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第186話 怒りと釈明①

 


 成婚の儀──それは龍王の婚姻の儀式を示すこの国あげての最も重要な歳事である。


 前日に神殿に籠もって身を清め、当日は満月の下、王の間にて厳かに挙式を挙げるのだ。そして三日目は午前は貴族への披露パーティ、午後には城門を開放し、集まった民衆へのお披露目となる。


 その三日かけて行なわれる儀式のほとんどを端折り、最も重要なポイントだけをもって『成婚』としたのだから、乱暴と言っても差し障りは無いだろう。



  ◇  ◇  ◇



「それとも執着と言った方がいいかしら? 

 そこまでの愛憎は無いと思ってるから固執と言ったのだけど?」


『そうですねぇ。固執で良いと思いますよ』


 ミレイは話をしながらも、腕輪のついている左手をゆっくりグー、パーと開いて腕の違和感を馴染ませるように努めた。


「……認めるんだ?」

『えぇ』


「じゃあ教えて下さい。こんな馬鹿げた後付けをしてまで私を王妃にしたい理由はなんですか? 涙が必要なら別に王妃じゃなくても良いですよね?」


 そう。この国に囲いたいなら()()()()で良いはず。女性としての最高位である「王妃」の地位までくれてやる必要はまったくないのだ。


 まぁ、欲しくもないけどね。




『その通りです。やはり貴方は聡いですねぇ』

「……馬鹿にしてます?」


『いえ褒めてますよ。実際、貴方は上に立つ者の器を持っています。冷静さと客観的な視野。それに貴方に関わった者達は、皆、絆されたり懐柔されたりしてますしねぇ。令嬢も官僚も……なんなら使用人までもね。 本当に見事ですよ。秘訣を教えてもらえませか? 人心掌握術は上に立つ者には必要不可欠ですから』


 ワントーン上がった声音に、ミレイは訝しげに眉を寄せた。


「……それはみんなが寛容なだけで、私には関係ありません。なので秘訣も何も知りません。──はぐらかすおつもりですか?」


『さて、はぐらかすとは?』


「…………わかりました。取り合って頂けないのであれば、私は失礼させて頂きますね」


 そういうとミレイはゆっくりと口角を上げて優美に微笑んだ。エリザベート先生直伝の『淑女の微笑み』だ。でも目が笑っていないからか、和やかになるはずもなく、ミレイは踵を返して扉に向かう。



『姫!』

『帰るも何も……扉が開くわけないだろ?』


 ラウザの漏れ出た言葉は皆が思っていたことだった。


 『王の間』の扉の開閉には認証機能があり、それは長官職にある者などごく一部の者と王族に限らている。だから開くわけはないのだ。しかし当の水姫は、迷いなく扉に進むではないか。


『まさか』

『いや、無理だろう? ニンゲンに開くわけがない』


 その言葉に水龍はハッとなる。


『ミレイ、待て!』


 水龍が駆け出した頃、ミレイが扉の水晶に触れた。すると水晶が青白い光に包まれ


 ──ギギッと


 ゆっくりだが、わずかに扉が動いたのだ。


『『!!』』


「……やっぱり」


 ミレイは一人ほくそ笑んだ。



 水牢に閉じ込められてからあった腕輪の違和感。

 それは水龍さまにキスしてから顕著になった。左腕そのものが熱をもちはじめ、水龍さまのキスを受けてからは、その熱は徐々に体中を巡りだしたのだ。


 今なら私でも扉開くんじゃないの?って、思ったから試したけど……


 やったーー!!


 

 私は心の中で渾身のガッツポーズをした!

 左腕に更に力を籠めようとした時、その腕を掴む者がいた。


 ──水龍さまだった。



『とりあえず戻れ』

「………嫌です」


 プイと子供みたいに横を向く。


『気持ちはわかるが』


 わかるんかい!

 と、心の中で一人ツッコミを入れてみる。


「だってあの人自己チュー過ぎます。もう嫌ですよ」


 飾らずに心のままに吐露すると、頭上からプッと笑い声が聞こえた。


「なんですか?」

『いや。そのとおりだなと思ってな……フフッ』


 柔らかな雰囲気と優しい瞳に思わず、トクンと胸が高鳴った。


「王様なんだから、手綱しっかり握ってくださいよ」

『……努力しよう』

「努力って……」


 胸の高鳴りを気づかれたくなくて、あえて仏頂面で溜め息をつく。そうすればまた冷静になれる気がしたのだ。



 水龍さまは開きかけの扉を閉めて、私の手を引いてさっさと水盤の方に戻って行く。


 これじゃ駄々をこねてる子供を誘導する親みたいじゃない……


 少し気まずい気持ちでみんなの所に戻ると、驚きを隠せないマルティーノ卿から『どうして扉が開いたのか』と、疑問の声が上がった。


「あーー……。さっきから体中に力が漲ってたので、いけるかな〜と思いまして。あとはシリック様の後押しもありましたので自信が持てました」


 あっけらかんと口にする。

 頑張って気を張ってたけど、淑女のフリももう無理!


『後押し?』

「ええ。私は王族の一員なんですよね?」


 それはつい先程証明されたばかりの私の系譜。


「少しだけ王族の血が入ってるって話でしたし……。なんなら私は知らぬ間に王妃に格上げされた、らしいですし? 」


 無意識に語尾に力が籠もる。


「開いちゃいましたね。……特別なはずの『王の間』のト・ビ・ラ」


 水龍さまの手を離してシリック様の前に立つ頃には少し楽しくなってきた。


 私は気弱なご令嬢でもなければ、もとから従順な性格でもない。いいように転がされてるとわかっても、それに乗ってやる必要はまったくない!


「そう言えば、ここは国の最高機密が詰まった重要な部屋なんですよね? セキュリティもバッチリだし? そこの認証システムが私を王族の一員と認めてくれたのなら、他にもいろいろ出来そうですね。楽しみだわ〜」


『……水姫』


 もちろん楽しそうなのは私だけ。

 周りのみんなは息を飲んでる始末。



「どうします? 危険だからって拘束します? 

 ──それとも()()監禁されるのかしら」

『それはしない!』


 間髪入れずに応えたのは水龍さまだった。ふっとミレイの眉尻が下がり、慈愛の表情を見せる。


「ですよねぇ〜。曲がりなりにも、さっきまで『王妃に!』なんて言ってたくらいだもの。都合が悪くなったからって早々に排除したら、自分の見通しの甘さを露呈してるようなものだもの。──そう思いませんか、シリック様?」


『……そう、ですね』


 ふわりと圧を感じる。

 それはシリック様から発せられたもので、今までの私には向けてこなかったものだ。


 これは敵認定されたのかな?

 でも、もう気にしない。


「私の扱いは国賓です。陛下より丁重に扱うよう勅命でてましたよね?」


『出ていましたね。──ふむ、王妃は拒絶しても王の権力は利用すると?』


「当たり前でしょ? か弱い女の子ですから。使えるものは何でも使います」



 詫びれもなくドンと言い切るミレイを見て、ラウザは『使えるもの……に、陛下自身も含まれてると思うか?』と、神妙な顔でカリアスに投げかける。


『含まれてるでしょうね』とこちらも何とも言えない面持ちだ。


 それもそうだ。

 龍王陛下はその力も畏怖の対象だが、この国では絶対的な存在なのだ。一部の者は崇拝しているくらいだ。


『会議の時も思ったが、なかなか度胸のあるお嬢さんだよなぁ』

『一応、聖女候補……だったはずですが』

『そうだったな。アレが聖女なら古の聖女様ももしかしたら……』

『一緒にしないでください』


 カリアスは被せるようにラウザに反論した。


 聖女……ねぇ。

 夢でも見てるのかな……男のロマンとか?

 

 聞こえてきた会話に苦笑いを浮かべてしまう。


「私の有り様に何か意見でも? 

 もともと私はただの善良な一市民なんですから。──だいたい涙一つで聖女候補なんてもの担ぎ上げられたらたまらないわ。王妃なんて尚更です」


『なんでそこまで王妃を嫌がるんだ?』


「じゃぁ聞きますけど、ラウザ様は言いように手の平で転がされて、駒のように扱われて納得できますか? ──私は納得できません。

 ……強引な辻褄合わせだって馬鹿げてるのに、そこまでするなら何か理由があるだろうと思って話を聞いても、はぐらかされて。話す気が無いなら帰ろうと思っても帰らせてもらえないし? 」


『『……』』


「誠実って言葉知ってます?」


『………………もちろんだ』


 みんなを代弁してか、水龍さまが答えた。一転して王の間が説教部屋と化したのだ。


「じゃぁ、誠実であろうとしたことは?」


『…………もちろん……ある』


 やっぱり歯切れが悪い。


 もちろんミレイも、水龍さまが不誠実だとは思っていない。でもなんでここまで自由にさせるんだ、少しは異を唱えてくれても良いのでは?と、思ってしまうのだ。



「王様なら臣下の手綱はきちんと握ってて下さい。

 ──王の妻を一臣下が勝手に采配して良いものなんですか?」


『!!』


 水龍さまの蒼い瞳とぶつかった。

 目を見開き、そしてそっと伏せられた。


『……あってはならないことだ』


「当たり前でしょう。王様じゃなくても至極当たり前のことです」


 溜め息混じりに言い捨てられても、水龍は何も言えなかった。


「……水龍さまの立ち場なら打算も計算も謀略だって必要なんだろうな、って想像できますよ。……でもソレは婚約を求めている相手にもすることですか? 私は悪手だと思うんですが」


 下からジッと水龍さまの眼を覗きこむ。


『……悪手だな』



 言葉を交わすごとに王の背が小さく見える。『不敬だ!』と声高に叫んでも良い場面であるのに、誰一人声を上げる者はいなかった。


 なんとも複雑な光景だ。


 二十年ほどしか生きていないニンゲンの小娘が、我ら龍族の王に説教しているのだ。しかしミレイの方が正論で常識的なだけに何も言えなかった。



 そんな微妙な空気のなか「良かった〜!」と嬉しそうなミレイの声が大理石の部屋に響き渡る。


「……種族も違う、育った環境も違ううえに、思考回路まで噛み合わないのなら、もう一度考えないとって思ったんです。──世の中、好きなだけじゃ上手く廻りませんからね」


 水龍は『そうだな』と、しか言えなかった。


 背中にヒヤリと冷たい汗が流れていく。



 ──どうしてもミレイを得たいが為に、欲に負けたのは確かだ。とりあえず『王妃』という立場で囲ってしまえば、後はどうにでもなると思っていた。


 しかし実際はどうだ……?


 現状を俯瞰で見ると笑えてくる。

 私は……龍王の……はずだ。



『シリック。ミレイにきちんと説明しろ。

 ……誠意をもってな』


『承知いたしました』


 シリックが胸に手を当てて一礼し、ミレイに向き直る。


『では、お話します……』


「ええ、お願いします。あなたが私に固執する理由をお聞かせください」



 ニコリと無邪気に笑う女性。 

 そこにいる誰もが『ただのニンゲンの女』と思うことはなかった。



 ──この女性は王の隣に立つべき存在だ









夜になると寒いですね。皆さん風邪などひきませんように……


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