第35話 宝珠について②
『さてと、話の続きじゃ』
『そうなの〜。気になって気になって、せっかくのごはんの味が解らなかったの〜』
「たしかに。酒を飲む気にもなれませんでした」
クウが頭を抱えて残念がると、村長も溜め息混じりに同意する。先程の食事で少し話をしたせいか、村長の気負いも減ったようだ。
『フリジアが心配してたの』
「あれは、口も達者で頭も回るから、厄介と言えば厄介なんです。下手な誤魔化しもできないし……誰に似たんだか」
『いや、できた者じゃ。
よく全体を見ているし、空気も読める。官僚なら出世するタイプじゃな』
「そう……ですか? 眷属の方にそう言ってもらえると嬉しいもんですな。……実は自慢の娘なんです」
村長は目を細めて照れくさそうに、嬉しそうに笑った。孫に続いて娘まで褒められて上機嫌のようだ。
「なんだい。さっきまで萎縮しきってた男とは思えないね!」
リリスの調子も戻ってきた。
結果的には間に食事を挟んだことで吉と出たようじゃな。
まぁ。本当の意味で「吉」なのかどうかは、これからの話次第じゃが……。
サンボウが窓の外を眺める。
夜も大分ふけた。
密談と言うには、明るい声が部屋に響き渡っている。
口内で呪文を唱え、部屋の中に対傍受用の結界を張る。これから先の話は決して他の者には聞かせてはならないものだ。
ロスは引き続きミレイの側に付いてもらい、両方の部屋を警戒している。
外はひっそりと暗い闇につつまれて、隣家の明かりが僅かに外を照らすくらいだ。
静かな村にあんな事件が起こったのもあり、今夜は村の男達で見廻りをするようだ。
空いてる倉庫を仮の詰め所として数人で待機し、巡回するらしい。発案者のニウは今夜は詰め所で過ごすと聞き、渡りに船だ、とほくそ笑んだものだ。
フリジアは何かを察したのか、自身の父親にお茶セットを渡すと、早々に休んでしまった。
それを踏まえても「できた者」なのだ。
──夜はこれからだ。
リリスがお茶を入れると、無言の中にも「ずずっ」と茶を啜る、和やかな空気が流れる。
「…………リリス」
沈黙の後に村長が名を呼ぶと、二人の間に無言の会話が成されたように思えた。それは、互いが信頼しあっているからこそ生まれるものだ。
「…………わかっているよ。続き……だね」
リリスが体の奥から慎重に、紡ぎだすように口を開く。
「……うちの家系の薬師には代々、一子相伝の秘薬の製法とそれと一緒に伝えられている話があるんだ。
それは『守り人』としての役目で、見守る対象は腕輪、と聞いている。おそらくそれが『宝珠の腕輪』……なのかもしれない」
『何故そう思うのじゃ?』
「一緒に継承されている秘薬の製造方法は龍族から教わったもので、更にその薬は人と龍族、両方に関わる物だからさ」
『……なるほど』
『その腕輪はどこにあるの? 』
クウの問い掛けにリリスは何度か口を開け締めして、躊躇いの色を見せた。
「その前に 宝珠とは一体どういうものなんだい?」
リリスが返した問いに、今度は我等が戸惑った。
「私はアレの隠し場所には、決して行ってはいけないし、人に話しても駄目だと言われて育ったんだ。話すと災いが訪れるから……って。だからアレは災いの元だと思ってた。
……そんな物を代々『守り役』として守ってるなんて、意味が解らなかった」
リリスはランタンの灯りをジッと見つめ、遠い目をした。その視線の先に映るものは、きっと今よりも前のことだろう。
「生意気な年になった頃にね。父親とアレの──腕輪の話になったんだ。
『意味のない守り役なんて私はごめんだ!』と言ったら、喧嘩になってね〜。口論の末、『そんなに危険な物なら掘り起こして捨ててしまえばいい!』と外に飛び出したら、初めて父親に殴られたよ。
近づいては駄目だと……。あの場所自体、危険な場所なんだと……頼むからってね」
リリスが右の頬を擦る。
我等は相槌も打たず、ただ聞き入っていた。そんな我等を見て、リリスは「昔の話さ」と笑いながら茶を啜って終わりにすると、再び向き直った。
「……改めて聞くけどアレ、いや──宝珠は危険な物なのかい?」
真っ直ぐに問うリリスに幾ばくか思案する。
我々の考えにそぐわなかったとしても、リリスの一族は代々宝珠を守ってきたのだ。それならば、龍王の眷属としては濁して答えるのは失礼だと感じた。
横目でクウを見ると気持ちは同じなのだろう、力強く頷いていた。同意を得られたことで、話す決意が生まれる。
ゆっくりとリリスに頭を下げる。
『代々の薬師の方々に心からの敬意を表する。今まで宝珠を守って下さり、ありがとうございました』
クウもそれに倣った。
二人でリリスに向き合う。リリスは驚きで言葉も出ないようだった。
濁したり偽りで言葉を紡ぐのは失礼だ、と思ったのも事実だ。だが、それよりも本音はこのぶっきらぼうで、粗雑な言葉を使う心優しき女性には本当の事を伝えたかったのだ。
宰相として冷酷な対応もしてたわしが、まさか絆されるとはな。……らしくないな。
「宝珠は決して危険な物ではない。寧ろ聖なる宝なのじゃ。
腕輪そのものは形代でしかなく、それに嵌め込まれている珠玉に意味がある。珠玉には、龍王陛下の御力が宿っているのじゃ」
「「 龍王陛下の御力が…… 」」
『おそらく危険と言ったのは、興味本位で中身を知り、価値のある腕輪と周りにも知られた時に巻き込まれる事を恐れたのだろう。
過去の遺物で争いが起きるくらいなら、誰も、何も知らない方が良いという話だろう』
『ねぇリリス。先人が宝珠について、どの程度知っていたか解らないけど、一子相伝なら可愛い我が子を危険から遠ざけたいと思ったんじゃないの? 大袈裟についた嘘が本当のように口伝として残ったのかも……?』
クウが微笑むと、リリスも目元と口元を少しに緩ませて「そうかも知れないね」と呟いた。
肩の力が抜け、背中は丸まり年相応の老婆に見えた。
「…………腕輪は『宝珠の腕輪』は、森の最奥に隠してある……と聞いてるよ」
シーーン。
不意に零されたひと言に、みんな静まり返り、誰も言葉を発しなかった。
いや。わしとクウは言葉が出なかった、と言うのが実情だ。
いろんな意味で絶句したのだ……。
一つは……長年探していたにも関わらず、わりと近くにあったこと。もう一つは、龍の守護を受けているはずの森の動物達から隠し事をされていたことだ。
森の奥……最奥は森の長が居を構えている。もう遥か昔から、だ。
我等や精霊が宝珠を探していることは、森の長なら知っていたはずじゃ。
……何故、何故黙っていたのじゃ?
水龍さまに覚醒して頂くことの重要性が解ってない?
……いや、それは無いだろう。龍の守護なくして「南の龍湖」はこれほどの清涼さを保つことは出来ないのだ。
……では、何故……?
思案に暮れ、周りが見えなくなった我等に控えめに声が掛かった。
真っ青な顔をした村長だった。
「オ、オレは深入りするつもりは全くなくて、リリスが心配だっただけなんです。 なんとな〜く、ふんわりと事情を知れれば満足だったのに……それなのに……」
ゴクリと生唾を飲む音がここまで聞こえてくる。掠れた声で意を決したように絞りだす。
「おっ……オレは……。消されるんで……しょうか……」
一点を見つめて涙目になっている村長を見て、事態が理解できた。
まいったな……。不要な者に必要以上の情報を与えてしまった。有り得ない失態じゃ。
自分の迂闊さが呪わしい……。
さて。どうしたものか、と思案を巡らせていると、クウが『大丈夫なの〜』と柔和な微笑をたたえている。
『村長はこの村の長でリリスは村の民。民に何かあれば長は知っておかないと駄目でしょ? だから村長がこの場に居るのは必然なの。リリスが話してくれたのも、村長がこの場に居てくれたからだと思うし、感謝してるの』
『だから安心するの〜』と朗らかにクウが続けた。
『あとは余計なことは口にしなければ良いだけだから。そうすれば、村人も家族も今まで通り、平穏に暮らせるはずなの。大丈夫?』
改めて口止めを確認すると、村長は首振り人形のように何度も頷いた。
その後は脱力して自然と涙を浮かべた。
「……良かった。今、死んだら何かあった時には娘や孫を矢面に立たせるのか、と思って。
それはまだ早いから……。良かった〜良かった」
「まったく、あんたはすぐ泣くんだから……変わってないね〜」
リリスが村長の肩を抱き、共に肩を震わせていた。
その様子を眺めながら「さすがクウじゃな」と心の中で脱帽した。自分ではこの結末も、この空気感も作り出せない。
わしは自身が展開した結界を解き、クウと共にロスと姫が居る部屋に向かった
細かい話はまた後で良い。それぐらいの収穫を得た。
体が重いのじゃ……。
自分でも気づかぬうちに力が入っていたようじゃな。しかし、これであの方に一歩近づいた。
もう少し……もう少しじゃ。水龍さま
窓から月が見える。
この数百年で様々な物が変わったが、月だけはあの頃と何も変わらない。
あの方と共に見上げた月。
あの方と同じ、銀色の輝きを纏う月。
ひと目会いたいのぉ……ひと目。
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