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第52話 水姫と宝珠②



『リリス、なんだか甘いものが欲しくなったの〜』

「今はドライフルーツくらいしかないけど……」

『ドライフルーツ好きなの〜』

『うむ。わしも好きじゃ』

「ははっ。わかったよ、ちょっと待ってな」


 リリスさんが席を立ち、クウがふよふよと後をついて行く。私もポットに新しい茶葉を淹れ、サンボウとロスは二人がかりでカップを一箇所に纏めてくれた。


「ありがとう」

『なんのなんの。これも良い匂いじゃな』

「甘いドライフルーツならさっぱりした紅茶がいいかな、と思って」

『ほう。姫は意外にも女子力高めじゃな』


 ロスが見直したと言うように褒めてくれたが、サンボウが余計な一言を言い出した。


『いや、思い出すのじゃ。姫はいつも夜着を脱ぎっぱなしだぞ?』

『そう言えばそうじゃったな。

 すまん、姫。女子力高めだと思っていたが、自分の勘違いじゃった』……と、丁寧に謝ってくれた。


「……そこは無理に訂正しなくても良くない?」


 思わず頬が引き攣ってしまったが、仕方が無いと思う。


『お待たせなの〜』

「ん? どうしたんだい?」

「……何でもないです」

 私は少し不貞腐れながら、そう返した。



 こくり。

 想像通り甘いドライフルーツにさっぱりした紅茶が口内を清涼にしてくれた。


 甘くておいしい〜。

 まあ、細かいことはいっか。

 

 桃に似たドライフルーツをもう一口、口に入れる。



「……さっき思ったんだけど、水姫が王国に入るには宝珠が必要ってことはわかったよ。でも、それならその指輪があるじゃないか」


 リリスさんの質問に私もふむふむと頷いた。言われてみればその通りだ。


『指輪もそうだが腕輪にも殆ど力がないのじゃ。

 ……だいぶ昔の品だしな。

 王の結界を突破するには、せめて二つの宝珠の力を合わせる必要がある。あとは我等の術式と水姫の存在があれば突破出来るのではないか、と思っているのじゃ』


「確実ではないんだね。身の危険はあるのかい?」

 リリスさんか不安そうにサンボウに問いかける。


『昔は王国側からもゲートを開いていたから容易に渡れたが、今はそれも無いから多少強引にいかないと無理なのじゃ。でも姫は絶対に守るから安心してくれ』


「みんなの強さも凄さも知ってるから私は大丈夫だよ」


 そう言ってニコっと笑ってみるが、それにしても……と頭の中で話を整理してみる。


 うーん。水姫だから宝珠が必要なんだよね。龍族ならそのまま通れるんだから……。


「ねぇ。龍族なら宝珠なしで通れるんだよね。そしたら龍族にお願いしたら腕輪問題は解決じゃないの? 他の龍族の人に頼んでみない?」


 名案とばかりに妖精達の方を振り向いたら、みんな冷気を浴びたように、一瞬で硬直したのがわかった。


「えっ、なに? 私、悪い事言った?」


『いいや。……いちいち核心に触れてくるな、と思っただけじゃ』

『ほんとに……。いつもは、のほほんとしてるのに』


 ……クウ聞こえてるよ。



 少しの間を置いて、ロスが話始めた。

『この地に純血の龍族はもう殆どいない。

 それに結界を突破できるのは水姫か眷属じゃないと無理なのじゃ』


「えっ……いないって、なんで? 龍族は長命なんだよね?」

 私とリリスさんは顔を見合わせた。


『確かに長命だけど、時間が経ちすぎてるのもあるの』


『あと、正確には今も王国内にはいるのじゃ。

 王と共に王国内の龍族は皆、強制的に眠りについている。

 ──あの日、未だ類をみないほどの事件があってな。それについては想像できるじゃろ?』


 ロスの言葉に私は控えめに頷き、リリスさんは俯いた。


 そう、恐らく水姫の一件だろう。



『……あの日、多くの龍族が人間の国に流れ込んだ。

 王が眠りにつく直前に王国から脱出した者や兵として人間の国にいた者。もともとこの国にいた者。

それぞれ違う理由だが、かつてないほどの龍族がこの国にいたのじゃ。

 王が眠りにつき、結界が張られ、王国の外にいた者はもう戻れないと判明した。

 最初は混乱に陥ったが、脱出した民と、もともとこの国にいた龍族達は諦めて人間の中で生きていくことを決めたようだった。

 しかし……兵士は違ったのじゃ』


 ロスは言葉を区切ると感情を抑えるように、上を向いて溜め息をひとつついた。それを見たクウは『自分が話す』と声を掛けたが、ロスはゆっくり首を振った。


『兵達は自分の国に帰れない原因を作った水姫を恨み、水姫の住むこの村を、人間を……滅ぼそうとしたのじゃ。そうすれば憂いは無くなり、国に帰れると思ったのだろう……』


 私とリリスさんは突然の話と、その内容に言葉を紡ぐことができなかった。


『しかしそれは王が望まれたことでは無いからな……必死に止めたよ。

 涙ながらに呑み込む者、それが出来ない者。どちらが正しいなんて事はない。

 ──自分は、騎士団のトップでありながら国を、王を、兵を守れなかった。今まで命を預けてくれた部下に、苦渋の決断を強いることしかできなかった』


 目線を下げたロスの頭を、クウは上から抑えた。そのお陰か、ロスの表情は私やリリスさんの視界に入ることはなかった。


『……それから少しして、兵達は現実を受け入れるようになったの』


 代わりと言わんばかりに話を始めたクウをミレイは遮った。


「辛いなら無理に話さなくいいよ。ここまで話してくれたら十分だよ」


 するとクウは首を振って、『聞いて欲しいの。それに話せる時に話さないと……また心が折れちゃうから』と目尻を下げて笑った。


『兵達はね、不本意ながらも人間の騎士団に入る者。受け入れられなくて森や湖に居を構え、村を作り、独自のコミュニティを作る者……いろいろだったの。

 ──クウ達も同じ時期にこの国にいたから出来る限りのバックアップはしたんだけどね……。

 そんななか残留兵士のなかである動きがあったの』

「ある動き?」


 クウ表情が曇り、ひと言告げた。


『…………姫狩り』


「?!」


『もちろん、さっき言ったように、その強さや水を操ることを生業として正しく活かしている者もいたの。 でも、そうでない者もいた。

 いち兵士といえど、そこは龍族。普通の人間では敵わないくらい強かったの。国中の姫の一族を探し出して制裁を加えようとする者達がいてね。

 幸いなことにロスを筆頭に、残った隊長や一部の者は王の意思を継ごうとしてる者が多かったから未然に防げたけど、でも同じ騎士団。仲間同士だからね……』


「……それは……」


 私が口籠っているうちに、ずっと黙っていたサンボウが口を開いた。


『だからわしがクウに頼んで術を行使したのじゃ』「サンボウ?」

『誇り失った者達の「妖力封じ」を依頼した』

「妖力封じ?」


 クウは苦笑いを浮かべると、先程とは打って変わってあぐらをかいて話を始めた。


『クウはね、王の近侍としてお仕えしてたけど、もとは神官の家系の出身なの。だから普通の龍族とは違う術式が使えるの。

 ……妖力封じもその一つで、対象の妖力を術式で縛って強制的に使えないようにするの』


『……王国では、重罪人にかけるような術じゃな』

 ロスが遠い目をしながらぽつりと言った。


『責任は全てわしにあるのじゃ!

 唯一、行使できるクウを無理矢理説得して、わしの妖力も渡して兵士達の力を制限した。

 ──その結果がこれじゃ。

 裁判も何もせず、大勢の者に神聖なる神官の術式を使ったとして、行使したクウは神官籍を剥奪されて、術も封じられた。そして企てたわしとクウは最下位の妖精に身を落としたのだ』


 己に憤りながら、一気に捲し立てたサンボウは今は肩を震わせていた。


「……あれ?」


 ポツリと零した私の疑問を察したのだろう、ロスが答えてくれた。

 そう。妖精は三人なのだ


『その一件はわしには事前に相談が無かったのじゃ。

 ──あの当時は、サンボウの判断に怒り狂った。「ただの文官が俺の部下に何してやがる!」……ってな。

 だが、あとから思えば相談されても自分は決断できただろうか……とな。あれ以来、協力的だった部下達もサンボウを詰り、責め、そして離れていった。

 ……結局サンボウは全ての怒りと責任を一人で負ったのじゃ』


『そんな風に纏めてくれるな。当然なのだから。

 ……あの当時、部下から水姫の不審な行動が上がってきていた。しかし「嫁入り前でナーバスになっているだけだ」と、あしらう他の大臣の言葉を鵜呑みして、追跡調査を命じなかった。

 ──わしの落ち度だ』


『あれは仕方なかったの。王の婚約の儀の前でみんな不眠不休で仕事してたんだから……』


『それでも、わしの落ち度だ……』



 バシっ!

 ロスがサンボウの頭を打った。


『お前のそういう所は昔っから好かぬ!

 一人で勝手に進めて、纏めて、勝手に責任取った気になって、残された者の気持ちを考えろよ!』


『……そういえば、あの時も同じこと言われたな』

『思い出したか、大馬鹿者め!』


 ロスが仁王立ちをしてサンボウを見下ろしていた。


『本当なの。無理矢理なんて都合のいい言葉でクウの心情を勝手に纏めないで!

 クウはクウの意思で術を使ったの。

 ──あの当時、自暴自棄になった兵士の行いは見過ごせないほどに酷かった。かつての騎士がなんたる様か……と落胆したほどだった。

 龍王国の元兵士が暴れると言うことは、王の名に泥を塗ると言うこと。クウにとっては見知らぬ兵士よりも王の名誉のほうが何倍も大事だから、だから()()()()()()()()()()()()()の。思い上がらないで!』


 弱り切って泣きそうな顔のサンボウに聞いたことも無いくらい強い口調のクウ。一見すると詰め寄っているようにも見えるが、ロスもクウも相手を思い遣る気持ちが滲み出ていた。


『……それも言われたな……』


『何百年経っても同じことを言わせるなんて、成長してない証拠なの。実は馬鹿なの?!』

『……ははっ。そうかも知れん』


 ペシッ。

『いてっ』


 泣き笑いのように目元をぐしぐしと擦るサンボウの頭をロスが再び叩いた。今度は優しく……。


『……話が反れたな。

 当初はクウとサンボウのみが妖精に()()()のだ。でも大きな術を使ったことで二人は虫の息でな……。自分の妖力を二人に分けたのだ。そうしたら落ちた者に助力をしたと言うことで、自分もあとから妖精に落ちたのだ』

『反対した部下を振り切ってな……。本当に馬鹿じゃ……』

『それについては同感なの』

『そんな言い方をしなくても良いだろう』


 フンとそっぽを向くロスとクウとサンボウ。

 いがみ合った時もあったみたいだけど、ミレイは三人の間に誰も入れない絆を感じた。


 ロスがミレイに向き直る


『……龍族はいるが眷属ではないのじゃ。龍王の眷属は一握りの者しかなれんからな。

 ──生存している者の中で、人間と交わらず眷属であり続けている者もいるが……断られてしまってな。

 今の自分に無理強いすることはできないからな。

 だから頼れる者は水姫だけなのじゃ』


「そうか。だから私を呼んだの?」

『そうじゃ。長年探していた水姫。

 姫として血を繋ぐ者達はいても、水姫になるほどの力をもった者、清らかさを合わせもつ者など現れないと、半ば諦めていたのじゃ。だから姫と、ミレイ殿と会えたのは奇跡なのじゃ。

 水姫と宝珠、我等の術式があれば結界を突破できるはずなんじゃ!』


 感情の籠もった言葉に今更ながら自分が呼ばれた意味を考えてしまう。


『……私って、もしかして結構重要な役割なの?』

『ふふっ。ほんとに姫はのんびりなの。 

 クウは最初に会った時に言ったの』



 ──姫はこの世界で一番大事な存在なの、って……。



「…………」


 そう言えば……たしかに言われたかも。


 でも普通にリップサービスだと思ってたし、恥ずかしいって思った記憶しかない!



「あーー。なんか……ごめんね」

『いいの。それが姫だから。こっちこそ、いきなり重い話になってごめんね』


「それはいいよ。なんとなく昔の話は軽く話せる内容ではないんだろうな〜って予想はしてたから。

 でもドライフルーツ食べながらする話じゃなかったよね」


 少しだけ苦情も織り交ぜてみると『たしかに』と笑い声が上がって、少しホッとした。


「……ちなみに重い話はもう無いよね?」


 恐るおそる問いかけた私に、三人は顔を見合わせて……


『まだ水姫編と王の眠り編があるのじゃ』

「そんな三部構成みたいに言われても……」

『サンボウそれは可哀想だから纏めて簡潔に話すくらいでいいのでは?』

「そうして下さい……」


 クウの提案に心から乗っかる。

 実話なだけに重い重い。


「次は私は遠慮したい、と言いたいところだけど……水姫の話なら私にも関係があるのかねぇ……」


 盛大に肩で息を吐きながらリリスさんが不穏なことを口にした。


「リリスさん。そんなこと言わないで!

 こんなおっっもい話、一人で聞くのツラいです!

 一緒に分かち合いましょうよ〜」


 思わず本音がダダ漏れるなか、袖を掴んでリリスさんを説得する。その傍らで、ロスが口元をヒクヒクさせていた。


『重いって……。

 あのな。わかってはいるがもう少しオブラートに包むような事はできないのか?』

『クックック。まあ、姫らしいといえば姫らしいの』

『クウ楽しそうじゃな』

『だって〜。同情するでもなく直球で「もう嫌」って言われるとは思わなかったもの〜』


 ケラケラ笑い出したクウに「嫌とは言ってないよ……」と僅かな抵抗をしてみる。

 リリスさんはそんな妖精を眺めながら「まったく晴れ晴れした顔をして……」と呟いた。


「ほら! 今日はもう御開だよ。

 まったく、あんた達はいいかもしれないけど、年寄には応えたよ。熱いお茶でも飲んで今日はもう寝るよ!」


「はーい」

『はーい』


 みんなの声が綺麗にハモった瞬間だった。

 


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