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第27話 精霊と妖精


 

 南の龍湖。

 それはアーブ国内で南に位置するわけではなく、龍王国が存在する中央湖を基準として、南に位置する湖のことをいう。そして人間は知らないが、龍王国は中央湖のはるか奥深くの結界内に存在する。龍王国内の湖と地上の龍湖は地下で繋がっており、龍王によって浄化された水は地下を通り、地上の龍湖の水も浄化する。龍王はその湖水を媒体として、雨を降らせ 大地を清め、人々に様々な恩恵をもたらせてきた。

 

 龍王が健在の頃は、東西南北全ての龍湖は清らかな水を豊潤に蓄え、精霊や妖精達も行き交う神秘の湖だった。そうして、龍湖を起点として龍族も人の世に出向き、交流し、なかには人との縁を結ぶ者もいた。

 しかし今から数百年前、今代の龍王が眠りについたことで、浄化そのものが出来なくなった。

 最初の二百年は王の偉効により龍湖そのものに問題は無かったが、豪雨や日照りを治めることは出来なかった。やがて北の湖は干ばつにより枯渇し、西の湖は人の手が入り開拓されたことで、水量は保っているが、かつての清涼さを失った。東の湖は湖底が見えるほどに水が減り、淀み、清涼さとはかけ離れていた。


 今ではこの南の龍湖のみが、枯れることも人の手が入ることもなく、その清涼さを保っている。


 ここは最後の湖。奇跡の湖なのだ。




 ◇  ◇  ◇




 妖精達は森を抜け、湖に到着した。


 木々の間を縫って柔らかい日差しが湖面に跳ね返りキラキラと光って拡散する様子はまるで水盤のようだった。その静けさと静謐さにかつての龍王国の湖を見た気がした。


 ウォン! 動物の声に意識が戻された。

 ここは人間いる世界であり、自分達の国ではない。


 瞬きひとつで意識を切り替え、真っ直ぐ湖を見つめる。

『水の精霊ウンディーネ殿は居られるか。よろしければ面通しをお頼み申す』


 サンボウが湖面に向かって声を張る。

 静まり返る湖に体を撫でるような風が吹き、湖面に煙のような靄が立ち、その靄はやがて人型となった。


『どういう風の吹きまわしかしら。貴方達から接触してくるなんて』


 そこには儚げな美しい女が宙に佇んでいた。水の上位精霊ウンディーネだ。


『下位精霊を通さずに直接お出ましになるとは思いませんでした。ありがとうございます。

 先日の一件ではご助力を賜わり感謝しております。まずはお礼が遅くなったことをお詫び申し上げたい』


 三人の妖精か頭を下げる。


『あ〜。ミレイちゃんをこちらの世界に召喚した時のことね。上手くいって良かったわね〜。失敗したら時空の狭間に落ちて死んじゃってたものね』


 口角を僅かに持ち上げたことにより、一見微笑んでいるように見えるが、その目は笑っていない。


『召喚はウンディーネ殿も納得してのことと思っておりましたが……相違がありましたかな?』

『もちろん納得してるわよ〜。陛下にお目覚め頂くには、水姫の力が必要だもの。彼女の身の危険なんて考えていられないわ。

ねぇ、貴方達もそうでしょ? 』


 今度こそ、にこりと妖艶に微笑んだ。


『たしかに何をおいても龍王陛下にお目覚め頂かなくてはなりません。しかしその為に水姫の身を危険に晒すなど論外です』

『ふーんそうよね。真綿で包むように大切にしてるものね〜。あの日も確実に安全に召喚するために、水界術で亜空間に結界を張っていたし。久しぶりに見たわ〜あんな大きな術式。さすが龍王の加護を持つ方々は違うわね〜』

『……』


 ウンディーネの含みを持った賛辞にサンボウは無言で返し、クウとロスの視線は険しさを増した。それを目端で捉えたウンディーネは、細い指先で自身の唇を一撫(ひとなで)すると口元を多い隠した。細めた目元が何を物語っているか、わからないサンボウではなかった。


 困った御婦人だ……。しかしいつまでも……。


 サンボウは思案の途中で、ウンディーネの言葉に遮られた。

『でも、その力の代償は大きかったのではなくて? 以前はまだ手の平くらいの大きさだったのに、今では小人サイズだもの。ほんと〜小っちゃい』

『最優先事項を優先したまでです。問題ありません』

『そのこと、ミレイちゃんは知ってるのかしら〜?』

『知る必要はありません。それよりも“ミレイちゃん”とは随分親しげに呼ぶのですね。たしか面識は無かったはずですが? 』

『大切な水姫だし、召喚に一枚噛んでるのだから別に良くなぁい? それとも貴方達みたいに“姫”と呼ぶべきかしら? 』

『別に好きな呼び方で良いと思いますが……ウンディーネ殿が彼女の名を知っていることが不思議でして。よろしければ名を知った経緯をお聞きしたいのですが? 』

『貴方達を注視していれば、おのずと名前くらいわかるものよ。それよりも──』

『ええーい! やめじゃ、やめじゃ!! 周りくどい方法はやめじゃ! 』

『ロス』

『あっら〜唐突ねぇ〜。紳士なら会話の余韻を楽しまないと』

『時間は有限じゃ! 』

『……』

『……まあ。正論ね』


 ウンディーネはおどけたように肯定し、サンボウは頭を抱えて首を振った。


『ウンディーネ殿。何故、姫に手を出したのじゃ』

『…………騎士団長様は、ほ〜んと直球ね。腹の探り合いをしてた私達が馬鹿みたいじゃな〜い。ねえ? 』


 ウンディーネが視線を投げかけるとサンボウは諦めたように嘆息した。


『ロス〜。もう少し待つのね。我らの今の立場は妖精。上位精霊の中でも皆をまとめている立場のウンディーネ殿をそう簡単に詰問するような真似はできないの! だからサンボウは思惑を探ろうとしてたのに……。ほんと脳筋なのー! 』

『たしかに探ろうとしてたのは分かったが、同時に楽しんでもいただろう……互いにな』

『 よくわかったわね〜。さすが龍王国の騎士団長様』

『愚弄しているのか? わからぬはずがないじゃろう』


 ウンディーネは僅かに思案したあと、そっと湖面を移動して地上に降りると、三人の目の前まできた。水が踊りだし、全員を覆うような水の球体を作った。水牢である。


『じゃあ、私も騎士団長に倣うことにしましょう…… 』と独りごちると、先程の人を喰ったような表情から一転して厳しい顔つきに変わった。


『貴方達は 何がしたいのかしら?

 現状わかってるわよね? 雨は減りこの世界全体の水が減っている。なのに災害は続き、森は荒れ、水は清涼さを失っていく。人はもとより清涼な水がなければ私達、精霊族も生きてはいけない……住処の減少により、私達の同胞も減り続けているのが現状よ。

 龍王陛下の不在はもう限界なのよ。それなのに、貴方達はいつまでままごとをしているつもりかしら?

 ……私はじじぃの道楽のために手を貸した訳では無い』

『……これは手厳しい』

『耳が痛いのね』

『言うは易く行なうは(かた)し、とは正にこのことじゃな』

『別に我われも遊戯のつもりは全くない。あの娘はこちらの都合だけで異世界に召喚したのじゃ。まずは信頼関係を構築せねば、要望を聞いてもらうのも無理と言うものじゃ。何事にも道理はある』


 ロスが正面からウンディーネを見据えると、サンボウがその肩をポンと叩いた。


『ロスの言葉が我等の見解じゃ。加えて言うならば、ミレイ殿の人となりが知りたかったのじゃ。

 ……水姫として十分な力があるし、ずっと見てきたから善人であることは知っているが、それでも王を覚醒させればそのまま王妃に、と願う者が続出するだろう。

 その場合、地位や権力に踊らされるような人物でも困る。また人外の美しさに惹かれ、何がなんでも我が物にしたいと妄執に取り付かれるような不届き者であってもならない。ましてや()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃ』


 小さな水牢の中に深く重い沈黙が流れる。


『そういうことなら先程の言葉は謝罪しないと、ね』 そう囁くと、ウンディーネは上位の者にするようにスカートを軽くつまみ優雅に膝を曲げた。


『出すぎた真似を致しました。ご容赦下さいませ。

……あと、失言も……』


『いいや。ウンディーネ殿の意見は正しい。失敗できないと思い、慎重になっていたのも事実なのじゃ』


 サンボウが自重気味に語り、クウがロスを軽く肘で小突いた。ロスはばつの悪い顔をして……

『ウンディーネ殿、先程は好戦的な態度を取ってしまい失礼した。貴方には上位精霊としての立場があるのに、己の感情に囚われてしまったのじゃ。申し訳ない』


 ロスが頭を下げると、ウンディーネは苦笑した。


『……前から思っていましたけど、皆様は自分達の前の身分をひけらかさないのですね』

『郷に入っては郷に従え、と言うの。それに眷属としての誇りはここにしまってあるから大丈夫なの』

 クウがポンポンと胸を叩く。

『その通り。揺るぎない想いに芯が通ると、曲がることも穢されることもないのじゃ! 』とロスは満足気に笑った。そんな様相を見て、サンボウは静かに微笑み、話を戻した。


『……さて 本題に戻ろうか。

 ウンディーネ殿が姫に干渉したのは、現状の打破と我々に危機感を与えるためと思っても良いのかな? 』

『その通りです。先程も言った通り、精霊族も先行きが見えない不安にこの地を離れようとしている者もいます。ただ現状、この場所以上に清らかな水はもう無いでしょう』


 斜め下に視線をやり儚げな様子をみせるウンディーネにロスが言葉を投げかける。


『姫は死にそうになった、と言っていたが……? 』

『あれは、呼吸法を伝授しただけですよ? 王の結界を破る為には、湖の最深部まで潜らないといけないし、初見で人間にあの深さは危険なので、それなら体感するのが早いかな、と思って実践しました』

『いきなり実践とはなかなか鬼じゃな』

 ロスの呟きが聞こえる。


『ロス! 女性に鬼は禁句なの』

『そうじゃ。思ってはいても口に出したら駄目じゃ! 』

 二人が慌ててロスを窘め、口を塞ごうとしたが力では叶わず……。


『それくらい解っている! 鬼と言ったのは実践の意味であって、決して内面や容姿の話ではない。それにどんな女狐でも鬼と言われれば怒るも──』


 二人の連携プレーにより、口をより強く抑えつけるが、間に合わなかったようで、背後で不穏な空気を感じた。


『はあ〜?! 鬼?……女狐? 

 いったい誰のことを言ってるのかしら〜?

 貴方達はそれでも王宮勤めしてたのよね? どんなに優秀でも紳士としては……下の下ね! 』

『すまない……』

『悪気はないの〜! 』


 沸騰モードのウンディーネにサンボウとクウは心から謝罪した。

『……まあいいわ。私は戻り……ます』


 そう言うと水牢が崩れ、滑るように湖面にその身を移した。


『あーそうだ。ウンディーネ殿。以前も言ったが、我等は妖精じゃ、気を使わなくて良いのじゃ。貴方は上位精霊なのだから……』


 サンボウの笑みにウンディーネはその意図を理解した。それが何故か悔しく思い、ウンディーネはある事を思いついた。


『あぁそうだ。言い忘れるところだったわ。昨日の夜、ミレイちゃんとデートしたの』

『でーと? 』

『そうよ、楽しかったわ〜。場所はどこだと思う?  かつての龍王国よ! もちらんそんな事ができるのは私が上位精霊だからよ! でも、あれくらいてバテるなんて水姫として情けないわ〜。ミレイちゃんに体を鍛えておきなさいって伝えておいてね。

 ……また遊びに行くわ』


 美しく優雅に微笑み、踵を返すとウンディーネの姿が崩れ始め、跡形もなくは消え去った。


『やっぱり 女狐 じゃないかー! 』


 あとにはロスの声が静かな湖面に響き渡った。



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