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第156話 招かざる来訪者③



『これはどういうことだ?』


 当然とも言える声だろう。


 自分の腹心の一人であるレミスは血を流して座り込み、ミレイの足元は濡れ、バートンが殺気剥き出しで神官を攻撃している。


 明らかに普通ではない状況。


 そもそもバートンは常に宰相としての自覚を持って己を律している。そんな男が神殿における絶対的な名門一家、マルティーノに殺意をもって攻撃しているのだ。そこには余程の理由が必要となる。


 水龍は空気のように存在を消している騎士達を一瞥した。


『お前達は一部始終を見ていたのだな。……話せ』

『はっ、はい!』 


 アンドレウ家の騎士隊長は一歩前に出ると、平伏のまま事の次第を報告した。


『……ほお』


 初めて対面する王の威厳に耐えきれず、唾で喉を潤そうとしたが、すでに口の中は乾ききっていて、唾液のひとつも出てこない。


『お前の息子は独特の感性の持ち主だな。これはユーモアと捉えてよいのか?』


 振り返った視線の先にいるのは、白い神官の装束を着た金髪の中年男性。モノクル越しの瞳に色はなく、無表情ともいえる。


『それで済む話ならば良かったのですが』

『ち、父上……それに兄上も。何故ここに』


 顔面蒼白のセレコウスの呟きに、ミレイは瞳を見開くと水龍さまの背後にいる男達を見た


「父上……って」


 それってクウのお父さんってことだよね。


 それとなく眼だけで隣をみると、当の本人は下を向いたまま固まっている。再度視線を戻した時、ようやく水龍さまの隣にいるロスに目が入った。その後ろにはヒルダーおじいちゃんと先生もいる。


『それはこちらのセリフです!』


 その言葉と共に、痺れを切らした男が水龍さまを追い越してセレコウスに駆け寄った。

 サラリとした長い髪はレミスと似た金色の髪をしていて、長身に切れ長の瞳。溢れる気品とこの容姿ならば、令嬢方はほっておかないだろう。


 なるほどね〜。次男はこの兄弟に挟まれて育ったのか。


 父、兄、弟は見事な金髪に整った容姿。はっきりいってセレコウスは彼等とは似ても似つかない。


 劣等感……かなぁ。


 セレコウスの心情をはかることはできるけど、暴力と暴言はまったく別物。情状酌量の余地はない!


『なんでこんな真似をしたのです。他家に先触れも無しに訪問したあげく、庭先で揉め事をおこすなど』

『……先触れはしました』


 小さな声で反論したが、ただ兄を呆れさせるだけだった。


『先触れとは通常前日までに済ますものです。

 当日の連絡は火急の用向きに限りますし、ましてや一報も入れずに訪問するなど、余程親しい仲でもないとあり得ないのです。……何故こんな常識をお前は知らない』

『それならアイツだって!』


 カッと赤らめた顔でセレコウスが指差したのは弟のレミスだった。


『……先触れか。たしか届いていたな』


 黙って聞いていたヒルダーが振り返ると、アンドレウ家の執事は『昨夜頂いております』と、手紙を渡した。


『そんなわけがない! 私が来ることをアイツが知るわけないだろう! ……俺だけ陥れるようとするなど、これだから王宮の奴らは──』

『セレコウス!』


 厳しい叱責が飛ぶなか、ヒルダーは手紙をあらためた。


『ふむ。……明日、神殿の者が水姫に会う為に来訪するかもしれない、というタレコミですな。

 ──強行手段に出た場合、自身の身内が動く可能性があり、確認がとれた場合は自分が事態の収拾に努めますので、大変失礼とは存じますが、訪問をご了承頂きたい……と、言った内容だ』


『……そんな、馬鹿な』


 呆然とするセレコウスに、レミスは居心地が悪そうに俯くだけだった。


 いつもなら腹黒発言の一つや二つ出ててもいい場面なのに、それをしないのはやっぱり身内だからかな。


『……お前は何をしてるんだ』


 父の侮蔑とも捉えられる視線がセレコウスに突き刺さる。


『わ、私はただ神殿のために! 水姫がさっさと頷かないから話をつけようとしただけです』

『それは誰からの命だ』


 ピクリと肩が揺れる。


『もう一度問う。()()()()()()()()()


 その声は静かなものだった。

 水龍さまとも、サンボウとも違う圧迫感。研ぎ澄まされた静かな怒りは、金縛りのように見えない鎖で拘束する。


『それは……その』



 ──焦るセレコウスの脳裏に下級神官達の話がよぎる。


『先日の王宮の事件、噂の水姫様もいたんですよね?』


 神殿の渡り廊下で、休憩時間と思われる若い神官が年上の神官達に質問を投げかけていた。


『あぁ、あれはひどかったな』

『水姫様の涙は本物なんですか?』

『……本物だと思いますよ。我々の祈りとは違う種類の癒しの力だと思います』

『たしかにな〜。あの回復力と治りの早さは驚いたし、正直助かった。……あれだけの力は上級でも肩を並べる方は少ないと思うぞ』

『こら、エドリウム』

『わかってるって。アリアス様みたいな別格の方はもちろん違うよな!』

『そうではなくて』

『えっ……ってことは、水姫様は上級神官様よりも上ってことですか?』

『こら、滅多なことを言うものではありませんよ。そんな事が上級の方々の耳に入れば何を言われるか』

『す、すみません』


 ──頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。


 俺達よりもニンゲンの方が上だと? 

 俺は上級だぞ、マルティーノだぞ? あり得ない、そんなことあって良いわけかない。

 ……化けの皮を剥がしてやらねば。

 こっちの要請を拒否するような、調子にのったニンゲンの女に思い知らせてやらねば。



『自分は神殿の為に、誇りのために…』


 様々な想いが交錯し、震える声で呟いたひと言と、同じタイミングでレミスが一歩前に出た。


『あの父上! ()が悪いんです。余計なことした僕が……』


 しかしその行動はセレコウスを刺激した。


 再び眼の前に表れた弟の背中。

 落ちこぼれのくせに王に見い出され、腹心の地位にまで登りつめた弟。

 セレコウスはカッとなり、自分よりひと回り小さい背中を突き飛ばした。


『だから! なんでお前が俺を擁護するようなことを言うんだ! 落ちこぼれのお前に庇われるほど俺は落ちぶれていない!』


 まるで子供の癇癪ともとれる行動に場が鎮まりかえる。そんななかレミスの小さな……小さな謝罪の声だけが耳に届いた。


『……お前達は何をしてるんだ。二人共落ちこぼれなのは変わることはない』

『……』


「えっ……」


 ()()()()言ってるの?

 ミレイは内容を理解するのに時間を要した。


 実の父が子供二人を前にして「落ちこぼれ」ですって? そんなのあり得ないでしょう。


『……申し訳ございません』


 改めて突きつけられた言葉に、レミスは色を無くした瞳で形ばかりの笑みを浮かべ、深く頭を下げた。それは親と子の心の距離のように思われた。


「レミス……」


『おちこぼれって……そんな馬鹿な!

 俺は癒しの力を持ってるし、神官になったし、それに上級ですよ。父上!』


 叫びに近い言葉だった。


 なんだか少し憐れに思えてくる

 お父さんの愛情を受けたくて、認められたくて必死な子供。


『……そんな当たり前のことを主張するな。それにそんな些末なことで喚き立てるなど、己の器が小さいと吐露してるようなものだろう』

『……ッ!』


 しかし返ってくるのは無情な言葉。


 ──私のこの感情はただの同情だ。それでも……


「龍王陛下、お話宜しいでしょうか」


 ニコッと微笑んで水龍さまを見遣る。


『……どうした?』

『私の所在を神殿に移すか、王宮のままにするか……意見を求められておりましたよね』


 水龍さまはおもしろそうに『あぁ』と答えた。


「でしたら、このまま王宮に留まりたく存じます。あと、私の涙ですが神殿に渡したくありませんので、そのように計らって下さいませ」


『!!』


 そこにいる誰もが言葉を失った。


『理由は?』

「それは神殿の方々が好かぬからです」

『……なっ!』


 頬に手を添えて、満点を貰えるぐらいの淑女の笑みで返答する。


『そんなことが許されるとでも思っているのですか?!』

「……失礼ですが、あなたは?」


『……失礼、しました。私は神殿におきまして上級神官の役職を賜っております、アリアス•マルティーノと申します。──デミトリアスの兄でございます』


「そうですか」


 ……だと思った。


「家族を不当に扱い、それを当たり前とのたまう。そんな皆様方は神殿において、影響力を持つお家柄だというじゃありませんか。だとしたら神殿という組織そのものに、疑問をもってしまいます」


『……それは!』


「別に私は涙に執着していないし、利権争いに加わるつもりもありません。必要な方にはどうぞ差し上げて下さい。

 でも市井の皆様に配布するなら、神殿でなくても王宮騎士団でも良いように思えるんですよ。なんなら害獣討伐をしてる騎士団にこそ必要なのでは、とさえ思えてきます」

『……ッ!』


 ──わかるよ〜。

『治癒』は神殿の専売特許。

 王宮騎士団から私の涙が広まったら、市政のみんなが感謝するのは王宮になっちゃうもんね。そうすると治癒がウリの神殿の価値が下がる可能性があるってことでしょ?


 でも現在進行系でクウを傷つけるコイツ等を許したくないし、渡したくもない。


『偉そうなことを言うな! このニンゲンの女風情が!』


 セレコウスが立ち上がると、振り返りざまに右手を大きく振りかぶった。 一瞬まみえた相貌は瞳孔がひらき、血走っていた。


『兄上!』

『セレコウス、やめろ!』


「……」


 ミレイは軽く一歩下がると、誰にも見られないように、そっとほくそ笑んだ。




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