第22話 リベンジとは?
広場に集まった子供達は、興味深そうにしてる子から我関せずと、走り回ってる子。親に連れられてなんとなく来た子供、いろいろだった。
「みんな今日は来てくれてありがとう。私はミレイ、 よろしくね」
「……お姉ちゃん。 この前のお星さま私にもできる って聞いたの。本当? 」
小さな女の子がおずおず と話しかけてくれた。
「うん。お星さま以外にも たくさん用意したよ〜。一緒に遊ぼうね。」
「……うん! 」
私はにこりと微笑み、みんなに「靴を脱いで シートの上に上がって〜」と声をかけると、小さな子供達は喜んでシートに駆け出し、ゴロゴロしたり走り回ったりと自由に遊び始めた。 大きい子は静かに上がると友達同士で纏まって話をしているようだった。
こういうところは日本の子供と変わらないんだね。
子供達の様子を見て、ミレイは少し安心した。
その子供達とミレイを 大人が不安げな顔 で見つめ、子供がいない 大人も何事かとベンチに座って 眺めていた。その視線を一身に受け、ミレイは深く深呼吸をした。まるでこの緊張感を楽しむかのように……。
ミレイが「集まって〜」と声をかけると、子供達は素直に集まってくれて、スムーズに話がすすんだ。
ありがとう。その素直さが私の最高の後押しだよ。
「こんにちは。私はミレイと言います。日本という 遠い国から来ました。 今日は私の国の遊びを紹介するね。みんなと仲良くなれたらいいな、と思ってます。 よろしくね」
はーい。という声とパチパチという 拍手の音が聞こえる。 反応もまばらだ。
「みんな、 いらない布は持ってきたかなー? 」
ミレイは実演を交ぜながら、遊び方をレクチャーすると、子供達はキラキラした目に代わり、どのハンコを使おうか目移りしている様子が見て取れた。ミレイの他にもニウとニウの母親のフリジアもヘルプに入ってくれて、みんなで子供達の様子を見守ることになった。
「お姉ちゃんこれは何の絵なの? 」
「これはハートマークっていって、私の国では好きの意味なんだよ」
「好き?! うそ、そんなマークあるんだ〜」恥ずかしがる女の子達に「ペタルにはぴったりだね〜」なんて、からかう様子も見られて可愛らしい。
日本の小学生なら三、四年生くらいかなぁ〜。
「ねぇ、これはなに? 」
「馬だよ」
「馬ー? 全然見えねー」
「なんで? 長い顔に細い脚が四本とふわふわの尻尾があれば馬でしょ? 」
隣の男の子がえー!っと声を上げるものだから、ハンコ押しに夢中になっていた他の子もこちらを見るし、さっきの女の子達はきょとんとしている。
「お姉ちゃん、馬の脚は短いし、顔もこんなに長くないよ」
「そうなの?! そう言えばこっちで馬って見てないかも……」
「馬を知らないの? 」
みんなの不思議そうな視線が集まる。
「私の国と違う馬だからびっくりしちゃった」
「そうなんだ。こいつの親父が行商してるから、家にいるぞ。今度見せてもらえよ」
「……いいよ。見せてあげる」
「ありがとう! 馬もそうだけど、このハンコに描いた花も綺麗だな〜と思って眺めてたら、食虫植物だったみたいで……。もぐもぐ食事してるところは……あれは見たくなかったなぁ」
思い出してげんなりした様子で話をしたら、わかるわかる! と盛り上がった。
それ以外にも「前に森で、尻尾がもふもふで首の長い動物を見たの。あれはなんて動物なの? 」と質問したつもりが、名前当てゲームみたいになり、もっともっと強請られてしまった。怖い思いもしたけど、森に出かけてよかった〜。
私が子供達と話をしている間も、ニウさんの膝の上には小さい子が座り、夢中でハンコを押していて、フリジアさんは無くなったインクを補充してくれていた。そんな様子を見かねた知らないお母さんが、小さい子の手洗いをサポートしてくれて、私の頬も自然と緩んでいった。
「みんな〜。そろそろ終わりになるけど、最後にこの紙に今日の想い出を残したいと思います」
私は用意していたA4サイズの紙を取り出した。こちらの世界の紙は和紙のような手触りで、目は粗いけど一枚一枚手作りらしい。高価なのでは、と聞いてみたら村で使う分は森の恵みで作っているから安価でできるらしい。
森、ほんとすごいな……。
「えー最後」「もっと遊びたい」など、始まりの時とは思えないような声が上がってきた。みんなも私もインクまみれでベタベタで、それがまた一体感を出しているように思えた。
「そう言ってもらえて嬉しいよ〜。その楽しかった気持ちを形に残せたら素敵かな、と思ったの。どうかな? 」
みんなは顔を見合わせて、いいよと言ってくれた。なんていい子達だ……。
「この紙は好きに使っていいからね。お気に入りのハンコを押してもいいし、ハンコと一緒に家族やお友達にお手紙を書いてもいいね。字が苦手な子やまだ上手に書けない子はこんな風に……手形のハンコもかわいいよ」
いくつか見本を作っておいたので、子供達に見せると手形のハンコはみんな初めて見たらしく、驚いていた。
「なにこれ。手形……っていうの? 」
「でも、リア達みたいな小さい子の手の形ならかわいいと思う!」
リアはまだ2歳くらいの小さな女の子。突然、名前を呼ばれて きょとんとしていたが、その顔もまた愛らしい!
すると、突如背後に人の気配がした。
「なにそれ! おもしろそう」
ニウさんだった。
子供のように目を輝かせて、子供よりも先に手を出してきた。
「ニウ、なんだよ〜。子供が先だろ〜」
「そうだよ〜」
子供達からブーイングが上がり、それを見ていたリリスやカイ達は頭を振って呆れている。
「いんだよ。お前達も遊び疲れただろ。少し休んどけ」
「ニウみたいなじじいじゃないから平気だよ! 」
「なんだと! 俺は19だ。まだまだ若いぞ! 」
私も呆れて笑っていたが、ふと思いついた……。おもむろにニウさんの手を取り、ぎゅっと握った。
「ニウさんがお手伝いしてくれるみたいで〜す。ちゃんと手の形になるか、まずはニウさんで実験してみよう! 」
「実験?! 何それ、聞いてないよ」
少し焦ったニウさんに子供達、そして周りの大人達も笑いだした。
「ニウさん、動かないでね。動いたら大変なことがおきるかも〜」と雰囲気たっぷりに伝えると、ニウさんはコクコクと頷いた。私はニヤリと笑い、ハケにインクをたっぷり含ませて、いざ! ぬりぬり……ぬりぬり……。
「ひゃっひゃっひゃー! 」
「ニウさん、動かなーい! 」
ぬりぬり……。
「いや、無理……むりだよ、これー! 」
「ニウ兄、動いちゃダメなんだよ〜」
「みんなで抑えこめ〜! 」
子供達に、もみくちゃにされながら押した手形ハンコはなかなか味のあるものになった。
「まいった……」肩で息をしているニウさんを横目で見て、ニンマリしながら私は説明を続けた。
「はーい。みんなはこのままインクの上にそっと手を置いて……、軽く左右に動かしてみて。……ほら! 綺麗にできたよ〜」
こちらも実演して見せた。
子供達から感性が上がる。
するとニウさんからはクレームが上がった。
「なんだそれ! ハケ使わなくても良かったんじゃないか?! 」
「違いま〜す。ハケを使った方が手の窪みやシワまでしっかりインクが入るから、ハケの方がリアルな手形になるんですよ〜。ほらね」
二枚の紙を見比べるように見せて、いたずらっ子のように笑ってみせられたらニウさんは何も言えなくなったらしい。
「ニウ! 子供より先にやろうとしたお前が悪い」
「ミレイちゃん、いいよ〜! ニウも役に立てて良かったじゃないか」
シートの外からペールさんとカイさんのからかう声が聞こえてきた。
カイさんが手を振ってくれたのが嬉しくて、私も振り返したら隣にいたニウさんに、手形のインクがペシャッとはねて一悶着あったが、それも笑い話だ。
──子供達は思い思いに、紙に木のハンコを押したり、手形のハンコを押している。
男の子達がハケで塗り合いをしている様子もおもしろいし、空いてるスペースにお手紙を書いている女の子達をそっと覗きこむと、恥ずかしそうに見せてくれた。
出来上がった作品を、親に駆け寄って見せている子供達。
幼子の一生懸命書いた手紙に涙ぐんでいるお母さんもいた。帰り際に子供達は全力で手を振り「ミレイ、また遊ぼう」と言ってくれので、私も全力で振り返した。
見守っていた親達からは「ありがとう」と声をかけてもらい、私は不覚にも泣き出してしまった。
久しぶりに全力で取り組んだ。
久しぶりに全力で笑った。
そしたらたくさんの笑顔が返ってきた。
たくさんの「ありがとう」が返ってきた。
諦めないで良かった……。
腐らないで良かった……。
人を頼って良かった……。
──すぐに帰るし、私には関係無い人達だし、森の中なら関わらずにすむし……。
言い訳ばかり並べて、嫌な事には蓋をして、周り人の心配も聞き流して、危うく全部から逃げるところだった……。
「また泣いてんのかい? 」
優しさいっぱいの呆れた声に振り返ると、リリスさんが立っていて想像通り、呆れ顔だった。
「だって、嬉しくて……」
「そうだね。よく頑張ったね」
リリスさんはそっと私を抱きしめてくれた。
「リリスさん、汚れちゃうよ〜」
「馬鹿、今更だよ。それに私らには力強い味方があるだろう」
リリスさんがパチリとウインクをして見せた。
そうだ。私達には後片付けの強い味方──言わば秘密兵器があったのだ。
私は涙を拭い、後片付けを手伝ってくれているニウさん達に声をかけた。よく見ると、見物していた男の人達もいる。
「いいもん見せて貰ったから、片付けくらい手伝ってやるよ」と、ぶっきらぼうに答えてくれた。
なるほど。この村では「ぶっきらぼう」は標準装備なのね。
ミレイはなんだかおかしくなった。
標準装備だと思えば見え方も変わってくるものだ。
「あのー! お手伝いありがとうございます。
シートやバケツの汚れですが、シートの重りとして置いてある、水をかけて下さい。そうするとよく落ちます! 」と、声をかけたら案の定、変な顔をされた。
「嬢ちゃん、水をかけたくらいじゃ落ちないんだよ。しかもこれ、ゼゴウスの実を使ってんだろ? それなら手順を踏まないと……」
「いいから、言われた通りにしな」
「そうよ〜。口より手を動かしなさい」
二人の女傑に睨まれたら、男達は視線を交わしてサクサク動き出した。
リリスさんにフリジアさんも……すごい。
私が感心しているうちに、シートの上に重りの水が撒かれた。みんなで端を持って揺さぶると、いろいろな色が混ざり、変な色の水に変わった。しかし、しばらくすると水はだんだん透明な水に変わり、ゼゴウスの実のぬめりも無くなったように見えた。
驚きと歓声が沸き起こった。
実はこれは妖精達の水なのだ。
森で中和されたのゼゴウスボールを見て、時間が経っても効力はあるのか、と聞いたところ、サンボウは効力は落ちるだろうが、少しの時間経過くらいなら可能かもしれないと言ったのだ。ただ量があるので、姫の涙が貰えるなら……と言う条件付きだった。
──それからは大変だった。
泣きの鉄板。悲しい思い出を思い返していたら『悲しい顔は見たくない! 楽しい思い出で泣くのじゃ』と無理難題を言うのだ。チャレンジしてはみたが、やっぱり無理だったので、仕方なくくすぐられたのだった。
でもみんなのおかげで片付けがあっという間に終わりそう。
驚いた男たちに詰め寄られたが、リリスのひと声で蜘蛛の子を散らすように退散した。
無事に片付けも終わり、皆さんにお礼を言って帰ろうとしたところ、フリジアさんにまたお茶をしましょうと誘われた。
こんなに晴れやかな気持ちで村から出るのは初めてだった。
早くみんなに報告したいな!
ミレイとリリスは足取り軽く、家路に向かった。
いつも読んで下さり、ありがとうございます!