第188話 ミレイの覚悟①
シリック様は真摯な顔で膝をつくと、胸に手を当て、頭を垂れる。それはこの国で最上級の礼にあたる。
『僕に対しての怒り誹りは甘んじて受けますし、顔も見たくないと仰られるのであれば、二度と登城致しません。ですから……何卒、王の妃に』
「……」
これが私利私欲の為に画策されたものなら「誰がそんなこと!」と無下にできただろう。
でもシリック様は違うと思う。
国を憂い、先人達も先延ばしにしてきた案件に全力で向き合って突破口を見出すために奔走している。
いわゆる「忠臣」……なんだと思う。
はぁ〜と、ため息を一つついて切り出した。
「立ってもらえませんか? 私は別に怒っていませんから」
『水姫……』
見上げた顔には驚きが見てとれたが、視線を向けても、糸目のせいか視線が合わない。
なんていうか。憎めない……んだよねぇ。
サンボウを思い出すからかな?
そんな事を考えていたら背後からそっと肩を抱き寄せられた。
『ミレイ、心配するな。お前にそこまで背負わす気はない。全ての責任を負うのは王たる私の責務だ』
──お前は何ひとつ背負わなくていいし、何もしなくていい。
水龍さまは柔らかい笑みを浮かべながらも、その瞳には王としての真っ直ぐな信念を強く感じる。
彼は彼なりに私の事を本気で考え、私の安寧を模索しているのだろう。
だけどチクリと胸に軋むような痛みを覚えた。
『ミレイ?』
気づくと無意識に水龍さまの袖をつかんでいた。慌てて手を離し、ハハッと笑ってみせる。
──無理やり王妃にされて、さっきまで憤慨してたくせに。
王妃なんてなりたくないって言ったばかりじゃない。
でも「何も背負わなくていい、何もしなくていい」なんて
拒絶……された気がした。
──ちがう。きっとちがう
わたしに配慮してくれてる水龍さまの優しさだよ。
わかってる わかってるのに……
『ミレイ? どうしたんだ?』
「……」
両肩にそっと手を置き、屈み込んで私の顔色を伺う水龍さま。
ミレイの沈黙を別の意味で捉えた水龍は
『……やはり私のような男では嫌か?』と、蚊の鳴くような声で問いかける。
何故か萎れた耳と尻尾が見える気がした。
──ん?
さっきまでの自信はどこに行ったの?
情緒不安定すぎない?
思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「そうですねえ〜。水龍さまって自信に満ち溢れた威厳ある王かと思えば、今みたいに萎れること、結構ありますよね」
ミレイの言葉に水龍はうっ、と胸を押さえて項垂れた。
ふふっ……。
かわいい、なんて変かな?
でも本当にそう思えるんだから仕方ない。
色気たっぷりでこちらを翻弄したと思えば、女心を察することもできない。こんなにイケメンで地位も権力もあるのに、臣下に嫉妬しまくるし。
自信満々に任せろ!的なことを言った直後にもう萎えてるし……。
想い出すだけで心の真ん中がほっこりと温かくなる。それと同時に、さっきの虚ろな水龍さまを思い出す。
──私が帰ったら、この人はまたあんな風に取り乱して悲しむのかな。
また自分の殻に籠もっちゃうの、かな。
──胸が 締め付けらる
『ミレイ?』
「…………。私の国では夫婦は一心同体らしいですよ?」
『……えっ?』
ふふっと片頬で笑ってみせる。
「病める時も健やかなる時も……苦しいのも嬉しいのも、みーーんな分かち合うんですって」
首を少し傾けて視線をずらす。
板のように硬い胸から首。形のよい少し薄い唇は僅かに開き、驚きを示していた。
『責任はもちろん組織のトップがとるものなので、私は関与しません。……でも私にも何か背負わせくれてもいんじゃないですか?」
微かに震える声。
自分の中で「何言ってるの?!」って声が聞こえる。
でもしょうがないじゃない
──護ってあげたい
そう、思ってしまったんだから。
ごくりと唾を飲み干して、両手で自分の体を抱きしめた。
数十分とも思える数秒。
水龍さまの顔が ……見れない。
目をギュッと瞑ったその時
「!!」
息がとまった 気がした。
『……背負ってくれるのか?』
「……そう言ってるじゃない」
不敵に笑ってみせる。
すると水龍さまは唇を真一文字に結んで感情を押し殺すように私を抱きしめた。
強く 強く……逞しい腕に閉じ込められた
『みれい……ミレイ!!』
「……っっ!!」
私は文字通り羽交い締めにされてしまった。
『好きだ! 愛してる!
絶対に二度と、死んでも離さない!
──あぁ……ミレイ』
頬ずりしながら強く抱きしめられ、うっと呻き声を上げてしまう。それにようやく気づいて力を弱めてくれたが、拘束は解けず、むしろ耳元で掠れた声でバリトンボイスが落ちてきた。
『ありがとう』……と。
こし! 腰……にくる。
砕け散るよーー こんなの!!
真っ赤になって俯くミレイに、周りの歓喜の声が聞こえてきた。
『おー! お嬢さんが落ちたな』
『ほんと、良かったです』
『……フフッ。やりましたな』
『これで兆しが見えますね』
あーー。……やっちゃったなぁーー。
感情に任せた感はある。
早くも少し後悔してるし……。
でも騙し討ちみたいなモノとはいえ、儀式上は王妃決定なわけでしょ? それなら私だって腹括らないと駄目……だよねぇ?
……でも。早まった、かな?
『ミレイ。未来永劫、私の隣にいてくれ。片時も離れず私を愛してくれ』
──ん?
「……未来永劫って」
とろりと、蕩けた顔で何を言うかなぁ。
重いし……これは……これは、目の毒だ!
腰を抱かれたままのゼロ距離では、イケメンの甘々オーラを前面で受けることになってしまう。
こんなの人前に出しちゃダメでしょ。
純な乙女は絶対卒倒するし、なんなら鼻血だすよ。
『あぁ。昼夜私の隣で過ごし、お前に宿る全ての感情を私にだけ……私だけに向ければよい。──お前の全ては私のものだ』
手の平を頬に寄せてそっと口づける。
熱を宿した蒼の瞳と手の平に微かに触れる唇の感触。
もうーー! 勘弁してーー!!
顔に集まった熱を霧散させるようにブンブンと、頭をふる
『陛下、昼夜は無理です。仕事があるでしょう』
──ん?
『それに王妃となれば水姫にも仕事はあります。王妃にしかできない仕事があるのもご存じのはずですが?』
『……ヒルダァーー』
水をさされたことにより、一気に不機嫌となる水龍さま。地を這うような低い声で提言したヒルダー様を睨見つけたが、少しは頭が冷えたのかそれ以上の追求はせずに『レミス!』とクウを呼び寄せた。
『お呼びですか?』
『あぁ、すぐに私の隣室を整えろ。ミレイの部屋を移動する』
満面の笑みで言ってのけた水龍さま。
「………………はぁ??」
水龍さまの隣の部屋ーー?!
火照った顔も元通り。
急すぎる提案に私は『とりあえず王妃』とは思えない、素っ頓狂な声を上げる羽目になった。
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