第29話 思い出の花が咲きました
コンコンコン。
ノックの音が室内に響く。
『姫、すまぬ……』
『ごめんなの〜』
『ごめんなのじゃ』
ミレイの部屋のドアの隙間から、一人づつヒョコ、ヒョコとすまなそうに顔を出すおじいちゃん三人衆。サンボウに至っては長い棒を持っていて、おそらく先程のノックはあの棒を使ったのだろう……。
「大丈夫、怒ってないよ。不可抗力だしね」
私はニコっと笑って三人を手招きすると、三人の妖精達は、ぱぁっと目を輝かせて部屋に入り、ミレイのベットの上にちょこんと座わった。
『よかったの〜』
『ほ〜ら、言ったじゃないか。姫は寛大だから胸の一つや二つ、見られたところで騒ぎ立てるような女子ではない、と』
スパーン!
腕組みをして訳の分からないことを言い出したロスに、サンボウが靴で頭を叩いた……らしい。
──実際は叩くスピードと、靴が小さすぎて見えなかったのだが、音だけは見事だった。
『そういう問題ではないのじゃ。少しは品性を身に着けろ! 』
『痛いのじゃ!! 』
『痛くしなければ意味がないじゃろうが! 』
『二人共静かにするの。またリリスに締め出されたいの? 』
鶴の一声である。
サンボウとロスは静かに座り直した。
「ふふっ。みんな果物ありがとね。プリメラの実もだけど、こっちの果実もさっぱりしててすごく美味しいよ」
先程、起きた時にリリスさんが水と一緒に持ってきてくれたのだ。食欲がまだ無かったから、さっぱりとした果実が余計に美味しく感じられた。
『よかったのじゃ』
『果実くらい、いつでも採りに行くの。こんなのが食べたい、なんて抽象的な表現でも大丈夫なの』
「そうなの? 」
『うん。この辺りの自生エリアは、だいたい頭に入ってるから』
『そうなのじゃ。プリメラの実が疲労回復効果があるなら、こっちの赤い果実は食欲増進効果があるらしい……リリスが言ってた。クウは迷いもせずにこの二種の果実をを指定したのじゃ』
「へ〜。すごいね」
ロスが自分のことのように鼻高々に解説してくれたのが可愛らしくて、やっぱり憎めない。
──それにしてもクウの記憶力には素直に関心してしまう。日本のような人の手が入っている森ではなく、原生林としての趣きが残るこの森で、自生している果実など、きりが無いはずだ。しかもロスの話だと、効能まで熟知している様子。
『姫に褒められると嬉しいの〜』
ふよふよと飛び回る姿からは想像もできない。
「ねぇ。まだ果物あるし、みんなで食べようよ」
トレイの上の皿を机に移動して、フォークの先で食べやすい大きさに切ると、みんなでお皿を囲んだ。
私はプリメラの実を一口齧り咀嚼すると、さっぱりしてるのに甘く、芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。
「やっぱりおいしいね〜。……あっ。そういえば私、精霊に会ったよ。ウンディーネさんって人」
フォーク片手に話を振ったら、サンボウがゴホゴホとむせて、他の二人も動きか止まった。
「大丈夫? 」
『……いきなりじゃな。前置きとかないのか?』
『しかも友のように言ってるが、数日前に死にかけた原因を作ったやつじゃろ? 』
『そもそも人じゃないの……。姫らしいけど……』
「矢継ぎ早にいろいろ言わないでよ。いいの。小さいことを気にしても仕方ないしね」と、流してみたがサンボウに『小さいことなのか?』と溜め息混じりに言われてしまった。
『姫よ。大丈夫だったのか? 何か嫌なことをされたから熱がでたんじゃないのか? 』
ロスが真剣な顔で聞いてきたので、私は慌てて訂正する。
「熱は疲労じゃないかな。それにいきなりで最初は驚いたけど……いい人だと思うよ?
最初は真っ白な空間で話をしてたの。その後、ウンディーネさんの記憶の中にある龍王国を見せてくれるって言われて、気づいたら……空の上だった」
『空の上? 』
「今になって考えてみれば、からかわれたのかも。 瞬きひとつで空の上から湖の前まで場所が変わってたから」
肩を竦めてみせるも、私は三人の表情を眺めた。昔の龍王国の話は大丈夫なのか、今更ながら不安になったのだ。
『湖の前? 』
「うん。浄化の儀式 って言ってたよ」
『浄化の儀式か……懐かしいな』
サンボウが少し遠い目をして、僅かに口角を上げた
「……やめる? 」
私がポツリと呟くと、サンボウは顔を上げて首を振り続けてくれ、と言った。
私はフォークを置くと目を瞑り、昨日の夜に見た光景を思い浮かべた。
「……私が見た龍王国は想像よりもすごく広かった。豊かな森が続いていて、大きな湖がいくつもあって、湖は見たことないくらい透明で綺麗だった。その湖の周りには騎士や文官らしき人がたくさんいて……騎士団長って呼ばれてる人もいたよ」
言葉を区切り、目を開いてロスを見ると、ふさふさの眉毛の下で目を皿のようにしていた。
『……そうか』
「……騎士団長さんはね。背が高くて体も大きくて……そうそう、髪は薄茶色の短髪で、ちょっと意外だったなぁ。
見たことのある緑色の服にマントを翻して、胸には勲章をいくつもつけて、立派な剣も下げてた。不足の事態にも冷静に部下に指示を出してたよ 」
『…………格好良かったか? 』
「うん。とっても! 」
にっこり笑うと、ロスは目を細めて照れくさそうに笑った。
「……他にはね。内務宰相殿って呼ぼれてる人もいたの」
サンボウは予測してたのか『イケメンだったじゃろ』と笑っていた。
「うん! 糸目だった」
『なんだそれは』と、サンボウが眉を潜めたので、みんなでひとしきり笑いあった。
「大勢の人を引き連れて、書類片手にどんどん指示を出してた。どこかのご令嬢が急に参加するって話にも、冷静に対処してたよ」
『あー……。割りとあった事例じゃな』
『えっ。イレギュラーじゃないんだ』
『陛下をお側で拝謁できる機会は少ないんじゃ。特にご令嬢ともなればな……。親の権力で無理矢理ねじ込んできたり、とか……。まぁ、それなりにあったのじゃ』
「……それは。大変そうだね。でも細やかに指示を出してる様子は、仕事ができる男って感じだったよ」
サンボウが嬉しそうに笑ったところで、垂れ目の妖精は、『それでクウは?』と期待に満ちた表情で聞いてきた。
「……あー、ごめんね。クウはわからなかったの。あの場に居たのかもわからなくて……」
ガーン! って言葉が似合いそうなほど、明らかにしょんぼりしてしまった。
『まぁ、仕方ないのじゃ。むしろ儀式に近侍頭が出張る方がイレギュラーなのじゃ』
『そうだけど〜。 たまには参加してたのに〜!
……姫言っておくけど、クウも美少年って言われるくらい、格好良かったんだからね』
「……そうなんだ」
今のぷくぷくほっぺと、ふくよかな体からはイメージが湧かなくて、チラリと二人を見ると案の定、視線が交わった。
『それなりに背もあったから、少年は厳しいと思うのじゃが……』
『まぁ、年齢不詳ではあったな』
二人の目が疑念に泳いでいると、私に背を向けてクウが二人に近づいていく。すると『美少年じゃった気がする』と、何故か急にハモって答えていた。
『そんなことよりも、浄化の儀式はどうだった? 凄かったじゃろう』
ロスがクウをすり抜けて私の前で質問を投げかける。
「そうだね……。うん、荘厳だったよ。
水龍さまが湖面に立って、こう……両手を挙げて何かを呟いてたの。そうしたら凪いでいた湖面が淡く光って、水が揺らいだ……と思ったら湖面が割れたの!水が空高くかけ昇っていくように動いて、空中で交わったと思ったら、スローモーションみたいにゆっくりと水が対流して……。 瞬きも忘れるって、あんな瞬間だろうな」
『当時の情景が想い起こされるな……』
部屋の中には、懐かしくも切ないような 、哀愁のこもった沈黙が流れ、ミレイは興奮気味に話をしたことを少し後悔した。
「一人で興奮しちゃってごめん! 」
『違うのじゃ! それで良い。我等は嬉しいのじゃから。のう? 』
ロスが振りかえると二人も何度も頷いていた。
「そう……なの? ──それなら笑わないで聞いてくれる? あの時、湖面が割れて水が空に昇っていく様子に、まるで二頭の巨大な龍が空に向かって駆け上がって行くように見えたの。互いが互いを飲み込むような勢いのある感じ? ……やっぱり変だよね〜。水龍さまの名前に引っ張られすぎかなぁ〜とは思ったの」
後半は恥ずかしくなり、少し笑いを誘うように話をふると、なぜかみんな固まっていた。
えっ……。なに? そんなに固まるほど駄目だった?
ミレイが内心焦りまくっていると、やがてサンボウは目頭を抑え、ロスは後ろを向き、クウは……なぜか普通に泣きだした。
「えっ。なに? どうしたの? ……みんな情緒不安定なの? 」
ミレイが三人の精神状態を心配していると、ロスに『不安定じゃない』とキツく言われた。
『姫の感性が嬉しくて、ウルっときたのじゃ! 我等は幾度となく、その昇り龍を見てきたのじゃ』
『姫に同じように感じて貰えて嬉しかったの〜』
「みんなも同じように見えたんだ! 」
『そうじゃ。実際、浄化の儀式は定期的に行われる儀式だから、取り仕切る側は “龍の儀” と呼んでいたのじゃ。──浄化の儀式だと、少し長いからな。
それなのに姫ときたら、情緒不安定なの?……とか。我等は喜びにうち震えていたと言うの……まったく』
「ごめん、ごめん」
そっか喜びの涙だったのね。
だって少し前は寂しそうな顔してたし、不安になるのよね〜。おじいちゃんだし……。
「でも、何百年も前の出来事を記憶を通じて、時空を超えて同じように感じるって素敵だね。情景も想いも共有して……。これはウンディーネさんに感謝だね」
私がパチリとウインクすると、みんなは顔を見合わせて『たしかに』と笑いあった。それは寂しさも哀しさも感じられない、晴れ晴れとした笑顔だった。
みんなのこの笑顔がずっと続けばいいな。
ハチャメチャなことを言ったりするけど、楽しいし、やっぱり悲しい顔は見たくないなぁ。私、この三人結構好きかも〜。
水龍さまが起きてくれれば私も帰れるし、妖精達も嬉しいし、みんなハッピーだね!
私か最後のプリメラの果実をパクりと食べたところで、リリスさんが部屋に来た。
「ミレイは熱が下がったばかりだから、もう少し休みな。まだ話があるなら、また起きてからにするといい」
『たしかに、リリスの言う通りなの。姫、少し休もう』
そう言うと、みんなは部屋を出ていった。
先程までの賑やかさが少し恋しくなり、耳を澄ませてみるが何も聞こえない。変わりに木の葉のざわめきが耳に触れ、風が強くなってきたことが伺える。
眠くないけど、一応ベットに入るべきよね。……って言うか、眠くないのにベットに入るなんて少し前の私なら贅沢だ!って言ってただろうなぁ。
多忙な社会人は寝たいと思っても、なかなか寝れないのだ……。特に監査前は地獄だったなぁ〜。
現実世界をあれこれと思い出していたら、また眠気が襲ってきた……人もしょせんは動物だ。回復術は本能に任せるに限る。