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第169話 兆し


 コンコンコン

 夜半の頃、控えめなノックの音が廊下に響き、部屋の主の許可を得て、男が扉の奥へと消えていく。


『こんな時間になんの用だ』


『深夜の訪問、お許し下さい。

 重ねて、せっかく余韻に浸っていたであろう時間に参上したこと、お詫び申し上げます』


 わざとらしいほどに恭しく頭を下げるのは、この国の前宰相であり、バートンの父でもあるシリックだった。


『水姫様との逢瀬はいかがでしたか?』

『……』


 不躾とも、とれるほど直球すぎる言葉。


『陛下の想いがやっと伝わったことに関しては、臣下として大変嬉しく思います』

『やっと、ってお前な……。

 大体、()()を知ってるお前の情報網はどうなってるんだ?』


『ははっ。調べるまでもありません。陛下のお顔を拝見すれば、首尾よく進んだと察することは容易なことです』

『……』


 そんなにだらしない顔をしていただろうか。

 水龍は己の感情を制御する為に、あえて眉を顰めた。


『まぁ、額面通りにとっておく。

 承知の通り、私はミレイを手放す気はないのでな。

 ──ペトラキス家当主シリックよ。今後はこれまで以上に己の行動に気を配るといい』


 辛うじてオブラートに包んである位の、バレバレな牽制。シリックも嫁候補として、ミレイに接触し、息子をけしかけた自覚があるので、軽い微笑を右の頬だけに浮かべた。


 しかし、わざわざ家名を付けるとは、なんとも大人げないことだ。しかし、そんな風に振る舞えるようになったのは……。


 完璧であろうとしていた年若い王の()()()()()に、シリックは顔に喜色を浮かべた。


『恐ろしいですねぇ。下手な貴族ならこのまま取り潰されてしまいそうです』


 軽快に笑って見せても、お互いソレが無理なことはわかりきっている。


 ──強き王だけで国は治められない。

 頭が回る、小賢しいだけの者はトップに立つことはできない。

 互いが、互いに補うことで強大で平和な国が築けているのであって、それだけの信頼関係が王家とペトラキス家にはあるのだ。


『はぁーー、もういい。何用だ?』


 書類をバサリと机に放りなげて、足を組む。


『もちろん水姫様の件です』


 顔には出さないものの、髪をかきあげる水龍の手が一瞬止まった。


『何かわかったのか?』

『はい、いろいろと。つきましては答え合わせをしたいので、場所をお貸し頂きたいのです』


『答えあわせ、か。まぁいいだろう』

『では、王の間の入室許可をお願い致します』

『……王の間だと?』

『はい』


 王の間は王族と一部の高官しか入室を許可されていない特別な部屋。

 かつてのシリックは、許可を得ずとも入れたが、今は退いた身。かつての役職や身分など一切例外は存在しない。

 唯一の例外は、王が許可をした場合のみとなる。


 少しの間、不穏な空気が流れたが、水龍は溜め息をひとつついて、許可を出した。


『全てはミレイの体調次第だ。よいな』


『あぁ、体調を崩されたとか。あそこの気は独特ですからね。()()()()()()()()()()()()()辛いでしょう。

 あとで滋養ある物でもお贈りいたします』

『……』


 それを知るのはミレイと自分の近い者だけのはず。どうしてこの男が知っているのか……。

 そして言葉尻に含みを持たせてるあたり、喧嘩を売られてる気分になるのは、己の思考がこの男に追いついていないのを理解している為か。


『では、陛下にはこちらを』

『……これは?』


 手渡されたのは一冊の古い本。


『なかなか興味深い内容ですよ。

 陛下の枕頭(ちんとう)の書と言えば、執務書類ばかりでしょう? たまには夢物語など如何がかと、思いまして 持参致しました』


『夢物語で済ますには、随分頭を使いそうな古い書物だな』


 本の装丁(そうてい)は皮で出来ていて、四隅が擦り切れ、かなりの年代物だとひと目でわかる。


『僕はとても面白いと思いましたよ。

 ……繰り返し読むほどに、とても興味深い』


 シリックは、腹に一物(いちもつ)がある態度も隠さずに、綺麗に笑ってみせた。


『……気が向いたらな』


 水龍はそう言葉を濁して退出を促す。


 ただの娯楽本など、この男が持ってくるはずもない。ましてや、このタイミングで……。


 喰えない者ではあるが敵ではない。

 王家への忠誠心ならば、貴族で一、二を争うくらいに高いのも知ってはいるが……。


『それと同じくらい我欲が強いから、本当にたちが悪い』


 机の上に本を置いて外を見上げると、少し雲掛かった月がこちらを見ていた。


 今宵の月は上弦の月か。

 満月まではあと少し……だな。


 満月は気が満ちて、己の力が昂ぶる日



 ふと、昼間のミレイが思い起こされる。

 自分の下で戸惑ったように瞳を潤ませ、頬を染めた扇情的な表情。


 ──うん。湖での私は満月を前に気が昂ったから、ということにしておこうか。

 そうだな。まずは見舞いの品を贈ろうか。

 体調不良なら、やはり肉……か?


 水龍は昼間の行動を反省しつつ、嬉しそうに顔を綻ばせた。



 ◇  ◇  ◇



 湖を訪れてからもう五日が経つ。

 あれからというもの、水龍さまとは適度な距離を保っていた。

 なぜなら私が風邪を引いて寝込んでいたためだ。


 湖の辺りは特別寒いと思わなかったけど、知らぬ間に冷えたらしく、次の日にはしっかり高熱を出していた。侍医さん曰く、疲れもあるのだろうという。


 まあ、怒涛の数ヶ月だもんね。疲れてるに決まってるよぉ。

 途中で熱い、寒いって思ったけと、あれは体の変化だったのね。てっきり水龍さまにあてられたのかも思ったよ。


 ──ボーっとしてるとあの日の出来事が頭をよぎる。

 あの時、人魚の子供達が来てくれなかったら……。


 思い出すだけで、顔から火が出るのではと、思うくらい恥ずかしい!

 屋外で何してるのよ、わたし!

 でも水龍さまも悪いのよ!

 最近は「ちょっと可愛い」な〜んて、仕草や態度をするから、すっかり気を許してたよ。あんな、いかにも男……みたいな顔……。


 自分を押し倒した時の、欲を滲ませた顔を思い出す。


 ダメだぁ~!

 なんとか次に会うときにはポーカーフェイスでやり過ごしたいよぉ〜。



 そう思いながらゴロゴロと寝返りを繰り返していると、綺麗な花が視界に入る。

 私が伏せている間にバートンやロス、先生達からお見舞いとして贈られたらしい。でも部屋を満たすほどの花を贈ってくれたのは、水龍さまだという。


『陛下は他国の令嬢が貴賓としてみえられても、花など贈ったことなどないんですよ! やっぱり陛下にとって水姫様は特別な御方なんですね〜』

「……」


 侍女達が興奮気味に語っていた。


 好きと言われてるだけに否定もしずらい。だからといってこの生温かい視線はツライ。


『水姫様。本日は熱も下がって体調も良いですし、陛下の御来訪をお受けになってはいかがでしょうか?』


「……う、ん」


 昨日の夜には熱も下がっていたし、会うことは出来たけど、なんだか……ね。


 私は水龍さまのことが好きで、水龍さまからも好きって言ってもらえた。

 普通ならやった〜! って喜んで付き合う流れだろうけど


「婚約って……」


 私からキスしたら婚約成立だという。

 いきなりそんなことを言われても、ねえ?

 婚約したらそのまま結婚?

 すると、私は王妃さまになるの?

 えっ? 庶民が王様に見初められてお妃様にって、どこのお伽噺よ……。しかもここは異世界だし?


 ベッドで寝てばかりのせいか、受け入れ難い現実を、脳みそが整理し始めた。 『好き』だけで判断できることじゃない。


 挙動不審な動きを繰り返す私を、ソニアは何も言わずじっと見ている。

 さすがに居た堪れなくなって、身なりを調えてソファに座ると、ティーカップがそっと置かれる。


「ありがとう。……ふぅ、おいしい」 


 この待遇に慣れてきた自分が怖い。

 実家だったら「それくらい自分でやりなさい」の、ひと言で終了だ。

 一口飲むと、さっぱりとしたレモンのハーブティーだった。


『あの、差し出がましいことを申し上げてもよろしいでしょうか?』

「ん。もちろん」 


『僭越ながら、ここ最近のミレイ様は色々と思考に耽っているご様子のように思われます』


 その言葉にミレイは目を見開いたあと、手を軽く挙げて、他の侍女に退出を促した。


「続けてくれる」

『……すみません』


 明らかに侍女の領分を超えた発言なのは、ミレイでもわかる。


「ううん。私も他の人の意見が聞きたかったの。

 誰もいないし、ここに座って」


 ポンポンとソファの隣を軽く叩くと、頭を振って固辞されたが、そこはミレイの粘りがちによって、隣合って話をすることができた。


『私が思うに、ですが……。

 少し、深く考え過ぎているのではないか、と思います。

 ──誰しも「良い流れ」というものは必ず訪れるそうです。その流れに乗れるか乗れないかで、その後の人生が決まるとも。

 ……ミレイ様は今、ちょうど分岐点にいらっしゃるのではないでしょうか』


「分岐点」

『はい』


 ……わかる気がする。

 たしかに視野が狭くなってる気もする。でも……


「ちなみにソニアの分起点は? あったの?」


『私の分岐点は、身の程しらずと分かっていながらもニコラス様……いえバートン様のご好意に甘え、王都の本家にまでついて来たことですね』


「……そっか」


 以前話してくれたソニアの身の上話を思い出す。

 平民の子供が、国で指折りの上級貴族の本宅で働くと言うのだ。たとえ子息が望んだとはいえ、この国の身分制度を知ると、かなり無謀だとわかる。


『どうか、あなた様が幸せだと思える選択をして下さい』


 それだけ言うと、ソニアは一礼して部屋を出て行った。ずるずるとソファに身を沈めて思考に耽る。


 たしかに転機は誰にでもあるよね。

 じゃぁ、わたしは?


 ──この国でも私を案じてくれる人がいる。

 護ると言ってくれる人がいる。

 背中を押してるくれる人がいる。

 好きだと……好意を示してくれる人もできた。


 うん。私……十分、幸せ者だよなぁ〜。


 ふぅ、と息をついて天を見上げて目を瞑る。すると瞼の裏には元の世界の両親や友達、仕事仲間や思い出の場所。……いろいろな光景が瞼に浮かんでは消えていった。


 私が幸せだと思える選択か……。





……ちなみに、肉のお見舞いはレミスによって却下されました。その後、やんわりと提案された花と果物に落ち着いたそうです。

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