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第182話 阻む①



 ヒルダー卿とバートンの二人がかりで術を行使してくれてるおかげで、なんとか最強の牢獄に入ることはできたけど……。これが六桀金甌(むけつきんおう)


 転移して中に入った瞬間から周囲の水が無数の針のように全身を突き刺してくる。


(やっぱり姫以外は攻撃してくるのね)


 でも怯んでる余裕はない。

 ここで、もたもたしていたら術の『緩み』がなくなり、このまま閉じ込められてしまうからだ。痛みと眩しさで閉じていた眼をそっと開けると、手を伸ばせば届く距離に姫がいる。淡い光に包まれて揺蕩う姫は、まるで不可侵領域に存在しているかのような神々しさだった。 


 ──それは時間にするとほんの数秒。


 クウは現在の緊迫した状況も、己のやるべきことの全てを忘れ、その光景に魅入ってしまった。


 数拍の後、頭を振って意識を戻すと、全身の痛みに耐えながら必死に手を伸ばす。指先がミレイの手首に僅かに触れたことで、チャンスと言わんばかりに更に手を伸ばし、手首を鷲掴みにするとそのまま強引に引き寄せた。


(ひめ……姫!)


 声にならない声で呼びかけると、薄っすらとミレイの目が開いていく。


(姫!!)



(………………クウ?)


 コクコクと頷くと、目の焦点がようやく合った。


(ここから出るから、クウに捕まって!)


 ミレイの手を首に回させて、ギュッとミレイの体を抱き寄せると、夢現の状態のミレイをそのまま意識を集中して転移した。





『クウ!』

『……無事か?』



『……ゴホッゴホッ!』


 全身に掛かっていた高密度の水圧から一気に解放されたせいか、肺に尋常じゃないほどの負荷がかかる。


 体だけじゃなく、息をするだけで……


 あの短時間でどれ程の『圧』を受けていたのか、骨身に染みてよくわかった。



「……大丈夫?」


 差し出された白い手の平にあるのは、今まで幾度となく口にした姫の涙。でもそれは、今までの物とは似て異なる代物であることは一目瞭然だった。


『ほぉ。これこそまさに泪龍石(るいろうせき)ですな』

『えぇ、この青味ががった透明な結晶石こそ、真の聖石──泪龍石です』


 大神官様とマルティーノ卿が食い入るように見つめるなか、クウが口に含むと一瞬身体から淡い光が放たれた。


『……苦しくない。痛みも……』

「良かった〜」


 そう笑う姫は、いつもと同じ笑顔だった。


『……大丈夫なのか?』


 少し距離をとりながらも耳に届いたのは、ぶっきらぼうな父親の声。なんだか照れくさく思い、返事をするに留めた。むしろ……


『姫は大丈夫?』


「うん。平気だよ、ありがとう。

 それよりも──」


 問い掛けたミレイの声は『グァーー!』と言う、龍の咆哮にかき消された。




「な、なに? えっアレって……」

『……うん。水龍さまなの』

「なんでこんな事になってるの?」


 ミレイの最後に見た光景は、冷ややかな目をした水龍さまに閉じ込められるところだった。それが今は水龍さまは龍化して巨大な龍となり、剣を構えたロスとラウザが対峙している。


『……姫に裏切られたと思っていらっしゃるの』


 ポツリと零されたひとこと。


「えっ……。誰が?」

『水龍さま』

「裏切るもなにも、私の方こそ突然水の中に放り込まれたんだけど」


 非難がましい物言いに、クウは視線を外したが、しかし神妙な面持ちで言った。


『水龍さまは拭えないトラウマを抱えていらっしゃるから……』


 そう言って俯くクウを横目に、龍化した水龍さまに視線をむけた。


 あぁそうだったね。お母さんと前の水姫……


 切なげに聞こえる咆哮に、ミレイは悲しさよりも恐怖よりも、モヤモヤとした不満が胸に湧き上がる。


「…………おもしろくない」


 不意に溢れたひとこと。

 小さな独り言を拾えたのは隣にいるクウだけだった。


『……ひめ?』


 いぶかしげにミレイを覗き込む。



「おもしろくないな……って思ったのよ」


 今度ははっきりと。

 それはサンボウはもとより、ヒルダーとマルティーノ、大神官の耳にも届いた。──届いてしまっただけに、大神官を除く全員が、無言で視線が交わしたのだった。


 ミレイはそっと首元のネックレスをつまみ上げた。


 ……わかってる。

 私のわがままだってわかってるよ。

 水龍さまへの返事を先延ばしにしたのも私だし、売り言葉に買い言葉で傷付けたのも私! 全部欲張りな私のせい……。


「……でも、あの人の琴線に触れるのは私であってほしいのよ」


 消え入りそうなほどの小さな声。

 でもこれが飾らない私の本音だ。


 それを聞いた大神官様が『ほお?』 と、笑みを浮かべるなか、サンボウが意を決したようにミレイの肩を掴んだ。


『姫はどうしたい?』

「わたし?」


『あぁ。私達は陛下の臣下ではあるが、姫の友人であることに変わりはない。……友が望むことならば、叶えてやりたいと思うのが普通だろう?』


 そう言って額から頭部に向けて手を滑らすと、穏やかに笑った。



「私は……」


 ミレイは顔を上げるとサンボウの目を見返してはっきりと告げた。


「勘違いを正して、あとは言えなかったことをちゃんと伝えたい」


『それがいい。そうして前を向いている姫が一番……好ましく思う』


 一見、友としての言葉に聞こえたが、その瞳も声音も、友人に贈るには熱を帯び過ぎていた。ミレイは一瞬目を見開き

『……ありがとう。でもサンボウの一番は今も昔も水龍さまでしょ?』と、笑顔で返したのだった。その言葉に今度はサンボウが目を剥く番だった。


『それくらいわかるよ。あなたの心の一番真ん中にいるのは水龍さま。でもそれでいいと思うんだ。でないと、私がここに連れてこられた意味ないし?』


 暗に、無断で連れてきたことへの非難が籠められていて、サンボウは胸を押さえて視線を流した。


『それ、前にもサンボウに言ってたの。もしかして姫は意外と執念深いの?』


『意外じゃなくて執念深いのよ。

 女なんてそんなものでしょ? ね、ヒルダー様?』


 にこりと笑いかけて同意を求めると『女性の場合は想いが深いともいうな』と、大人な返答が返ってきた。


「ふふ。……じゃぁ水龍さまのところに行ってくるね。サンボウ、水雲だしてくれる?」


 強い意志を宿した瞳は、出会った頃と変わらずに美しい。


 この国に来て立場や待遇が変化しても、姫は変わらないんだ。


『姫の望むままに……』


 手を翳した先に水雲が現れると、慣れた様子で飛び乗った。


 最初は腹這いになって、必死にしがみついていたのに……いつの間に……。


 こちらを見据える双眸は、黒曜石を思わせ程に美しく、スッと鼻筋の入った鼻と、口角が僅かに上がった唇は勝ち気な本来の気性が滲み出ていた。


「じゃぁ、行ってくるね!」


 艶やかな黒い髪を靡かせて、巨大な龍のもとへと、迷いも躊躇いもなく向かって行く。


『こんなの、惚れるなって言うのが無理だな』

『まったくなの』


 かつての二人の妖精は、互いに視線を交わして苦笑した。


 まだ何の解決してないのにね。

 姫の笑顔をみてたら、大丈夫だって思えるから不思議なの。姫がいれば、水龍さまもきっと大丈夫。



 水龍さまと対峙してるロス達は、未だに声が飛び代っていた。それでも水雲を操り、難局に自ら進んで飛び込む様はとても頼もしく、その小さな背中ならなんとかしてくれるのでは?と、おもえてならなかった。


 まってて水龍さま、私が行くから!




今回は大分間が空いてしましました。すみません。

そんな中でも読んで下さる皆様に感謝です。

残すところ、あと数話となりました。引き続きよろしくお願いします!

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