第34話 宝珠について①
目を覚ますと見知らぬ天井が見えた。
「ここは……」
「ミレイ起きたのかい」
「リリスさん……」
「ここはフリジアの家だよ。ミレイが気を失って、ここに運んだみたいだ。両腕と顎の擦り傷は痛々しいが、他は大丈夫だろう。念のためしばらくは安静だよ」
リリスさんは薬師の顔でそう言った後は「びっくりしたよ……。あまり無茶するんじゃないよ」と、抱きしめてくれた。
『ひめーー!』
『起きたの〜! 良かったの〜』
妖精達も抱きついてきた。
「みんな来てたんだね。心配かけてごめんね。大丈夫だよ」
すると部屋の中の声を聞いてか、ニウさんが慌てて入ってきた。少し言葉を交わすと安堵の表情を浮かべる。
「ミレイが無事で良かった。でも無謀だよ。もし馬に蹴られたり、攫われたりしたらどうするつもりなんだ。もし次にそんな場面があったら、ちゃんと男が来るまで待つべきだ」
「ニウさん、真っ先に来てくれてありがとう」
と微笑むと、そのまま続けた。
「心配かけてごめんね。でも待つことなんてできないよ。そしたらアリッサは攫われてたよ。もし他の子供達でも私は走り出したと思う」
真っ直ぐに見つめると、ニウさんは言葉を詰まらせて横を向いた。
「ミレイは本当にいい子ね〜。それに上に立つ素質があるかも」
ドアのところにフリジアさんが立っていた。
部屋に入るとベットの脇まできて「体調は大丈夫?」と確認すると、安心したように頭を撫でてくれた。
「ねぇ。ミレイ、このままこの村にいない? ついでにニウのお嫁さんになって、次期村長さんを助けてくれないかしら〜? 我が息子ながら、なかなかいい子よ」
ウインクして揚々と語るフリジアさんに、たっぷり三秒の間をおいて、みんな「はぁ〜?!」と叫んだ。突拍子も無い言葉に驚きを隠せない。
妖精達は小さな口をあんぐり開けてるし、リリスさんは首を振って呆れ顔。当のニウさんは顔を真っ赤にして、わなわなしてた。
「母さん!!」
『……反対じゃ!!』
『断固阻止じゃ!』
『姫は渡さないの〜!』
「あらかわいい。もしかして……精霊さん? それとも妖精さんかしら……」
『妖精じゃ!』
憤る息子を軽くスルーして、同じく怒り顔で睨みつける妖精達にフリジアは驚きと共に話しかけた。
普通はもう少し驚くと思うんだけど、さすがフリジアさんだな〜。
「フリジア……。話をややこしくするんじゃないよ」
「あの〜。いいですか? そんなことよりも人攫いはどうしたんですか? あとアリッサは大丈夫ですか?」
リリスさんが間に入ってくれたので、気になっていたことを質問する。
しかしニウさんは「そんなこと……」と固まってしまうし、話を振ったフリジアさんは「そのレベルなのね〜」と溜め息をついていた。
なんなの?
なんか悪いこと言った?
その後、話を聞くと今は夕方で、人揃いには屈強な男が二人見張りにつき、隣村から警備隊が到着するのを待っている状況みたい。アリッサは妹夫婦の家にいて、今は落ち着いているから心配するなと言われた。
ちなみに私が気を失う前に抱きついてきたのが、アリッサの母親の妹……らしい。私はそれを聞いて納得したし、安堵した。
ちゃんと周りに愛されてるじゃない。あとは本人次第かな。
子供達のケアもしっかりしていて安心した。
私が気を失ったあと、フリジアさんは子供達を集めて周囲の安全が確認できるまで、ひとつの家で待機するように指示を出し、確認後は子持ちの親は仕事を終わりにして、自宅待機をするように対応したらしい。
かっこいい〜!
できる女はどこの世界にもいるのね〜。
私が感動していると、リリスさんが薬湯を持ってきてくれた。
フリジアさんは薬湯を飲む私をじっと見つめると「本物かぁ……」と呟いた。そして飲み終えた私をそっと抱きしめ、耳元で「守ってくれてありがとう」囁き、ニウさんと共に部屋を出た。
『姫、痛いの?』
「大丈夫だよ」
『わしの守護術が完璧なら、怪我などさせなかったのに……すまぬ』
「サンボウ何を言ってるの? 自分が起こした行動で怪我を負うのは自業自得だよ。それに責任を感じる必要はないんだよ……それよりも守護術ってなあに?」
『守護術は姫の周りに展開している術じゃ。ただ、今は妖精だから妖力が足りないのじゃ。悪意ある攻撃を跳ね返すくらいしか効果が無いし、離れすぎても効かぬ。……前のような成体だったらこんな事は無いのだが……』
サンボウは苦笑いをした。
「……いや。普通に凄いよ。私に何か掛かってるのはウンディーネさんから聞いたけど、そんなすごい術だったの? 実感ないけどサンボウすごいね」
そう言って笑うと、サンボウはキョトンとした顔をして嬉しそうに笑った。
「ミレイ。とりあえず今は寝な。体を休ませるのが一番だ。夕食の時間になったら起こそう」
私は返事をしてベットに潜ると、程なくして意識を手放した。
そんなミレイの寝息を聞いてリリスが席を立つと、サンボウが話かけた。
「リリスよ。この村の村長と話がしたい。後で構わないが時間を取ってもらえないか聞いてくれ」
「……聞いてみるよ」
◇ ◇ ◇
夕食前の時間、村長の部屋には村長と妖精達がいた。
サンボウは胡座をかき、探るように村長を見る。その身はとても小さいはずなのに、村長は自身の体を縮こまらせて目を伏していた。
「あの。妖精さまにおかれましては……」
そう言って頭を下げる村長をサンボウが止める。
『そういうのは不要だ。時間も限られているから単刀直入に聞く、この村にいた水姫の一族に生き残りはいるか? ぬしは何か知っているか?』
息をヒュッと飲み、顔を強張らせる。
『その表情は水姫の名に反応したものか、それとも心当たりがあるからか……どちらともとれるな』
温度が下がるような威圧感を感じた。
「生き残りなどおりません! あの家は何百年も前にこの村を出ております。それに交流もありません!」
『ほう? 交流は無いのに生き残りがいないことは知っているのか……』
サンボウの声音が変わる。
「あっ……」
『水姫の一族は龍の血が入っているから他の人間より長命のはずじゃ』
村長の青ざめた顔を見てロスも口を開く。
「あっあの……」
二人の威圧感にカタカタと震えだしたのを見て、クウは『サンボウ、今確認したいことはそれじゃないの』と口を挟む。
サンボウも『……たしかに』と溜め息を一つついて『どうやら冷静さを欠いていたらしい』と呟いた。
場の空気が僅かに緩み、村長がそっと息を吐くと、クウは続けた。
『……まあ。それは別の機会でもいいの』
その言葉に村長の肩がまたビクリと震えた。
──ミレイが見ていたら「お年寄りを虐めないで」とでも言っていただろう。
『我等が聞きたいのは宝珠についてじゃ』
「……宝珠……ですか?」
『あぁ。どうしても必要なのじゃ。最後に所持してたのはこの村の水姫。──水龍さまの婚約者だった女じゃ』
「っ。……」
『宝珠の在処に心当たりがあるなら教えてくれ。……協力するなら過去のことは不問としても良い』
「本当ですか?!」
『あぁ……』
「それはとても有難いお話です。
……わかりました。過去の文献を遡ってみますので、少しお時間を頂けますか」
『たのむ。出来るだけ急いでくれ』
『誰だ!!』
突如、ロスの鋭い声が響きドアに向かって翔んだ。隙間から外に出ると、そこに居たのはリリスだった。
『リリス』
「リリス? 立ち聞きなんてお前らしくないじゃないか」
「あぁ悪かったね。これ、村長の薬湯を持ってきたんだ、すまなかったね。失礼するよ」
リリスはそう言って薬湯を渡すと、足早に部屋を出ようとする。サンボウは違和感を禁じ得なかった。
『……リリスよ。我等が村長と話をすることは、当然お前は知っていた。……その薬湯は今すぐ飲まなければいけないものか?』
リリスの足が止まり「それは……」と口ごもる。
『リリス。少し一緒に話をするの〜。
大丈夫、悪いようにはしないし、姫にはロスが付き添うから』
『えっ! 何故じゃ?……クウで良いのでは?』
クウはニコリと笑うと
『看病というより護衛を兼ねてお願いしたいの。それなら強いロスが適任なの〜。話の内容は後で話すから』
『ロス、頼まれてくれるか?』
『……わかったのじゃ』
ロスが部屋を出て行ったあと、村長は少し考えたあとで、こう口火を切った。
「……そう言えばリリスよ。お前の先祖は水姫の専属薬師だったような……。その家系は途切れてなかったはず……」
『専属薬師?!』
『初耳なの……』
リリスは目を見開いたあと、大きく息を吸うと、そうだ、と認めた。
「随分昔は隠そうとしていたらしい。
それに、もしも龍族が何かしてきても、村には害が及ばないように今の場所に家を建てた、と聞いてるよ。ミレイには話をしていたし、妖精達には──水龍さまの眷族の皆さんには……言えなかった」
『何百年も前の話じゃ。たしかに我等、一部の龍族は当時の人間と争ったが人間は代替わりをしている。……今更じゃ』
『前にも言ったの』
「わかってます。わかっています……それでも」
リリスが黙り、部屋には重い沈黙が流れた。
クウはふよふよと浮き、リリスの前までくると、ニコリと笑って明るい声でリリスに質問をした。
『……リリス。宝珠の話は聞いたことないの? 専属薬師なら当時の水姫とも話すことも多かったはずなの』
サンボウもその意図を汲んで、表情を和らげる。
『そうじゃな。随分と昔の話だから無理かも知れんが、何か伝え聞いたことはあるか?』
「あの……。宝珠とはどういった物なのですか?」
村長が疑問を投げかける。
『宝珠は腕輪の形をしている』
「腕輪……ですか」
村長が首を傾げている様子を見て、サンボウは村長は宝珠の知識はないと見た。妖精達が一番恐れていたのは悪用されることだったから。
「失礼ですが、その当時の水姫がそのまま持ち出したのでは?」
『それはないの』
「? ……そうなんですか?」
『協力を仰いでおいて……と思うかもしれんが、話せるのはここまでじゃ』
「あー。大丈夫……です。深く関わるつもりも無いので」
その言葉に二人は顔を見合わせて苦笑いし「賢明だ」と答えた。
「ありますよ。……宝珠」
リリスの小さな一言に全員が反応し、無言でリリスを見つめた。
「知ってるだって? そんな大昔のものを……なんでお前が……」
村長は立ち上がり、少し声を荒らげてリリスに詰め寄った。
リリスが話を続けようとした時、ドアがドンドンと叩かれ、ニウがひょっこり姿を見せた。
「じいちゃん、夕飯の支度が終わったよ。あれ。みんなここにいたなら都合がいいや。メシできたぞ〜」
ニウはニカっと笑うと鼻歌を歌いながら戻っていった。
僅かな沈黙のあとで、誰ともなしに「ふはっ」と笑った。
『まったく、力が抜けるな』
「すみません」
『ううん。……いいお孫さんなの』
クウの賛辞に村長は人の良い祖父の顔をしてみせた。
そのまま皆で部屋をあとにした。
お読み下さりありがとうございます!