第175話 王の間⑥
──穢れを浄め 癒やしをもたらし
祈りの力で生命の源泉を呼び覚ます
博愛の心で人々と向き合い
身分も役職も
彼女の前では意味を持たない
傷付き者に寄り添い
神秘の力を涙に纏わせ 輝きを放つ
深い慈愛と創造神様の加護を得た彼の方を
いつしか人々は こう呼ぶようになった
『癒しの聖女様』と──
(開闢記『聖女』より抜粋)
◇ ◇ ◇
「せいじょ? ……誰が?」
みんなの視線が私に集まるなか、受け入れ難い言葉に唖然として言葉を紡ぐ。
『もちろん……』
「いや、待ってよ。聖女なんて大層な名前を付けられても、私はそんな器じゃないよ」
担ぎ上げられても困る!
そんな思いで夢中で反論した。
『もちろん。あなたが聖女様だとは言っておりませんよ。古の聖女様と同じ力を持っていると、話をしているだけです。……あぁ、勘違いさせてしまいましたか?』
しれっと言ってのけたシリックが作り出したイヤ〜な空気に、沈黙が流れた。
「……」
『父上!』
そんなシリックを、なんとも言えない表情でサンボウがたしなめ、ロスも反論をしてくれたが、その内容は……
『シリック殿、そんな言い方は良くない。それではまるで、姫が勘違いヤローのように見えてしまいます!』
と、どう考えても手放しで「ありがとう!」と言えるものではなかった。
ロス気持ちは嬉しいけど、それは口にしちゃ駄目なヤツなのーー!
『まぁまぁ。姫の能力は古の聖女様と同じくらい素晴らしいってことなの』
気遣い屋のクウの言葉に、とりあえず無言でコクリと頷いた。
『その通り。泪龍石は、聖なる癒しの力を持った特別な結晶石だ』
「るい……ろうせき?」
『水姫の流した涙のことだ』
なんか凄い名前ついてきた。
ヒルダー様は真面目な顔で頷くと、マルティーノ卿が古の聖女様について説明してくれた。
聖女様は、優しく聡明な女性であり、国の為、民の為に日々祈りを重ね、研鑽を積み、その努力の形を成したものが泪龍石だと言う。
ちょっと待ってよーー。
私、その人と比べられるの? いやムリムリ。
私にそんな清い心なんて皆無だよ。
「説明聞いて納得しました。同じ水姫でも、私は聖女様とはまったく違うと思います」
ニッコリ笑って、なんなら良い笑顔で断言した。
むしろ、同じ扱いなんてされたらこっちがいい迷惑だ。
『そんなことはないぞ。食堂の一件で、民を救おうと行動を起こしたミレイは正しく聖女だった』
「……」
私が傷ついていると勘違いしたのか、水龍さまがフォローを入れてくれた。
イケメンが眩しい。……じゃなくて!
そんなフォロー望んでいないんだけどなぁ。
「そもそも、私の涙が石になったのは、私に王族の血が入ってるからですか?」
『もちろんそれもあるが、それだけではないだろう』
「ヒルダー様、どういうことですか?」
『涙が結晶化するには、自身の体内で妖力を高めて、練らなければならないのだ。水姫にはそれが可能な程の妖力はない』
「そうですね。人間なので」
抑揚のない声でサラッと言うと、ヒルダー様は口を真一文字に結んで微妙な顔をした。
『違うだろう? ミレイは龍族だ。しかも私と同じ王族だ』
嬉しそうに顔を綻ばせる水龍さまのテンションにイマイチついていけない。
「人間ですよ水龍さま。
血がどう、とか言われて私の存在意義は変わらないし、意識も変わりはしません」
真正面から意見すると、水龍さまは一瞬哀しい顔してみせた。
『それについてですが、水姫様について確認すべきことがございます。是非皆さまにも同席を願いたい。……陛下よろしいでしょうか?』
恭しく頭を下げるシリックに、水龍さまもスッと龍王陛下の顔になり、あぁと了承した。
シリックは、カリアスとサンボウを祭壇の上に呼ぶと、祀られている巨大な鏡を下ろすように命じる。
『なんだ。あんな重いものを下ろすなら自分に言って貰えば良いものを』
遠目で見てもなかなかの大きさだったが、運ばれてる様子を見ると、成人男性二人でもかなり重そうに見える。
『粗忽者の手に国宝を預けるなんて真似、あの方がするとは思えないの。それこそ愚考でしょ』
ロスの零した独り言に、クウが答えた。正に一刀両断だ。
『ひどい言われようだ』
鼻息を荒くするロスをみて、思わず「ふふっ」と笑いがもれる。
『姫、笑うところじゃないぞ。粗忽者呼ばわりされたんだ。』
こんな空気のなかでも、ロスもクウも変わらない。それが心地良かった。
『二人共ありがとうございます』
地上に着き、シリックの言葉にカリアスは『いえ』とだけ答えて頭を下げた。
それを見ながらラウザはニマニマと
『宰相二人を使いっぱしりするとは、さすがシリック様だよなぁ』と、意味ありげに笑った。
『役職ではなく年齢で選んだだけですよ。なおかつ性格も加味した上でね。なにせ、国宝である諦観鏡に触れるのですから、体力と冷静さ、加えて状況判断ができる者ではないとね。
……ご自分に声が掛からなかった理由に当てはまりましたか?』
爽やかな笑顔でシリックも返した。
……やり返しとる。
こういう宮廷のアレコレって本当に怖いよねえ〜。
『ではヒルダー卿よろしくお願いします』
勝ち誇った顔で先に話を進めようとしたところで、シリックは思わぬ方向から足止めを食らった。
『ヒルダー卿?』
『……年齢が加味されるのであれば、私は休んでても良いはずでは?』
ヒルダー様のブスっとした一言に、一瞬沈黙が流れたあと、プッと誰かの吹き出す声が漏れた。
「たしかに! ここに来てから一番働いてるのヒルダー様ですね!」
『……いかにも』
思わず私も声に出して笑ってしまった。だってヒルダー様は大神官様の次に年くってるだろう、おじいちゃんだ。
実の兄のこの反応は、シリックにも予想外だったらしく、頭を描いて『まいりましたね』と呟いていた。
『兄上の協力がなければ、この先の話に進めないのですが……?』
眉尻を下げて、小首を傾げてわざわざ兄上呼びをして様子を伺う。
『……そう思うのであれば、もう少し他者を尊重しなさい。ここにいる皆は、お前の独壇ショーを見物するために集まったのではないぞ』
『……』
人間で言うならばシリックは四十前半くらいの年齢だろう。
子を持つ親であり、前宰相おまけに名家と言われるペトラキス家の現当主である。普通なら恥辱で顔を真っ赤にして、反論の声を発する場面だ。
周囲にも緊張が走る。
『……ふむ。たしかにそうですね。
失礼しました皆様方』
シリックは幾ばくか思案した後、胸に手を当てて諸罪した。
『フッ。それはお前の最大の長所だな。状況判断能力はこの国随一だろう』
『おまけに誇りはあれど、下手なプライドは持ち合わせていない。素晴らしいですなあ。フォッフォッフォ』
水龍さまの言葉に続いた大神官様は、なんだか楽しそうだ。
でも、たしかに凄いと思った。
私なら謝れないな。……そもそも、なんでこんなところで言うの? って、思っただろうなぁ。
「こんなところで言う」から意味があるのにね。
ミレイのなかでシリックの評価が上がった瞬間だった。
『はぁ〜。お互いやり手なの』
「なにが?」
『あえて叱責することで場の空気を正すヒルダー様も、マイナスになりかねない場面で自身の評価をプラスに転換するシリック様の手腕も』
「……なるほど?!」
『……あーいうのを見ると、まだまだだなって実感するの』
「私に言わせれば、俯瞰で見れるクウも凄いと思うよ。なかなか気づけないと思うし、それも才能だよ」
パチリとウインクすると、クウの顔も綻んだ。
そうこうしてるうちにヒルダー様が鏡の前に立って詠唱を始める。
……考えてみたら、ヒルダー様って元宰相で今は式部の長官だよね? 行事を仕切る部署だし、こういうのは専門外のはずじゃないのかな?
普通に、この国は有能な人材だらけだよね。すごいわ~。
ミレイが意識をすっとばしてる間にも、詠唱は続いていく。
これから苦悶と恥辱が襲ってくるとも知らずに……
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