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第46話 姫の名の意味



 クウとサンボウは森の中を飛んでいた。


 昨日の夕食後に話し合った結果、今日は二手に別れて行動することになった。

ロスと姫は家で待機。クウとサンボウは森の長に会う為に森の奥を目指していた。



「それならみんなで行けばいいじゃない」


 食後のお茶を啜りながら、ミレイがそう切り出した。


『姫を助けるのに協力してもらったから、今回は礼のために行くのじゃ』

『姫は明日も潜るから体力温存しておいて、もちろんロスも』


 クウがニコリと笑う。


『それが無難じゃな』

「わかった。気をつけてね」

 今回はあっさり話が纏まった。



 早朝の森は奥に入るほど微かな霧で潤み、辺り一面、清々しい空気が漂っていた。


『昨日は驚いたの。まさか本当に水龍さまに会えるとは思わなかったの』

『全くじゃ。 治癒の力といい、姫は龍種の力が強いのじゃろう。だから水龍さまにも気付いてもらえたのじゃ。

 ──水姫としての力が覚醒したらおそらく上位のレベルじゃろうな』

『……そうね。でも覚醒するためには龍王国で儀式をする必要があるの』


 サンボウのスピードが少し落ち、互いに視線を合わせるとそのまま木の枝に止まった。


『……そうじゃな』

『いつかは……言わないと』

『わかっている、わかっているのじゃ。言わなければならない。でも……』


 サンボウを見つめるクウの目にも葛藤があった。



 言わないと。

 あの心優しき姫に、このまま黙っていて良い訳はないの……。でも嫌われたくない。失いたくない……。



 ──結界を突破できるのは、龍族と龍族の血を受け継ぐ者のみ。龍王国に入国すると言うことは、人ではなく龍種として生きるということ。そして龍種として生きるということは……。



『サンボウ。真実を知っても姫は協力してくれると思う? 王を目覚めさせてくれると思う?』

『それは………無理じゃろう。

 姫は元の世界に帰りたがっているし、帰れると思っている。今、我等に協力しているのも利害の一致と……あの娘の優しさじゃ』


 サンボウの目尻が下がり、優しいものになった。それでも自嘲の色は隠せない。


『……はぁ。打算まみれの自分が嫌になるの。姫はあんなに真っ直ぐに接してくれてるのに……』

『同感じゃ』


 二人は重い、重い溜め息を吐いた。

 互いの表情が自らの今の顔だと解り切っているだけに、隣を向くことはできなかった。


『姫に嫌われたくないけど、でも目覚めた王には姫が必要なの』

『そうじゃな。もう一度人間を……水姫を信じさせてくれる存在が必要じゃ』

『……うん』


 クウの()()とサンボウの()()には違いがあった。そのことにクウは気づいていたが、そのままにしておいた。


 ──クウは知っていたからだ。

 王が 孤独と重圧に耐えていたことも。臣下の前の姿が必ずしも本当の王の姿ではなかったことも……。

 それは近侍として、常に王の側で過ごしたクウだから知っている姿だった。



 姫なら王を支えられる。

 そして出来ることなら、我が王と王妃になった姫、二人にお仕えしたい。

 


『結局は自分の欲か……』

 言葉が零れた。


『クウ、何かいったか?』

『ううん。なにも』

『よし、では出発しよう。あの二人も予測がつかない二人だからな、出来るだけ早く戻りたいものじゃ』

『たしかに』



 二人は顔を見合わせて表情を緩ませたあと、再度森の奥を目指して出発した。




 


 ──その頃の二人は、サンボウの予想通り、当初の予定とは違う場所にいた。



「みんなきてくれるかな〜」

『これだけ良い匂いを漂わせていれば大丈夫じゃろう』


「そう?それならもっと……」

 ミレイは籠に入ったクッキーの上で、手をパタパタと扇いだ。



 ここは龍湖。

 今朝、御礼のクッキーを作りながらふと思いついたのだ。


 私もウンディーネ達に御礼がしたい!……と。


 二人が出発した後でロスに相談したら、難色を示したものの龍湖なら、と了承してもらえた。



『ウンディーネはいるか? 姫が会いたいそうじゃ』


 湖に向かって声を張る。

 しばらくすると湖面に淡い霧のようなものがたち、世にも美しい女が立っていた。それは先日会ったウンディーネだった。


『……私も暇じゃないのよ』


 突然の呼び出しに不機嫌なオーラを醸し出していた。


「突然ごめんなさい! この前の御礼がしたくて、クッキー焼いてきたの。

 ……他の精霊達にもお世話になったって聞いたから、女子会なんてどうかな〜と思ったけど……。そうだよね。忙しいよね」


 そういえば ウンディーネは上位精霊と聞いていた。上に立つ人はいろいろとやることがあるはずだ。


『じょしかい? なあにそれ?』

『姫の世界の社交術らしい。

 茶を飲みながら腹の探り合いをするのじゃ』

『…………それは、どうなの?』


 ウンディーネの顔が引き攣っている。


「違うから! そんな殺伐とした会でも社交術なんて固いものでも無いから! 楽しい……はずです」

『……へぇ』


 あーー。これはダメかも。

 

『お茶会みたいなものかしら』

「そこまでしっかりしてなくて、ピクニックみたいに、この辺で敷物敷いてお茶ができれば……と」

『……』


 尻すぼみの回答にウンディーネはだんまりだった。


 うん。無理っぽい!

 せめてクッキーだけでも渡して、今日は帰ろう。


「……良かったらクッキーだけでもお召し上がり下さい」

 つい、ビジネス口調になってしまった。

 懐かしい



『──いいわよ』

「じゃあ。こちらを……」

『じょしかい? するんじゃないの?』

「?! いいんですか?」

『何で誘った貴方がびっくりしてるのよ』


「いや〜。無理かなと思ったから……」

 ははっと笑ってみる。振り返ると、ロスも笑ってくれていた。


『では姫、一時間したらまた来るからそれまでウィンディーネのそばを離れるでないぞ。約束じゃ。

 ウインディーネ自分が戻るまでの間、姫を頼むぞ』

『あなたは参加しないの?』

『女の談笑は戦より恐ろしい。

 戦場に出れば血が(たぎ)るものだが、女の戦は肝が冷える』

『あらっ〜。よくわかってるわね』


 ウンディーネがくすくす笑う。


『向こうで鍛錬してるから何かあったら呼んでくれ』

『わかったわ』


 そう言うとロスの体がふっと消えた 。

 ミレイは敷物をしいて、お茶の準備始める。すると他の精霊たちも寄ってきて、異種族女子会がスタートした。



「精霊って何を食べたり飲んだりするのかわからなくて……とりあえず紅茶とクッキーを用意……しました」


 周りの圧が凄くて、何故か敬語になってしまった。


『……基本は清涼な水よ。でも人の食べ物も食べれるわ』

『まあ〜。その水が無ければ死ぬけどね〜』


 コロコロと軽やかに笑う、こちらの精霊は上位精霊のアウローラさん。なかなかのナイスバディなうえに、露出も多くて目のやり場に困る。


『……なによ』


 私の視線が気に触ったのか、不機嫌そうにこちらを見た。


「あっ、すみません。いい体してるなって思って……」


 しばらくの沈黙のあと、プッッと吹く音が複数聞こえてきた。


 ……やってしまった。

 心の声がだだ漏れだった。



『ミレイちゃん……貴方ねぇ』


 ウンディーネに呆れたように話かけられたが、アウローラはお腹を抱えて笑いながら『いいよ、いいよ』と言ってくれた。


『ミレイ……だっけ? あなたおもしろいわね。気に入ったわ!』

「ありがとう……ございます?」

『なんで疑問形なのよ?!』

「気に入られた理由がまったくわからないので」

『……まったく?』

「ええ。まったく」


 真面目な顔でそう返すと、アウローラはまたププーッと笑い出した。


 笑い上戸……?

 それとも精霊にとって、紅茶はアルコールみたいなものなのかな? とりあえずミレイは そう 納得することにした。


『あの。この前。ごめんなさい』

『ごめん。なさい』


 いつの間にミレイの隣に小さな女の子の精霊がいた。


「……もしかしてあの時の?」


 そう問いかけると、二人の精霊はコクリと頷いた。ミレイはにっこりと笑うと大丈夫だよと伝えた


『水姫。やさしい』


 喜び合う二人を見ていると、人との違いは見た目ではわからない。


「人と精霊って交流できるんだね」

 何気なく呟いた一言に精霊達の動きが止まる。


「?」


『おめでたいな。言っておくが、私は気を許してる気はない。今回呼ばれたのも水姫を見定めるためだ』

『キリーア』


 冷たい視線がミレイを射抜いた。

 アウローラがキリーアと呼ばれた精霊を窘める。よく見ると紅茶もクッキーも何も手をつけられていない。

 始まる前のロスの言葉が思い出される……。


 もしやこのこと?

 (いくさ)?……もしや戦は勃発してたの?

 異世界では女子会は戦になるのか……。


 そんなミレイを置き去りにして、ウンディーネが話始めた。


『……かつて人間と精霊は交流してたのよ。龍族同様にね』

「えっ?!」

『もちろん。龍族みたいに交じり合うことはできないから、混種はいないけど交流はあったの』


 ウンディーネは紅茶を一口飲むと、その茶色い水面に視線を落とした。


『はるか昔、この国全てが龍王国だったの。

 湖底だけではなく地上も自由に行き来してたと聞いているわ。もちろん私達精霊も自由にこの国中を行き交っていたの。

 ──そんなある日。この地に、国の悪政から逃れた人間の船がたどり着いたの。

 時の龍王陛下は不憫に思い、条件付きでこの地に人間が住むことを許したのよ。人々は感謝し、互いに干渉しないことと、東西南北の龍湖には近づかないことを約束した。その約束は代々王家に伝承され、互いの国の平和は成り立っていたの』


『だけど〜時が経つに連れて、人間の中には精霊や妖精を捕獲しようとする者が現れた』


 アウローラがクッキーをパキンと二つに割った。


『龍王陛下は怒り、人間の国を水責めにした。

 ──後から聞いた話だと、人間が攻撃してくるなら根絶やしにし、赦しを乞うなら今一度機会を与えようとしたみたいね』

「……水責め……。あの、その後どうしたんですか?」


 ミレイは緊張の面持ちで続きを聞いた。

 アウローラは皮肉めいた表情を浮かべると、二つに割ったクッキーを二個共、口の中に放り投げた。


『人間の王は、精霊や龍族の尊厳を傷つける行為を禁ずると、法令をだし、破った者は問答無用で誰であっても斬首刑と決めた。

 ……と言うのも当時の精霊狩りをしてた黒幕が大臣だったから。

 その上で王は龍王陛下に土下座をして赦しを乞うたそうよ。自分が全ての責任を取るから、民と国は残してほしいと……。


 なかなか出来ることではないわよね〜。

 人間の中だとしても、王は王だもの』


 そっぽを向くアウローラの頭を、ウンディーネは優しく撫でながらアウローラの話の続きをしてくれた。


『だから、時の龍王陛下も赦さざるを得なかったのね。

 居城を湖底に移した上で、龍王国全体に()()()()()()()()結界を張られた。

 精霊と妖精も龍族の庇護下に入り、保護してもらうことになったの。その代わり行動は制限されて、龍湖周辺で生活することになったと聞いてるわ。

 まぁ。今ではここでしか生きていけないけどね……』


「……そうだったんですね」


 ──その愚かな一部の人間は中世の魔女狩りのような、異端なものは排除しよう……という思想からくるものなのか、人身売買のようなものかは分からない。どちらにしても、人間という生き物の弱さと醜さだろう。



「……すみませんでした」


 周りの精霊達がきょとんとした顔をしている。

 当然だろう。私は当時者ではないのだから……。


『なぜ貴方が謝るの。ミレイちゃん』


「私が……人間だからです。

 生きた世界も時代も違うけど、それでも人間だから……」

『貴方は水姫でしょ? 貴方の血の半分は龍族……それも高位龍族のものよ』

「それも自分では実感が無いんです。

 私は人として25年生きてきました。人の25年なんてささやかなものかも知れないけど、それでも精一杯生きてきて、生きる難しさも少しだけ知って……。

だから……」



 次の言葉が続かない。

 偽善と言われても仕方がない。

 それでも私は謝りたかった。

 おそらく水龍さまが眠ってしまった原因も……水姫……。人間が原因だろうから……。



 沈黙が流れる。

 そんななか先程のキリーアにいきなり背中を叩かれた。


『バカじゃないの? ウンディーネ様は歴史の話をしているの。過去のことよ。それを今の人間に謝罪を要求するような小さなことをすると思ってるの?

 ウンディーネ様をバカにしないで』


「……ごめんなさ──」

『でも! 人間が腐った奴らばかりじゃないって知れて……まぁ、良かったわ』


 こちらを見てはくれないが、その言葉には少しの温かさがあった。アウローラも徐ろにミレイに抱きついてきた。


「わぁっ!」

『あなたが今の水姫で良かった。……ありがとう』


 私は、私の心を少しだけ受け取って貰えた気がして嬉しかった。


『ミレイ! 私、やつぱりあなたが気に入ったわ! 何かあれば私にいいなさい!』


 パチリとウインクするアウローラはとても魅力的だった。


『まぁ、ずっと諍いがあった訳ではないわよ。

 その数百年後には再び国交が交わされたんだから。

「龍湖」を起点として龍族も人の世に出向いて交流して、なかには人との縁を結ぶ者もいた。そして繋がれた生命が貴女達「姫」でしょ?』


 自分のなかに一陣の風が吹いた。


「……そっか」

『そうよ』

「……良かった」


 私がほっと安堵の溜め息を漏らしたころ、ロスが現れた。


『どうしたのじゃ、姫?』

「……」

『姫?』

「ごめんね。何でもないよ。……そろそろお開きかな」

『もしや、やはり戦だったのか?』


『馬鹿なこと言わないで。楽しく飲んでただけよ〜。 でも、そろそろ解散ね』


 ウンディーネの言葉でみんな湖に帰って行く。


 私は小さな精霊達に手を振りながら、心の中でロスの言葉を復唱していた。


『姫』


 最初は恥ずかしくて嫌だったのに、いつの間にかニックネームのように違和感を持たなくなった。でも、そんな簡単な呼び名じゃなかったんだ。ニックネームなんかじゃなかった。


 『姫』の名はこの国の歴史そのもの。 


 きっと一時期は和解の象徴だったのかもしれない。

 今はどうなんだろう。

 私はもっと知らないといけないのかもしれない。

 いろいろなことを……。


『姫、帰るのじゃ。本当は自宅待機なのだからな。サンボウ達が戻ってくるまえに帰らないと』

「そうだね」


 ミレイとロスも湖をあとにした。






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