第179話 想い②
色のない蒼い瞳
象牙の彫刻のような無機質な顔からは、一切の感情を読み取ることができない。
何か……言わないと
やってしまったと、後悔しても頭のなかは真っ白だった。
「…………あ、あの。さっきのは……その。ちがうの」
ようやく口に出た言葉
──でも…… ホントウニ チガウ?
頭の片隅で囁く声が聞こえた。
ずっと考えていた。
ここは良い国だし、大切な友達もできた。
……心から好きだと思える人もできた。
デモ アキラメ キレナイ
生まれた国を……
残してきた家族を、諦めることなんてできなかった。
一層のこと、二度と帰れないって言われた方が諦めがついたかもしれない。
でも実際は、水姫が入国した後に外に出た事例がないとか、龍族になる儀式を受けなければ、可能性はあるかもしれないと、一縷の希望を抱かせるような言葉を耳にしてきた。
最近だと、水龍さまは異界でも自由に渡れるって聞いたし……。
『陛下、恐れながら申し上げます!!』
不意に掛けられた声にハッとして意識を戻した。嫌な沈黙が流れる二人の間に、クウが膝をついて進言をしたのだ。
『水姫様は──』
『…………下がれ』
無機質な声で告げらた一言。
次の瞬間──
ドッッ!
突如、空間が圧縮されたような圧が、その場にいた全員の身に降りかかる。
『うわっ!』
「……カハッッ!」
上から押し潰されるような威圧感に、肺が悲鳴をあげる。私はなし崩し的に床に座り込んでしまった。
『姫!』
隣にいたロスがすぐに簡単な結界を張ってくれたことで、呼吸が楽になった。それはクウにも言えたことで、サンボウが同様の処置をしたようだ。
息絶え絶えの状態で周りを見ると、みんなかろうじて立っている状況だった。
……これは、夜会のときと同じ?
ここに居るのは国を代表するような実力者ばかりだから、あの時のように床に這いつくばるような光景にはなっていない。しかし彼らをもってしても、龍王の発する圧を受け流すのは、まさに難境といえる状況だった。
「水龍さま……」
弱々しい声に視線が向けられる。
瞳と瞳が交差するも、その瞳は冷ややかで恐怖よりも哀しさがミレイの胸を締め付ける。
『……おもしろかったか?』
「……えっ?」
『滑稽だったであろう』
「……なに、を」
なにを言ってるの?
『一国の王。それも最強と言われる龍王を手玉に取るのは……』
自嘲気味に片頬を歪ませる。
「!」
色のない瞳に、深い哀しみの色が見え隠れする。反射的に一歩膝を詰めるが、ロスに止められた。
「違うの! さっきのは売り言葉に買い言葉みたいなもので! 咄嗟に出ただけで…………本心じゃないの」
最後は絞り出すように言葉を紡ぐ。
『無意識下に出る言葉こそ、真実をはらんでいる。
──心理戦の常識だ』
「…………そんな」
失敗、した。
売り言葉に買い言葉なんて、元の世界だったら普通にあったけど……。
水龍さまは私に心をくれた。
私が信じられるまで、幾度となく言葉を重ねるとまで言ってくれた。
そんなふうに真摯に向き合ってくれた相手に、私は勢いだけでその場しのぎの言葉を言ってしまったんだ。
『お前も……私を裏切るのか?』
──オマエモ
あぁ……そうだった。
水龍さまはお母さんには疎まれて拒絶され、前の水姫には裏切られたんだよね。それを思うと、どんな想いで愛してると言ってくれたのか。
私は……馬鹿だ。
後悔に苛まれる私の体が、不意にフワリと宙に浮いた。
『姫!』
ロスの声が耳に届いた時には、私の体は水龍さまの手中にあった。
『どうしても帰ると言うのであれば……帰る場所などなくしてやろうか? 私は龍王、弱いニンゲンなど、どうにでもできる』
「そんな!」
反抗する気持ちで見上げた先にあったのは、およそ覇気のない顔だった。
水龍さま……
言葉の強さと表情があってないよ。
まるで捨てられた子供のような哀しみに濡れた顔。
『逃がしてなどやらない。お前の気持ちなど知ったことか。──私は欲しいものを手に入れる』
「……」
私の人格全無視な言葉。おまけにモノ扱い。
ひどいこと言われてるのは私なのに、なんでそっちが苦しそうな顔をしてるのよ。
どうしてそんなに優しく触れるの?
「……水龍さま」
頬に触れる手にそっと手を重ねると、ビクリと異様なまでに反応をしめした。
──お母様も水姫も、最初は優しかった。
でも……私が愛した女性は手に入らない。
ミンナ ワタシヲ ステルンダ
心の中にドス黒い感情が生まれる。
『それなら、いっそうのこと──』
「水龍さま?」
『このまま……お前を閉じ込めてしまおうか』
「…………えっ?」
『『陛下!!』』
零れた一言に、サンボウ達が声を上げる。
仄暗さが、哀しみに濡れた美しい顔を塗り替えていく。
『オマエは、私のものだ』
水龍の手からフワリと水が湧き上がり、ミレイの体を覆っていく。……そう、これは幾度となく私を護ってくれた『水牢』
「水龍さま?!」
『……抵抗しても構わない。
私の前では無意味、だがな』
今度こそ手に入れてみせる
私は──龍王だ