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第170話 過去に向かう扉



『あぁ。君達はここで結構です』


『!! そういうわけには参りません』

『それに、ここを使われるのですか?』


 王の居住区である、東宮の奥にある簡素な扉の前で、シリックとミレイの衛兵が揉めていた。


『ここから先は誰でも通れるわけじゃない。もちろん知ってるでしょう? 大丈夫、水姫様は僕が責任もって送りますから』


 宰相と同じ、少し細い目を緩ませて微笑んでみせる。

 そこまで言われては、ペトラキス家当主であり、その影響力は計り知れないシリックを相手に反論できるわけもなく、二人は渋々『わかりました』と、項垂れた。


『私はお部屋でお待ちしております』


 そうソニアが言うと、シリックは『遅くなるから部屋に戻っていなさい』と、暗に自室に下がるよう促した。


『シリック様。お言葉ですが、ここが王宮である以上、私にはお仕えする主の無事を確認する義務がございます。ですので、そのご命令には従えません』


 かつての雇い主であるシリックに対してなかなかの物言いである。実際、二人の衛兵はギョッとした表情をしていた。


『……なるほど。では好きにしない』



 シリックが謎の板を扉にかざすと、ギィと扉が開き、シリックは手を差し伸べてミレイを促した。

 心細そうに振り返るミレイを、ソニア達はただ見送ることしかできなかった。


 パタンと、背にした扉が締まり、改めて正面に向き直ると、目の前にはもう一枚の扉があった。

雅なこの王宮において、異質なほど古く、石でできた扉は堅牢な雰囲気を醸し出している。


「もしかして、こちらが本当の扉ですか?」

『よくわかりましたね』


 そんなのは少し考えればわかること。

 外の扉は、この扉を隠すために後から作られたものであり、だからこそ簡素な造りだったのだ。


「この扉はどこに続いてるんですか?」

『すぐにわかりますよ』


 再び板を扉にかざすと、淡い光を放ちズズッと重い扉が勝手に動きだした。


「動いた!」


 開いた扉の奥では、ランプが一つまた一つと、灯りがともっていく。


「すごい。RPGの世界みたい」


 先ほどまでの不安はどこにいったのか、等間隔に灯りがともっていく様子は、まるでゲームの世界に誘われるような感覚で、俄に心がざわついた。


『こちらです』


 示された先は薄暗い階段で、頭上の灯りがあっても足が竦む。


「どこに行くんですか?」

『すぐ着きますよ』

「……」


 螺旋階段を降りて右に曲がり、三叉路を直進してまた階段を降りていく。

 壁は少し湿っていて、触れるのは躊躇われたが、安全に進む為には四の五の言っていられない。

時折、ピシャんと水滴が滴る音がこだまし、深く息を吸い込むと、カビ臭さが鼻につく。


 ……そういえば、ここに来たばかりの階段に似てるかも。


 薄暗くてカビ臭い光景は、命からがら、この国にたどり着いたあの時を思い出す。


 階段はところどころ崩れてて、足場も悪くて……まるで廃墟のようだったのよね。


 でも正直あの時はそんな余裕はなかった。

 手の中には、文字通り命をかけた小さなクウとサンボウがいた。その命の炎は今にも消えてしまいそうで、前を飛ぶロスだってギリギリだった。


「なつかしいな……」


 しんみりと呟いた一言に、シリックが『何がですか?』と問いかける。


「……ここと似た光景を思い出しただけです。それよりも、どこに向かっているのか教えて下さい」


 話をそらしてみるが、相手も

『あなたが以前行ったことのある場所ですから安心して下さい』と、そらされた。いい加減文句の一つでも言ってやろうか、と口を開いた時『そろそろ陛下やうちの愚息も着いている頃だと思いますよ』と言われ、出鼻を挫かれた思いはするが、とりあえず安堵する。


「二人がいるなら、まぁ安心かな」


 ボソッと呟いたはずなのに、窓のない石造りの階段は音を反響させる。


『ふふっ。僕だと不安ですか? 信用がないですねぇ』


「そういうわけじゃ、無いですけど」


 尻すぼみに言葉を濁すも、意味は無いだろう。


『まぁいいでしょう。

 それよりもあなたが生まれた国は面白いですね。見たことのない物ばかりで、驚くべき発展をしている。あの世界は知識と情報の宝庫と言っても過言ではないでしょう』


「私が生まれた国?

 ……えっ、知ってるんですか?」


 いきなり爆弾を投下された気分だ。


『少しね』

「…………へぇ~」


 それはおかしい。

 水龍さまが眠りについた時、この国にいた全員を眠らせたという。それならシリック様も眠りについたはずだ。それなのに私が生まれた国──現代日本を知っているという。


 リリスさんのいるアーヴ国じゃなくて、異界の日本を知っている理由


 そんなの、理由は一つでしょ。


 シリック様は行ったんだ。

 私がこの国にいる間に、現代の日本に……。

 でも……なんで? それに、今は界を渡れないはずじゃないの?


 チラリと見上げたその時、足元を滑らし「きゃあ!」と悲鳴をあげると、すぐにシリックに抱きとめられた。


 サンボウとも、水龍さまとも違う。

 クウやロスみたいな安心感もない。

 ……ただ、寒気がした。


『大丈夫ですか?』

「……はい。ありがとうございます」


 精一杯の笑顔でお礼を述べる。


『気が利かなくてすみません。エスコートしますよ』


 差し出された手を預けるのに、何故かためらってしまう。


 初対面の時は、普通にエスコートしてもらったのに……。

 あれから何度も顔を合わせたし、お茶会もしたじゃない。なのに『この人に、この身を預けて良いのだろうか?』と、疑問がよぎった。


「だ、大丈夫です。私は庶民ですので、体は鍛えてありますから」

『ふふっ』


 頭上でこぼされた、明らかな含み笑い。


「なんですか?」

『いえ、相変わらずあなたの直感力はなかなかですねぇ。でも、それを明文化できるほどの経験値はない、と。ふむ……面白いですね』


「……また面白い、ですか?

 シリック様は、私に会うといつもそう言いますが、何があなたの琴線に触れるのかお聞きしても?」


 少し不満を含んだ声。

 ほぼ声のみでのやり取りのせいか、感情がダイレクトに乗ってしまうのだ。


『お答えしたいのはやまやまですが、着いてしまったようです』


 そう言って扉を押すと、光の線が暗闇を突き抜ける。更にギィっと開けると、暗闇に慣れた目はその明るさを拒絶した。


「まぶし!」

『姫、大丈夫か?』


 耳に届いた声に自然と肩の力が抜ける。

 そっと目を開けると、目の前にはバートン。そして肩越しに見えた廊下には、見覚えがあった。


「ここは……」


『父上、もう少し配慮できなかったのですか? あのような暗い階段を歩かせるなど』


『……はぁ。だからお前は甘いのだ。必要なもの為に他を切り捨てることができない』


『なにを……。父上!』


 ミレイとサンボウをおいて、シリックはさっさと歩き出す。

 その廊下は大きな石柱が何本も連なる荘厳な佇まいだった。


 ここ しってる……

 あの日。ロスと一緒に通った廊下だ。


 あの時は、崩れた石柱が瓦礫のように廊下に散らばり、歩くのも危険だったから水雲に乗って通過した。


『姫?』


 ゆっくりと歩を進める。


 崩れた壁もないし、石柱も崩れてない。

『擦り切れた赤黒い布』で、しかなかった絨毯は、フカフカの感触で目の覚めるような赤だった。


「こんなに……綺麗だったのね」


 鼻の奥がツンとしてくる。


『ああ、綺麗だろ』


 その声に顔を上げると、同じく目尻を下げたロスがいた。


 二人しか知らない光景。


 私以上に感慨深く思ってるのはロスだろうな。

 昔を知ってるだけに、あの時、ロスは荒れた王宮を見て何を思ったのかな。


 庭園からここにたどり着くまでも、生命の気配はなく、壁は崩れ『廃墟』という言葉が当てはまる状態だった。


 悔しかっただろうな。


 騎士団長として、国の防衛の要にいたロス。


 良かった。水龍さまが起きてくれて本当に良かった。


 ──あの日の扉の前には、クウがいた。


『姫、大丈夫?』

「うん平気だよ」


『お前達、まだここにいたのか?』


 その言葉に振り返ると、水龍さまと警務省のラウザがこちらに向かって歩いてきている。皆が道をあけ、一礼をする。


『陛下、自分に開錠させて頂けないでしょうか』


 一歩前に出て、そう申告するロスに周りは驚愕の色を見せる。

 ──それもそうだろう。

 ここにいるメンツは国の重役ばかりで、シリックとミレイ以外、全員がその権利を有している。そして普段なら興味を示さない事柄に、ロスが自ら申告した事態。

 それでも異を唱える者はなく、水龍さまも『構わん』と許可をした。



 王の間の扉にある、大きな水晶に手を翳す。

 あの日と同じように力を籠めると、パァーーっと光を放ち、扉がズズッと動きだした。


『……こんなに簡単に開くものだったのか』


 ロスの小さな独り言は誰の耳にも届かなかった。




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