわ。でもそんなに持たないから』

『わかっている』


『そもそも中央の龍湖まではどうやって行くつもりなの?』


 アウローラの問い掛けに妖精達は一瞬息を呑んだ。


『…………クウの転移術を使うつもりなの』


『転移術?』


『クウ!』

『……良いのか? ……話して』

『姫の考えに同意するなら、みんなで協力するべきって事でしょ? 長も譲歩してくれ、精霊も協力してくれてる。それならこっちも情報を開示しないとフェアじゃないの』


『貴方、見掛けによらず男前ね〜』


 アウローラの関心するような言葉に、『クウはもともと男前なの!』と、頬を膨らませて反論した。その場に居た者達から慎ましやかな笑い声が上がり、和やかな空気が流れた。



『…………いいですね。こういうの』


 森の長がポツリと零すと、ロスは腕組みをしながら『……まぁ。悪くはないんじゃないか』とソッポを向いて答え、アウローラも『今までなら有り得ない組み合わせよね〜。でも、いんじゃないかしら』と、艶やかに笑った。



 先の見えない不安はあるものの、束の間の安穏に身を委ねていると、不意に長の耳がぴくぴくと動いた。長が視線を動かすと奥の部屋のドアが開いた。



「なんだか楽しそうだねぇ〜」


 軽やかな声にみんなが振り返り、安堵の声で声の主を呼んだ。


『 姫!』

『『 ミレイ!』』


「なあに?」

 ドアにもたれ掛かって微笑む様子は気怠げなのに女神のような神々しさがあった。


 ──いや、妖精から見ればミレイは本当に女神のような存在かもしれない。……救いの女神。

 何百年と動かなかった事態がミレイが誕生してから希望が生まれ、この地に呼び寄せたことで劇的に好転したのだ。

 『王の覚醒は無理かもしれない』と頭をよぎった事は何百回とあった。その都度(かぶり)をふって否定した。諦めなかったから、ずっと足掻き続けたからこそ今の瞬間がある。

 妖精達は泣きたくなるような気持ちを、抱きつきたくなるような感情の昂ぶりを、自身のプライドで必死に抑えた。



 長が指示を出し、ミレイの為に長椅子とクッションが用意された。途中、二足歩行の兎とイタチに度肝を抜かれテンションを上げていたが、概ね問題なく腰を落ち着けた。


『ミレイ体はどうですか? 大丈夫ですか?』

「はい。少しボーっとしてダルさもあるけど、大丈夫です。ありがとうございます」


 ミレイが落ち着いたところで、先程纏まった話をする。特に長が腕輪を譲ってくれた件では、長に抱きついて泣き出してしまい、長を困らせたくらいだった。



「取り乱してごめんなさい。でも話合いが出来てよかった。勝手に勘違いをしてここまで来たけど、心配なかったね。……反省だね〜」

『そんなことないのじゃ』


 サンボウの言葉にミレイは目を細めて続けた。


「でも話は纏まったんでしょ?  

 ……考えてみると、みんな年を重ねた大人だもんね。自分の感情に左右されたり、喧嘩越しになんてなる訳ないのに。あ〜もう! 一人で突っ走って恥ずかしいなぁ」

 穴があったら入りたいとはこの事ね、とミレイは頬を赤く染めて、はにかんだ。


『……』


 その無垢な笑みとは反対に、()()()()()()()()は決まりの悪そうな顔をして視線を反らした。



『おほん。……まぁ姫の行動力に今回は助けられたが、でも!無鉄砲すぎるのじゃ!』

 サンボウが腰に手を当てて、わかりやすく『お怒りポーズ』を取った。


「いや。アウローラに来てもらったし、無鉄砲じゃないよ」

 キョトンとしてお茶を啜る様子に反省の色は見えない。


『無鉄砲よ。そうでなければ向こう見ずね』

 新しいお茶に淹れてもらったアウローラがしれっと言うと、森の長も追随した。


『そうですねぇ……私が言うことではありませんが、命知らずですよね?』


 グワ〜ン。

 鐘楼の中に頭を突っ込んだような、ゆらぎを感じる。


『そうね。姫は無鉄砲で危機管理の薄いお姫様なのね』

「なんだろ〜。仄かな嫌味を感じるよ」


 口を窄めて拗ねたポーズて対抗する。

 どうやらこの場に味方はいないようだ。


『れっきとした嫌味なの〜! まったく。

 ……なんでこんなことしたの?』


 クウの当然の質問に「う〜ん?」と笑って誤魔化しながら、頭の中で懸命に考える。


 まさか、盗み聞きしましたとは言えないし……。


『もしかしてわしとロスの話を聞いていたのか?』

「ひゃーー!」


 別方向からのクリーンヒットに驚いて、変な声が出ちゃったよ。恥ずかしい……。


「あーー。実は聞こえちゃって……。

 黙って聞いてごめんなさい! それで私にもなにか出来ないかなって思ったの」


『それなら納得じゃ。馬鹿な事を言ったサンボウが悪い。全て悪いのはサンボウじゃ!』

『全てということはないじゃろ!? そもそも、この短時間で行動力がありすぎなのじゃ、姫は!』

「そんな。褒められても〜」

 照れる私にサンボウは褒めとらん!と、一蹴した。


 事情を知らないクウたちに経緯を話すと、長とアウローラは驚きで言葉を失い、クウは……静かにブチギレた。


 猫かぶりも取り繕いもしないクウのキレッキレの毒舌に、リリスとミレイは呆気に取られつつ、視線を交わした。


 なるべくクウは怒らせないようにしよう……。


 二人の暗黙の了解となった。




『そもそもなんで姫が一人で湖に行けたの!?』 


 怒りの矛先がこちらに向いたので、包み隠さず話すことにする。


「クウは朝から森に行ってて、サンボウも出掛けるって聞いたからロスしかいない今がチャンス! ……って思ったの。でも、ちゃんと置き手紙は残したよ」


『チャンスとはなんじゃ、チャンスとは! これでも自分は王国一の騎士じゃぞ!? そんな……チョロいみたいな』


 憤るロスにクウがもう一度、静かに問いかける。


『なんで姫が一人で湖に行けたの?』


 全員の視線が集まるなか、ロスの目が泳ぎ『それはな……』と口籠る。自分のせいでロスが責められてる状況にミレイは黙っていられなかった。


「待って、ロスは悪くないの。勝手に出て行ったのは私だし、それにロスだって疲れてたのよ。誰だって疲れてうたた寝するくらいあるでしょ?」


『…………』


 懸命の訴えに頭を抱えて黙るロス。

 二人の妖精も沈黙で答える。わかりあった者同士には時に言葉は不要なので……ある。



『まぁ……その、ね』

 アウローラが場を取り繕うとするも、言葉が続かない。



『……あの。指輪を見せて貰ってもよろしいですか?』

『もちろんじゃ!!』


 長のひと言に何故かロスが反応する。

 じとーーっと見つめる二人に、ロスは『森の長の要望なのじゃ』とサンボウを急かす。サンボウは溜め息をついて、指輪を外すと長に手渡した。


『たしかに……力をあまり感じませんね』

『浄化をするのに、どうしても指輪の力が必要じゃからな』

『そうねぇ〜……』


「ねぇ。この腕輪みたいに指輪にも力をいられないの?」

 ミレイは自身の腕にある腕輪を見つめながら問いかける。


『それは無理じゃ。その指輪と腕輪では同じ宝珠でも役目が違う』

「役目……なんてあるの?」

『もちろんじゃ。腕輪は水姫用に作られた物で神殿で管理しているが、この指輪は国防の為に作られた物でな、基本的には王の管理下にある代物(しろもの)じゃ』


『……そうか。だから宝珠の指輪で浄化ができるのね』

 アウローラの問いにサンボウは、そうじゃ。と同意したものの『これ以上の内容は話せない』と締めた。



「そっか〜残念。もし指輪にも力を籠められるなら頑張ろうと思ったのになぁ」

『だからなんで姫はそう無茶をしようとするのじゃ! 少しは大人しくしててくれ!』


 サンボウの気持ちはわかるけど、心配も迷惑も掛けたけど、「無茶」のひと言で片付けられるのも……。

 なんか違う!!


 ミレイは顔を上げてサンボウに向き直る。


「確かに考えが足らなかったかもしれないけど、それでも一歩踏み出すのを躊躇って後悔するよりも、前を向いて進む方が私の性格に合ってるの。

 ……護られるだけは嫌だよ。みんなのこと少しでも護りたい、支えたいって思うのは……ダメなこと?」


 真剣な眼差しで問いかけるミレイに三人の妖精達は、グウの音も出なかった。生温かい空気のなか、サンボウがようやく『……せめて相談してくれぃ』と口にすると、ミレイは「わかった!」と満面の笑みで答えた。


 その後、アウローラや長と和やかに笑ってるミレイを見て、妖精達は……

『無鉄砲と言うか、果断(かだん)と言うか……我等の姫は(ぎょ)し難いものじゃな』

『……まったくじゃ(なの)』と、つられて笑みを零した。


 まさか協力関係を構築できるとは思わなかった。

 これも姫のお陰じゃな。当の本人は無自覚じゃが……。


 それもまた愛おしい、とサンボウが肩で吐息を漏らした。


「サンボウ、森が暮れるのは早い。今日は陽も出てないから帰りは早い方がいいね」


 洞窟の外から入る僅かな明かりにリリスが提言すると、その言葉通り、来たときよりも陽が傾いているのがわかる。


『その通りじゃな。そろそろ失礼しようか』

『私も帰るわ〜』

『では、お見送りを』


『ここでいいの。気を張っていただろうし、少し休むの。……もう若くないんだから』


 ぶっきらぼうな言い方だが、クウの言葉には温かさがあり私は嬉しくなった。


『……まだまだ若いですよ。失礼な』

 長も不満気な言い方だが、表情は別の感情を物語っている。


「そうして下さい。今日は突然来てしまってごめんなさい。でも会えて良かったです」

『私も嬉しかったですよ。また来て下さい』

「はい!」



 それから和やかな空気のまま、私達は洞窟を後にした。




 みなさんいつも読んで下さり、ありがとうございます。毎日暑いですが、体調崩さないようにご自愛ください。

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