第48話 ニウのリベンジ!
月が夜の森を照らしだす。
今夜は雲も遠慮しているのだろう、星が降ってくるような圧巻の夜空だった。この場にミレイが居たら、きっと「すごーーい!」と騒ぎ立てたに違いない。
「ミレイこのスープ美味しいよ。腕を上げたねぇ」
「本当ですか?! 嬉しい〜」
『本当に美味しいの〜』
五人で囲む食卓が当たり前になっている日々。
今日の重い話もみんなと笑いあっていれば自然と心も軽くなる。
『ところで姫は何をして過ごしたのじゃ?』
何気なく放り込まれた一言に、合わせたようにミレイとロスの手が止まる。
「ん? ミレイは出かけてたねぇ」
「……そう、でしたね」
口を濁す私に何かを察したのか、サンボウが下から覗きこんできた。
『今日は家でいい子にしてる話だったじゃろう?』
「いい子って……私、 子供じゃないし」
僅かな抵抗を試みる。
『そういう話じゃないの。そもそも何でロスが一緒にいて、お出かけすることになったの?』
『姫が出掛けたいと言うからじゃ。
……まぁ龍湖なら、と思ってな』
ははっと笑って誤魔化そうとするロスに、二人が詰め寄っている。
「……で、何し行ったんだい?」
リリスさんもこのドタバタなやりとりにも慣れたようで、我関せずとばかりにパンをちぎって口に運んでいた。
「精霊たちにお礼をしに行ったんです」
「それは大事だね」
「そうなんです!」
ミレイはここぞとばかりに同意した。
「精霊ってクッキー食べるか不安だったんですけど、美味しいって食べてくれました 。
そうだ! 森の長にはクッキー渡せたかな」
『あー 喜んでたぞ』
「よかった」
安堵の溜め息をつくと、クウが元気がない事に気づいた。
「どうしたのクウ? 難しい顔してるよ」
『……大丈夫なの。ちょっと疲れただけだから』
「そうだね、今日はみんな早く寝よう。ミレイは明日も潜るんだろう?」
口の中でもぐもぐ咀嚼しながら、コクンと頷く。
『そうじゃな。睡眠は大事じゃ』
みんな思い思いの気持ちを抱えながら夜は更けて行った。
◇ ◇ ◇
翌日、あの日と同じ時間に水中に潜ってみる。
時間、場所、状況も再現して水龍さまの訪れを待ったが、水龍が姿を見せることは無かった。
水龍さま……と寂しそうに呟くクウに、また二日後潜ろう、と声をかけて今日は帰ることにした。
みんなで家に戻る途中で森の中に人影が見えた。
……ニウさんだった。
ニウさんと直接話すのはあの告白以来だった。
「ミレイ」
「こんにちは。こんなところでどうしたんですか? 」
意識しない、意識しない。
私のほうが年上なんだから、上手く立ち回らないと。
内心ドキっとしていたけど、冷静に振る舞ってみせた。
「それはこっちのセリフだよ。頻繁に湖に行ってるって聞いたから……体調は大丈夫?」
ミレイの念? が通じたのかニウもいつも通りだった。
「はい。もうすっかり大丈夫です」
「良かった。……今、時間あるなら少し話さないか?」
「いいですよ。みんなは先に帰っててくれる?」
ミレイの言葉にロスは間髪入れずに『いやじゃ!』と即答したが、サンボウは『先に戻っている』と、二人を引き連れて帰って言った。
ロスは相変わらずだなぁ……。
「やっぱり俺、妖精に嫌われてるのかな〜」
「嫌ってはいないと思うけど……」
「……なら、いいけど。
そうだ。この前のパンありがとう。うまかったよ」
助けて貰ってから数日後。
お世話になつたお礼に、フリジアさんや他の人に蒸しパンを作って持って行ったのだ。
「口にあったのなら良かったです。
型が無いから少し歪になったのがちょっと残念だったけど」
「うまかったし言う程、歪じゃなかったよ。
それにパンは焼くものと思っていたから、蒸したパンなんて初めて食べたんだ。じぃちゃんは特に気に入ってたよ」
「よかった〜」
屈託なく笑うミレイに、ニウは一瞬たじろいだ。
束の間の沈黙……。
「あのさ……この前はあんな状態で非常識なこと言ってごめん!」
突然ニウが頭を下げて謝りだした。これにはミレイの方が動揺した。
「そんなことないです! むしろ私が悪かったの。
優しいニウさんにあんなこと頼むなんて……。本当にごめんなさい。後からリリスさんにも注意されたの」
俯きながら頭を下げる。
それを見たニウは ポツリと呟いた。
「別に俺は優しくないよ」
「優しいですよ。私がこの世界に来てから気にかけてくれて、ほんとに嬉しいんです。ありがとう」
「この世界……?」
「うん。 ……実は……私はこの世界の人間じゃないんです。違う世界から妖精達に呼び出されたの」
緩い風が頬を撫でるように通りすぎて行く。
ニウさんには話すつもりでいたけど、もっと緊張すると思ってた。多分、自分が今の状況を受け入れられてるからかな。
「なんで……そんなこと」
「水龍さまを目覚めさせるために呼んだらしいです」
「水龍さま? 何でその為にミレイが呼ばれたの?」
私は自分の置かれた状況と水姫のことを話した。
ニウさんは静かに話を聞いてくれたあとは、そうか…… と、呟くと黙ってしまった。
「だから、あのね。……ニウさんの気持ちは嬉しいけど、私は元の世界に帰る人間だから、ニウさんの気持ちには答えられなくて……ごめんなさい!」
もしかしたら今までみたいに接してもらえないかもしれない。それでも今まで優しくしてくれたニウさんには誠実でいたかった。
「元の世界に……帰るの?」
「水龍さまが起きたら、元の世界に返してもらうようお願いする予定なんです」
「……じゃあ、もし水龍さまが返さないって言ったら?」
「えっ……? そんなこと考えてもみなかった」
「考えなきゃダメだよ。
もし水龍さまがミレイを気に入って、返さないって言ったらどうするんだよ」
ニウの声が低くなり、表情も硬くなっていたがミレイは気づかなかった。
「それは……ないかな〜。水龍さまは私に興味ないし」
「どうしてそんなことが言えるんだよ。
そんなのわからないだろう?」
「う〜ん。この前会った時、私のこと苦手そうだったから」
「……この前……会った?」
「うん。もう一度水龍さまに会えないか、今チャレンジしてるんです。それで前回、ようやく会えて、今日も会う約束をしたけど来てもらえなかったの。
やっぱり一筋縄ではいかないなって……。でも、またチャレンジしてみるつもりです」
拳をグーにして意気込むミレイを、ニウはじっと見つめていた。
「……水龍さまって男だよな」
「男? 男と言われればそうだけど思念体だから。
あ〜。……でも体の感触はあるから、思念体の実感もないか。あれはほんと不思議」
何気なく隣のニウさんを見上げると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「ニウさん?」
「他の男に会うために頻繁に通ってるんだ……」
「ニウさん?」
ニウが一歩前に進むと、ミレイはなんとなく一歩下がった。無意識にこの距離は保っていたい、と思ったのだ。
「えっと……あの〜」
視線は互いに合わせたまま尚も、ニウは一歩進み、ミレイは後退する。
ズルッ!
ミレイの足が湿った木の幹で滑り、そのまま後に転びそうになった。ニウは咄嗟に手を差し出し、ミレイの腰ごと攫った。
「あっ! ありがと〜」
ニウの逞しい二の腕をガシッと捕みながら、心臓をバクバクさせていた。
良かった〜。
頭打つところだったよ。
「…………ミレイ。この前は勢いで言ったけど、俺、ほんとにお前のこと……好きなんだ」
突然のことに勢いよく顔を上げると、今まで見たこと無い顔のニウさんがいた。
えっ……。えーー!!
今、すきって……。
「えっ? ……幻聴?」
「……なんでそうなるんだよ」
支えた腰の手はそのままに、片手で顔を覆い隠し、仰ぎ見る様子は呆れて脱力しているようだった。
「ごめんなさい!」
「……謝らないでよ」
溜め息ひとつ落として、しょんぼりしてるミレイの顔を上に向かせる。
ひゃっっ。なにこれ!
これは……この態勢は……。
ミレイはさっきとは違う意味で、心臓をバクバクさせていた。
「ミレイさぁ〜。断わる気まんまんだったろ。
さっきの断わり文句、すごく流暢だったしね」
「いや……だって。私は異世界の人間だし。
でも、ニウさんのことはちゃんと考えましたよ!
ニウさんは優しいし、頼りになるし、かっこいいいし、素敵だなぁ……って思ってるから!」
──思わず力説しているが、さっき断ったばかりなのである。そんなことを言えば……。
「じゃあ、なんで俺じゃ駄目なの?」
「えっ!! ……あの。駄目とかじゃなくてね」
「目……泳いでるよ?」
再び頬をそっと包みこまれる。
「そっ、それならニウさんは私が帰るまでの間、期間限定の、なんとなくの恋人でもいいの?」
「なんとなくは嫌だ。ちゃんと恋人にしたい」
強い瞳に吸い込まれそうになる。
ミレイは視線を外し「でも……」と言い淀むと、ニウの手の上に自分の手を置き、顔から外そうとした。
「わたしは……」
コツン。
ニウの額とミレイの額が触れ合い、ゼロの距離になった。
躊躇いながらも上目遣いで見上げると、ニウの眼に射抜かれそうになる。
……意志を宿した瞳。
ミレイはカァーーと体温が上がるのを実感した。
この体の変化は経験したことがある。これは……。
堪らず目を閉じたミレイに、ニウはミレイの添えられた手のまま、片方の手をそっとずらした。そして先程まで自身の手で覆っていた、真っ赤に頬にそっと口付けた。
「!!?!」
「フフッ。……ミレイ真っ赤だ」
慌てて一歩下がると、少し頬を赤らめたニウが楽しそうに笑っていた。
「だっ、誰のせいだと……」
「…………おれ?」
あざとさすら感じる笑顔に、やられた感が否めない。
かわいいと思ってた柴犬が、あざといオスの柴犬になっちゃったーー!
「……まいったな」と心の声が漏れた。
「もっとまいっていいよ。
ミレイの事情と葛藤もわかったけど、俺は諦める気ないから。俺の事が嫌いなら仕方ないけど、少なくとも嫌われて無いわけだし」
「……うん」
それは事実だから素直に認める。
「ふふっ。困り顔しながらも、素直に……誠実であろうとするミレイはすごく……」
「なあに?」
キョトンとして次の言葉を待つ。
「あーー。……次の機会にするよ」
頭をガシガシとかくニウは、いつものニウだった。
「それよりもいい加減敬語やめて。距離があるようで嫌だし、それに俺の方が年下だし……」
最後の方は尻すぼみになってるが、言いたいことは十分伝わってきた。
「うん。わかった」
「もう家に帰るんだろ? 送っていくよ」
「ありがとう」
それからリリスさんの家に着くまで、今まで通りの他愛のない会話をした。ミレイはそれが嬉しかった。
いつも読んで下さり、ありがとうございます。
ニウの挽回?のお話でした。
これからもよろしくお願いします!