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第158話 ミレイの逆襲②

 


 パンッッ!!


 突然セレコウスの足下に、何かが撃ち込まれた。

 爆発音とも違う、今までに耳にしたことの無いつんざくような音。地面からは微かに煙が上がり、焦げたような不快な臭いが辺りに漂う。


 何がおきた……?


 全員の胸に動揺が走る。

 ロスは『危険』を感じとり、瞬時に抜刀して王の盾となった。


 硬直したセレコウスの前に立つのは、サラリとした白と淡いピンクのグラーデーションドレスに身を包んだ可憐な女性。

 しかしその手にあるのは無機質で異様な黒い物体。


 ──どう見ても似つかわしくない


 ロスの胸に最悪の事態がよぎる。


 先程の『水鉄砲』よりも数倍小さい()()も玩具だと言うのなら、ニンゲンの認識を改めなければならないな。


 それくらい、桁違いの威力だった。



 いつもなら小鳥の囀りが軽やかに響く庭園は先程の爆音のせいか、その姿を視認することはできない。


 辺りはシーーンと静まり返り、緊張が走る。


「さっきのは子供の玩具でしたが……これは何だと思いますか?」


 静かな声。

 しかしその瞳は咎めるような……非難するような厳しさを湛えている。セレコウスは恐怖を感じた。


 生まれて初めて感じた恐怖。

 マルティーノの家に生まれてから、武器を向けられたことも、ましてや命を脅かされることもなかった。


 なんだ……こいつは。

 ニンゲンのくせに……女のクセに。

 


『姫……それは?』


 ロスが刺激しないように声をかける。

 ソレが何か知らない。でも危険な物であることは嫌でも察知できる。


 ゆっくりと姫がこちらを向く。その表情は、この場に似合わずとても穏やなものに見えた。


「同じ鉄砲だよ。ただ出るものが違うだけ。さっきは引き金を引くと水が出るけど、こっちは──鉛玉がでるの」


 いつもと同じ声音。しかし……

 ロスは無意識に握った柄に力を籠めた。


 ミレイの右手がゆっくりと上がり、銃口はまっすぐセレコウスを定める。


「……たしかに人間は、龍族みたいに水を操るような真似はできないわ。でもそのかわり溢れる智能と勤勉さ、飽くことのない探究心を持ってるのよ。

 ──私の世界では、鉄の乗り物に乗れば何百キロも移動できるの。……馬に引かせる必要なんてないわ。遠距離通信だって、この国みたいに限られた者しか使えないわけじゃない。平民が普通に使えるし、子供だって日常的に使いこなしているのよ」


『……そんな馬鹿な』


 こぼれた声にミレイは目線だけ向ける。


『──そうそう。中央湖から龍王国までの距離なら、専用の船に乗れば辿りつけるんですよ」


 暗に──この意味がわかるよね? と、脅しをかけてみる。

 もっとも誰かに潜水艦を召喚してもらう必要があるから現実的じゃないけどね。


『……そんなことが可能なのか?』


 探るようなカステルの言葉に、ミレイは「信じる信じないはどうぞご自由に」と、軽く突き放した。

 丁寧に教えてやる必要はないもの。それに今は父親よりもこの男だ。


「さて早速、試してみますか?」


『……た、試す……とは?』


 まるで百貨店で試飲するかのノリで、ミレイが驚くべきことを口にした。


「あなたが侮辱した『人間』が作った武器の性能ですよ。

 別に下等な生き物が造った物に動じたりしないですよね? こんな手の平サイズですし?

 ……それとも()()()()()()でも、武器を前にすると怖いですか?」


『恐いなど! そんな……ことは』


 顔は青白くなり、言葉もカタコトしか喋らない。この男の恐怖は、否が応でも周りに伝播する。


「良かった。じゃぁ、人間の有能さを示すためにも、あなたで試させて下さいね。 ……龍族は頑丈だって言うし、もっと近づかないと意味ないかしら……」


 銃口を向けながら一歩、また一歩セレコウスに近づいていく。綺麗な笑みを浮かべるミレイに、セレコウスの毛穴がブワッと開く。


「これくらいの至近距離でどう?」


 銃口までの距離……ゼロキロメートル

 怯える男の額に、銃口でキスをする。


 セレコウスは黒光りする銃身の向こうに、煌めくような美しい女の顔を見た。現状に似つかわしくない美しさが、更に恐怖をかきたてる。


『……こ、これは……なんの真似だ』


 ……まずい。この女はイかれてる。


 さっきの威力を見ているだけに、否が応でも四肢が強張る。


「クスッ。……セレコウス様。今度あなたの部屋にレミスと伺わせて下さいな」


 唐突な言葉に一瞬何を言っているのか分からなかった。でもすぐに『そんなこと許すわけがない』と一蹴する。


 いや、一蹴したような……気がしただけだ。


『許す許さないの話ではありません。()()()んですよ。レミスの能力があれば……」


 だから……と言葉を紡ぎながら、銃口をゴリッと強く押し当て、密やかに告げた。


「あなたの寝室に忍びこんで、この拳銃で脳天ぶち抜くくらい、余裕でできますよ」


 額から冷や汗が流れ、瞳孔は開き、ゴクリと生ツバを飲む音が銃身ごしに伝わってくる。


「……あなたが馬鹿にしているレミスが、あなたの命を脅やかす存在になるんです。

 これからは夜がふけるのが楽しみになりますね〜」


『や、やめろ』 


「あら命ごいですか? レミスに一方的に暴力をふるったのに? ……今回が初めてじゃないですよね?」

『そ、それはあいつが落ちこぼれだから!』

「そうですか。落ちこぼれだから何をしても良いと?

 ……ふむ。ところで、あなたは神殿に仕えている人の顔と名前を全員覚えていますか?』

『そんなの知るわけがないだろう!』

「レミスは王宮使用人、全員の顔と名前を覚えていますよ。なんなら官僚の皆さんまで」

『ばかな!』 


 ミレイは小馬鹿にしたように、笑いながら額から銃口を外す。


『治癒の力は? もちろん私の涙より上なんですよね?』

『……ぐっ』

『あらあら。あばずれ女より低い治癒力と落ちこぼれより低い記憶力って。あなたは何をもって私達を見下してるんですか?』


『容赦ねぇな……』

『あぁ……』

『理詰めは……キツイよな』


 騎士達の声がミレイに届くはずもなく、場は更に硬直していく。


『わ、私は……』

『あーー、いいでーーす。興味ありませんから』


 プイと横を向いて、わざとぞんざいに扱ってみせる。


『お前! こ、こんな真似をしてただとすむとでも思っているのか!』


 ギラギラした目で睨みつけてくるが、拳銃が気になるのか、先程までの勢いはない。


「思ってますよ。私はこの国の者ではありませんから。何人たりとも私を支配することはできません」


 そんな何とも言えない張り詰めた空気のなか、小さな声で『ひめ』と、諫めるような声が聞こえた。


『姫、そこまでで十分なの。ありがとう。

 ……そんな男でも一応、兄だから』


「……それでいいの?」


 頷くクウを見て、ミレイはふぅーーっと息を吐いた。


「良かったわね。心が広い弟に感謝してね」

『……』

「庇ってくれたのは、レミスだけよ?」

『……』

「あら? だんまり? お礼の一つも言えないの?

 小さな子供でさえ、ありがとうくらい言えるのに。……ねぇ~?」


 これみよがしにオーバーアクションで、騎士に同意を求めてみる。


『そ、それは……』

「礼儀や常識って言葉知ってます? それとも名門のお家柄だと教わらないのかしら? ……ちっさい男……」


 そっぽを向いて呟いた一言に、騎士の一人から失笑が漏れた。セレコウスの頬には、あっという間に血の気が戻った。


『……デミトリアス! …………助かった』


睨みつけた目は『これで満足か?』と言っていた。


「殴ってごめんなさいは?」


『!!』


 座り込んで顔を覗き込むと、セレコウスは目を見開いて横を向いた。


「やっぱり、一発いっとくかぁ~」


 やれやれといった調子で立ち上がり、再びガチャリと拳銃をセットする。


『わかった、わかったから! 

 ……すまな、かった』


 最後の謝罪は小さな声だったが、クウの耳には届いたようで、目をギュッとつぶりながら何度も頷いた。


「やればできるじゃない!」


 パン、とセレコウスの肩を叩く。


 これで少しは変わってくれたらいいけど……。



『はぁーー。姫はやっぱり何をしでかすかわからないな』

「ロス」

『さすがにヒヤヒヤしたぞ』


 苦笑を浮かべたロスがいつの間にか隣にきていた。


「私もドキドキしたよ〜。人に向けて打つの初めてだったし!」

『…………はっ?』


 そうなのだ。海外の練習場で体験で打ったことがあるくらいだったから、当たったらどうしようと、内心ドキドキしていたのだ。


『ちょっと待て、どういうことだ?!』


 ロスが両肩を掴んで厳しい顔をする。


「だから、習ったから打てるけど、コントロールは運だったの」

『……』

「でもインストラクターの人に私、センスあるって言われたのよ!」


 にっこり笑う私を見て、周りは絶句し、セレコウスは……そのまま意識を手放した。


『クックック。ミレイは度胸があるうえに、やはりおもしろい』

『……王よ。面白いですませないで下さい』


 楽しそうな王に、カステルは頭を振りながら苦言を呈した。



『セレコウス、デミトリアス!』


 アリアスが走り寄って膝をついて弟達を交互に見る。


「こちらは気を失ってるだけですから大丈夫ですよ」

『そうか……』

『アリアス兄上……』

『デミトリアス、すまなかった』


 アリアスが膝をついて頭を下げる。


『なにを……。兄上には何もされてません』

『いや。何もしてこなかったことが私の罪です。

 私は父の背中を見るばかりでお前達のことなど見向きもしなかった。

 ……お前に治癒の力が無いとわかった時でさえ「そうか」と、しか思わなかった。お前の苦しみを解ろうともしなかったし、考えもしなかった。……すみませんでした』


 白い頬を雫が伝う。

 その流れは留めることなく流れ落ちた。


『大丈夫です。兄上は幼い時からマルティーノ家の嫡子としての重責があったのですから』

『……私を恨んでいないのですか?』

『……それは。……小さい頃は……ありました。

 でも水龍さまが救ってくださいましたから。不出来な私も含めて、丸ごと受け入れて下さいました』

『……そう、ですか。良き主に出会えたのですね』

『はい!』


 そう言って笑うクウを見て、アリアスの顔にも笑みがうつる。



『とりあえず皆様、準備が整ったようですし、朝食はいかがでしょうか? 』


 ヒルダーの言葉にみんなが顔を見合わせた。


『ふむ、馳走になろう。お前達も同席しろ』

『はい』


 カステルは頭を下げたあと、ワイワイ談笑し、顔を綻ばせているとクウやミレイを見て、口端をそっと緩ませた。


『ミレイとレミス殿は着替えていらっしゃい』

『いえ。私は宮に帰りますのて、お気遣いなく』

『あら、当家の招待を断るのですか? ……ここまでのことをしておいて?』


 先生の笑顔の圧がすごい。

 クウは、思案の末、招待を受けることにしたらしい。


 うん、それが一番だよ。

 先生は怒ると怖いから……。







読んで下さりありがとうございます。

今回はだいぶ遅くなりました。

また週2で書けるように頑張りますね。

よろしくお願いします。

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