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第18話 戦うおじいちゃん

 動物と戦う場面があります。抵抗のある方はご遠慮ください。

 せっかくご来訪頂いたのにすみません。


『姫、下がるのじゃ』


 ロスがふわりと前に出る。

 先頭の獣に続いて、他の獣も距離を測りつつ茂みの中からゆっくり姿を現した。


 口から涎を垂らし、五つの赤い相眸はミレイをじっと見つめていた。呼吸が荒くなる度にその瞳は赤から紅に変化し、鈍い光を放っていた。


『この辺りによくいる肉食獣じゃ。体は小さいが機動力がある』さっきのサンボウの言葉が頭の中で繰り返えされる。


「にくしょくじゅう……」


 あぁ、そうか。

 獲物は…………わたしか。


 それに思い至ると背筋に悪寒が走り、手が震えてきた。ゴクリと喉を鳴らして唾液を飲み込み、こみ上げてくる恐怖を押し鎮めた。


『クウよ。木を背後に陣を取り、姫を守れ! サンボウ援護しろ! 』

『おう! 』

『守るのー! 』


 妖精達の空気が変わった。

 前線にロス、その後にサンボウ。私の肩にクウが乗った。ワズは今にも飛びかかりそうな勢いで、威嚇しながら、じわりじわりと距離を詰めてきた。


 ガァッーー!!

 グルゥッ……。


『舐められたものだ。王の眷属であった我等に牙を向くか! 』

『……我等のことなど、どうでもよい。姫に、水姫様に殺意を向けるなど、死肉にしてくれる』


 ロスの声は今までに聞いたことが無いほど怒りに満ち、その小さな体から水がほとばしっていた。


『姫、大丈夫なの。絶対守るから。』


 クウ はこの場にそぐわないほど、柔らかく私に微笑みかけた。クウに何か言おうと視線を横にずらした瞬間、視界の端でワズが動いた。


 ガァッーー!!


『水連弾!! 』


 ロスの周りから水が舞い上がったと思ったら、水の飛礫(つぶて)となり、ワズに襲いかかる。


 ギャン! ギャンッ!!


 飛礫(つぶて)を受けながら二匹のワズは私の左右に飛び退き、着地したあと態勢を変えた。


『サンボウ! 』

『まだじゃ! 』


 ガァッーー!! 


 ロスは舌打ちすると、飛びかかろうとしていた二匹のワズめがけて斬撃を飛ばした。よく見ると、ロスは両手に水刀を出現させ、後ろ向きのまま斬撃を飛ばしていたのだ。


 ギャン!!


 二匹のワズの背中から血飛沫(ちしぶき)が舞う。


『待たせた! ──数多(あまた)の水よ 我に力を……濘水曲(ねいすいきょく)


 サンボウの声とともに、左右の地面が泥濘み、ボコボコっと歪曲した。


「なにっ? 」


 ガヴッゥ? ガッー!!


 二匹のワズが泥濘みに手足を取られ、もがくほどに嵌り、あたかも引きずり込まれているように見えた。

 左右の二匹に気を取られていたら、他のワズを仕留めているロスが見えた。

 その光景に思わず目を反らしてしまった。


『サンボウ、これどう〜?』

『クウ、ナイスじゃ。そのままくれ』

『わかったの〜』


 何事かと、上を見上げると白いゴルフボールのようなものを操るクウが見えた。その背後には木の皮の一部がずるりと剥けたゼゴウスの木。樹脂は下に垂れるどころか、空中に集まり、やがてゴルフボールくらいの塊になった。


「……なにこれ」


 樹脂のボールは暴れている二匹のワズの方に飛んで行き、サンボウの『それっ』の声と共に、形を変え、ワズの前脚と首に絡みついた。その粘着力で完全に動きを封じられた。


『クウこっちにもくれ』

『……ロス。顔に貼り付けたらダメなの』 

『なんでじゃ? その方がてっとり早く……』

『ロス』


 クウがいつもの笑顔のまま、一段低い声音でロスの名を呼んだ。まるで牽制しているようだと、ミレイは少しずつ遠くなる意識の中で思った。


『ーー』

『ーめ、ひめ』


 何度かの呼び声で覚醒すると、三人が心配そうに私を見ていた。


『姫、大丈夫か? 』

『姫、これお水なの』

「…………ありがとう」


 私はクウが用意してくれたお水をごくごくと飲み干した。やっと呼吸ができた気がした。


 ロスの背中越しに三匹のワズが見えた。


 絶命したと思っていたが、まだ息はあるようで、ゆっくり立ち上がるとそのまま去って行った。樹脂に絡まった二匹のワズは戦意喪失したのか、瞳も赤色に戻り大人しくなっていた。


 私はそれを見てほっとした。

 みんなが私を守るために戦ってくれたのは解っていても、やはり生き物を殺すのに抵抗があった。肉に歓喜していた私が何を、と思われても、目の前で動物が死ぬところを見るのはまだ無理だった。


「みんな守ってくれてありがとね」

『当たり前じゃ。姫は我らの水姫様なのじゃから』

『サンボウ違うの〜。水姫じゃなくても守ったの〜』

『クウの言う通りじゃな。女子を守るのは騎士として当然じゃ』

『たしかにその通りじゃな。我等はミレイ殿だから守ろうと思ったのじゃ』


 みんなの言葉に私は涙が溢れてきた。

 嬉しさと先程までの恐怖で、いろいろな感情がごちゃまぜだった。


『姫の涙じゃ! 』

『涙なの! 』

『みなスプーンを取れ、すくうのじゃー! 』

『おおー! 』


 訳がわからないうちに、妖精達は私の眼前に迫り、あっと言う間に小さなスプーンで私の涙を掬っては、こくりと飲み干した。三人の体から淡い光が放っていた。

 あまりの急な出来事に私の涙は引っ込んだ……。


『止まってしまったのじゃ、もったいない』

『あ〜。力が戻ってくるの〜』

『ほんとじゃ。久しぶりの全力。さすがに少し疲れたのじゃ〜』


 三人とも地面に座りこんだ。


「……力戻ったの? 私の涙で? 」

『うむ。ありがと〜、なのじゃ』

『ありがとなの〜』

「……そっか」


 相変わらず、原理はよくわからないけど異世界補正的なものでもいいや、みんなが元気になったなら。


 私はにっこり笑って、もう一度「ありがとう」と伝えた。


「ところで残ったワズはどうするの? あの樹脂は取れないの? 」

『取れるの〜』

『しかしな……』


 ロスは苦虫を潰したような顔をしている。サンボウが私の方を向き、問いかけた。


『姫はどうしたいのじゃ? 』

「甘いと言われるのはわかっているけど、逃してあげたい」

『そうか。姫の望むままにしよう。ただ、奴らに問いただしてからじゃがな』


 サンボウはそう言うと、二匹のワズのところに移動した。


『お前達が襲おうとしたのは、龍王陛下の眷属にして、龍族の中でも尊い御方なのじゃ。この無礼者め! その御方がお前達を解放してもよいと仰っているが……もう二度と襲わないと約束できるか? 約束できぬのなら……』


 サンボウの後ろで、ロスの水刀が煌めいていた。いつでも切れる! と言いたげだ。ワズは恐れ慄き、必死に頷くと、腹ばいのポーズをして見せた。全面降伏の姿勢だ。

 ロスの舌打ちが聞こえた。


 うーん。見た目、サン○クロースのおじいちゃんが武器を片手に舌打ちする姿はシュールだなぁ……。

 できれば見たくなかったよ。


『では解放してやるのじゃ。姫、良いか? 』


 私の返事とともに、樹脂は形を変えてワズの周りから離れ、宙に浮くと球状の水の中に吸い込まれていった。そのままぐるぐる回転して、最後は水と一緒に地面に放たれた。


「何をしたの?」

『このままだと、他の動物達に被害が出るから中和したのじゃ』

「中和……って。そんなことまでできるんだね」


 二匹のワズはゆっくり立ち上がると、私を一度見て、森の奥に向けて走り出した。途中、立ち止まってもう一度振り返ると、今度こそ森の中に消えていった。


 はあ〜……。私は特大の溜め息をつくと、みんなの方を見て「……帰ろっか」と伝えた。みんなは疲れを滲ませながらも、誇らしげな表情をしていた。


 私は立ち上がると、収穫したゼゴウスの実をしっかり持ち、森を後にした。


 帰り道は何も出ませんよ〜に!!


 私は心の中で真剣に願った。


読んで下さりありがとうございます。

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