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第32話 村②



 翌日、フリジアに家に寄るように言われたので、ミレイは少し早めに村に入った。考えてみたら、この村の中を良く知らないことに気づいたのだ。


 顔は知って貰えてるだろうから、不審者には見られないはず!


 それでいいのか?って問いたくなるレベルの低さでミレイは今、村を散策している。


 いつもは森から広場へ抜ける最短ルートを使っているので、今日は別の道から入ってみる。

 森から村道に入る道は二股に別れていて、緑が生い茂る方へ足を進めると、家の裏手側に出るらしく、軒を連ねた家々の裏口が見える。大きな木々が日陰を作り、幾つもの洗い場と井戸が見え、その下には水路が流れている。村人の生活を垣間見れた気がした。



 ミレイが辺りを見渡していると、すぐ近くの洗い場にアリッサがいた。


  アリッサもミレイの存在に気付くと、顔を顰めて手早く野菜を洗い、水を滴らせながら重そうに歩き出した。ミレイは溜め息を一つつくと「貸してごらん 」と声をかけた。


「大丈夫です。これぐらい一人でできますから。同情ですか?」


 こちらを見ようともしないで、よろけて歩き出すアリッサにミレイもまたムッとした。(おもむ)ろに行く手を阻む。


「何ですか? 昨日の仕返しですか?」


 アリッサはわざとらしく溜め息をつくと、籠を台の上に置き、睨みつける。その目はミレイと言うよりも周りのもの全てを拒絶していた。


 ミレイは、あのね〜と言って頭をかく。


「もし目の前に自分よりも小さい子が重そうな荷物を持っていたら、あなたはどうするの?」

 アリッサはその質問の意図が解り、ぐっと手を握りしめて、何も言えなくなった。


「つまりそういうこと。同情してないし、そもそも同情できるほどよく知らないし? 見て見ぬ振りはできないから持つよ、って言ってるだけだよ」

「ッ……。中途半端な優しさとか、好奇心とか、そういうのが一番、頭にくるのよ!」


 アリッサはカーッと顔に血が登るのを感じ、そのまま怒鳴りつけた。

 ──大抵のことは、無表情と作り笑いでやり過ごしてきたのに、でも今は感情が揺さぶられる。頭にきたのだ。


「……じゃあ。親身になって朝から晩まで世話をやいたらあなたは満足するの?……それを望んでいるようには見えないけど」

 冷静に問われると「何なのよあんたは ……」と、俯くことしか出来なかった。


 ミレイはその隙に野菜籠を持ち上げて、大きく上下にふった。ぼとぼと大量の水が滴り落ちる。


「ちょっと!」

「……で、どこに運べばいいの?」

「自分でできるから、放っといて!」

「別にできないなんて言ってないでしょ? 

 その手の平のマメを見れば、あなたが一人でできることも、頑張ってることも少しはわかるよ。運ぶのは私のただの自己満足。……わかった? 」


 そう言って、目の前の女はニコリと笑った。


 アリッサは言葉が出なかった。

 こんなことを言う大人がいるとは思わなかったし、いなかった。


 そっと自分の手の平を見る。


 ──幼子よりは大きいけど、大人みたいに大きくない、中途半端な手。

 包丁は大きくて使いづらいし、力もない。自分では「できる」と思っても、思うようにできない役立たずな手。

 でもその小さな手は水仕事で荒れ、マメが何度も潰れたせいか黒ずんでいた。


 大人は「出来ないでしょ」「まだ無理よ」って言うのに……。この人は「できる」って言ってくれるんだ……。


 がんばってる……か。


 気付くとミレイはスタスタと歩き出していた。


「違うわよ。そっちの道じゃないわ。……こっちよ」

 最後はとても小さな声だった。

 アリッサはミレイの進んでいた道の反対方向を指し示した。


「方向もわからないのに……バカじゃないの 」

 悪態が口から出る。


「知らなかったからしょうが無いでしょ。道を間違えたぐらいでバカ呼ばわりしないでよ〜」


ミレイはアリッサの隣に並ぶと、肘で軽く小突いた。アリッサが思わず顔を上げると、そこには昨日 広場で見た、太陽みたいな笑顔があった。


 一瞬立ち止まって、その笑顔に見入ってしまう。


「どうしたの? ん? あ〜空かぁ。……どこまでも突き抜けるような綺麗な青空だね〜」

「そら……」

 

 そう言えば空なんて、暫く見てなかった。


 二人が空を見上げていると「おねえちゃん?」と、呼ぶ声が聞こえた。妹のジニアだ。


「あれ? きのうのおねぇちゃん」

「うん。私はミレイよろしくね」

「わたしはジーニャ」

 幼児特有の少し舌っ足らずな感じがかわいい……。


「ジニア。野菜を運びたいからお家を教えてくれる」

「いいよ! こっち 」

 ジ二アが先立って歩き出し、アリッサも後ろからついてきた。



「これから何をするの?」


 家に着くとアリッサは「洗濯」と一言言うと、大きなタライを二個と籠いっぱいのタオルや服が入った洗濯物を家の裏手に持ってきた。そして一枚一枚、丁寧に洗い始めたのだ。


「……ねえ、アリッサ。 タライもう一個あるかな? 」

「あるけど、なに?」

「ちょっと借りたいの。持ってきてくれる」


 アリッサは「なんなのよ」と不満を言いつつ、もうひと回り小さいタライを出した。するとミレイは洗濯液を作り、泡立てると三つのタライに洗濯液と洗濯物を入れた。


「なにしてるの?!」

「あれ? 洗い方に気をつける服でもあった?」  

「そんなのないわ。いや、そうじゃ無くて……!」


 ミレイは我関せず、とばかりにスカートを膝の上まで上げると裾をぎゅっと結んだ。そのまま裸足でタライに入ると「イチ、ニ、イチ、ニ」と 足踏みを始めたのだ。

 それを見たジニアも「わたしもやるー!」と目を輝かせて、小さなタライに入った。


「アリッサ 何してるの? ジニアが倒れちゃうから二人で支えないと。ほら入って」


 半ば強制的にもう一つのタライに入ることになった。ミレイとジニア、三人で手を繋ぎ「イチ、ニ、イチ、ニ」と足踏みをする。



 ──最初はこんなので落ちるわけない、と思ってた。でも、それよりも今は……。少し……わくわくしてる。


 いつもの憂鬱な洗濯で、こんな気持ちになるなんて思いもしなかった。 三人で手を繋いで……輪になって足踏みを繰り返す。

 気づくとアリッサも小声ながら「イチ、ニ、イチ、ニ」と声を出していた。

 隣を見るとジニアはニコニコしてて、上を見上げると同じ様に笑うミレイがいて、アリッサもつられて笑った。


 


 そんな三人を見つめる者がいた。

 フリジアだ。


 おじいちゃんから水姫の話を聞いた時は そんなバカな、と思ったけど本当だったのかしら。

 リリスについで、アリッサの心も溶かすとは、ね〜。 誰にもできなかったのに……。


 あー。あとうちのバカ息子もかしら?

 ミレイは天性の人たらしなの?


「まったく、たいしたものね」


 そう語るフリジアの口から笑みがこぼれた。


「さてと、お手伝いをお願いしたかったけど、仕方ないわね。一人で頑張ろうかしら 」


 フリジアは畑に向かって歩き出した




 それから三人で濯いで絞って洗濯物を干した。


「アリッサはやっぱり手慣れてるね〜。ジニアもパンパン……って、皺をとるの上手だったよ〜」


「ほんとに?!」

 ジニアが目を輝かせて言った。


「うん。大きい物はまだ難しいけど、小さいタオルは上手にできてたよ。ねぇ?」


 アリッサがこくりと頷く。


「それならお手伝いできるかな〜? ジーニャがするとおしごと増えちゃうから……。ジーニャやく立たずだから……」 


 ジニアが泣き出した。


「そんなこと思ってないよ! ジニアには大変な思いさせたくなかったから……だから……」

「でも、おねえちゃん 笑わなくなった! 

 えぐっ。…………おねえちゃんの……笑ったお顔がすきなのに〜。ジーニャいるから……笑わなくなった」

「違うよ〜。ジニアがいるから 私は頑張れるんだよ」

 アリッサも泣き出した。


 そんな二人を見てミレイは両手でギュッと抱きしめ、額にキスを落とした。


「二人とも優しいね。よく頑張ってるね」

「なんで、あなたが泣いてるの」

「──なんとなく……」

「なにそれ〜」


 二人が笑いだし、ミレイも笑い、そこだけ笑いの渦ができていた。




「ミレイ 何してんだ?」


 声を掛けられて振り返ると、バーチや他の子供達そしてカイがいた。


 アリッサはみんなに気づいて咄嗟に下を向いた。

 するとバジルがそんなアリッサを見ながら何気なく言った。


「アリッサってそんな風に笑うんだね。知らなかったよ〜。笑うと可愛いね 」


 みんなの視線がバジルに集まり、アリッサは数秒の間をおいて、顔を真っ赤にしていた。

 その様子を見ていたカイは

「お前何気に直球なんだね。びっくりしたよ」

「直球って何が?」

「…… 無意識かよ 」


 ……とコントみたいなやりとりを交わした。

 お手上げの素振りをするカイに笑いが起きる。

 アリッサはふと頭を撫でられて顔を上げると、みんなの笑顔が目に入り、自然と笑みがこぼれた。



「アリッサ。まだやることあるの? 一緒に遊ぼうよ」


 バジルが声を掛けるとみんなも遊ぼう! と追随する。


「でも、ご飯の支度がなにも……」

「おねえちゃん。ジーニャよるはパンだけでいいよ。いいから、みんなと遊びたい。おねえちゃんと遊びたい」


 ジニアがアリッサの手をぎゅっと握りしめた。

 いつもは困らせるような事を言う子ではなかったので、アリッサは困惑した。

 それを見たカイは、ジニアの目線まで座り「みんなで遊ぼう」と言った。


 「でも、その前に大きい子達は洗濯の後片付け手伝ってあげな。あとは……」


 カイはミレイの前で立ち止まると、いきなり横抱きに抱えあげた。いわゆるお姫様抱っこだ。


 途端に女の子達から「キャー !」と黄色い声が上がった。ミレイも漸く事態を理解して「何するんですか!」と真っ赤になって反論する。


「だって足を拭かないといけないだろう?」

「そうだけど、こんな……」


 カイの顔が至極真面目なので、反論してる自分が変なのか?……って気もしてくる。

 恥ずかしがっているうちに、カイはミレイを抱っこしたまま、椅子に座りタオルで足を拭き始めた。


「自分でやりますから!」

「こういう時はありがとうって言っておけばいいんだよ。こんなの常識だよ? 男に恥をかかせるの?」


 カイは至近距離で軽くウインクをしてみせる。


「えっ。これは常識の範囲内なんですか?」


 そう問い掛けたミレイの言葉の後に、ガン! と痛そうな音が響いた。


 ニウがカイの頭を板でどついたのだ。


「お前何してんだよ」


その怒りに満ちた声にカイは「ははっ……」と軽快に笑って「う〜んお手伝い? 」と答えた。


「お前は〜! ミレイだって困って──」


 そう言いながら、カイの顔から下にずらした視線はミレイの白い太腿から伸びる足に釘付けだった。


「っ!! どこ見てるんですか!」


 ミレイも気付いてスカートの裾を解き、太腿を隠すとニウは「いや、つい……」と言って横を向いた。


「バカだな〜ニウは。こういうのはこっそり見ればバレないんだよ。あとは、こんな風に拭きながら……とか 」

「カイさん!! 」


 ミレイの声が響き渡った。




 それからカイとニウを置き去りにして、広場で子供達と遊んだ。アリッサは尻込みしていたが、バールとバジルが先導し、上手くみんなと遊んでいる。


 アリッサは頭の回転が良いし、直感的に動くバールと言い合いはするけど、これはこれ良いコンビかも……。


 ミレイはとても穏やかな気持ちで、みんなを見ていた。




 ──その頃、街道を外れた脇道から一頭の馬に乗った男が現れた。

 もう暖かな気候だというのにフードを目深に被り、旅人のような長い外套を羽織っている。しかし辺りを警戒するように、見廻す目はギョロギョロと血走っている。


 男は視線の先に果実の成った木と柵を確認すると、ニタリと笑った。

 

 男は汚泥のようなねっとりとした笑みを顔全体に広げると、視線はそのままに背を丸め、ゆっくりと歩を進めた。


いつも読んで下さりありがとうございます!

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