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第161話 変わりゆく心境


「みなさん、こちら先生からの差し入れですって」


 ソニアがテーブルに並べたのは、一口サイズの可愛いケーキ達。


『アンドレウ様から、ですか?』

『あら、こちらニューランの品ではなくて』

『そうですわ。素敵ねぇ』


 ニューランとは貴族達に人気の菓子店らしく、朝から並ばないと買えないほどの人気店らしい。


「そんな人気店なのね。とっても美味しそう! 

 ……でも今日お茶会すること、どうしてご存知なのかしら?」


 小首を傾げるミレイに令嬢達が視線をあわせた。


『実は今回のお茶会は、アンドレウ様からお手紙を頂いたことが始まりですの』

「先生から?」

『えぇ。ミレイ様が沈んでるご様子だからよかったら気分転換のお相手などいかかでしょうか、と』

「……せんせい」


 胸がジーーンとした。

 水龍さまとのことは話せたけど、まだ私が隠してることがあると察してくれたんだろうな。……すごいなぁ。


『私共でよければお話うかがいますよ?』

『やっぱり陛下とのことですか?』


 少しだけ声が弾むオルガ嬢。


「……えっ。水龍さま? ……なんで?」


 キスの件は知られてないはず。それなのになんでここで水龍さまの名前が出るの?


 ミレイの心臓がドキッと跳ね上がる。だって他に想いあたることがないもの。


『それは……まぁ』


 顔を見合わせる三人。


「えっ。なに? 気になる……」


『あの。陛下からはどんな風に好意を伝えられたのですか?』


 オルガ嬢が文字通り、ワクワクしながら質問すると、キョトンとした顔で「好意?」と返ってきた。


『『…………えっ?』』


「……?」


 なんだか気まずい沈黙が流れた。


『好意ってアレですよ。愛の言葉ですわよ?』

『ええ。なんなら生涯を共に、的な……』

「そ、そんなの無いよ〜。なんでそんな話が出てくるの?」


 両手を顔の前で大袈裟なほど振ってみる。それを見て三人は、顔を間近に突き合わせて密談に走った。


『どういうことかしら?』

『まさか伝えてないとか?』

『あんなアクセを渡しておいて? あんなの牽制と独占欲の塊でしかないわ』


 ケイシー嬢の言葉が強い。


『そうよ、ねぇ……?』

『まさに俺のオンナに手を出すな!……ですわね!』


 オルガ嬢が嬉々として、最近話題の小説の一節を引き合いに出した。


「みんな、どうかしたの?」


『『……いいえ。なんでもありませんわ』』


 とにかく陛下が言葉にしていないことを言う訳にはいかない。でも三人の内心はドン引きだった。


 ……陛下は外堀から埋める作戦なのかしら? でもミレイ様も頑固そうだし、流されてくれるとも思えないけど……。


 ……まさか告白もせずに周りを牽制とか。陛下って意外と……。いえ、これ以上は不敬罪ですわね。間違っても陛下相手にヘタれなんて言えないわ。



『と、ところでミレイ様。陛下のことではないとすると、何か心配事でも?』


 ケイシー嬢がソーサーを片手に紅茶を一口飲むと、オルガ嬢が私にケーキを給仕してくれた。ようやくお茶会らしく、和気あいあいとした空気が流れる。


「心配事と言うほどのことではないけど……」


 言葉を区切って紅茶を一口飲む。


 いつまでも悩んでても仕方がない、よね……。


「あの! 水姫はこの国から出ることが出来ないって聞いたけど……本当なの?」


 迷ったけど、単刀直入に聞くことにした。いろいろ指導してくれた先生には、がっかりさせるようで聞けなかった話。

 思ってもみなかった内容だっただけに、三人の手が止まり、無言で視線が交わされた。


『出れない、と聞いたことはありません。でも……公にされていないだけかもしれませんわ』


『……そうですね。そもそもミレイ様がいらっしゃった世界は、こちらからすると異界になります。龍湖を渡ってニンゲンの世界に行くことは、それほど難しくはないのですが、そこから更に異界を渡れるのは高位の龍族──「龍王の眷属」の方以外、無理なのです』


 ケイシー嬢の深緑色の瞳に、吸い寄せられるように見つめる。


「龍王の眷属……聞いたことある」


 あれはリリスさんの家にいた時だ。


『龍王の眷属は王に認められた者。つまり珠名(ぎょくめい)を賜った方のみに与えられる呼称ですわ』

「じゃあバートン達は異界に渡れるのね!」


 それなら帰れる可能性あるよね。


 思わず席を立ち上がったところに、ケイシー嬢は『渡ることはできますが……』と、言いずらそうに視線を外すと、シャーリー嬢が後に続いて説明してくれた。


『今は龍湖への道が閉ざされていますから、高位龍族と言えど渡ることはできないのです。……それに高位龍族が同行すれば、水姫様も渡れるとは……』


 濁した言葉の先はなんと、なくわかる。

 もし同行することで異界に渡れるなら、サンボウが知らないわけは無いし、話はもっと簡単だったはず。現実は儀式を回避してくれたり、書庫で調べたり、みんないろいろと手をつくしてくれてるもの。


「やっぱり難しいのかな……」


 沈痛な面持ちのミレイに、シャーリー嬢が励ますように声をかける。


『で、でも王族は別ですから!』

「えっ?」


 そうですわ! と、オルガ嬢も声を張る。


『王族は水があれば界を渡れますから、もしかしたら陛下と一緒なら渡れるかもしれませんわ!』

「…………そうなの?」


『ええ。王族の皆様は、能力そのものが私達とは比較できないほど特別なんですの。一度、陛下にご相談なさっても宜しいのではないでしょうか?』


 うんうんと、他の二人も力強く頷いた。


「……そうね。いろいろありがとう」

『お役に立てたようで良かったですわ』


 和やかな空気のまま話は移ってゆく。


 ──水龍さまは私が帰るって言ったら、どういう反応するのかな? 少しは寂しいって思ってくれるかな。


 帰る……か……


 望みが見えたはずなのに、何故かそんなに嬉しくない。



『──そういえばミレイ様は他のご令嬢方と交流はしていらっしゃるんですか?』


 シャーリー嬢の言葉に、思考の世界から現実に引き戻される。


「あーー……。みなさん以外の親しい方はいないかなぁ。先生もお茶会は時期を見て参加すれば良いと言ってくれたから、もう少し様子を見ますね」


 正直、腹のさぐりあいは面倒だし疲れるのよねぇ。


『それなら初めて参加されるお茶会には声をかけて下さいませ。変な輩は近づけさせませんわ!』


 胸をはるシャーリー嬢が頼もしく思える。


「そうね。お願いします。でも変な輩なんているの?」

『それはもちろん。家に命じられてならまだ良いですけど、なかには粗を探さして、やっかみをつける者もおりますわ!』


 オルガ嬢の鼻息があらい。


「やっかみ……?」

『あとは王妃候補を狙ってる者達ですわ』


 ケイシー嬢の言葉にミレイの肩がピクリと揺れた。


「王妃候補?」


『ええ。陛下はまだ王妃候補を明言されておりませんから。……以前はアングレール嬢が最有力と言われていましたが、彼女はもう表舞台から退きましたので、次の王妃候補は誰か? というのが今の王宮を騒がせてる話題ですわ』


「アングレール嬢?」

『アングレール・パウロス嬢。ミレイ様に無礼を働いただけに留まらず、父親はあの事件で、もうここにはおりません』

「……あぁ」


 思い出した。

 手紙をくれただけでなく、夜会の時に私に喧嘩売ってきたあのご令嬢だ。


「そっか。王妃候補だったんだね……」


 自然と視線が外に向く。

 窓の外では木の枝に休む小鳥が二羽。互いに羽を嘴で突っつき、毛づくろいをしている。

 こぼれた言葉に、シャーリー嬢は扇を広げて言及した。


『あくまでも周囲の見立てと家の力。……願望ですわ。王室からはなんの発表もされておりません』

「……」

『……安心されましたか?』


 見透かされたように微笑まれた。

 ミレイの頬がかぁっと赤く染まる。


 彼女達の話だと、家の繁栄の為に政略結婚をするのは普通のことだと言う。

だから良い結婚相手を探す為に美しく着飾り、夜会に出席するのだと。それが王家となると、政治が絡みパワーバランスを見て相手を決めることがある為、高確率で 政略結婚になるらしい。


 そういう世界なんだ……。

 まあ、考えたらそうだよね、王様だもん。


 納得させるように自分に語りかける。


 ──でも……このまま私が帰ったら、あの人は私が知らない()()をお嫁さんにするんだ。


 そんな当たり前のことに今さら気付き、贈ってもらったネックレスに無意識に触れる。


 あの熱を帯びた眼差しで私以外の女の子を見て

 あんな風に優しく、力強く抱き締めるのかな……


 ──昨日の熱が蘇ってくる。


 甘く……とろけるような 全身を惑わす熱。


 抱きしめる腕の強さも、低く掠れた声でわたしを呼ぶ声も……


 全部、ぜんぶ 


 私のものなのに……



 湧き上がる感情

 不意に胸がざわめいた。



 ──それは、嫌だな……



『ミレイ様?』

「──えっ? ……あっ……」


 今日何度目だろう。

 再び意識を戻したが、気恥ずかしさからそっと視線をずらす。



『……皆様。そろそろお暇しましょうか』


 シャーリー嬢はそんなミレイを微笑ましく、そして少しだけ複雑そうに見つめ、二人に声をかけた。


 別れの挨拶をすませ、扉まで見送った際にシャーリー嬢からそっと耳打ちをされた。


『ミレイ様、お気をつけあそばせ。龍族は──』

「…………えっ?」



 パタン……


 その言葉の意味がわからず、ミレイはしばし頭を悩ませた。



いつもお読み頂きありがとうございます!


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