第58話 無鉄砲の収穫③
ミレイの意識が腕輪と同調してる頃、洞窟の内外では一瞬即発の状態だった。
駆けつけたロスと、森の中でワズに会ったリリスとクウが巨岩の外で合流したのだ。
『……ロス、なんで姫が一人で此処にきたのか、後でゆ〜っくり聞くから覚悟しておくように』
『……それは……』
猛るロスと氷河を思わせるクウに、リリスのほうが居心地が悪くなる。
『とりあえず、ロス。あいつら……蹴散らせ』
『わっ、わかったのじゃ』
クウの指示でロスが水刀を出現させる。
う〜ん。猫被ってるイメージはあったけど、語尾が変わるだけでこんなにも印象変わるもんかね。これじゃ猫かぶりと言うより、腹黒だ。
リリスが無言で見守っていると、ロスによって森の猛獣達が宙に舞っていく。前回同様、殺さないようにしてるのが解ったが、あまりの呆気なさに猛獣達がイタチやリスの類に見えてくる。
『リリス、一緒に来るの』
クウに先を示されて洞窟の前まで進むと、森の長が出てきた。リリスを守るようにクウが前に立つ。
『いつも突然ですね』
『今回は来訪を予測できたはず。それより姫はどこ?』
『水姫は……中におりますよ』
『…………何があった?』
『……どういう……意味でしょう?』
『愚弄するつもりか? お前の空気を読むことくらいわけはない』
いつもの可愛らしい声は鳴りを潜め、冷酷ささえ滲ませたクウの声に、リリスは固唾を呑み、森の長も喉元に牙を突き立てられてるような感覚に陥っていた。
『……事の次第によっては、この場所ごと沈めるぞ。
──いや……。それが一番手っ取り早いか。そうすればお前達が腕輪を欲する理由もなくなる……』
その言葉と共に洞窟内に水の気配を感じる。
素人のリリスにも解るくらいだから、クウが臨戦態勢に入ったと言うことだろう。
「クウ! 早まっては駄目だよ。ミレイの無事を確認することが先じゃないのかい?」
慌ててクウを宥めているところにロスも追いついた。
臨戦態勢のクウに好戦的なロス。いつも二人を宥めている、もう一人の妖精は今はいない。リリスは内心頭を抱え込んだ。
長の周りの獣達も唸り声を上げてはいるが、明らかに二人の凄味に萎縮していた。
『……先に申し上げておきますが、私共は何もしていません』
『それはどういう……』
「森の長。話が進まないから中に入れてもらえるかい?
二人も……。ミレイの安否確認が先だろ? それにミレイなら先入観は良くない、とでも言うんじゃないのかい?」
ロスの言葉にリリスがあえて割り込んだ。この険悪さは危険だと判断したのだ。
『……』
『…………わかりました。中へどうぞ』
長に案内されて奥の部屋まで行くと、そこには水の上位精霊アウローラがいた。そしてその足元にはミレイが横たわっていた。
『姫!!』
『どういうことじゃ、これは!? 姫に何をした!』
殺気立つロスにアウローラが間に入る。
『待って! 落ち着いて。森の者達は長も含めてミレイに何もしてないわ』
『それなら、どうして姫の意識が無いのじゃ!』
『それは……』
口籠るアウローラに続いたのは、ミレイをじっと眺めていたクウだった。
『……もしかしたら姫は腕輪を嵌めてから意識が無くなった?』
『そう! そうなのよ。腕輪を嵌めたら光がミレイを包んで、そしたらボーッしたまま返答が無くなって、膝から崩れ落ちるように意識が無くなったの。嘘じゃないわよ!』
水の上位精霊と思えないほど焦って、状況を伝えるアウローラを一瞥すると、クウは溜め息をひとつついた。
『おそらく腕輪と姫の意識がリンクしたの。
腕輪としても久しぶりの水姫だからだろう。姫の力を循環させて、腕輪自身の力も満ちてるの』
『……おっしゃる通りです。こんなに力が満ちてる腕輪は私共も初めて見ました』
『姫は無事なのか?』
『……多分。ただ無理矢理リンクを切るのは良くないから起きるのを待つしかないの。起きるまでは体を動かさないこと。特に腕輪と重なってる手は外さないほうがいいの』
『……そんな。じゃあ姫は……』
『……』
「このまま安置するのが望ましいだろうね」
何も言わないクウの代わりにリリスが答えた。
『こんなところに姫を置けというのか!? 冗談じゃない!』
『……森の長はミレイに危害を加えないと思うけど……』
『何を根拠にそう言うのじゃ』
『根拠って……そんな大袈裟な……』
詰問するロスに、アウローラは口元を僅かに綻ばせて言い淀む。そんなアウローラにクウが背中越しに語りかける。
『覚えておくの。曖昧な思い込みでは何も護れないし、失う時は……一瞬なの』
『!?…………』
龍王国の事を知ってるだけにアウローラは何も言えなくなった。
「とにかく。安置が望ましいのならここに置くべきだよ。ミレイの身の安全が優先じゃないのかい?」
『しかし……』
尚も言い募るロスにクウが後に続いた。
『ロスの気持ちは解るの。宝珠をただの浄化の道具としか捉えず、己の都合のみを主張する輩に大切な姫は預けられないし、預けたくないの』
『……あっ』
硬質なクウの声に森の長の表情が強張る。その表情はようやく解った、と言わんばかりだ。
そうか……。眷属の方にとってみれば、失われた国の品と言うだけでなく、龍王陛下と唯一繋がる宝。
──それを私達は……。
沈黙が場を支配する。
アウローラが必死に言葉を紡ぐ。
『……ミレイが何故一人でここに来たと思うの?
猛獣もいるし、危険な場所だってわかってるのに訪れたのは、みんなの緩衝材になりたいから、って言ってたわ』
『かんしょうざい?』
『えぇ。ミレイは、お互い責任ある立場で長年の想いもあると、引くにひけない場面もあると思うって……。そんな時は間に誰か入ると交渉が進む事もあるからって言ってた』
『……』
妖精達と森の長は心当たりがあるだけに、黙って俯いた。
『他にも水龍さまが目覚めないと湖も森もこの国全体、みんなが困るから、それなら協力して知恵を出し合うべきでしょう……って。だから代替品に成りうる物物を森の長に聞きに来たのよ。
──それに長を説得する時も、妖精達のこれまでの努力と献身を無かった事にしないでって、言ってたわ。
……ねぇ、森の長。貴方も聞いたわよね?』
『……はい』
『姫が……』
「……ミレイらしいね」
リリスにはその情景が目に浮かぶようだった。
『彼女の心には嘘も欺瞞も無かった。……とても眩しかった……。そんな彼女だから私は信じてみようと思いました』
森の長が頭を上げて二人の妖精を見つめた。
『……腕輪はお返しします』
『!?』
『……………良いのか?』
『異な事を』
ロスの問に森の長がクスクスと笑い出した。すると背後から知った声が聞こえてきた。
『落ち着いたようじゃな』
『『サンボウ!! 』』
「いつから居たんだい?」
『少し前からな……。話を遮ることもないと思ってな。様子を伺っていたのじゃ』
『悪趣味じゃ!』
『まったくなの!』
『ははっ。まぁ……許せ。ところで長よ、先程の言葉に責任はもてるか?』
『えぇ。南の森の長としての言葉です』
『……そうか。心から感謝する』
サンボウが頭を下げて謝意を述べた。
動物達がクゥーンと僅かな抵抗を試みると、長は『礼を尽くしてくれる方には礼で返すべきです。
我等は獣ですが、礼を尽くせぬ、義を忘れるような輩に落ちてはなりません』と悟し、それを聞いたリリスは感銘を受けた。
「御立派です。人間よりも貴方がたの方が余程、礼も儀も解っていらっしゃいますよ。貴方のような方を支持するからこそ、ワズがミレイを気にかけてくれるのでしょうね。あの子は何度も助けられています。本当にありがとうございます」
丁寧に下げられた頭に、森の長は空気を和らげ『あの子達が聞いたら喜びますね』と返した。
『それに、ここまで同調してる腕輪と水姫を引き離すのは苦ですから……』
『クウよ、同調はどれくらいで終わるものじゃ?』
『同調具合にもよるの。あとは目覚めてすぐ動かすのも危険なの』
『……そうか……』
「んっんーー。」
不意に聞こえた声に全員が同じ方向を見る。
『『 姫!』』
「ミレイ!」
「んっー……。……おはよう?」
この呑気なひと言に全員が沈黙したが、唯一、リリスだけが早々に覚醒した。
「このお馬鹿!みんなに心配かけておいて、何がおはようだ!」
「……リリスさん? ……何でここに?」
「まったく! こののんびり娘が!!」
「えっ? なに?」
『まぁまぁリリス。姫、大丈夫か?』
「うん、頭はボ~っとするけど、うん……大丈夫」
『……良かったの』
『……良かったです』
温かい目で見られている現状がイマイチ理解できないミレイは、救いの手とばかりにアウローラを見た。
『ミレイは腕輪を嵌めたら意識飛んじゃって、今の今まで寝てたの。そんな中で妖精達が来たもんだから、一瞬即発状態だったのよ~』
「……そうだったんだ……」
そうだ。私、さっきまで腕輪の記憶を見てたんだ。
黙り込んだミレイを見て、リリスが横になるように言うと、リリスを残してみんな部屋を出ていった。
「……大丈夫かい?」
「……はい大丈夫です。」
「……それでも少し目を瞑ってな。いきなり起き上がるのはよくない」
「……わかりました」
全身から力が抜ける。たしかに頭が痺れる感じもするし、全身が重い……。
……うん。少しねようかな……。
ミレイは起きて早々に再び眠りに落ちた。