第21話 リベンジに燃える女
『姫、どうしたのじゃ?』
『大きなあくびなの〜』
昼食の食器を洗っていたら、大きなあくびが出てしまった。きっと窓から差し込む温い日差しと、小鳥の囀りのせいだろう……。
だめだ〜。これはリベンジのテンションじゃないよ〜。気合入れないといけないのに……。
「少し寝不足なの。でも大丈夫だよ」
『大丈夫なの〜? 』
「うん。そろそろ支度しないとね」
当初は早くに家を出て、ニウママにプレゼンをするつもりでいたのだ。でも、朝一番にニウさんが家に来て「準備をして昼前に広場に来るように」と言われて、肩透かしをくらったのも事実だ。眠気はこれも要因のひとつと言えるわけで、決して私が弛んでいるからじゃない……はずだ。
それにしても、本人から説明を受けずにサンプルだけでゴーサインをくれるとか、ニウママは懐深いなぁ〜。感謝しかないよ。
妖精達とそんな会話をしていたら、玄関先で声が聞こえてきた。
「ばあちゃん、ミレイ いるか〜? 」
「ニウさん。今日はよろしくお願いします」
「あぁ。母さんも朝から子供のいる親に触れ回っていたし、俺もここに来る前に子供達に話したら興味津々だったぞ」
「よかった。ニウさんもありがとうございます。忙しいのに朝から往復してくれて、今だってわざわざ荷物持ちにきてくれて、助かります」
微笑みかけると、ニウさんは少し照れ臭そうに「今日は暇だったからな」と言ってくれた。
『姫よ気にしなくていいのじゃ。こやつがしたくてやっているのだから』
『そうなの〜。むしろ下心つきだから警戒するべきなの〜』
「下心? 」
「馬鹿! お前、なに言ってんだよ! 」
ニウさんが少し焦ってクウを捕まえようとするが、やはり妖精。そんな簡単には捕まらない。
『女心どころか、じじぃ一人捉えられないとは。嘆かわしいのぅ……』
サンボウがお猪口のようなカップで茶を啜っているが、こちらから見ていると溺れないか心配だ。
「そこの糸目! 女心とじじぃを一緒にするなよ。上手く掛けたつもりだろうが、全然上手くないからな!
第一、俺はじじぃを口説く趣味はない! 」
ビシっとサンボウを指さして、キメているが内容は少し変だ。私が首を傾げているのが見えたのだろう、ニウさんは何故か弁解を始めた。
「大丈夫ですよニウさん。妖精のみんな、かわいいですよね」と笑顔で答えたら、いつの間にか後ろにいたリリスさんまで肩を震わせて笑っていた。
リリスさんの爆笑なんて、レアだわ!
これは今日は良い事ありそう!
眠気も飛んでリラックスもできたし。良い感じにスイッチも入った。
準備も万全。
よし リベンジだ。
無視がなんだー! 仲良くなるぞー!
昨日の雨も上がり、今日は雲ひとつない晴天だ。
これぞ リベンジ 日和!
妖精達にはお留守番をしてもらい、私はリリスさん、ニウさんと共に出発した。
◇ ◇ ◇
広場は村の中心部にあり、大きな木が木陰を作り、その下には簡素なテーブルセットやベンチがいくつか並んでいた。日本のように遊具かあるわけでは無いが、子供達が日々走り回っているのか、雑草も少なく地面も平坦で、地べたでハンコを押すには十分だった。
「お世話になります。ニウさんのお母さん」
広場に到着するとニウママの姿が見えた。先日、ひどい顔を見られているのもあり、私が元気よく挨拶をすると、僅かに目を見開き、柔らかく微笑んでくれた。
「ミレイ。元気なあなたを見るのは初めてね。嬉しいわ」
「皆さんのおかげです」と答えた私を ニウママは眩しそうに見つめていた。
「それにしても、ニウのお母さんなんて寂しいわ。フリジアと呼んで」
「フリジアさん。今日は協力して下さり、ありがとうございます」
「当然よ。あなたはもう村の一員なのだから。それにニウのお友達でしょ? 」
軽くウインクをしてリリスさんの元に向かうフリジアさんはかっこ良かった。
リリスさんといい、この村の女の人はかっこよすぎる。惚れてまうやろうー!
私は耳にしたことのあるフレーズを、心の中で叫んだ。
「ミレイ! これどこに置けばいいんだー?」
ニウさんの言葉で現実に呼び戻される。いけないいけない、私が指示を出さないと。
「こちらにお願いします。あと手洗い用の水が欲しいので、バケツとお水を用意してもらっても良いですか? 」
「もちろんだ。力仕事は任せろ」
ニカッと笑って、走って行くニウさんはまさに爽やか代表と言えるだろう。
……やばい。あと数年若かったら、落ちていたかもしれん!
ニウさんの
爽やかビーム
おそるべし……。
謎の五七五を作り上げていた私に、背後から声が聞こえた。
「おい、あんただろ。 でかいシートが欲しいって言ってたやつ」
振り返ると大きな男の人が二人、シートを持って立っていた。
「はい! 子供達と遊ぶのにシートをお借りできたら嬉しいですが、少し汚れてしまうかもしれません」
これは昨日ニウさんに相談したら、友人に聞いてみると言ってくれたのだ。ただ、昨日の今日なので無くても仕方が無いと、思っていた。
「いいよ別に。前に塗装で使っていたやつだからもう使わねーし。でも汚えーぞ」
「大丈夫です。子供達にも汚れても平気な格好で来て欲しいと伝えてありますから」
二人組の男の人は顔を見合わせて「こんなのなんに使うんだ?」と聞いてきた。
「子供達とハンコを押して遊ぼうかな、と思ったんです」
私は木で作ったハンコを見せてみるが、案の定ふーん。と素っ気ない反応が返ってきた。
でも……負けない。
燃えろ社畜根性!
「あの! ……私、村の皆さんと仲良くなりたくて、きっかけになればいいな、と思って企画してみました」
威圧感からか、最後は尻すぼみになってしまったけど、ミレイは自分の気持ちを言葉にできた。
──日本にいた頃も「よろしく」と言う言葉は日常的に使っていても「仲良くしよう」は、もう久しく使っていなかった。
子供じゃないし、そこまで自分自身の感情を露わにするのも恥ずかしいと思っていた。
でも今はそんなことを言ってはいられない。
ここは異世界。まったく違う世界。
私は余所者。 肌も髪も目の色も違う。
だったら、元の世界の常識なんて持ち込んでも仕方がない。あけすけな言葉でもきっと大丈夫。この世界の人は、私を助けてくれたこの環境なら、きっと笑われない。…………気がする。
エプロンの端をギュッと握りしめて顔を上げると、二人と目があった。筋肉マッチョと優しそうなイケメンがいた。
「あの。私ミレイといいます。急なお願いなのにありがとうございました。こんな大きなシート、子供達も喜ぶと思います」と頭を下げてお礼を伝えた。
「…………このシート、どこに拡げるんだ」
「……えっ? 」
「だからー。その細腕じゃなんもできないだろって言ってんだよ」
声を荒らげる仏頂面の人の後ろから、ククッと笑う声が聞こえた。
「ペール。それじゃ伝わらないよ」
「なんでだよ」
「ミレイちゃんだったかな。 大変そうだから手伝うよって意味だよ。シート拡げるの? 」
「……いいんですか? 」
「ふん。あんたが頑張ってるのは伝わってきたからな。暇つぶしに少しぐらいなら手伝ってやるよ」
仏頂面のペールさんは、腕組みをしてこちらを一切見ようとしないけど、その言葉には温かさがあった。
「……ありがとうございます。
あの、このあたりにシートを拡げて下さい。あと風で飛ばされないように、等間隔でこの重りを置いてもらえると助かるのですが……」
「……それくらいお安いごようだよ。ちなみに僕はカイだよ。よろしくね」
「ペールさんとカイさんですね。よろしくお願いします。……あの! お手伝いありがとうございます。すごく、すごく嬉しいです」
ミレイは溢れるような笑顔でお礼を伝えた。ペコリと頭を下げると、リリスのところに向かった。
「かわいい……」
ぽそりと、呟く野太い声は子供達の笑い声に掻き消された。
お昼を過ぎると子供達とお母さん数人が広場に来てくれた。
よし、ここからだ!