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第30話 先王と水龍さま

ここまでお読み頂きありがとうございます!




 やった! 成功〜! 


 ミレイは辺りが仄暗(ほのぐら)いうちに家を出た。

 もうすぐ夜が明ける頃だ。

 東の空が僅かに白み始め、暗い森の中を淡い光が差し込み、覚束ない足元を少しだけ照らしてくれる。


 昨日は散々寝たせいか、今日は暗いうちに目が覚めてしまった。お腹も空いたし、体も動かしたいし、何より寝てるのはもう飽き飽きだった。妖精達とリリスさんを起こさないように、そうっと家を出たのだが、悪いことをしているようで胸がドキドキしてる。


 一人で森に入るのは初めてだった。


 土地勘が無いので森の奥ではなく、村の方にむかって歩きだす。村に行く道を少し脇に逸れるだけで、でこぼこの幹や生い茂った草叢、垂れ下がった長い蔓が出迎えて、まるでサバイバルをしてる気分になってきた。


「どうしよう〜。楽しい〜! 」

 テンションが上がってきたところでリリスさんが取ってきてくれる果実を発見した。


「食べたいけど……高いなぁ」

 そーっと家を出たので、ナイフの1本も持っていないのだ。リリスが聞いたら「森に入るのに手ぶらなんてあり得ない」と呆れられそうだが、平和な日本に産まれたお陰かナイフは身近な物では無かったし、森の必需品がパッと思いつくような場所にも住んではいなかった。


 諦める? でもお腹空いたし喉も乾いたな〜。 

 うーん……。よし! 次だ!


 ミレイは早々に見切りをつけて次の獲物を探すことにした。

 これだけ豊かな森だから低樹木の果実だってきっとあるはず。なんなら今度は私がみんなにお土産を持って帰ろう。

 みんなの驚いた顔を想像して、ミレイは一人ほくそ笑んだ。


 そう息巻いて探すこと数十分……。



「なんで何もないの〜! みんな高い木の上って、この森、警戒心強すぎでしょ〜! 」


 バサバサーッ!

 ミレイの声で餌を取っていた鳥達が羽ばたいた。


 「美味しそうな実が目の前にあるのに〜」


 ペタンと座り込んで、木を見上げると絶望感しか湧いてこない……。登ってみようと試しに足を掛けたけど、木登りをした事がないので上手くいかず、手頃な枝で突いてみたけど、落ちてこない。「もう帰ろうかな〜」とミレイの心が折れかけた時、人の姿が視界に入った。


「その声はやっぱりミレイ……? えっ。なんで? 」

「ニウさん?! 」


 ──まだ薄暗さが僅かに残る早朝の深い森の中。 

 心が折れかけ、心細く座りこむ女と木の陰から颯爽と現れた年下の男。



 ウンディーネがこの場にいたら「あっら〜。何かが始まる予感だわ?! 」な〜んて、嬉々として覗き見をしただろう。


「もしかして一人なの? なんで? 」

「私……」


 ──ぎゅるぎゅる、ぎゅー……。


 静寂な森の中、響き渡るのはミレイの盛大なお腹の音。慌ててお腹を抑えるも遅かった……。


 何でいま鳴るの〜?!


「えーっと。食料調達……かな? 」

「聞かなかったことにして〜! 」


 フラグが立ちそうな場面でも、(ことごと)くそれをへし折るのが残念女子の水原美澪だ。異界でもその実力は健在だった。


「健康な証拠だよ」

 クスクスと笑いながらもフォローをしてくれる、異界育ちの19歳男子は、手前の木の下から軽くジャンプをすると、太い枝に捕まり、鉄棒の要領でひょいっと樹上に上がった。手早くナイフで果実を採ると今度はそのまま地面に着地をしてみせた。


「ニウさんすご〜い! 軽業師みたい! かっこいい〜」


 パチパチパチー!! 

 思わず拍手をして、黄色い声援を送ってしまう。ぬくぬくの温室育ちの日本男子には、決して求められない手際の良さだ。


「大したことないよ。それよりも……うん。この幹ならまだ綺麗かも。座って」


 座る場所まで選別してくれる心配り。ニウのイケメン度数は爆上がり中だ。

 果実はマンゴーみたいな黄色の果肉をしていた。手慣れた様子で皮を向き、大きな葉っぱのお皿に果実を乗せ、渡してくれた。


「ニウさんありがとう。実はお腹ペコペコだったの」


 満面の笑みでお礼を言うと、ニウさんは「そんな気がしてた」と、先程の『腹の虫』をからかうように笑った。ミレイも恥ずかしさから「忘れて〜」とニウの太腿をポコポコと叩く様子は、さながらバカップルのようにも見える。



「昨日食べたプリメラもそうだけど、この国の果実は甘いよね」

「プリメラって……。えっ。プリメラの果実を食べたのか?! 本当に?! 」

「えっ。うん……妖精のみんなが採ってきてくれたの」


 ミレイは返事をしたものの、何をそんなに驚いているのか解らなかった。 


「妖精……それなら本物かもな。

 プリメラは『精霊の果実』って言われるくらい希少な実で、数十年に一度実をつければ良い方なんだ。おまけに陽射しが届く上の方にしか実を付けかないから、下から探してもわからない。それこそ精霊にしか探せない……って言われてる」

「……そうなんだ」


 普通に食べてたよ……。


「精霊の果実ってことは、街や王都に出荷した高く売れそうだね〜」

「いや。この森で採れたものはあくまで、自分達で食べる分だけだ。外には出さない」

「なんで? この実もすごく美味しいし、紙だって、この森の木から作ってるって聞いたよ?……それも売らないの? 」

「あぁ。この森で採れた果実は通常の品よりも甘いし、茸や山菜もつやつやしてる。きっと外に出せば高値で売れると思うんだ。でも、そうすると略奪者も現れる……」

「あっ……。そっか」


 ニウさんは厳しい顔で遠くを見たあと、手にあった果実をバクリと一口でほおばった。


 私はニウさんが言いたい事を理解した。

 この森は『金のなる森』なのだ。

 心無い人が金儲けの為に森に入れば、きっと極限まで搾取されて森は荒れるだろう。食べ物が無くなれば村への被害は勿論のこと、動物も減り生態系が崩れることは目に見えている。


「俺達は水龍さまに生かされてるって、村の子供は小さい頃から言われてて、昔は意味が解らなかったけど、村の外に出てみて比較して初めて解ったんだ。

 すぐ側に人里があるのに動物は村を襲わないし、畑も荒らさない。森があるから台風みたいな暴風がおきても家が潰れないし、果物も野菜もすこぶる上手い。

 ──遥か昔の先祖が言うには、森と湖の領分を必要以上に侵さなければ、おそらく動物は村を襲ってこないし、自分達も飢えずに生活ができるだろう……って話。実際、動物達は湖を守ってるように思うんだよね。いつ行っても、どこかしらに動物がいるし……変だろ? 」


 笑いながら水筒を差し出してくれた。清涼な水が喉を通り体に染み渡る。


「この森を守る為に、森の物は外に持ち出さない、話さない……がこの村のルールなんだ。おかげで豊かとは言えないけどね」

 最後は肩を竦めてみせたが、その顔は誇らしげでどこまでも真っ直ぐだった。


 「素敵だね」そう呟くと、ニウさんは目を見張り、おもむろに私の両腕を掴んできた。そして自分の方に向かせると「本当にそう思う?!」と聞いてきた。

 私は驚きつつ、もう一度「素敵だよ」と答えると、僅かに手の力が緩んだ気がした。


 「湖は行ったことが無いからわからないけど、この森はなんとなく好き。夜になると動物のキィーッて鳴く声はまだ怖いんだけどね」


 苦笑まじりに、へへっと笑う。

「俺が……俺が近くにいたら、怖い思いなんかさせないのにな」


 一度緩められた手に力が籠もる。


「ニウさん?」

 小首を傾げてニウを見つめ返す。


「っ……。ミレイには、ミレイにはこの森も村も、村の人達も、みんな好きになって貰えたら嬉しいと思う。……あと……できたら、その俺も……」


 言葉がどんどん尻すぼみになっていき、最後はミレイの耳に届いたのかも怪しい。

「うん。大丈夫。好きだよ」


 陽が登り、朝露の煌めきのなかで朗らかに笑うミレイはキラキラと輝いて見えただろう……。

 視覚と聴覚のダブルパンチに、ニウは茹でダコのようになり、意識を飛ばす寸前だった。



 ウンディーネが覗いていたら『ミレイちゃんやるわね〜』などと、揶揄していただろう。




  ◇  ◇  ◇




「ただいま〜」


『ひめーー!! 』

『無事じゃ。良かった』

 帰宅早々、妖精達がすごい勢いで出迎えてくれた。

『探したの〜』

 クウもえぐえぐっ、と泣いている。


「ごめんね。早い時間に目が覚めたから散歩に行ったの。メモを残したから大丈夫かな、って思ったけど……駄目だった? 」

「メモは見たよ。村の方向に散歩に行くって書いてあったから大丈夫だって、言ったんだけどね。まったく父親のようだね〜」


 そう。ちゃんとメモを残したのだ。

 外出をする時に行先を記すのは社会人の基本。これ大事。


「ははっ……。途中でニウさんに会ったんです。すぐに戻るつもりが、話に夢中になったら遅くなっちゃった」

「ニウに? そうだったのかい」

『なんじゃと?! まさか……早朝デートか?! 』

『なにー!』

「早朝デート? 違う違う〜。たまたま会っただけだよ〜」


 焦るロスにミレイはケラケラと軽やかに笑い、サンボウは「意識もされていないとは、少し不憫じゃな」と呟いた。


「なんにせよ、元気になって良かったよ」

「はい。もう大丈夫です! 」


 私はニッコリ笑ってガッツポーズをしてみせると、みんなは安堵の表情を浮かべた。

 その後は朝食を食べ、リリスさんは薬草を取りに森に向かい、私と妖精は洗濯物を干すことにした。



『ニウとは何の話をしたのじゃ? 』

 ロスとクウがタオルを渡してくれる。


「えーと、森や村の話をしたよ。

 あとは……。そうだ私が湖に行ったことが無いって言ったら、今度付き添うって言ってくれたよ。優しいよね〜」

『次のデートの取り付けか?! なかなか行動的ではないか……。まずいのじゃ』

「あのね〜ロス。デートじゃないよ。案内だよ」


 私が呆れた口調で言うと、クウは『案内って……』と唖然としていた。


『あ〜。……姫よ。水龍さまはどうじゃった? 儀式を見たのだから水龍さまを拝見したはずじゃ。わしが言った通りの麗しい方だろう? 心が動いたのではないか?』

『たしかに! 惹かれたはずなの〜』


 サンボウが何故か昨日の話の続きを始めた。


「水龍さまかぁ~。ごめんね。後光が眩しくて顔がよくわからなかったの。でも背が高くて、がっちりした体の男の人……だった気がする」


 申し訳なさそうにフォローを交えて報告すると、三人の動きが止まり、頭を振って思い思いに批評を始めた。


『なんじゃその感想は?! 一般的な男と何も変わらんではないか?! まさかあのご尊顔を見逃すとは……信じられん』

「……それ ウンディーネさんにも言われたよ」

『なんてことなの〜。あのお顔を見たらどんなにニブイ姫だって、一発で落ちるのに〜』

『はー。やっぱり姫は姫じゃな』


 何故ここまで言われるのか解らなかったし、何気にクウにディスられた気もした。

 「はぁー」っと、溜め息一つで気持ちを切り替え、最後の洗濯物を干した。その後は裏庭にまわり、籠と鎌を持って森に入る。森と言っても家のすぐ側で草を狩り、山羊のエサにするのだ。


「そういえば水龍さまの話をした時かも……」

 ぽつりと呟くと三人が私を見た。


「私が水龍さまって言ったら、ウンディーネさんの 口調や表情が急に変わった気がしたの。……考え過ぎかな? 」


 三人は顔を見合わせた。

 サンボウはその場を見ていないから憶測に過ぎないが……と前置きをしたうえで、水の一族としてのそれぞれの立ち位置みたいなものを教えてくれた。


『考えられるとしたら、それは呼び方かもしれん。

 姫は我らと共にいるから、自然と“ 水龍さま”と呼んでいるが、精霊からすると長である龍王様相手にそれは不敬にあたる。

 序列で言うならば、下から妖精、精霊、龍族、龍族の中でも加護を与えられた眷属と続くのじゃ。だから妖精や精霊は基本的には “龍王陛下” と呼ぶ。

 ……まあ。眷属の者でも面と向かって、水龍さまと呼ぶ者は我等の様に、一部の者達だけじゃがな』

「でも前にリリスさんが水龍さまって言ってたよ 」


 横にいたロスが水刀で一気に切る、と言ってくれたが丁重に辞退した。楽なことばかり覚えても、良いことはない。

 ロスは嬉しそう頷き、私の質問に答えてくれた。


『それは昔語りで残っているからじゃな。

 ──今の龍王陛下の父君にあたる、先代龍王陛下は人里によく出向く方だった。王宮を抜け出しては市街地や人里に出向き、周りと交流を図られる方だったと聞く。自分はまだ子供だったが直接言葉を交わした記憶がある』


『……あの頃は王を筆頭に龍族も頻繁に人里に出向いていたから、人間との交流も深まったらしい。人間は親しみを込めて “水龍さま” と呼び、敬った。

 ──おそらく先王は人間に龍族を知ってもらい、また龍族も人を理解し、相互関係を良くする為にあえて人里に出向いていたのじゃろう。

 王国内の市街地も然りじゃ。

 民の生活を知り、守り、民にも王家を身近に感じてもらう為だったのではないか、と推察できる』


 簡潔に話しているから、何気なく聞いてしまうが、それはとても困難な道ではなかったのか、と思う。


『……リリスが水龍さまを “守り神” って言ってた憶えてる? それも先王が一因なの。

 聞いた話だけど、先王は剛毅な方で人間の目の前で嵐を遠ざけたり、割りとオープンに力を使っていたらしいから……』


 クウが苦笑いをしてるってことは、本当はひっそりやる事なんだろうな、と思う。

 サンボウが籠の縁に腰を下ろし、俯き加減に話を続けた。


『……その後、御代が今の龍王陛下に移ったのじゃ。

 今代の王は人里に出向くこともなく、視察で市街地に行くことはあれど、先王のように気軽に訪れることはなかった。……実直に日々の仕事をこなす方だったのじゃ。

 実際、王の仕事は膨大だ。

 最初は先王の名残で臣下のなかにも “水龍さま” と呼んでいた者もいたが、次第に龍王陛下と呼び名を変えていった。

 あの方の威厳のある。……言い方を変えれば硬質な空気に当てられて気安く呼ぶのは不敬と言われるようになったのじゃ。それでも、王宮内の一部の近しい者たちは、そのまま水龍さまと呼んでいたがな……』

『……王は孤独なの……。とっても、ね』


 微笑んでいるが、クウの表情は寂しそうだった。そして、それを見たロスも『王の側にいたそなたが言うと重いな』と独り言のように零した。


『まあ。そんな経緯があったから、おそらく ウンディーネは姫に嫉妬したんじゃろう。そもそも姫は臣下では無いのだから気にしなくてよいのじゃ』


 サンボウはそう言ってくれたが、それでいいとも思えなかった。


「ありがとね。なんとなくわかった。

 よく知りもしないのに気安く “水龍さま” って呼んでたら、イラッとしても仕方がないよね。今度ウンディーネさんに会った時に謝る。そして聞いてみる」

『……は? 』

『何を聞くの? 』


「人と人でさえ、心を通わせることは大変なの。それが精霊相手なら想像がつかないよ。

 ──生きてる世界が違う。生きた時間が違う。なんなら種族も違うの。一つも交わるものが無いのに知りたい、分かり合いたいと願うなら、まずはこっちから歩みよらないと無理だと思うのよ。

 だからまずは聞いてみる。

 呼び方、接し方……何が嫌なのか聞いてみないとわからないでしょ? 」


 口元には微笑を浮かべ、真っ直ぐに妖精達をを見つめる。これはみんなにも当てはまることだから……。


『……それでウンディーネに嫌だと言われたら、姫も陛下と呼ぶの? 』


 クウが意志のある目で聞いてきた。

 ミレイはその視線を受けて、少し考えると「さあ」とだけ答えた。これにはみんなも驚いたようで、目をパチクリさせていた。


「全部合わせるつもりはないよ。私にも私の意志や考えはあるし、極端に相手の話だけを聞くことはできないよ。当然でしょ? 」

『そうじゃな』

『安心したの〜』


 私はフフッと笑うと籠を持ち上げて、山羊のところに向かう。山羊はたいそうお腹が空いていたみたいで私の姿を見るとメェ~メェ~、と賢明に鳴きだした。


「少し話しすぎたね〜。待たせてごめんね。みんなは少し離れててね。……食べられちゃうよ」と冗談まじりに伝えると、慌てて宙に逃げ出した。


 空を見上げると、雲一つ無いどこまでも青い空が冴え渡っていた。



皆様のお陰で頑張れます。

いつもありがとうございます。


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