第160話 変わりゆく状況②
通された部屋には、すでに水龍さまがいた。
先生のお屋敷では、お互い対外的な態度をとっていたからプライベートで会うのはあの日以来。
「……お呼びと伺いましたが」
『……そんな畏まった言葉、初めて聞いたな』
そんなことないわ。最初はずっとこうだったもの。そう、最初は……
少し悲しそうに笑う姿にチクリと胸が痛むも、どういう顔をしたら良いのかわからなくて、つい「なにか御用ですか?」と、そっけない言い方になってしまう。
かわいくないな……私。
気づくと部屋には侍従もソニアもいない。
……二人きりだ。
そっと水龍さまの手が伸ばされ、微かに腰を屈められた。
──もちろん知っている。これは男性がエスコートをする時の合図のようなもの。女性は微笑みと共に会釈をして手を重ねる。
習ったよ……ちゃんと。
でも二人なのに、こんな改まったこと……
そっと手を重ねると、優雅にエスコートをされてソファまで案内された。
距離にしたら四、五メートル程度。向こうの世界だったら絶対あり得ない。
まるでふてくされた子供を宥めるような行動に、自分の大人げなさを実感する。
私、恥ずかしいことしてるな。
いい大人なのに……。
それから昨日の騒動による処罰やレミスのことを聞いた。神妙な空気が流れるなか、おもむろに水龍さまが頭を下げた。
私の気持ちを無視してあんな真似をしてすまなかった、と。
もちろんあの日の話。
私が逃げて聞かなかった話。
ちゃんと話を聞いてみると、私がサンボウの話ばかりするのが気に入らなかったらしい。一度目は無意識。二度目はサンボウの気配がしたから、当てつけにしたのだと。
私からしたら目から鱗だった。
だってそれって……つまり……ヤキモチだよね?
バツの悪そうな顔をして、こちらを見ようともしない水龍さま。王様なのに、あれだけいつも偉そうにしてるのに……。
トクンと胸が高鳴り、嬉しさとも幸福感ともつかない感情が沸き起こる。
私ってば本当、かってだなぁ〜。
謝ってほしくないって言ってたのは誰よ。
どうしても緩んでしまう口元に手を当てて、必死に隠す。
それを見た水龍はまた勘違いをしてしまう。
『あーー。……詫びというわけではないのだが、装飾品をいくつか取り寄せたんだ。……見てくれないか』
「装飾品……ですか?」
今までのことを思い出し、少しテンションが下がった。──そう。この国の装飾品はとってもゴージャスなのだ。
『今回は……その、大丈夫だと思う』
「?」
何かを察したのか、真剣な眼差しの水龍さまに少し下がったテンションを悟らせないように、笑みを浮かべて立ち上がる。
「これは……」
『……どう、かな?』
ミレイの顔を覗きこむ水龍からは、いつもの自信はかんじられなかった。
「かわいい〜!」
グイッと身を乗り出して、装飾品を見つめる。そこにあったのはミレイ好みのシンプルなものばかり。けれど優雅で洗練されたデザインは一つ一つが美しい。
「こんなデザインもあるんですね〜!」
今まで見た宝飾品は、夜会で映えそうなキラッキラのデザインや、「おいくら?」と、聞きたくなるような大きな宝石があしらわれたものばかりだった。
『……気に入ってくれたか?』
「はい!」
満面の笑みを浮かべるミレイに、ようやく水龍も肩の力を抜いた。
『そうか。良かった。……ではこの中から好きなものを、好きなだけ選ぶといい』
水龍さまから驚きの言葉を聞いた。
「……えっ? 好きなものを」
『うむ。好きなだけ選べ』
……買い物の仕方はやはりゴージャスだった。
ここ数日、らしくない水龍さまを見ていたせいか、つい『ラスボス復活』なんて思ってしまう。
いつもの水龍さまだ。
ミレイから笑みが溢れ、それを見た水龍にも伝播していく?
『なんだ?』
「いいえ、なんでも? 」
『フフッ。楽しそうだな。それよりどれがいい?
なんなら全部でも構わないぞ』
「ハハッ……。そんなにたくさんは要らないので、いつも身につけられる小振りな品がいいかな」
『いつも身につけられる……か。
──それならこれはどうだろうか』
示されたのはダイヤモンドカットが美しい、蒼い五連のネックレス。
「……きれい」
燦然と煌めいているのに淡い蒼色が上品で、小振りながらも見ている者の目を奪う。
『私が選んで良いのであれば、ミレイにはこれを身につけてほしい』
「……うん。私、これにします」
『……いい、のか?』
真剣な言葉と表情。
でもミレイはネックレスに見惚れていて水龍の熱に気づかない。
「えぇ。……むしろこれがいいです。
……すごく、惹かれる」
陶然とネックレスを見つめるミレイを水龍はそっと抱きしめた。
『……いつも身につけてくれるのか?』
「はい」
『……常にお前のそばに?』
「? ……えぇ」
重ねられた言葉に違和感を感じ、そこでミレイは顔を上げた。そして絵画のように美しい顔と対峙する。
深淵を思わせる蒼い瞳。それを縁取る長い睫毛。唇は薄く色味を感じさせない。その辺りが『生ける芸術』を思わせるのだろう。
芸術というより二次元かも。でも今はそんなことより……
完璧な美から向けられる、熱を帯びた視線に無意識に体温が上がる。
こんなの耐えられるワケがない!
「えーーっと……近くないですか?」
厚い胸板を遠慮がちに押してみるが、ビクリともしない。
『問題ない』
むしろ肩に……腰に、腕をまわされ、胸筋どころが腹筋まで感じる密着度に、ミレイの羞恥心が爆上がりしていく。
「は、離れてください!」
『……まだ、私のことが許せないのか?』
耳に吹き込まれるせつなげな声に、背筋がゾクリと粟立つ。
「それはいいです! もう全然怒ってませんから!」
『……じゃぁ、なぜ?』
「なぜって……」
そんなの恥ずかしいからに決まってるでしょ!
『ミレイ』
少し強くなる力にミレイは観念した。
「…………はずかしいんです。水龍さまは美形すぎてこんなに近いと……その、緊張します」
『美形? そう思ってくれてるのか?』
「? 思ってますよ。最初から!」
言ったと思うけど……。
『そうか。……そうか』
少し力は緩むも、その甘美な檻から抜け出すまでにはしばらくかかった。
『ミレイ。今度──』
──昨日の出来事を思い出すだけで、胸が熱くなる。
部屋に戻ってから聞いたけど、実は今回、ソニアに事前にリサーチしたのだと。
だから私好みだったのね。
でも……嬉しい。私のために、私を理解しようと動いてくれる。その心が何より嬉しい
『ミレイ様。それでやっぱりそのネックレスは陛下からの贈り物ですか?』
シャーリー嬢の言葉に意識が戻る。
首元を彩るのは、透き通るような淡い蒼色のネックレス。光の角度によってきらめき方も違うのだ。
「綺麗ですよね。仰々しくないから普段使いしやすいかな……と思って」
誰から貰ったのかは、あえて言わなかった。多分、バレてるし。
『普段遣いしやすい……?』
『………ミレイ様。その石の名前はご存知ですか?』
ケイシー嬢の独り言に、被さるようにシャーリー嬢が問いかけた。
「えっ……石? これサファイアじゃないの?」
青だし……。って言うか、宝石そんなに知らないんだよね。
キョトンとして質問をするミレイに
『……いや、その宝石は──』
『そのとおりです! サファイアです』
オルガ嬢が何か言いかけ、ケイシー嬢が少し強引に被せる。
「……えっ? なに?」
戸惑いを見せたミレイに、侍女のソニアが耳打ちをする。ミレイは頷くと「すみません」といい残し、そのまま席を立った。
『駄目ですよオルガ様』
『えっ?』
『そうですわね。今は言わない方が良いと思われますわ』
『シャーリー様?』
『ミレイ様は贅沢な物は忌避されるご様子。あのネックレスが高価な品だとわかれば、すぐにでも外してしまうでしょう』
『?! たしかに』
『あれはグランディディエライト……だと思うのですが……』
ケイシー嬢がチラリとシャーリー嬢を見ると、頷きながら『……おそらく』と言った。
『えっ。あれが、あの希少な宝石ですか?』
『ええ、あの五連の粒で小さなお屋敷一つ建ちますわよ』
『そ、そこまでですか! 私、存じ上げませんでしたわ』
『まあ、なかなかお目にかからないですわよね』
三人の視線が、少し離れたミレイの首元に集中する。
──グランディディエライト。
蒼は王家の色。その中でも王族の使用する宝石にはランク付けがある。グランディディエライトは王が恋人に贈れる最上の宝石。
『その上はたしか、婚約者に贈るカールレウスですわよね』
『ええ。ミレイ様ならきっとベニトアイトも身につけることができるでしょうね』
ベニトアイトは王と王妃のみが使える宝石。
希少な宝石であり、龍族の全ての女性の憧れの色ともいえる。
『……それにしても陛下は本気なのですね』
『シャーリー様……』
『あっ。もういいのよ。むしろミレイ様なら喜んでお仕えしたいと思っているわ』
──かつては王妃を夢みていた頃もあったわ。
でも水姫様と出会い、自分がその器でないことを思い知った。
『強さと慈悲』『慈愛と強かさ』は、共存できるのだと初めて知った。
『そう、ですわね。私もミレイ様にならお使えしたいです』
オルガ嬢の言葉にケイシー嬢が反応する。
『それならもっとミレイ様に意識してもらわないと、ですよね?』
『ケイシー様? 何か良き案がございまして?』
シャーリー嬢の言葉にそっとほくそ笑む。
『ええ。……少しだけ』
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