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第39話 それぞれの出会い②




 暗い 暗い 湖のなか

 そこだけ ふわりとまあるく 輝いていた……


 二人だけの空間……



 そこに有るのは…… 


 眠りについた龍族の王と異界からきた水の一族の姫……



 この出会いがもたらすものは……







『サンボウが言っていた 容姿と重なるけど……まさかそんな……』



 動揺しながらも、視線が外せない。


 真に美しい存在は五感の全てを奪い尽くすという。

本人の意志とは関係なく……。



 ミレイも例外ではなく、先程までの恐怖も忘れ、体の全てをその身に委ねて陶然としていた。



『不躾な……やつだ』



 その時、不意に頭の中で声が響いた。

 不機嫌そうな低い声音……。

 


 ミレイは体を強張らせ、一瞬で夢現(ゆめうつつ)から覚めたように頭を振った。

 辺りを見廻して自分の今の状態を理解し、赤面する。



『お姫様抱っこされてる……?! それに、ここは湖の中だよね……どういう状況?』


『理解の……遅い娘……だな』


 再び聞こえてきた声音に顔を上げてみても、目の前の人物(?)の美麗な口元は、動いた素振りもない。


『……どういうこと? 』


『思念で送っている……のだ。 お前の考えも伝わって……くる。ここは私の空間だ』


『しねん……』


『そんなことも知らない……のか……。 ニンゲン』


 溜め息でもつきそうな勢いで返されたが、その瞳は何の感情も映していなかった。

 この湖のように暗く、冷たい……そんな瞳だった。





 ◇  ◇  ◇




 その頃、リリス達一行は森の奥へと足を進めていた。



『やっぱりリリスは森に慣れてるのね。歩くペースが早いの』

「当たり前だよ。生まれた時からこの森にいるんだからね」


 話しながらも目は足元と前方の両方を見ている。感覚で歩き進むやり方は、長年の賜物だろう。


「だからってわけじゃないけど、できるだけ森も、森の動物たちも 傷つけたくないんだ」

『もちろんじゃ』

『我らも戦わずに回避する方法を考えているのじゃ。しかし、リリスに危険が及んだ場合は実力行使に出るだろう。森の生き物を傷つけたくないと言うならば、己の行動にも慎重になってくれ』

「わかったよ。ありがとう」


 地図と文献を纏めた資料を片手に奥へ進むと、人の出入りが無いせいか、木々が重なり合い、地面は厚い苔に覆われていた。流石のリリスも足を滑らせ、上からはレースのカーテンのように蔦が垂れ下がり、行く手を阻んでいた。


『アレで運んだ方が早そうじゃ』

『それならクウが作るの。ロスとサンボウは体力温存しておくの』

『わかったのじゃ』

「アレってなんだい?」

『アレはアレじゃ』


 ロスがニヤリと笑い、クウがスライムのような水のクッションを作った。

 ──そう。ミレイ曰く『筋斗雲』だ。


「いや、無理だよこんなの!」

 珍しくリリスが慌てる。


『大丈夫なの〜。クウは操るの上手なの!』

「そういう問題じゃなくて……」

『四の五言わず乗るのじゃ』


 ロスが強引にリリスをうつ伏せに乗せると、縦横無尽に木の幹や蔦の間を飛んだ。歩くより断然早い。


「ひゃゃーー!!」


 リリスの声に誘われたのか、大分進んだところで、眼の前に何かが飛び出してきた。……ワズだ。


 ヴゥーー!

 ヴゥーー!


『厄介じゃな』

『まぁ、想定内じゃ』


 ロスとサンボウが会話を交わすと、二人の手から水が出てきた。その水は一直線にワズの頭目掛けて飛んでいき、首から上に水の球体が覆い被さった。


『行くぞ!』


 水を剥がそうと格闘してる間に一行は通りすぎ、リリスが振り返るとワズの頭の水は無くなっていた。複数のワズはその場でヘタリこんでいるのが見えた。

 安堵の溜め息を漏らしたリリスに、隣を飛ぶクウは『だから言ったの〜』と笑って言った。


 その後も様々なと動物たちが襲ってきたが、その質と量を見ていると、長に近づいていると実感した。





 鬱蒼とした手付かずの樹木を抜けると、少し開けた場所に出た。


 奥には巨岩が(そび)え立ち、その手前には有り得ない太さの蔦が、岩を護るように壁を造り、まるで暗闇の中で蠢いているようだった。



『おそらくここが最奥じゃ』

『あぁ。空気が違うのじゃ』

『リリス、大丈夫なの?』


 リリスはコクコクと頷くばかり。

 この辺りを覆うプレッシャーと獰猛な猛獣達の呻き声は恐怖でしか無いだろう。ただの人間には辛いはずだ。

 前に歩み出る妖精達。その後ろにリリス。そして猛獣達は前方両端に陣取っていた。



 まさに一瞬触発の状態だった。



 サンボウが動物達に語りかけているのを聞いて、リリスは僅かに顔を上げた。


『──!』

『──』


 あれは……なんだい? 

 花……が群生している? こんな湿地帯で?

 なんだろう……引っ掛かる。


 リリスが記憶の引き出しを片っ端から開けている時、サンボウ達の交渉も続いていた。


 そうだよ。図鑑だ! たしかあれは……。


 三人の意識は猛獣の動向に注視され、ロスの手には水刀まで出現していた。


「待つんだ! あの蔦の前にあるのはハシリドだよ!」


 妖精達だけではなく、動物達の呻き声もピタリと止まる。顔は前を向いたまま、クウが質問してきた。


『ハシリド?』

「あぁ。全草に毒を持っていて触れても駄目だけど、花粉は最悪なんだ。吸い込むだけで意識が混濁する。

 ……開花してるから軽い衝撃が加われば、辺りに飛散するだろう」


 リリスの言葉に三人共動けなくなった。


『なるほど。獣なのに石を使うのか? と思ったが……そういうことか』サンボウが呟く。


『ならば……。交渉も難航しておるし……ロス』

『あぁ』


 サンボウが口内で呪文を呟く。


『──数多(あまた)の水よ 我に力を……』


 するとハシリドの周り一帯に、ふわりと水の塊が出現した。

 動物たちはどよめいた。その隙にロスが猛獣達を束ねる獣に突進し、一瞬で拘束したのだ。



結墻壁(けっしょうへき)



 ハシリドの横一面から上部にかけて、六面体の無数の水が連なり、大きな半円状の壁となった。


「ははっ。……まるでミツバチの巣だね」

『リリス、助かったのじゃ』

『ホントなの。さすがリリスなの〜』

「本職だからね」


 リリスは照れくさそうに笑った。


『長を守護するものたちよ。今一度、問う。

 森の長と話をしたい。我等は元は龍王の眷属であり、この人間は村の薬師をしている。

 ……この地に宝珠を託した者の末裔じゃ』


 その言葉に動物達に動揺が走った。



『随分、騒がしいと思ったら来客ですか?』 



 その時、穏やかな声が聞こえてきたと思ったら、蔦の奥から白い獣が姿を現した。

 真っ白な毛に覆われ、目は金色に輝き、その姿は穏やかな空気と威厳を併せ持つ、ひと目で稀有な存在であることを理解した。


 猛獣達は一斉に駆け寄り、ある者は口々に何か訴え、ある者達は壁となり更に強く威嚇をしてきた。



『あれは……もしや瑞獣ずいじゅうか……?』


 ロスの呟きと共に、力技でその技をといた猛獣達を束ねるものは長の側へ駆け寄った。


 サンボウは前に出ると片手を胸に当て、頭を下げた。


『森の長とお見受けします。お騒がせしてすみません。

 我等は元は龍王の眷属の者です。長にも動物達にも危害を加えるつもりはありません。どうか我らの話を聞い頂きたい』


 リリスは筋斗雲から降り、クウとロスもサンボウに倣った。


『龍王の眷属が、ただの獣である私に頭を下げるのですか?』


 おもしろそうにコロコロと笑う。


 「瑞獣」は思考を持ち、人語を操り、神の使いとまで称される動物だが、あまりの流暢さと皮肉の効いたモノ言いにサンボウも動揺を隠せなかった。


『……元ですよ。今はしがない妖精ですが、礼を尽くすべき方くらいわかります』


 サンボウも謙遜をしてみせ、穏やかな言葉の裏で腹の探り合いの()()()が始まった。

 こうなるとロスとクウの出番はない。



『……こちらこそお礼をいわないといけないのです。

この何百年もの間、龍湖の浄化をして下さり、ありがとうございます。貴方方が居なければ、この南の龍湖も汚泥と化したでしょう』


『そうですか。……初めてお会いしたので、喜んでいたことも今、初めて知りました』


『それは失礼しました。何分、こんな奥地におりますので、なかなか難しいのです』


『…………そうですか。湖の現状の維持は、我らの力だけではありませんから』


 サンボウは相手の不誠実な問答に乗って、自分のペースを乱されることを恐れ、少し自嘲気味に言った後でさっさと本題に切り込んだ。

……このまま相対するのは分が悪い、と察しての判断だった。


『我等の話を聞いて頂きたい。よろしいでしょうか』


 有無を言わさないモノ言いに森の長は少し間をとり『……いいでしょう。洞窟の中に……』といった。


 そこまで言うと、他の獣が抗議の唸りを上げた。洞窟の中までは……と言うことなのだろう。


『彼等の要件は解っています。

 それはこの様な場で話せることでもないのですよ。お通ししなさい』


 優しく諭すような口調だが、滲みでる威厳から口答えできるものなど、いるはずもなかった。



 サンボウは内心、──年老いていてもやはり瑞獣。これが神の使いとまで言われる獣か……。と、先程のやり取りで一瞬乱された己を叱咤した。

 交渉は自分の領分。負けるわけにはいかないのだ。



 みんなで移動しようとした時、二匹のワズが息を切らして飛び込んできた。



 動物達が駆け寄るが、ワズは妖精達を視界に入れるとヨロヨロと立ち上がり必死に何かを訴えていた。


『何かを伝えようとしているのはわかるが、言葉がわからないのじゃ』


 長がゆっくり歩みを進めると、間に入り、説明してくれた。


『…………どうやら、ニンゲンの女が湖に落ちたと言っています』

『………………えっ?』


 リリスは息を飲み、妖精達も言葉が出なかった。


『自分達を助けてくれた……ひめ……という女だと』



 血の毛が引く思いだった。


『湖とは龍湖のことじゃな?!』

 ロスが詰め寄り、クウは素早く水の筋斗雲を作った。


『すまぬが、失礼させていただく!』


 サンボウの言葉に森の長は目を細め『最短の道を教えてあげなさい』と指示をだした。


『感謝する。また後日改めましょう』


 長はまた目を細めて、その言葉に答えた。





 新たな二匹のワズを先頭にロスとサンボウが森の中を疾走する。



 姫、ひめ……!!

 やはり一人にするのでは無かった!!


 自分の采配に後悔しかない。


『大丈夫じゃ! 宝珠をもっているし、何より水姫を信じろ!』


 隣のロスもサンボウに言いながらも、自分に言いきかせていた。


 姫──!!


 森の中を凄いスピードで疾走する。

 向かうは南の龍湖。

 かつての自分達の国と唯一繋がる場所。







お読み頂きありがとうございます!

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