第44話 作戦? いいえ、ありのままです
ミレイと水龍さま、再びです。
「はぁ……」
あれから一日おきに、龍湖にきている。
当初、妖精達は毎日と意気込んでいたけど、リリスさんに「お互い、体に負担がかかるから駄目だ」と言われて1日おきになった。
私が潜る時は妖精達が水牢で護ってくれるので、前のような恐怖感は無いし、日に日に慣れていく自分もいる……。
慣れたくなかったけどね〜。
ちなみに頻繁に湖に来ているのもあって、あれ以来ニウさんには会ってない。
潜るのも神経使うし大変だけど、会わないのは助かってるかな……。
いや、助かるってなんだ?
う〜ん。……つまりそれが、私の答えなのかな。
いい人なんだけど、ね。
「はぁ〜。でも、このままって訳にもいかないよね〜」
私は湖──南の龍湖に目を向けた。
今日もすでに二本潜ったが、水龍さまの光の膜は見えなかった。
今は軽食を食べたあとの休憩中。私の隣では妖精達がすやすやと眠っている。
その寝顔を見ながら、少し前の話を思い出す。
あれは潜り始めたばかりのころ……。
「ねぇ、南の龍湖は龍王国と繋がってるんでしょ? みんなも思念体で帰ることは出来ないの?」
『それは無理じゃ。結界を張った水龍さまだから通れるのじゃ』
「そうなると他に通れるところは……無いのか……」
以前、龍湖は元は四つあって、今は南の龍湖だけが機能しているって話を思いだした。
『そうじゃ。だから姫には水龍さまに目覚めて貰えるように説得して欲しいのじゃ』
「会ったばかりの人間の小娘の話を聞くかなぁ……。
水龍さまは全ての水を操れるくらい凄いんでしょ? それに王様と話なんて、したことないし……」
『王はたしかに凄いの。でも王は孤独なの。……昔から。今はもっと……。クウが行けるなら行きたいけど、無理だから……。
姫、お願い。もし説得が無理ならそれでもいいの。王の心を少しでもいいから癒やしてほしいの』
「……癒やすって。何だかハードルあがったよ〜」
私は苦笑いで返した。
『姫はそのままでいいの』
「このまま? 無礼者……なんて言われて殺されないかなぁ?」
『王はお優しい方じゃ。むやみに命を奪ったりしないのじゃ』
ロスの豊かな眉毛が下がる。
「そうなんだ……。私のことはあっさり湖に置いていったから、血も涙もない人だと思ってた」
『……根に持っておるのじゃな』
「根に持つって言うか……。死にそうになったし?」
思わず黒い笑みが顔を出す。
「まあ。考えてみれば王様って言っても、産まれた時から王様な訳じゃないし、ただの一個人だよね。
個人と個人の話し合いなんて、会議室の面談みたいなものか。……うん。なんだか頑張れそうな気がしてきた」
『王をただの一個人と言うか。さすが姫じゃ』
『それでこそ姫なの〜』
「よくわからないけど、みんなで頑張ろうか」
その後はみんなで笑い合い、私はクウを手のひらに乗せて指で頭を撫でた。
──あれから10日が経過した。
二日おきに、一日三回潜っていても兆しすら見えない。
私は妖精達の少し疲れた寝顔を見ながら、ある仮説を実行してみることにした。
仮説とは「この前会えたのは私が命の危機にあったから」
──つまり、この仮説を立証するにはまた 危険な目に合わないといけない ってことなんだよね〜。
迷ったけど、やるしかない。
いつまでもこのままでいられないし!最悪何かあっても、妖精達は湖畔にいるし……ね。
私はゴクリと喉をならして、意を決してゆっくりと湖に入った。
前回みたいに手を引く精霊もいないので、呼吸を教わった腹式に切り替えて湖底目指して進んで行く。
水牢の中にいる時は潜水艇から見る景色と変わりなかったが、肌で感じる湖水はやはり違った。
水中に、生き物の姿は確認できなかったが、代わりに多数の粒子が漂っていることは視認できる。
この粒子はプランクトンの死骸や木の葉の破片かな。この水も持ち帰って調べたら面白そうだよね。
湖底に向けてゆっくり沈降している様子を見ながら、立ち止まる。この辺りはまだ綺麗な濃い蒼色だが、足下に広がる景色は一面、暗くて濃い藍色で、恐怖からか闇のように見えてしまう。
体も記憶も忘れてないよね……。
心拍数が上がってるのが解る。
だめ。……息を忘れちゃだめ。
ゆっくり ゆっくり……。
覚悟を決めて体を反転させ、更に湖底へと進んで行くと、不意に指先の宝珠が煌いた。
そうだ。水龍さまは何て言った? 龍の気配……。
それなら、と立ち止まって指輪の上に手を重ねて祈った。ただひたすらに……。
水龍さま こたえて お願い
どーしてもお話したいことがあります
お願いします
私はあの時の……人間です
何の反応もなかった。
光る気配も水の揺らぎも、何も起こらなかった。
やっぱり駄目かぁ〜。
戻ろう……。
そう思った瞬間、眩しくて目を閉じた。
『お前はいったいなんなのだ』
『水龍さま!
やったーー!!』
ゴボっ ゴボッ! くるしいーー。
そう思ったのも束の間、私の腰に腕が絡まり、呼吸が楽になった。
たすかった〜。
……でも態勢はやっぱりコレなのね。
前回はお姫様だっこされ、今回は腰を抱き寄せられている。本体じゃないと聞いていても、感触はあるからどうしても緊張してしまう。
『今度 リリスさんに イケメン 耐性用の薬を作ってもらおうかな。 龍族は美男美女らしいからありそうだよね〜』
『……お前はバカなのか』
『ちょっと。 私の心を勝手に覗いておいて、それはひどくない……ですか?』
『別に覗いているわけではない。勝手に流れてくるんだ。 むしろこちらがいい迷惑だ』
そっぽを向いて不機嫌そうにする。
尚も抗議しようとしたけど 、自分がこの人に助けられたことを思い出した。
『あの ……ありがとうございました』
『ほう。礼が言えるのだな』
『当たり前です。貴方こそ流暢に話せるんですね』
そう前回はもっとカタコトだった。
『もしかして、人間の言葉を勉強した……とか?』
茶目っ気混じりに冗談を言ってみたが、すごく嫌そうな顔をされた。
『そんな訳ないだろう。もともと人間の言葉も話せる。……前回は……その、言葉を使うのも久しぶりだったからだ』
その言い様に思わず同情してしまったのが、まずかった。
『あの。私とお友達になりませんか?』
『…………は? おともだち?』
『誰が?』
『私と貴方──水龍さまのことです』
『なぜ?』
『いいじゃないですか。別に。……暇でしょ?』
『ぐっ……。別に暇なわけでは……』
『わけでは?』
『……』
『まあ、いいじゃないですか。言葉を忘れない為の暇潰しだと思えば……』
その言葉が気に触ったのか、水龍の顔が微妙に歪む。
『……お前にプライドはないのか? 自らを暇潰し呼ばわりとは……情けない』
『そうですね〜。王様から見たら情けないかもしれませんが、それは大きなお世話と言うものです』
にっこり笑って反論したら、切れ長の蒼い瞳を見開いて驚かれた。
『へぇ。そんな顔もできるのね〜。絵画みたいに綺麗だけど、やっぱり動いてる方がずっといいわ』
『……お前は何様のつもりだ』
『だから、勝手に覗くの禁止です』
『覗いてなどいない』
『それよりもさっきの話の続きです。
誰にでも譲れない物はあると思います。それはみんな一緒ではないし、一緒でなくとも良いと私は思います。
自分の琴線に触れる物でなければ、上手く躱せばいいんです。私は自らを下においた発言をしましたが、下だと思ってないので問題ありません』
『下とは思ってないと? 私は龍王だぞ』
『…………そういう意味じゃないんだよな〜。
伝わらないのは種族の違いか、頭でっかちのせいか……。あ〜。おじいちゃんだからって言うのもあるかなぁ』
『誰がじじいだ』
片方の手が私の顎を鷲掴みする。
『あ〜。……まぁまぁ。人から見たらみんな龍種はご老人ですよ』
ははっと笑ってみると、水龍さまは、はーっと溜め息をついていた。
『とりあえず、明後日の同じ時間にここにくるので、よろしくお願いします』
『は? 何がよろしくだ』
『冗談ですよ。気が向いたらでいいです』
『……お前はつかめないやつだ』
その顔から不可解なものを見る目を向けられた。
私はふふっと笑うと浮上してくれないか、頼んでみたら、意外にも了承してもらえた。
『優しい人なんだろうなぁ』
私は水龍さまの協力もあって、スムーズに湖上に出ることがてきた。
湖畔では妖精達がわんわん泣いていた。