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第185話 最適解②



『……シリック』


 水龍はそんなシリックを一瞥し、冷ややかに言い放った。


『……心得ました』


 シリックはニヤリと口元を緩めると、僅かに頭を垂れた。


 さすが我が王、もう気づくとは。

 とりあえず今はこちらのお嬢さんだな。


 シリックの視線の先には、口を半開きにして唖然としているミレイがいた。


 このお嬢さんには我が国の救世主となってもらう。


 ……是が非でも。




「なんでここの人は数カ月も前の些細なことを何度も蒸し返すのかな?」


 ミレイはことあるごとにキスの話題ふられ、笑顔を浮かべてはいても、その声音は怒りを孕んでいた。


『ふむ。龍王への口づけが些細なことだと?』

「国が無くなるよりいいでしょ?」


 シリックへの敬語もどっかに飛んでいった。ジトりと向けた瞳は明らかに非難の色が窺える。


『たしかにそうですが、龍王への口づけは特別な意味を持つんですよ。特に龍体への口づけは……』


 この期に及んで優美な彼の言い回しに、さすがのミレイも堪忍袋の緒が切れた。


「あーーもう! 遠回しな言い方はもういいです。ハッキリ言って下さい! だいたい今、何時だと思ってるの? いい加減、早く部屋に帰って休みたいのよ!」


『……』


 荘厳な王の間に声高な声が轟くと、水を打ったように静まり返ったのだった。


 そんななか、晴れて想いが通じ合った(?)水龍は何とも言えない表情で『…………みれい』と呼んだのだった。


 ………あーー。しまった!

 さすがにぶっちゃけすぎたかも


 ミレイが()()()()()とばかりに頭を抱えていたその頃。


 一番遠くで状況を見守っていたマルティーノもまた、複雑な思いだった。

 さっきまでの甘々な空気も居た堪れなかったのだが、今の空気の方がもっと微妙だった。慌てる水姫に明らかに意気消沈する我らの王。なんなら萎れた耳と尻尾が見えそうな勢いだ。


 気高く『孤高の御方』とばかり思っていたのだが……。


 一人の女に右往左往する様子は、神殿に従事し始めた若い神官達と大差はないように思える。



『ミレイ! 私とやっと想いが通じ合えたというのに、さっさと帰りたいとはどう言うことだ?!』


「だから、今のは売り言葉に買い言葉でぇ〜……」


『姫、さっきソレで大惨事になったから。もっと考えてから発言するの』


 額を押さえて呆れた声で注意をするのは、思っていたよりもしっかりしていた自分の息子だった。


 私の顔色ばかり伺っていたというのに……まあ悪くはないがな。


 そんな心中を周りに悟られないように、そっと息を吐いた。


 しかし水姫ではないが、たしかにそろそろ……。




『ハハッ。そうですねえ。予定外のことで遅くなりましたし、お年寄りもいることですから話を進めましょうか』

『それは誰のことだ?』


 シリックの軽口に追従したのは、ヒルダーだった。


『そこを気にするあたり、まだまだ青いですなぁ〜』

『なにか?』


 今度は何故かヒルダー卿と大神官様がバチバチし始めた。大神官様を前にすると、いつも冷静沈着なヒルダー様も態度がかわるみたいだ。

 マルティーノは肺の空気を全部吐くと、シリックに今日何度目かわからない提言をした。

『話を進めて下さい』と……。



『そうですねぇ。王族からの求婚は口づけで成立しますが、逆もまた然り。──水姫が陛下に口づけをしたことにより、求婚が成り立ちます。そして会話から察するに、陛下から水姫への口づけは既に交わされている、と思われます』

『そのとおりだ』


 月夜の夜にミレイに口づけをした。

 あれはバートンへの牽制もあったから、()()を求婚とするのか、と問われてしまうと躊躇うところではあるが、『口づけ』をしたのは事実である。


『ならば大丈夫です。陛下と水姫の婚約は成立しています』


「……いやいや。なにを良い笑顔で断言してるんですか。私は求婚してるつもりはないし、水龍さまもそうですよね? それなのに婚約は成立してました、なんて話をされても──」


 ちゃんちゃらおかしいと、ばかりに見上げると、考えこむ水龍さまがいた。


 ………………ん?



『政治の世界はだいたいそんなものですよ。それに今は婚約を受けても良いって思ってるんですから、多少の誤差の話でしょう? 何か問題がありますか?』


「……」


 普通に不思議そうな顔をしてるよ、この男。

 いやいや婚約してもいいって思ったの、ついさっきの話だから。


 信じられないモノを見る目でジトリとした視線を投げかけても、何ら表情は変わらない。


「あのねぇ──」


 しかたなく呆れ混じりに抗議の声を上げたが、その先が続くことはなかった。

 なぜならミレイの顔に影が掛かったと思ったらそのまま覆い被さってきたからだ。


「!!」


 唇に触れたのは少し冷たい感触

 でも柔らかくて──


 それは覚えのある感触だった



 影が少し遠ざかり視界に明るさを感じると、ふわりと、馴染みの香りが鼻腔に広がった。



「……………えっ?」


 なに?

 ……えっ?


 いま……キスされた、の?



 ゆっくり視線を動かすと、そこには少し緊張した面持ちの水龍さまがいた。



「えっ…………なんで?」


 当然の感想だろう。

 


 ぶわりと感覚が戻ってくる。

 それと同時に首から上が熱くなってきた。


「なんなんですか?!」


 みんないるのに!


 さっきのは緊急事態だったけど、今のは違うよね?!



『…………はぁ。不本意だが、お前の策にのってやる』


「…………はぁ?!」



 返ってきた言葉は意味が分からない上に視線は私ではなく、シリック様に向けられていた。更に意味不明なのはシリック様は『おめでとうございます!』と、嬉しそうに膝を付き、胸に手を当てて最敬礼の礼をとっているではないか。


「なに? ……なんなの?」


 私のこぼれた言葉は誰に拾われることもなく、ヒルダー様と大神官様までも膝をついて礼をとりはじめた。


『皆様方も新たな王妃様の誕生に礼を取らぬのは、いかがなものかと思いますよ』


 シリックの言葉にようやく意味がわかったのか、次々と膝を付き礼をとる。ラウザに至っては苦笑いを浮かべつつ、形ばかりの礼だった。

 最早立っているのは、水龍さまと意味が分かっていないミレイとロスの三人だけとなった。


「王妃?」

『王妃?』


 きれいにハモったのは声だけでなく、困惑する顔までも同じに思える。


『……あやつの策に乗るのは些か不愉快だが、背に腹は代えられないのでな。まずは既成事実を作り、外堀から()()()埋めていくことにした』


 吹っ切れたように爽やかに笑う水龍さま。


「既成事実……って。……外堀??」


 水龍さまの言葉の意味がわからない。

 でも不穏な単語に、不安しかない!



『先程の陛下の口づけで、とりあえず成婚の儀式は成立しました』


「いや、だからぁ……」


 堂々巡りになりそうな問答に、カリアス様が救いの一手を投じてくれた。



『あの、私が最初から説明します。

 これは単純な話で、順番が違うと言うだけのことです』

「順番?」


『はい。水姫が陛下を起こされる時にした口づけを「求婚」と捉えた場合、陛下の()()()()()()は、姫の求婚を「受けた」と言うことになります。よってこの時点で婚約成立となります』

「……いや、そんなこと」


 目線が交わらないまま、そのままの勢いでカリアス様は言葉を紡いでいく。


『そして先程、龍体の陛下に口づけをなさいましたよね? 実はあの行為こそ、成婚の儀に行われる誓いなのです』

「…………はぁ?」


『そして今、陛下が水姫様に口づけをしたことにより、水姫様からの求婚を……我らが王が()()()()()()()()()()「結婚」が成立した、と言うことになります』

「……」


 ミレイからの圧が効いているのか、理不尽だと分かっているからなのか、カリアスの言葉は徐々に尻しぼみになっていった。



「………………そんなんでいいんですか?」


 長い間のあと、やっと出た言葉がこれだった。



 ──本来ならば『成婚の儀』は前日に神殿で身を清めるところから初まるくらい、厳かで神聖な儀式らしい。



「一国のお妃様を決めるのが、こんなんでいいんですか? そもそも女からの求婚を王たる水龍さまが『受ける』とか! そんなの情けないってクレームきますよ!」


『そこは気にしないで大丈夫ですよ。

 事実と真実は必ずしも同じではないですし、真実は一部の者が知っていれば良いことです』


 サラッといいのけたのは、腹黒シリック様だった。詫びれもないことから、これは彼にとって普通なのだろう。


『幸いにも成婚の儀式に必要な最低限の条件は満たしてますよ。

 大神官様と式部長官であるヒルダー卿、そして両宰相。あとは──』


 シリック様は天井を指指すと、僅かに風を起こした。すると天窓につけられた一枚のカーテンがゆらゆらと開いていった。そこから見えたのは──大きな満月だった。



『なにが幸いだよ……』


 ラウザの皮肉まじりの嘲笑が聞こえた者もいただろうが、誰も何も言わなかった。

 



 ──満月……ねぇ。

 そう言えば村にいた時、私を元の世界に帰すのは満月の夜じゃないと無理って言ってたよね。 

 満月の夜に力が昂るとか、なんとか……。

 よく知らないが、特別な意味があるのだろう。しかし今はそんなことはどうでもいい。



「はぁ……。そもそもシリック様は、どうしてそこまで私に固執するんですか?」

『……固執、ですか?』

「えぇ」


 シリック様の前まで歩みよると正面から見据えた。今までのやりとりを『固執』と言わずになんと言う。


 シリック様は少し驚いた表情をすると、なぜか嬉しそうに微笑み、その細い目を僅かに開いたのだった。












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