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第178話 想い①

 


 シリック様はもともと、私の力の源は水盤の水に起因するのではないかと、考えていたらしい。


 水盤も水も初代龍王陛下がこの地に降りられた、湖を拠り所にして作られている。初代様は即位式の折、国の「繁栄・浄化・護国」の願いをこめ、この地に龍王国を建国されたらしい。そこから数千年、その想いは途切れることなく歴代龍王により、新たな力と祈りがこめられてきた。──この事こそ水盤が国宝と言われる所以である。


『我々は初代龍王陛下はもとより、歴代王の御心をうつす水盤を「蒼の聖水」と呼ばせて頂いております』


「蒼の……聖水」


 説明を聞けば聞くほど、やらかした感が増す。


 つまり私は、その尊いお水をバケツに溜まった雨水のごとく、下にこぼしたってこと……だよね?


 厳かな口調で語られた歴史も、私の恐怖心を煽るだけだった。


「いや、本当にわざとじゃないんですよ。友達の命かかってたんで……そのぉ……」


 額に手をあてて、再度言い訳を試みる。叱責されないことがむしろ私の心を疲弊させていく。


『おい、大丈夫だと言っただろう? 私の言葉が信じられないのか?』


 少し不機嫌そうにこちらを見る水龍さまに、大きく息を吸って「もちろん信じてますよ」と、伝えたが、顔色の悪さはそのままだ。


『伝統や儀式は重要だ。しかしどんなに重要な儀式でも、皆の心の拠り所だとしても、国が無くなれば意味はないのだ』


「国が……無くなる?」


『そうだ。私は自力で目覚めることが困難だった。だからこそミレイ達の働きがこの国を救ったのだ。……何度も言ってるだろう?』


 私は、目を逸らすこともできなくて、その蒼の瞳に飲み込まれたまま「はい」と頷いた。


『水は新たに張りなおし、今代の龍王たる私が願いを籠めた。だから問題はない。──それに、聖水といえど所詮ただの水だ。どれだけ祈りを捧げようとも、国を護るのは、護れるのは今、この国に生きる者達だ』


 後半はミレイだけでなく、周りの臣下にも言い聞かせるように、一人一人の顔を見渡して言葉を放つ。


 それは強い意志に裏打ちされた響きを持ち、王たる威厳がその後押しをする。されど蒼の瞳に宿るのは、ゆるぎない『信頼』だった。それは感情の輝線となって、各々の心を貫いた。



『私達が国を護る……』


 吐露されたひとこと。

 それは一人の神官の心の奥底から溢れ落ちた言葉だった。


 ──マルティーノも事の経緯は聞かされていた。仕方が無いことだったのだろうと、頭では理解していても、納得はしていなかった。

 神殿のナンバー2として、実務面で采配をふるい、王宮との腹黒い交渉を交わしながらも、その信仰心は誰よりもあつく、気高いものだった。だからこそ水姫の短絡的な行動が許せなかったのだ。


 そしてそれはマルティーノだけでなく、上位神官達も同様であった。

 大方は『たかかニンゲン風情が聖水を軽んじたあげく捨てた』という認識だった。

 国宝である水盤を傷つけ、初代龍王陛下の時代から脈々と護られてきた聖水を無に帰した。それは何にも勝る重罪なのだ。それが執拗に水姫の身柄を、神殿に移すように要求していた本当の理由でもあった。


──己の愚行をその身に……脳に刻ませるために 


『我々神殿が祀る神は、唯一無二の創造神様じゃ。初代龍王陛下は創造神様自ら生み出し、使わした使徒のような御方。

 神殿にとって聖水は、創造神様との確実な繋がりを感じさせて頂ける唯一の御形だったからのぉ。お前が、あの娘に憤る気持ちもわかるぞ』


『大神官様……』


 前を向いたまま、でもゆっくりと語られた言葉は、まさにマルティーノの奥底にある感情だった。


『ヒルダー卿の屋敷から帰還してより、思い悩む姿をよく見るようになったな』

『そんなことは……』


『誤魔化せると思っているのか? たくさん思い悩みなさい。それが民に寄り添う御心に通じるものとなる』

『……はい』

『しかし私は思うぞ。今日、諦観鏡ていかんきょうの映像を観ても気持ちは変わらぬか?』


そっと向けられた瞳には慈愛の色が浮かんでいた。マルティーノは、ふっと肩の力を抜いてゆっくり首をふった。


『そんな事を言う資格は私にはございません』


 実際、映像を見て知った。

 あらゆる手段を用いなければ、王の目覚めは叶わなかった。お目覚めになられたこと自体、奇跡だったのだと、初めて知った。


 私はそんなことも知らずに……。


 ましてや友を救う為だという。

 水姫の言う『友』とは……今更口にする必要もないほど分かりきっている。


『祈りで……祈りだけでは、国は護れませんから』


 モノクル越しの瞳は、柔らかい色を滲ませていた。


 

 その様子を遠目で見ていたヒルダーは、口角を僅かに上げて目を細めた。

そしてミレイに向きなおり、己の考えうることを述べた。


『水姫はこの国に訪れる前。……ニンゲンの国にいた頃から、癒しの力を行使していたと聞いているが、間違いはないか?』 


 その問に三人の元妖精は真面目な面持ちで返答をする。


『ではおそらく、その身に宿る王族の血と腕輪が共鳴した為だろう。』


『そうだな。腕輪は水姫の為に作られた物ではあるが、もとは湖の宝石から作られたものだ』


 ヒルダー様の言葉に水龍さまも同意する。


「あっ!……そうか」


 水姫がこの国に渡る時に必要な、通行手形のような物がこの腕輪だったよね。装飾品の形はしていても相応しくなければ攻撃するって言ってたし……。


「あの湖って大切な場所なんですね」

『その通りです』


 シリックはよくできた生徒を褒めるかのように、糸目を更に細くして言葉を続ける。


『国宝である水盤も、納められる聖水の源も、異種族である人間を管理する為の装飾品も、全て「始まりの湖」から構築しています。故にあの地は王族以外立ち入り禁止なのですよ』


「そうなんですね。……納得しました」


 ただの湖水デートだと思ってたのに。

まさかあの湖がそんな重要な場所だとは思いもしなかった。


 ──って言うか、そんな由緒正しい湖の湖畔で何やってんの私達!!


 あの日の出来事が脳裏に浮かぶ。


 国の始まりの起源とされ、今でも国防と祭事の要である湖でイチャコラしてたなんて……。あーー恥ずかしい!!


 火照る頬を少しでも冷やす為に、そっと深呼吸を繰り返す。絶対に誰にも知られたくない!



『湖といえば、水姫様は湖底まで入られたのですか?』


 知られたくないと思った矢先、シリック様がぶっ込んできた。


『えっ。水姫様は湖に行かれたのですか?』


カリアスが初耳と言わんばかりにこちらを見てくる。


『ああ。先日、二人で散策にな。もちろん湖底にも入ったぞ』


『そうでしたか』


『湖の地に入るだけでも貴重なのに、湖底まで入ったとなると、お嬢さんもう確定だな〜』


 ニマニマとラウザが笑う様子を見て、「何が確定なんですか?」と訝しげに問う。


『そんなの決まってんだろ。お嫁さんだよ!』


「…………はぁ?!」


 ミレイは素っ頓狂な声を上げて反論する。


 私、連れ回されただけだし!

 そんなので嫁、確定にしないでほしい!


「なんでそうなるんですか!」 


『むしろ国の最重要基地に入って、その重要性を何も思わなかったのか?』


 呆れ顔のラウザに、別の意味でカアーッと顔に血が昇り、「それどころじゃなかったんですよ!」と、言っては見ても何の釈明にもなっていない。


『あぁ。陛下に言い寄られて?』


 ラウザのニマニマ顔がとまらない。


『答えはもう出てるんだろ? もう、わかりきってるんだから、そんな焦らさないでいいと思うんだけどなぁ。──あぁ、あれか! 愛されてる自分を堪能指したいってヤツか!』


「……はぁ?」


 自分が思ってる以上に低い声が出た。


『令嬢の中にはいるんだよ。追われる自分に酔ってるヤツが。あれは外から見ると滑稽だからやめた方がいいぞ』


『ラウザ卿、もうその辺りで……』


 ミレイとラウザの間にクウが入って、会話を終了させようとするが、一歩遅かった……。


「誰が自分に酔ってるって? いい加減なこと言わないで! そもそも私は元の世界に帰るつもりだし、嫁になんてならないから!」


 ミレイが力いっぱい叫んだあとは、水を打ったような沈黙が流れた。

 

 ある者は驚愕で目を見開き、ある者はやっちまった、と言わんばかりに頭を押さえて俯いた。そして水龍は……


「………………今、なんて言った?」


 と、抑揚のない声で呟いた。

 それは地獄の閻魔様も逃げ出すのではないか、と錯覚するほどの感情のこもっていない、声だった。







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