第26話 ロスとサンボウ ぷらす クウ
なんだか体が重い……。
喉が張り付いているみたいな……。
ゆっくり目を開けると、自分の部屋の天井が見えて、ミレイはほっと息を吐いた。
『起きたのね〜』
『姫、大丈夫か?』
妖精達がふよふよと近づいてきて、気遣わし気に見てくる。ミレイは目覚めたばかりの頭で、昨夜の事を思い出していた。
みんなは元は普通の大人だったんだよね……。おじいちゃんになるのは仕方ないけど、なんで小人? 結局ウンディーネさんも教えてくれなかったし……。
──もしくは言いづらかった……とか?
「わからないなぁ〜」
『なにがじゃ? 』
枕の端にちょこんと座るのは、元宰相のサンボウ。
前に見たのは幻影かと思ってたけど、あれは昔のサンボウだったのかも……。
『何か悩み事があるなら聞くぞ? 』
「……大きかったね」
『……は?』
たしか智略謀略に優れてて、人を駒みたいに扱う人……みたいなこと言われてたよね。
『姫? 』
ミレイはゆっくりと起き上がった。
たしかに胡散臭い雰囲気はあるけど、仲間想いで、みんなをまとめてて、私にだって遠慮なくツッコミ入れたりして……優しい人なんだよ。サンボウは……。
ミレイの細い指先がスローモーションのようにそっと伸びる。
「大丈夫だよ。サンボウは優しい人だって私はわかってるからね」
いきなりサンボウを鷲掴みにすると、ミレイは自分の頬でスリスリした。
『なっ何事じゃー!? 』
『姫だめなのー! 食べちゃダメなのー! 』
「…………? 食べる? 」
『違うの? 』
すると部屋の外からロスが、ヒューッと凄い勢いで飛んできた。
『どうしたのじゃ!! 』
部屋に入ってロスが見たものは……。
頭はボサボサで目は赤く充血し、息の粗いミレイに鷲掴みにされてるサンボウ。
『殺すのはやめてくれー! 』
そう叫ぶと涙声で私の指に捕まってきた。必死に助けようとする二人と、それに感動してるサンボウ……。
これは何だ??
私の頭にハテナマークが増殖する。
「ごめんね。ちょっと寝ぼけてたみたい」
そう言ってサンボウを開放すると、他の二人が喜びあって、サンボウに肩を貸していた。
なに、この美しい友情は……。
私、ひょっとして悪者?
納得いかない気もしたが、ねぼけたことにして片付けた。全ては体調不良と昨夜の夜間遊泳?が原因なのだが……何にせよ、仕方がない。
『姫、これ飲んで。──うーん。やっぱり少しお熱があるの』
『そうか。熱があったのなら仕方がないのじゃ』
「熱……」
『いつも頑張ってるから体が少しお休みちょうだい、って言ってるの。だから今日はベットでゆっくり休むの〜』
『そうした方がいいのじゃ。リリスへの伝令は任せろ』
ミレイは颯爽とリリスのもとに飛んで行ったロスを見て、そのままベットに沈み込むように寝入った。熱があると自覚したら、なんだか体調がおかしい気も……する。
数分後には規則正しい寝息が、ミレイの部屋にこだました。
◇ ◇ ◇
リリスの家の周りは森の中とはいえ、開けていて明るい。しかし、一歩森に入ると鬱蒼としていて、原生林の姿を色濃く残していた。
『姫はどうじゃ? 』
『うん。気を張ってたからね……一気に疲れが出たと思うの。今は寝るのが一番ね』
『体は資本じゃ。体力回復には寝るのが一番じゃ』
『そうか……』
考えこむような素振りを見せて、サンボウは黙ってしまい、二人は顔を見合わせた。
『どうしたのじゃ?』
『姫が休んでるうちに湖に行って、精霊と話をしてこようと思うのじゃ。何故、姫に手出しをするのか……』
『そうじゃな、姫が恐怖を感じるような事は見過ごせない。よし、行こう』
『それならリリスに伝えてくるの。姫の看病お願いしてくる』
『クウよ。せっかくなら昨日のいちごと大福を少し包んでくれるよう、リリスに頼んでもらえまいか』
『わかった。行ってくるの〜』
そう言うとクウがヒューっと家に向かって飛んで行き、ロスとサンボウがその場で待つことになった。
『……』
『看病と言っても我等にできる事など、あまりにも限られている……なんて事を考えていそうじゃな。ロスよ』
サンボウは適当な木の枝に腰を下ろし声をかける。
『…………よくわかったな』
『当たり前じゃ。何百年一緒にいると思っている』
『喧嘩ばかりしていたではないか……』
『いったいいつの話じゃ』
『……我等がまだ成体を保っていた頃の話じゃな』
『あぁ……。懐かしいのう』
『あの頃の力が少しでもあれば、姫をしっかり護れるのにな……。怖い思いもさせないし、村人との諍いの時も不安な思いもさせずにすんだかもしれない。頼って貰えたかもしれない』……何が騎士団長じゃ。と最後は自分を嘲笑するように、ぽそりと呟いた。
『そうじゃのう……。かつては王の側近として、ブイブイ言わせてた我等が今では、妖精という下位の位にまで身をおとした。
力も最盛期から見れば雀の涙だし、姫の召喚を果たした今となっては、もう出涸らしじゃ。そんな微々たる力もあと一回……あと一回大きな術を使えば消えるだろう……この身、諸共な』
『……』
『わしはそれでも良いと思っているのじゃ。あの御方が全てをかけて護ってこられた世界を今、こうして護れている。
……王が眠りにつかれ、絶望の淵に立たされながらも、人間など根絶やしにしてやりたいと憤りながらも、お前達と喧嘩しながらも、──みんなで護り続けてきた。
周りに散々、嘲笑されようとも、な』
ニッカリと笑ってみせる。
彼のキャラには合わないような笑みに、ロスも少し間隔をあけて、サンボウと同じ木の枝に腰を下ろした。
『そなたの武力とクウの存在無くして、それは無理な話だった。残った自軍をまとめ、災害から国を人を護るなど……。わし一人でここに残されていたら、きっとわしは……心が壊れていたじゃろう』
『…………それは。それは同感なのじゃ』
ロスが絞るようにその一言を洩らすと、サンボウはそうか、と嬉しそうに笑った。
『クウも同感なのーー!! 』
全く気配を感じなかったところに、大声で割り込まれ、二人は驚きを隠せなかった。
『なんでクウのいないところで、そんな話をしてるの? クウは邪魔なの?』
しゅんとなっても良さそうな場面だが、後半はキレ気味に低くなり、二人は慌てて立ち上がった。
『違うのじゃ! なんとな〜く話をしてたら少し思い出話になっただけじゃ』
『大福包むように言ったのは時間稼ぎではないの?』
弁明するサンボウにクウの追撃は続く。
『…………自分に思い迷うことがあったから、それに気付いた宰相殿が気を遣っただけじゃ! 』
ロスは恥ずかしさから、半ば投げやりな口調で後ろを向き、ふよふよと胡座をかいて空中に漂っていた。
『ロスがうじうじしてるのは、今に始まったことではないの』
『……うじうじ』
あまりの切れ味の良さに、残りの二人は目を白黒させた。
『そんな言い方をしなくても……』
『身も蓋もないのじゃ……』
『それよりもサンボウは下工作が随分と下手クソになったのね。前はもっと巧妙にずる賢く立ち回っていたのに……』
『たしかにな。宰相秘書官の見習いレベルじゃないのか』
『学生レベルの間違いではないの?』
サンボウを詰ったつもりが、ニッコリ笑いながら更に辛辣な言葉を浴びせるクウを見て、ロスは内心、舌を巻くしかなかった。
隣のサンボウを見ると、ズーンと気落ちしながらも苦笑してしていた。考えている事はどうやら同じのようだ。
こやつの(こいつの)怒ると爆発する毒舌っぷりは、年月が経っても変わらないものじゃな……。
──その昔、近侍頭の毒舌っぷりに心を折られて辞職した官僚、王宮職員は数しれず……。なまじ的を得ているだけに反論も厳しく、いつからか「近侍頭は怒らせるな」が王宮の常識となった。
懐かしいものだ……。
『何故その毒舌が姫の前では出ないのじゃ? 』とロスが問うと。
『そんなの当たり前なの。姫が大好きだからなの』
『ちっ。毒舌猫かぶりが……』
『何かあると直ぐにタラレバに囚われる、脳筋うじうじ男よりマシなの〜』
『脳筋うじうじ男……』
サンボウは笑いを堪えるのに必死だった。
『それに猫被ってないの。好きな子の前で良い格好つけたがる少年レベルなの〜』
『少年? じじぃじゃろが! 』
うむ……。絶好調じゃな。
でもこの感じも久しいのじゃ。
姫が誕生する前は、焦りで雑談なども減り、ましてや過去の事など互いに触れることもできなかったからな。全部、姫のおかげじゃ……。
『……コホン。言っておくが、智略謀略もまだまだ錆びついてはおらぬぞ。……ただ使う機会もないし、第一、そなた達は敵ではないからの』
クウとロスの動きが止まる。
『まあな……』
『否定する理由はないの』
三人は互いを見遣り、ふっと微笑を浮かべた。
『まあ。じじぃの妖精でもやれることはある。姫を護るぞ! 』
『おおー!! 』
『よし、では行こう』
三人はミレイが呼び出された湖──南の龍湖へと向かった。