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第31話 村①



 あれから数日が経ち、今日は村に来ている。


 昨日の朝、リリスさんから「子供達が遊びたいと言ってるけど、どうする」と聞かれ、早速村にやって来た。私もまた会いたいと思ってたから来たわけで、ロスが言うように断じて暇だからじゃない!



 この前の広場に行くとすでに数人の子供達が待っていた。


「あっミレイだ! 」

「遅いぞー! 」


 私を見て手を降ってくれる子、悪態をつく子、駆け寄ってきてくれる子もいて、この前の時間が無駄じゃなかったと改めて思う。


「みんな久しぶりだね〜」

「この前あったばかりだろ」

「そんなこと言わないでよ〜」


 少し口の悪いこの子は、ハンコ押しで「こんな馬はいない」と言ってた子だ。名前は確かバーチ。今年で九歳らしい。


 みんなでわいわいしていると、子供達の輪の外に小さな女の子が目に入った。


 近寄って声をかけてみると「あの……わたしもいい?」と、遠慮がちにお話してくれた。幼い女の子につい口元が緩み、和んでいると突如、二人の間に小さな壁ができた。


「ジニアなにしてるの?! 知らない人に近づいちゃ駄目って言ったでしょ!  あなたも! ……うちの妹に近づかないでもらえますか」


 二人の間に子供が割り込んできたのだ。

 ミレイは距離の近さに一歩下がった。その子供は少しキツめの目元が特徴的な、かなりの美人さんだった。

 二人共この前のハンコ遊びには参加していなかったから、ミレイとは初対面のはずなのに、あからさまな敵意をビシバシと感じていた。


 フッ。今の私にそれくらいの睨みは効かないよ。

 まぁ、でも私は大人だからね……。


「はじめまして、私はミレイ。よろしくね」

 大人の余裕でにこやかに微笑み、握手を求めて手を差し出してみる。


「ほんとに真っ黒なのね。カラスみたいで気持ちわるい」

「……」


 なかなか良いカウンターじゃない。


 頭の中で、何故かボクシングのリングが見えた。


 笑いながら軽くジャブを入れたら、ノーガードの顔に先制パンチが入る。

 そのまま吹っ飛び、ダウン……。


 ──いや、第一ラウンドは始まったばかりだ。

 今度はこっちから!


 スリーカウントで立ち上がり、反撃に出る。

 ──ファイ!!



「相手が自己紹介をしたら普通は自分も名乗るのものだけど、この国では違うのかな〜? 」


 握手の手はそのままに、ミレイはにっこりと笑い、とても子供に相対するものではない対応をしてみせた。


 周りはギョっとして、ミレイとその子を無言で見つめている。


 女の子も最初こそ、目を見開いてびっくりしていたが、次の瞬間には一歩前に出て、キッとミレイを睨みつけていた。


 女二人の間に火花が散って見えるのは気の所為ではなかったと思う……。


 しかし、誰よりも空気を読んだのは隣にいた、可愛い幼子だった。服の端を掴み「おねぇちゃん」と心配そうに話かけると、お姉ちゃんと呼ばれたその子はふっと妹に笑いかけ、そのままの笑顔で私に向き直った。


 あらっ。かわいいじゃない。


「あまりに黒くてカラスが人に化けたと思ったの。まさか言葉が通じるとは思わなかったから……ごめんなさい」

「……」



 カンカンカーーン!!


 頭の中でゴングが鳴った。

 血反吐を吐いて倒れる自分が脳裏に映り、気づいた時には一発KOだった。



 私が何も言い返せないのを見て、その姉妹はその場から離れた。



「ミレイ……大丈夫か? 」


 バーチが駆け寄り、心配そうな声で我に帰った。

 寂しそうに取り残された右手を、ギギっ……と錆びたロボットのように下に下ろす。


「ぜんっぜん、大丈夫よ」

「アリッサはいつもあんな感じだから、気にするなよ」

「そうそう。親父さんが王都で学者してるからって、いつもツンケンして嫌な感じだよな〜」

「この前もママに言われて遊ぼうって誘ったけど、暇じゃないから放っといてって言われたの」


 子供達の感想がいろいろ出てくる。


「……あの子、アリッサって言うの?」

「そう。姉がアリッサでたしか九歳。妹はジニア四歳だよ」


 気づけば私の周りには子供達の輪が出来ていた。二人の歩いて行った方を見ると、姉は足早にこの場を離れて行き、妹はこちらをチラチラ見ながら、姉に引かれるようについていった。


 うーん。ちょっと気になるけど、踏み込まれたくない人もいるよね〜。しかも余所者だからね〜私。


 姉妹のことを考えていたら、子供達から「早く遊ぼうよ」「今日はなにするの?」と捲し立てられ、私も子供達に意識を向けた。



 ◇  ◇  ◇



 バタン!


「……おねえちゃん。あのひと、やさしそうだったよ」


 家に帰り、玄関を締めたところで妹のジニアがそう切り出した。昼間だというのに部屋は薄暗く、誰もいない。


「駄目よ。余所者なんて信用できないわ!」

「よそもの? しんよう?……ジーニャにはむつかしいよ」


 姉を見つめる目は曇りのない、綺麗な目をしていた。

 妹のジニアは泣き叫んで駄々を捏ねるわけでも無く、諦めたようにテーブルに向かってお絵描きを始めた。アリッサはそんな妹を見て唇を噛み締め、自分は食器を洗い始めた


 これが姉妹の日常なのだ。


 姉妹の父親は王都で学者をしていて、もう何年も帰ってこない。最後に見たのはジリアがお腹にいた頃で、そんな父親にアリッサはなんの希望も持っていなかった。

 母親は生活の為に街に働きに出ているので、帰宅はいつも夜遅くだ。朝は姉妹の昼食の用意もしていくので慌ただしく、背中越しに会話をするのが日常である。だから姉のアリッサが妹の面倒を見て、家事もしている。

 一応、母親の妹夫婦が気に掛けてくれて、食事に誘ったり、家の手伝いにきてくれるが、アリッサはあまり世話になりたくなかった。


 ──家庭の暖かさを目の当たりにすると、なんだか惨めな気持ちになるからだ……。

 自分達には無いものだから……。


 「心配されないくらいに完璧に家のことをしないと。 私だってできるんだから……」


 気づかないうちにボソリと呟いていた。


 アリッサはふと、子供達に囲まれて笑っていた黒髪の女を思い出していた。


 太陽が似合う人だったな……。

 ──私とちがって……。

 

 ガシャ!

 泡で滑って食器がタライの中に落ちるが、幸いにも割れなかった。

 アリッサは心の中の浮かんだ思いを直ぐ様打ち消した。


 ──なんなのあの女。私は子供なのよ!

 子供にはみんな優しくするものでしょ? 可哀想って同情して、大変ねって声かけて、陰では……。

 何よ。太陽が似合うって……バカじゃない!



 アリッサはジニアに気づかれないように目元をゴシゴシと擦った。

「あー。泡が目に入っちゃった」


 痛くて……しばらく目が開けられそうになかった……。



 ◇  ◇  ◇



 広場で遊んでいるとバーチが突然言い出した。


「そうだ。ミレイは馬、見たことないんだろ? 見に行こうぜ! バジル、おじさん今日いる?」

「昼間は家にいるって言ってたから馬もいるよ」


 バジルと呼ばれた大人しそうな少年が大丈夫だと言うので、それなら……とみんなで馬を見に行くことにした。


「そう言えば移動方法は馬車が基本なの? 」

「そうだよ。父さんみたいな行商人は街と村を直接行き来するけど、近くの村を周る、乗り合い馬車も通ってるよ」

「仕事で街に行ってる大人は、乗り合い馬車を使ってる人が多いよな〜」

「……たしかアリッサのママも街まで行ってたよね。うちのママが毎晩遅くに帰ってくるって言ってた」


「そうなんだ……。アリッサちゃん、さっきお父さんは王都にいるって言ってたよね。そしたら夜はいつも、二人なの?」

「よく知らないけど、多分そうじゃない」


「それよりミレイ、もし街に行く時はちゃんとした馬車以外は使うなよ」

「?……どういうこと」

「行商人や旅人を装って、『ついでだから格安で連れてってあげる』って言う奴等がいるんだ。でも奴等は人攫いが目的だから帰ってこれなくなる」

「……はっ?」

「なかでも馬単騎でウロウロしてる奴は怪しいから、子供は絶対近寄るなって、父さんも言ってた」

「私も言われた! 隣村に出たらしいよね。人攫い」

「こわいよね〜」


「人攫い……」


 そんな、野生の猿が出た……みたいなテンションで言われても?!


 不安そうな子供達を見ると、決して脅しや誇張でもないみたいだ。しかしあまり聞き慣れない単語にミレイは現実味がなかった。

「わかった。教えてくれてありがとね」


 話をしているうちに目的地に着いた。

 家の前には馬車の荷台があり。その隣には馬が二匹繋がれ、ゆっくり草を食んでいた。


「これが馬?!」


 たしかに違う……。これじゃ私の書いた馬は違うって言われても納得だなぁ。


「かわいいだろ〜。父さんの自慢の馬なんだ!」

 大人しそうに見えたバジル少年も馬と父親のことになると少し違うらしい。


 すると騒がしかったのか、家の中からバジルの父親が出てきた。

 ミレイが謝罪すると、怒るどころか先日のハンコは実に面白かったと、褒めてくれた。ミレイが嬉しさに舞い上がったところで「他にも商品になるような物はあるか?」……と鼻息荒く詰め寄られた時は困惑してしまった。


 流石、商人だわ〜。人の心の機微がよくわかってる。


 バジルが間に入り「父さんは根っからの商人なんだ。ごめんね」と申し訳なさそうに謝ってくれて、内心「なんていい子や〜」とおばさんみたいに頭を撫でたくなってしまった。



 少し歩くと村の外れに広大な畑と果樹園が広がっていた。

 奥に見えるのは鶏小屋で、ニワトリを飼っているらしい。この辺一帯は村の財産で皆で栽培しているらしく、管理はニウさんとフリジアさんがしていると言うから驚いた。


 ニウさんが管理……?

 フリジアさんはわかるけど、ニウさんがね〜。体格いいから脳筋だと思ってた。


 ニウに関しては、ちょいちょい失礼なことを考えてしまうミレイだった。


「あんた達どうしたんだい?」


 休憩時間らしく、女の人達がぞろぞろとこちらに向かって歩いてくる。


「あっ。ママ〜!」

 母親を見つけた子供が抱きついた。よく見ると他の子も、母親の元へ駆け寄って行く。どうやらここは子持ちの女の人がメインで働いているらしい。


「みんなと遊べてる?」

「うん。すごく楽しかった!」

「ケンパっていうの」


 子供達が思い思いに話すなかで、母親達は謎の「ケンパ」で話が止まる。私は慌てて説明した。


「ケンパって言うのは私の国の遊びで、地面に丸を書いて、ジャンプしながら移動する遊びなんです。大きい子と小さい子で分けてるから、そんなに危なくないと思います。小さい子は私も見てますし……」

 やはり最後は尻すぼみになってしまう。


 説明をするミレイに視線が集中する。

 母親達は視線を交わし、子供達の顔を見て「良かったね」とただ笑った。


「ミレイと言ったかしら……」

「はい!!」

 名前を呼ばれ、つい勢いよく返事をしてしまった。


「子供達を見ててくれてありがとう。特にこの子はいつも私にべったりだから、今日はみんなと遊ぶって言い出して驚いたのよ」

「たしかにね。べったり具合は折り紙付きだね〜。離れるのはトイレの時くらいかい?」


 周りから笑いの渦が起きるが、当の母親は溜め息をつくばかりだ。


「そうなのよ〜。だから今日は本当に助かったのよ。ありがとう!」


 真っ直ぐに優しく微笑まれて、私も嬉しくなり満面の笑顔で返した。すると別の恰幅のいいお母さんはバーチの母親らしく、我が子の頭を少し乱暴にぐりぐりしながら……


「この子達は頑丈だからそんなに気を使って見てなくても平気だよ。……でもありがとう。

 頼まれてもいないのに、他所の子供をちゃんと見ようとする、その心意気は気に入ったよ」

「これはお礼よ。持っていって」


 そういって別のお母さんが、収穫したばかりの籠から林檎のような果実を渡してくれた。


「ありがとうございます。遠慮なく頂きます。……リリスさんにお土産ができました」

「ちょうどいいや。リリスはこれが好物なんだ」

「そうなんですか?!」


 バーチの母親とリリスさんは友達らしく、そのまま休憩時間が終わるまでリリスさんの話を聞いた。


 子供達とまた明日……と別れて、ミレイも家路に着いた。


 ……明日か。明日はなにをしよう。



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