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第50話 水龍の動揺




 あれから4日が経過した。

 一昨日も龍湖に潜ってみたけど会えず仕舞い。めげずに今日も龍湖に来ている。


『今日は来てくださるかな。水龍さま』

「どうだろうね。こればかりは向こうの気分だからね。でも今日は少し方法を変えてみるよ」 


 湖畔に荷物を置きながら、ミレイは潜る準備をしていた。その手には黒い物体。そう。こちらにきた時に着ていたウエットスーツだ。


『変えてみるとはその衣装か? 奇妙な衣装じゃ』

 ロスがまじまじとウエットスーツを見ている。


『これで本当に水の中で楽に活動できるのか?』

「うん。任せて!」

 パチリとウインクをして、自信満々に答えた。


「じゃあ行ってくるね」

『気を付けるのじゃぞ』


 ちゃぽんと湖に入り湖底を目指す。

 相変わらずの暗さだったが、流石にもう慣れた。


 やっぱりウエットスーツだと泳ぎやすいなぁ〜。最初からこれにしておけば良かった。


 湖底に近い中央辺りで宝珠に手を重ねて、水龍に語りかける。



『水龍さま、こんにちは。ミレイです。

 今日は珍しいものをお見せしたいなぁと思ってます。この国には無い、異世界の品です。

 とーーっても貴重で今日、今、この時しか見れませんよ〜。少しでも興味を持ってくれたのなら、是非見に来てくださ〜い!』


 通販の要領で()()()()()にポイントをおき、更にテッパンの売り込み文句『今だけの限定』も加えてみた。

 これなら、どうだーー?!



『…………』


 何も変わらない。


 穏やかな静寂。



『……だめかぁ〜』

 がっくし、と表現できるほど分かりやすく肩を落とした。


『王様ならいろんなところにアンテナ伸ばしてると思ったんだけどなぁ。龍王陛下は好奇心、少な目かな?』


 心の中で溜め息をついたとき、辺りが明るくなった。


『?!……これは。キターー!!』

 思わず渾身のガッツポーズをしてしまう。





『だれが好奇心が無いだと?

 相も変わらず無礼なやつだ』


 そこには黒い豪奢な服を纏った、世にも珍しいイケメンが立っていた。


『でも来てくれて、私は嬉しいですよ』


 水龍さまの手を取り、にっこりと微笑むが当の本人は不本意そうだ。


『ふん。……で、珍しい品とはなんだ?』

『ふふっ。これです。これ! 私が今着ているウエットスーツです』


『そのおかしな衣装が?

 ……お前は大道芸人だったのか?』

『違いますよ〜』


『違うならなんでそんな奇天烈な衣装を着ているのだ? それに女とは男の前では着飾るものだろう。そんな……』


 憐れみの目を向けられて、会えた興奮がスンと落ち着き、少し意趣返しをしたくなった。


『なるほど。王様だから着飾った女の人しか知らないんですね〜。女の価値は外見じゃないのに。残念、残念』

『別に私が着飾れと言った訳ではないぞ。そんな目でみるな』


『ははっ。すみません。まぁ、王様の前だし礼儀の意味合いもありますよね。

 そんなことよりも、これ本当に凄いんですよ!』

『……王との問答を勝手にスルーするとは……。まったく』


 水龍さまはひきつり笑いを浮かべつつ、諦めたようだった。


「これは水中用の服なんです。

 ウェットスーツって言って、通常の服よりも泳ぎやすいうえに、この特別な生地により浮きやすくなります。あとは寒さ対策もできるから、ここみたいに水深が深い場所には向いてるんですよ〜。すごいでしょ!』

『……ほう。少し触れても良いか』

『どうぞ』


 真剣な目でウエットスーツを見ると、袖口から生地の厚さや手触りを確かめていた。


『なるほど密着して着ることに意味があるのか』

『正解です。この厚みのある生地には水を含むと、冷たい水も体温に近付けるような特殊な効果があります。だから体温を奪わずに長時間水中にいられるんです』


『……ふむ』

『龍族の人達みたいにいろいろ出来たらいいけど、人間には無理だから、だからみんなで集まって足らないものを補い合っています。これもそういった研究により生まれた物です。

 人間にも悪い人はいるし、争いもするけど、全体で見たらそこまで悪い人ばかりではないと思うんですよ』


『……知っている。人間の本質が悪ならば、とうの昔に滅ぼしている』

『……それは、穏やかじゃないなぁ』


 ははっ……と、カラ笑いしか出てこない。

 本当に出来るから洒落にならないのだ。



『それよりも……お前は何か聞いているのか?』


 水龍さまの探るような目を受けて、キョトンとしてしまう。


『何がですか?』


 何の思惑もない瞳。流れてくる感情もあくまで「善」のもの。

 蒼い瞳が驚いたように、微かに見開かれる。



『……お前は腹芸というものを知らないのか?』

『腹芸? ……腹芸っていうと……』


 私の脳裏に浮かんだのは、お腹に顔を書いて踊るアレだった。


『……それは無いなぁ』

 かなり引く。この男は女子に何をさせようと言うのだ……。


 ミレイの表情から感情が落ちていく。


『?!……当たり前だ!! お前の頭はどうなっているのだ。そんな……破廉恥な……』


 いつもの涼やかな顔はどこかに置き去りにしたらしく、明らかに動揺していた。


『破廉恥って……? あーー。もしかして映像で見ました?』

『……』


 気まずそうにそっぽを向く水龍さま。


『うそ。信じられない?! すけべ! 

 そもそも女子の頭の中を覗くこと自体、卑猥なんだけど!』

『卑猥?! それは言いすぎだろう!』


 言葉のインパクトに動揺したのか、手を取っていたミレイの手を瞬間的に放そうとしたが、ミレイ自身、この手が自分の命綱だと分かっているから何があっても放す気はない。


『そもそも、お前がしょうもない事ばかり考えてるからではないのか? 腹芸以外にもイケメンだの密着しただの──』

『?!……もう、黙って〜!』


 ミレイが恥ずかしさからその場で軽くジャンプすると、浮力のせいか簡単に浮く。片手を水龍さまの肩に置き、もう片方の手で彫像のように綺麗な顔の口を塞いだ。

 蒼い瞳と黒い瞳が同じ高さで絡み合う。


『わぁ。……キレイ……』

『……それはどうも』


 うっとりと見惚れた黒い瞳と冷めた蒼い瞳。


『『……』』


『あーー! また読まれたーー!!』

『ふっっ。お前は馬鹿なのか?』


 水龍さまが軽く吹いたように笑い出した。

 呆れたように、でも楽しそうに……。

 その自然な振る舞いにミレイは、なんだか嬉しくなり、どうでも良くなってしまった。



『お前は不思議な娘だな……』

『そうですか? そんなに特別なものではないですよ。わりと普通です』


『そんなことはない。

 女は自分の予定が乱されれば憤り。自分の意のままにならないと、喚き立てるような感情的な生き物だ』


 その目が少し逸らされ、私を見てはいない。なんだかそれが嫌で水龍さまの頬に優しく触れると、少し強引にこちらを向かせた。


『……私はミレイです。それ以外の何者でもありません』

『やはり生意気だな。

 ──ところで地上にいる小さいのがお前の……』


 手を外し、上を見上げた水龍の顔を再度こちらに向かせて話を遮った。


『ミレイです。私はお前なんて呼ばれたくないし、ましてや女や人間なんて()()で呼ばれたくもありません。

 ──それとも全体を見る方にとって、個などどうでも良いことですか?』


 ミレイの顔から笑みが消え、纏う空気も僅かに変化した。


『そんなことはない。全とは個の集まりだ。場合によっては無視するが、それでも個を生かせずして国は成り立たない』

『……そうですか。安心しました』


 その強引な手法とは裏腹に、向けた笑みはとても柔らかく温かいものだった。今度はミレイからそっと手を外した。


『安心? 意味がわからない』

『強大な力を持つ人こそ、弱い者を知っていて欲しかったから……。さすがみんなが尊敬する水龍さまですね』

『みんなとは地上にいる者達か?』


 はい、と嬉しそうに答える私に、水龍さまは複雑な表情を見せた。


『あの者達は元は眷属の者だな。このままだと遠からず死ぬぞ』

『………………えっ?』


『その宝珠も殆ど力を失っているしな』

『ちょっと待って、どういうこと?』


 焦りのあまり、両手で胸倉を掴んだミレイの手をやんわりと外す。


『力を使い過ぎているのだ。上の者達も宝珠も』

『なんで?!』

『そんなの知らん。

 まぁ。……死ぬと言っても人とは時間の感覚が違うからな。今日明日の話でなない』

『……そう……なの?』


 ふーっと大きく息を吐く。

 動揺した気持ちを落ち着ける為に目を瞑って再度大きく深呼吸をする。


『教えてくれてありがとう。

 私は水姫なんて言われてても力もないし、彼等の体の事まではわからないから』

『……当たり前だろう。種族が違うのだ』

『そうだけど、それでも大切な人のことは知っておきたいから』

『……そうか。──ならコレをやる』


 水龍は片方の耳からイヤリングを外すと、優しくミレイの耳に付けた。



『外すなよ。少しは守護になるだろう』


『……いいの? ありがとう……ございます。

 あの!……あの水龍さまはどうして眠ったままなんですか?』



 水龍は眼を見開くと、そっとミレイから視線を外した。


『……いろいろあってな』


『そうですか……。私は詳しくは知らないから何とも言えないけど、でも貴方を待ってる人がいます。

 ──彼等の先が長くないなら尚更、起きてもらえませんか? 何百年も待ってて、貴方を起こす為に私をこちらの世界に呼ぶくらい、会いたがってます』


『何百年?』


 怪訝そうに問い返す水龍さまに少し驚きつつ、はいと答えた。


『彼等から水龍さまが眠りにつかれてから何百年も経過しているって聞いてますよ』

『……そうか。そこまで経っているとは思わなかったな。しかし、その状態でも世界が回っているなら別にこのままで良いだろう。問題ない』


『そんな! 少しでも良いので起きて下さい』

『……少しでも、か。昼寝を起こすようなノリだな。

 ククッ。そんな簡単な話ではないのだ』


『……すみません。詳しいことは知らなくて……。

 でも私、水龍さまに会ってみたいと思ってますよ。思念体ではない水龍さまに』


『それこそ気の迷いだ。本当の私は恐ろしく……醜いのだ』

『……そうなんですか? 

 でも醜いの基準は人それぞれですよね? それに多分、私は水龍さまを醜いと思わないと思います』


 嘘偽りはない、とばかりにその眼をしっかり見て答える。



『はっ! 口ではなんとも言える。

 ……あぁそうか。この人型に引っ張られてるのだな。この姿だと女共はみな食いつく』



 自嘲のような感情の籠もった声が頭に響いてきた。ここまでダイレクトに感情が伝わってきたのは初めてだった。


『いいえ。イケメンは観賞用として見られたら十分です。あと、醜くないと言ったのは貴方の内面ですよ。

 基本的に優しいですよね? 私が危険な状況の時に現れたり、今もイヤリング貸してくれたり……』



 水龍は不思議なものを見せつけられたように茫然として、やっと言葉を紡いだ。



『優しいなどと初めて言われたな。

 …………本当の私の姿は……龍なのだ。

 これは仮の姿だ』


 眉をしかめて、形容のできない表情で俯いた


『龍?』


 ビクリと水龍の体が強ばる。


 対するミレイは、あろうことか水龍の服をガシっと掴むと、無意識に言葉を発していた。


『……龍ってもしかしてあの龍? なにそれ、かっこいい!』


『…………はっ?! 何を言っている? 龍だぞ?! 

 鱗や巨大な爪があるのだ。……そんなの。そんなのは人間から見たら……』

 化け物だろうが……。


 最後は消え入りそうなほど、微かに頭に流れ込んできた。


『いやいや。龍なら鱗があるのは当然でしょ?! 

 うわーー。……すごい。やっぱり大きいのかな〜? 羽もあったりして? 

 えっ。見たいんだけど……今、龍の姿になれます?』


 興奮状態で子供のように頬をほころばせて、水龍に詰め寄るミレイに、今度は水龍の方がたじろぐ番だった。


『なっ。何を言ってるのだ!

 人間は龍など嫌いなはずだ。恐ろしいと、恐れるものだ!』


『あぁ……。そういう人もいるかもしれないけど、少なくとも私は龍に、ドラゴンに会いたい!』


 キラキラの目は嘘を言っているようには思えず、何よりも映像で入ってくるのは様々な龍の映像。


『お前……まさか、本気か?!』


 信じられないものを見る水龍と期待に胸を踊らせるミレイ。

 すると水龍は逃げるように視線を逸らすと、突如、光の膜が消えた。あとに残ったのはミレイのみ。




『えっー。うそ。いきなり?

 何か駄目だったのかなぁ……。やっぱり軽々しく見たいとか言ったのがまずかったのかなぁ』


 しかし、見たいもの見たい!



 ミレイは呼吸法を思い出し、ゆっくりと上昇した。

 耳には水龍から貰ったイヤリングが輝いていた。






 

 お陰様で50話までこれました。読んでくださった皆様に感謝です!


 不慣れな点や拙い文章ではありますが、モチベーションの維持にも繋がります。


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これからも宜しくお願いします!


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