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第53話 無鉄砲のはじまり①




 この世界に来てから朝を迎える度にいろんな感情で目が覚める。


 日本にいた頃の朝は「あと五分……」だったなぁ〜。今思えば平和だったよね……。

 まぁ日々小さいストレスはあったけど、なんとかなってたし!


 そんな事を考えながら今朝も小鳥の声を聞きながら、山羊の搾乳の準備をする。


 …………ん。いや? 意外と今も平和?


 自分で自分にツッコミを入れてみる。

 心の中で勝手に『マダム』呼びしてる山羊をチラリと見遣るとスタンバイオッケーだ。


 多分、昨日の話に引っ張られてるんだろなぁ。

 ……うん。なかなか重かった。



 ポタ ポタ シュー シュー


 今朝もマダムのお乳の出は素晴らしく、バケツに溜まる様子を見るのは気持ちがいい。


 それにしても結局、代替品の話は進まなかったのよね。聞いたところ、ただの宝石じゃないみたいだし……。


 気がつくと手が止まり、あーでもないこーでもない、と誰もいない空に向かってブツブツ言っていた。すると、ペシっとマダムのシッポが私の腕を打つ。その目は「なに休んでんのよ」と言われているように感じたのは、気の所為ではないだろう。


「ごめんね」


 キュッ キュッ……と、残りのお乳も絞り終える。

 お鍋にミルクを移し、バケツを洗って裏に戻しに行くと声が聞こえてきた。

 サンボウとロスだ。


『──じゃ』

『クウはリリスと森か?』


『うむ』と答えるのはサンボウ。

 別に出て行って、会話に加われば良いのに何故か足が動かない。


『それにしても代替品はどうするかのう〜』

『……それについてだが、思いついた事がある』

『ほう! なんじゃ?』


 ロスの声が期待に満ちていた。


『……わしが森に残ろうと思うのじゃ』

「!?」


 真面目な声で語られた内容に、眼の前にいるロスも壁の向こうにいるミレイも、理解するための時間が必要だった。


『………………はっ? 残る? 何を言ってるのじゃ』

 

 残るって……どういうこと?


『宝珠が森の護りに作用してる要因を考えたのじゃ。

 龍湖と森の奥にある宝珠は互いに引き合い、森も湖も互いを浄化している。

 ならばその源は何か……。おそらく宝珠の特性を考えると龍の血ではないか、と思う。ならばわしが適任じゃ』

『……そう言われるとそうかも知れないが、そんなのは認められん!』


 突っぱねる勢いでロスの声が裏庭に響き渡る。


 まずい。これは出ていかないと完全に盗み聞きになっちゃう。でも……。


 タイミングを計ってるうちに話は更に進んでいく。

 感情的なロスとは裏腹にサンボウの声はどこまでも穏やかだ。


『……そう言うと思った。でもな、昨日も言ったが宝珠は二つ必要なのじゃ。一つは結界を突破する為に、もう一つは姫の護りに。それは変えられん』


『…………』


『まぁ、ギリギリまで皆と行動を共にするつもりじゃ。それに王が目覚めたら、じじぃの妖力なんぞに頼らなくても森も湖も浄化されるはずじゃ。

 そしたら迎えに来てくれれば良い。

 問題ないじゃろ?』


 そう言ってサンボウはニカっと笑ったが、結界の突破も王の覚醒も、何一つ確約できるものは無い。

もちろんサンボウもそれを理解している。……その上で彼は笑うのだ。



『お前はやっぱり好かぬ!』

『何じゃいきなり……ひどいのう』

『ひどいのはどっちじゃ!』


 昨日の夜、ロスはなかなか寝付けなかった。おそらく他の二人も同じだろう。

 過去の想いに心が引っ張られ、ベットに入ったあともサンボウ一人に責任を負わせたことに、改めて自己嫌悪に陥っていた。なのにたった今、新たな自己犠牲を提案されたのだ。


『今回はちゃんと事前に言ったではないか……』


 ぽそりと呟くサンボウも昨夜の一件で反省したのだろう。


『……だとしてもだ。とにかくそれは最後の最後の手段だからな! 自分は納得してないからな!』 


『あぁ、もちろんじゃ。それに何よりあの長に了解して貰う必要がある。お前みたいなじじぃは要らぬ! と、言われるかも知れんぞ』


 ハハッと声を上げて笑うサンボウに、ロスは投げ遣りに笑いながら『そうじゃな。お前はじじぃだからな』と同意した。


『それはぬしも一緒じゃろ?』

『ほっとけ!』


 微かに笑い合う声が届く距離で、ミレイは一人固まっていた。


 どういうこと……?

 腕輪の代替品が無いから、サンボウがその代替品になるってこと? ……そんなの。


『まあ、まだ諦めるつもりもないぞ。

 この後、もとの住処に戻って何か参考になるものがないか探してみるつもりじゃ』

『なるほど。では自分も……』

『いや、ロスは姫についててくれ。向こうに行くには守護術を解除せねばならん』

『そうじゃな。わかった。

 しかし、もとの住処か……。数ヶ月前までずっと向こうの世界に居たのに、遥か昔のようじゃな』

『まったくだ』


 穏やかや声の二人。

 きっとお互い納得していなくても、最悪そうしなければならない時がくるかも……と、思い至っているのだろう。


 ──どうしても叶えたい夢や達成したいことがある場合、何かを我慢したり、捨てる覚悟も必要だと言うことをミレイだって知っている。


 でも、これは簡単に納得してはいけない案件だ。




 ミレイはそっとその場を離れると、畑の方に向かって歩みを進めた。


「………諦めてないって言ってたよね」


 どこかに何か探しに行くって言ってた。

 腕輪の代わりにサンボウ残して行くなんて……。

 そんなの人身御供みたいじゃない。そんなの絶対、いや!!

 

「探そう……わたしも!」


 ミレイは顔を上げて、静かに決意を固めた。




 

 でも、実際どう探したらいいのか……。

 サンボウ達もずっと探してたのよね。でも見つから無い。


 「……そもそも、代用できる物ってどんなもの?」


 草叢に腰を下ろして、周りの木々を眺めながら考える。


 『解らない時は意地を張らずに質問しろ。時間は有限だ!』 

 そう教えてくれたのは、直属上司の主任だった。


 ──あれから主任の消息は知らないけど、サンボウが大丈夫って言ってたから、きっと大丈夫。

 それよりも今、私が考えることは……。


「よし! 質問しよう。時間は有限だもんね」


 頭の中でこれからのプランを纏める。


 妖精達にバレたらきっとボツになる。

 でも私にはこれくらいしか出来ないし、それにもしかしたら解決の糸口になるかもしれない。


 ミレイは意味不明な自信を携えて、朝食の支度にとりかかった。

 大丈夫。一日はまだ始まったばかりだし、時間はある。






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