第189話 ミレイの覚悟②
──私の隣室を整えろ。ミレイの部屋を移動する
王の突拍子もない提案に、流石のクウも驚きを隠せず、かろうじて出た言葉が『今から……ですか?』のひと言だった。
しかし水龍さまは、尚も良いお顔で肯定するばかり。言葉に詰まるクウに助け舟を出したのはサンボウだった。
『夜も大分更け、多くの侍女や侍従は明日に向けて就寝している頃でしょう。それを今から起こし業務に就かせるのは賛同しかねます』
『ふむ、たしかに……』
思案に耽る水龍さまを呆然と見ていると、ラウザ様が隣にきて『すごい溺愛ぶりだな』なんて言うではないか。
「溺愛……ですか?」
『あぁそうだろ。せっかく想いが通じ合ったんだから片時も離したくないってのが、ビシバシ伝わってくるよ』
なんと返したらよいか戸惑う私を横目で見ると、顎を擦って躊躇いがちに言葉を続けた。
こんなこと言うのは憚れるが……と前置きをして
『あーーなんだ。……お嬢さんは小柄だからな。その、最初に手加減してくれと、ちゃんと言うんだぞ』
「…………てかげん……ですか?」
何に対して?
『お嬢さんに何かあったら、眠りにつく程度でおさまるとは思えんからなぁ。頼むよ』
「?」
頭の中に疑問符が浮かべてる私を見て、ラウザ様は一瞬固まったあと、項垂れて額を抑えた。
『マジか。わかってないのかお嬢さん』
「……はぁ」
その時、少し離れたところで話をしている水龍さまの声が聞こえてきた。
『今夜は私の部屋で過ごせばよい』……と。
──ん?? 私の部屋?
『準備が整うまでは私の私室を開放するからミレイは私の部屋で過ごせばよい』
「えっ? 部屋? ……どういうこと」
見上げると、ラウザ様は少し微妙な表情で『だから、そういうことだ』と、言った。
まっ、まさか。一緒の部屋……って。
えっ、そういうこと?
いや……でも……
あっ! だから手加減って言ったの?
さっきの意味不明な言葉の意味がようやくわかった。途端に一気に顔が熱くなる。
なんで? なんでそうなった?!
「で、でも! 水龍さまは紳士ですよね?」
肯定がほしくて、縋るような気持ち反論してみるが『紳士だろうが男は男だ』なんて生々しい返事が返ってくるではないか
「ムリ。……そんな急にはムリですよ〜、私!」
ぐるりと水龍さまの方に向き直ると、クウとサンボウは物申してる状況……のようだ。
『ミレイは私の妻となったのだ。客間におくなどできるわけがないだろう。それに安全面でも──』
『しかし──』
『──』
のんきにボーゼンとしてる場合じゃなかった!
更に『私は片時も離すつもりはない。同じ空間を共にしたいだけだ』なんて至極真面目に言いだすじゃないか。
「……えっとぉ……。空間を共にするだけですみますか?」
再度期待を籠めて見上げると、ラウザ様は素知らぬ顔で斜め上を見るだけだった。
ですよね〜。
なんとなくわかってた。
気持ちの通じ合った直後の据え膳状態。
──うん、無理な気がする。
『まぁ俺だったらあり得ないが、陛下だからな。鋼のような強固な精神力で耐えてくれるかもしれん』
「鋼って……」
ちょっとドン引きだ。
『仕方ないだろう。もともと龍族は肉食獣だからなぁ。エサを待つ必要性を感じないんだ。しかも目の前にあるのは、待ちに待った極上の餌だろう? 喰らいつかない獣はいないなぁ』
「……獣って」
仮にも王様でしょ!
でも前にシャーリーから聞いてた。龍族は肉食動物だって。
でも湖の時は、漫画やラノベ的なシチュにちょっとトキメいちゃったしドキドキもしたのよ。
こんな……こんな貞操の危機を感じる状況は望んでないよーー!
「でも王様なら……」
『そうだな。俺が言ったのはあくまでも一般的な龍族の話だ。陛下は違うかもしれんから希望を捨てるなよ。──それに本当に無理なら無理と言えばいい。落ち込むかもしれんが、無理強いはしないだろう』
「……落ち込むんだ」
ハハッとから笑いが漏れる。
どんだけしたいのよ。
『それはまぁ』
とにかく何とかしないと。
水龍さまのことは好きだけど、まだそこまで気持ちいってない。
いや、実際はそんな展開にならないかもしれないけど!……でももしそんな雰囲気になっちゃったら?
焦る気持ちで周囲を見渡すと、呆れ顔のヒルダー様と目が合った。
ヒルダー……さま
──そうだ! この手なら!!
この時の閃めきは神がかっていたのではないか、と思わずにはいられない。
「あの水龍さま。お願いがあるんですが!」
全員の視線が私に向けられる。
でも臆するものか!
いざ護らん、我が貞操!!
自分を護れるのは自分のみ!